週刊READING LIFE vol.142

ギターの音色は僕の心を虹色にする《週刊READING LIFE vol.142「たまにはいいよね、こういうのも」》

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2021/09/06/公開
記事:後藤 修(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
(やっぱり、いいよな。たまに弾くのは)
 
ギターを弾き終えた僕は思った。
 
弾いた曲は松任谷由実、代表作の「やさしさに包まれたなら」だ。
この曲は映画監督の宮崎駿監督が創った映画、「魔女の宅急便」のエンディング曲であり
たくさんの人に知られている曲だ。
 
僕は日常生活でなんとなく、気が重いなあとか、なにか気持ちに張りがないなあと
思っている時に、この曲をギターで弾く。
これを弾くと、なんか心が軽くなる。そして、明るくなる。
 
断っておくが、僕の腕前はたいしたものではない。ましてや様々な弾き方が出来るわけではない。
 
けれども、僕にとってギターの音色は清涼剤だ。
そして、現在、僕が生きる上で、ギターが必須アイテムになったのは学生時代のちょっとした好奇心があったからだ。

 

 

 

23年前、就職活動を終えた大学4年の時だった。
僕はどの会社に就職するかを決めた日に思った。
 
「これから、社会人になるまでの空いた時間、好きなことをやろう」
 
そう思った時から、いろいろなことが頭に浮かんだ。
友達と遊園地へ行く、海外旅行に行く、英会話に行くなどなど。
そして、いろいろと思いを馳せている時に、ピンとひらめいたのが‘ギターを弾くこと’
だった。
僕はクラスの友達がギターを持っていることを思い出し、彼に頼んでギターをもらった。
そして、そのギターを使って練習をし始めた。テキストは高校時代の友達からもらった
ギターの初心者本だった。
 
僕はそれを部屋でよく見ていた。そして、「まずは簡単な曲から弾こう」と思った。
が、簡単な曲を弾くためには、ギターのコードを覚えることが必要だった。
 
ギターのコードは、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドの複数の音で構成されている。
これが楽譜に載っている。この楽譜を見ながら、左手の指5本で弦という糸状のものを押さえる。そして、右手の指を上下に動かしながら弦に当てて、音を出していくのだ。
その中では当然ながら、音が出しやすいコードがあれば音が出しにくいコードもあった。
 
簡単な曲というのは、この‘音が出しやすいコード’が並んでいる曲ということになる。
 
簡単な曲の代表的なものは’四季の歌‘だったり、’スタンドバイミー‘’だった。
 
僕が持っていた本には、この2曲がのっていたため、
「これを練習して弾けるようになってやる」と思い練習をし続けた。
 
最初は、どんなコードが並んでいるのか、そして、どんな風に指を押さえると
曲として成立するかを確かめてから独学しながら弾き続けた。
 
はじめのうちは、弦を指で押さえきれずに、きれいな音が出なかった。
また、右手を弦に当てようとし、上下に動かしても空振りしてしまうことも多かった。
だから、まともにギターを弾くことがなかなか出来なかった。
 
が、1か月ほど続けると、スムーズに弦を弾くことと弦を指で押さえられるようになって
いった。そして、ついにその2曲を弾くことが出来るようになったのだ。
同時に、歌を歌うことができることもおまけについてきた。
 
僕は(ついに、この2曲を弾くことが出来るようになったぞ……)
とちょっとした達成感を感じて喜んだ。
しかし、ギターを弾き続けられる環境は長く続かなかった。
 
ちょうど、このころは、就職した会社へ通うために、また、
地元へ戻る準備を進めなくてはいけない時期と重なっていた。だから、次第にギターに触れる時間が減っていった。社会人として働き始めると同時に、ギターを弾くこともやめ、ギターを弾きたいという思いも心の奥底に消えていった。

 

 

 

働き始めてから4年経った年末だった。
仕事に慣れ始めた僕は、生活に時間的余裕を感じ始めた時だった。
 
「ギターを弾きたいな、また」
 
再び、ギターへの思いが燃えたのだ。
僕はギターを弾き続けるために、近くの楽器屋で開かれているギターのレッスンへ
参加することを決めた。それは、独学でギターの腕を上げるためには限界があることを学生時代に経験したからの行動だった。僕は出来るだけ、長くギターを弾き続けたいと思ったのだ。
 
僕は楽器屋へ電話をして、ギターのレッスンを受講したいことを伝えた。
 
その数日後。僕はレッスンを受ける部屋に入り、ギターの指導者の先生に会っていた。
その先生はとても優しそうに見えた。僕はとても安心した。
先生は開口一番、
 
「どんな風にレッスン進めようか?それと、マンツーマン指導で進める?グループレッスンの形式もあるけど」
 
僕は迷わず答えた。
「それなら、マンツーマン指導でお願いします」
ここから、ギターを弾く生活が再開したのだ。

 

 

 

僕はどんな曲を弾きたいかを考えた。考えた結果、
サザンオールスターズが演奏している「この青い空、みどり」を弾く曲に
決めた。この曲は空を駆け抜けて壮大にイメージされる曲で
とてもギターの音色に合っていると感じたからだ。僕は先生に弾きたい曲を伝えると
その日から週1のギターレッスンが本格化した。
 
この曲を弾くためには、たくさんのコードがあった。
週1回、曲の譜面を見た。僕は先生からひとつひとつのコードを指でどう押さえると音が出やすいかを聞きながらギターを弾き続けた。
 
ときには、譜面を見ると難しいコードが並んでいる小節があった。だから、コードを弾きこなすのにたくさん時間がかかることもあった。けれど、粘り強く練習を続けた。
そのかいあって、ついにレッスンを受けてから半年後についに完成!!
 
レッスンで、完全に弾くことが出来てさらに歌を歌い終えた時、
もう感無量だった。
 
(やった!これで、以前よりもギターの腕前は上がったな……)
 
でも、これは通過点に過ぎなかった。

 

 

 

僕がサザンオールスターズの曲を仕上げた翌週のレッスンの時だった。
先生が想像しないことを話し掛けてきた。
 
「後藤さん、3週間後に演奏会があるんだけど、出てみない?」
 
僕は意外な言葉に驚いた。
その後、続けて言った。
「実は、もう一人マンツーマンで指導している人がいて、その人は結構
ギターを演奏できる人なんだよ。その彼と組んだらどうかな?」
 
予想もしない2つ目の声かけだった……
僕はびっくりしながらも、好奇心が湧いてきた。そして、答えた。
 
「はい、演奏会なんて考えていなかったけど、やってみます!!」
 
それから1週間後。僕はコンビを組む人と初対面をした。
その人は体がほっそりとしたとても神経が細やかな人に見えた。
僕は少し硬めの表情で「コンビを組む後藤です。宜しくお願いします」
と話した。彼も「宜しくお願いします」とにこやかに答えた。
そんな会話を交わしてから、先生が「じゃあ、早速練習していこう‼」
と熱を込めて言った。
 
それから、僕は考えていた演奏曲を提案した。それは福山雅治の「桜坂」だった。
この曲は福山雅治が初のミリオンセラーを達成したどの人でも知っている曲。
これを僕は人前で演奏したくなったのだ。そんな腕前がなかったのに関わらず。
しかも、演奏日まであまり時間がないのに。好奇心だけで選択したのだ。
 
先生は「時間がないけど、頑張っていこうね」と優しく言った。
 
この言葉が号砲となり、ギター合宿と言える日々が始まった。

 

 

 

僕は「桜坂」の譜面を見た。コードの並び方はあまり難しくはなかった。
だが、曲の質を上げるためには、ギターの弦を一弦一弦弾く高い技術力が必要なことが分かった。僕には到底、出来る代物でない……。選んだ曲を間違えたか?
と思った時に、僕と組む彼が「後藤さんは主となるコードを弾いて、歌を歌ってよ。
俺は副のコードを弾くから」
 
彼の言葉は僕の助け船となった。
 
その譜面には、指を速いスピードで動かして弦を弾くラインと指をゆっくり動かして弦を弾くラインがあった。僕はギターのビギナーだったことで、ゆっくり指を動かす
ラインを担当することになった。
 
(なんだか、かなり希望が出てきた)
 
僕はそう思えた。
翌日から、さらに練習漬けの日々となった。
仕事から帰ってきたら、すぐに練習、練習、また練習。
僕は3週間の練習期間では譜面を見ないで、演奏することは不可能と思い譜面を見ながら練習をし続けた。ただし、歌詞を覚えることはできそうだったので、
ギターの練習と並行して、歌の練習を繰り返した。
 
週末の土日はコンビを組む彼とカラオケボックスで、昼間から夜まで6時間ほど
歌を歌いながら、ギターを弾き、音を合わせていった。
 
その途中には新たな楽しみがあった。それはコンビを組む彼とコミュニケーションをとることが出来たことだ。
 
彼の出身は九州であること、彼はコンガという打楽器を弾くことができること、
他には自動車関係の会社で熱心に働いていることなど、彼の素晴らしい
人間性を知ることが出来た。
また、練習に行き詰ると、2人でカラオケをして焦る気持ちを吹っ飛ばした。
本当に有意義な時間を過ごしながら、演奏会に向けての準備を進めた。

 

 

 

そして、ついに演奏会の当日を迎えた。
会場はレッスンを受ける建物の最上階のホール。
入場できる人数は100人ほどだった。その日は満席だった。
 
演奏会に参加するメンバーは様々だった。
 
エレキギターを中心としたバンドのメンバーや、小学生がドラムを叩く
バンド。そして、ピアノを弾く女子。その中で、僕らはデビュー戦を飾る
事になった。
 
参加した組は10組。僕らは8組目になっていた。
僕は気を引き締め彼に言った。
 
「改めて、今日は宜しく!!」
 
彼は「頑張ろう……」と静かに言った。
 
僕らは出番を待った。
経つこと1時間半。ついに僕らは舞台に立った。
僕らが準備を進めている傍ら、司会者の人がこう言った。
 
「これから、なんか一服の清涼剤を飲む感じな曲が流れそうですね」
 
ああ、なんかいい表現だな……
ギターを準備して譜面を立てるスタンドに譜面をたてながら、僕はそう感じた。
(ここまで来たら、気持ちでいくしかないな……)
初めて人前の演奏を前にして、僕は体が多少震えていることを感じた。
しかし、僕はそんなことを振り切ってこう思った。
(練習したことをだすだけだ)
とうとう弾く準備が出来た。
僕は彼に目で合図をして、リズムを取り始めた。
僕らは声を出した。
 
「1・2・3・4!」
 
演奏が始まった。
 
僕は無我夢中で歌った、譜面を見ながら、ギターを弾き続けた。彼はクールな顔をして
ギターを弾き続けた。僕は手と声が震えていることに気が付いた。しかし、そんなことを
気にしてもしょうがない。ただやるだけ。再度そう思って、演奏し続けた。
 
ラストに近づいてきた。
 
メロディーがゆっくりになってきた。僕はサビの部分を相当な気持ちをいれて、盛り上げて歌った。
そして、最後の小節を2人が弾き終わった……。
 
「パチパチパチパチ!!!」
 
観客は拍手喝采だった。僕は周りを見た。
なんと、僕の母親と兄、兄の奥さんである義理の姉、幼稚園の甥2人が近くに座っていた!
(まさか、観にきていたんだ……)僕はびっくりしながらも、満たされた気分で
舞台を降りた。
 
降りた直後に、司会者からこんな風に振られた。
 
「今日の出来は何点ですか?」
 
僕は迷わずに答えた。
 
「100点です!!」
あまり、うまく弾けたわけでなかった。
けど、この舞台に立ってギターを弾いた。それだけで、十分誇れることだと思えた。
彼も振られてこう言った。
 
「難しかったけど、楽しかったですね‼」
 
そう、僕らは楽しんだ。心から。僕と彼は笑いながら、会場をあとにした。

 

 

 

それから、僕らは演奏会に定期的に出た。
参加する時は、ギターが好きな人とたくさん知り合うことが出来た。
その年齢は幅が広かった。本当に、ギターが好きな人達と触れ合うことが出来た。
そして、好きな曲や、好きなギターについて語り明かした。
そうするうちに、僕はギターの腕も少しずつ上がった。
始めた時に比べて弾くことができる曲が増えていったのだ。
 
そして、ギターの活動を始めてから5年後。
僕は自分の仕事の都合で、ギターのレッスンをやめた。
そして、彼とコンビを組んで演奏会に参加しなくなったのである。
事実上、彼とのコンビを解散したのだ。

 

 

 

僕がギターの演奏会に出なくなりだいぶ経った。
彼とは定期的に会っている。今でも大事な仲間だ。
 
ただし、ギターは僕の部屋の片隅にある。
少し埃を被っている。
でも、僕が日常生活でイラついている時、また、退屈だと思う時に
登場してくる。そして、松任谷由実の曲「やさしさに包まれたなら」を弾く。
こんな時はこう思う。
 
「本当にギターをやっていて良かった」
 
ギターを通じて、たくさんの人と知りあった。たくさんの事を経験できた。
そして、コンビになった彼と演奏が出来た。たくさんの素晴らしい
思い出を授けてくれ、今も僕の心を彩ってくれる。
僕の乾いた心を虹色へ変えてくれるものなのだ。

 

 

 

毎日があまり充実していない日々を送っていると思うみなさんへ。
みなさんは今まで、何かに打ち込んできたものはありませんか?
また、夢中になったことはありませんか?
絶対になにかあるはずです。
僕はギターを弾こうと思い立ち、たくさんの経験が出来た。そして、今でも僕の心を
鮮やかなものにしてくれる。
みなさんにも心の中にあるはずです。
だから、それを探しにいきましょう。探し出せたら、思いきり夢中にやりましょう。
きっと心の力が沸き上がり、きらめく自分になることができるはずだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
後藤 修(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。会社員として23年間勤務。2年前に今までの人生を振り返って
自分らしさを持ちながら生きることを決意し、コーチングを取得。
来たるべき時期に会社を退社して、コーチングを使い本来の自分を取り戻し、‘ありたい自分’で生きていきたい人を支援する活動する計画を着々と進めている。

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2021-09-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.142

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