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週刊READING LIFE vol.142

ただの不動産好きなおばさんが、日本の空き家問題や地方経済を論じてみた件《週刊READING LIFE vol.142「たまにはいいよね、こういうのも」》


2021/09/06/公開
記事:晴(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
経済法令研究会が刊行している「銀行法務21(Banking Law Journal 21)」という雑誌に、地域経済のメカニズムという連載があり、2021年8月1日発行の第873号で、「地方が豊かにならない本当の理由」という記事が掲載されていた。著者は、真野 康彦さんという地域経済・地域金融が専門のシンクタンクの研究員である。
著者はこの中で、地方が、商品企画、販路開拓、広告宣伝、デザイン、情報発信などの高い所得を生みだすクリエイティブな産業を都市にアウトソーシングし、低い所得しか生めない産業分野に集中していること、つまり、「地方がクリエイティブを都市からの移輸入に依存している」ことが、「地方が豊かにならない理由」の一つとしている。
また、「人間は高所得に引き寄せられる。所得の地域間格差があると所得の高い都市に人が集まり、所得の低い地方からは人が出ていくという人口移動のメカニズムを加速してしまう。所得が低い地域は人口が減ることで消滅に向かう。すなわち、地方はクリエイティブな産業を取り戻さなければ、都市との格差構造は解消されず、そして人口減少も止まらないのである」と論じている。
その上で、新型コロナウイルス感染拡大の影響による働き方の変化により、「地方が今後、クリエイティブ機能を取り戻せる可能性がある」とデータを示した上で、期待を寄せていた。つまり、「クリエイティブ産業は同時にテレワークに向いている業種が多い。これは都市にクリエイティブ産業が集積する構造を新型コロナウイルスが切り崩しつつある、あるいはその可能性があるということを示している」としている。
 
この主張に関して、前半の「地方が都市に対して販売している商品やサービスは安く買いたたかれ、逆に地方が都市から仕入れる商品やサービスは高くついている」という構造については、私も異論はない。だが、後半の「首都圏のテレワーク実施率は、全国平均よりはるかに高い」ことと、「東京に集積する、商社、金融、情報通信業といったクリエイティブな産業分野はテレワークと非常に相性がよい」ことによって、「地方は今こそ、都市からクリエイティブな職種の人たちを誘致することによって、一次産品についてはマーケティングやデザイン機能を、製造業においては最終製品の企画・設計機能を取り戻すことが可能ではないか」という主張には、首をかしげてしまった。
 
それは、人は仕事だけで住む場所を選ぶわけではないからである。
 
私の息子の例で説明したい。
息子は、100%在宅勤務のプログラマーである。
新型コロナウイルスが蔓延する前から、彼の会社はテレワーク取り入れていたが、息子は、プログラムの勉強中ということもあり、毎日出社して直接誰かに指導を乞うという働き方をしていた。また、週に1度金曜日には全員が出社し、ミーティングを行い、皆で顔を合わせる機会が設けられていた。
だが、新型コロナウイルスが猛威をふるうようになるにつれ、全員がテレワークにシフトし、指導や打ち合わせなど、すべてがオンラインに変更になった。
完全にテレワークになって既に一年以上が経過するのだが、つい先々月引っ越しをした息子が選んだのは、より都心と駅に近いワンルームマンションであった。彼が、この物件を選んだ理由は以下の通りである。
1、 ドラムの練習スタジオに歩いていけること。
2、 ドラムのライブスタジオにアクセスが良いこと。
3、 いつでも行けるスポーツジムがあること。
4、 日常生活が全て徒歩で済ませられること。
 
息子は、副業でドラム講師をしている。ドラムの練習や指導、ライブや動画配信の視聴などの需要は、地方より都市部の方が圧倒的に多く、環境も整っている。バンド仲間との交流やセッションにもスタジオへのアクセスの良さは欠かせない。
また、テレワークを続けていると、どうしてもオンとオフの切り替えが難しくなり、生活リズムが乱れてくる。息子は、生活にメリハリをつけたり、運動不足を解消したり、外の空気を吸うために1日1回、スポーツジムに行くようにしているらしいが、これも都市部の方が数も多いし、営業時間も長い。実際、彼が通っているスポーツジムは、24時間営業している。
さらに、息子は、ミュージックスタジオ、スポーツジム、スーパーマーケット、全て徒歩で通っている。運転免許は持っているが車は持っておらず、買う予定も無いそうだ。そのことで何か不自由を感じてもいないらしい。
 
このように、100%在宅勤務の一人暮らしの男性ですら、引っ越し先に、より都心を選んだことから推測して、家庭がある人はなおさら地方に移住するのは難しいのではないだろうか。配偶者の仕事、子どもの学校、家のローン、今までの人間関係、地方に行けない理由を数え上げればキリがないように思う。
もちろん、新型コロナウイルス蔓延を機に地方へ移住した人は一定数いると思うが、地方再生の切り札になるほどの大きな潮流になるとは考えにくい。

 

 

 

では、何も打つ手はないのだろうか。
地方は、このまま衰退していくしかないのだろうか。

 

 

 

私は、趣味に「不動産鑑賞」と書くほど不動産が好きで、好きが高じ、仕事で使うわけでもないのに、宅地建物取引士の資格を取得した。
不動産の中でもとりわけ「中古マンション」が好きで、暇さえあればあらゆる「不動産サイト」をサーフィンし、中古マンションを検索している。
そう、私の趣味は、正確には「不動産サイト鑑賞」で、歴は30年以上になる。
話が少し脱線するが、「不動産サイト鑑賞」はとっても良い趣味だと思う。まず、ネットの環境さえあれば、いつでも、誰でも、どこでもできる。スペースも体力も知力もお金も何も要らない。指さえ動かせれば延々と楽しむ事ができる。見るだけでなく、他人の不動産を頭の中で勝手にリフォームやリノベーションをしたり、既にリノベーションが終わっている物件にはダメ出しをして、建物の構造など全く無視し「私ならこうする」と妄想を膨らませている。自分の空想力をフルに発揮できる趣味なのだ。
私は、さらに年齢を重ねて、目があまり見えなくなっても「不動産サイト」を楽しめるように、音声で間取りや駅までの距離、共用部分の管理状態や周辺の環境、災害危険度などを知らせるサイトがあるといいなと思っている。(既に、あるのかもしれないが)無ければ、自分で作りたいくらいである。
 
話を、元に戻す。
私は、不動産サイト鑑賞から幅を広げ、不動産関連のYouTubeチャンネルを視聴するようになった。そのYouTubeチャンネルの視聴者が、自然発生的にFacebookやlineのオープンチャットのグループを作って交流を始め、さらにそのグループの中に「街づくり」を考えるコミュニティができた。私はその「街づくりコミュニティ」の一員である。
 
この夏、このコミュニティが縁で、私はおもしろい体験をした。
 
街づくりコミュニティ(以下、街コミュという)のメンバーの一人、30代の女性の話になる。彼女は高知県南国市に、母方の祖父母の家と、その家と敷地続きの広大な畑を持っているのだが、ここ何年か、家は空き家となっており、畑も手つかずになっていた。それを活用できないかと考え、今年の春に、専門家に建物の土台部分を確認してもらい、草を刈り、サツマイモやバジル、三つ葉などの苗を植えていた。その後の家や畑の確認、伸びるに任せた草刈りを兼ねて、この夏、高知を再訪するに当たり、街コミュのメンバーに声をかけてくれたのだ。
これに呼応したメンバー4名と彼女の家族、合計7人で、7月某日、成田から高知へ飛んだ。この中には、ホストの2歳のかわいい男の子も含まれている。
 
現地で私たちが目にしたのは、さつまいものツルが畑から飛び出し、今にも家を襲おうとしている光景であり、私の背丈をゆうに超し、鎌が太刀打ちできないほど伸びに伸びたセイタカアワダチソウの群生であった。
私たちは、ツルを切り、根っこを掘り起こし、果敢に挑み、楽しんだ。
作業を含め、この家での時間は、全員にとって、とても豊かなものだった。
この活動は大成功だったと思う。
成功の一番の要因は、言わずもがなホストファミリーのアイデアと行動力と統率力、ホスピタリティに尽きるが、他にもいくつかの要因があったので簡単にまとめておこうと思う。
 
私たちは、事前にオンラインで簡単な打ち合わせをしておいた。
着いた当日は、買い出し班と家を整える班に分かれることや、その日の晩御飯はひろめ市場で食べること、お風呂は、ながおか温泉に行くことなどを決めておいたので、着いたその時から、物事をスムーズに始めることができた。
 
私たちは、自然体でゆるやかに結びついていた。
草刈りに没頭する時間があれば、ホストの2歳の男の子と遊ぶ時間もあった。夜には、しみじみと語り合い、疲れてストンと寝てしまうこともあった。
道の駅に寄った時、私は高知の特大サイズのパイナップルを広島に住む義理の弟に送ったのだが、その間、みんなは、海を眺めて待っていてくれた。
共同で作業をしつつも、誰もが、思い思いに楽しんでいた。
 
私たちは、おいしいものをおいしく食べた。
高知と言えばカツオだ。カツオの柵を串にさし、焚き火台で炙った藁焼きは、全く生臭さがなく、ひろめ市場で食べたのと同じくらいおいしかった。おすすめは、タレより高知の海洋深層水で作った塩でいただくことだ。
他にも畑でサツマイモや自生していたブルーベリーを収穫したり、耐火レンガでピザ窯を作ってピザやサツマイモを焼いたり、チーズやベーコンの燻製を作ったりした。そのピザを、一輪車を貸してくれた隣に住む親戚のおじさんや、下の家のおばさんに持っていって地元の人と交流をしたメンバーも居る。私は、今度は、地元の人も一緒にピザを焼けると良いなと思った。
 
さらに、この体験を私の息子や孫にも味わわせてあげたいと思った。
雨戸を開け、窓を開け、風を入れ、布団を干し、草を刈って、レンガを運び、ピザ窯を組み、ピザを焼き、藁を燃やして、カツオをあぶり、サツマイモを掘り、サツマイモを焼き、バジルを摘み、チーズトーストにバジルを乗せ、汗を流し、花火をし、疲れ果てて寝る。
ご近所に、ピザを配り、お礼にフルーツゼリーをいただく。
かつて普通に行われていたそういったことを体験する。それは、例え「ごっこ」でも良いのではないかと思う。そういう体験とそういう場所を知っていることが重要だと思うのだ。

 

 

 

私の夫の実家は、京都の丹後半島にある。ここにも、空き家がある。夫の祖父母が住んでいた家は、「おおばあちゃん」が亡くなって以来、空き家になっている。夫の両親の家も、やがてはそうなるかもしれない。
こういった、地方の空き家を管理する者同士のネットワークが作れないものだろうか。
ネットワークの中で、おいしいカツオが食べたいときは高知の空き家を、日本海に沈む夕日を見たいときには丹後の空き家を、スキーがしたければ新潟の空き家をメンバー同士が使い合う。その時、家のためになることや次の人のためになることをする。例えば、畑の草を刈る、薪を次の人のために割っておく、お布団を干しておく、シーツを洗っておくなどだ。
 
最初に述べたように、地方にべったり定着する人口を増やすのは、正直難しいと思う。だが、田舎の良さは、誰もがわかっており、その体験は必要だと感じている。そういう実家に匹敵するような場所が、色んな所にあって、地元の人とも交流ができ、地域に貢献できるような関係人口を増やす試みができないものだろうか。
 
私は、田舎育ちなので、これがそう簡単ではないことを知っている。田舎の人は、ある意味排他的で交流を望まない人もいるはずだ。そういった使い方による火事などの防犯面を心配する人も居るだろう。また、全国にある空き家の全てがこれで使われる訳でもない。交通費の問題もある。例えば高知は、ジェットスター航空を利用すれば、成田から1万円以下で往復することができるが、京都の丹後半島は、最寄りの但馬空港へ首都圏からは格安航空は飛んでいない。細々と面倒な取り決めも必要だし、法律の整備もしないといけないかもしれない。ハードルは相当高いと思う。

 

 

 

私は、「三度の飯より不動産」というちょっと変わった、ただのおばさんに過ぎない。法律の知識も建築の素養もない。行政に携わっている訳でも建築業に従事している訳でも、不動産業界の人間でもない。私が考えた程度のことは、既に誰かが考えているだろうし、現に実行している人が居るかもしれない。これは、全部、素人の浅知恵だ。
だが、素人だからこそ、わからないからこそ、「好きな者が、好きなことを、好きに集まって、好きに話す」ことができるのではないだろうか。
純粋に楽しみだけがあり、楽しみの先にコミュニケーションが発生し、ネットワークが生み出されていく。
「素人が……」と、笑われるかもしれないけど、「たまにはいいよね、こういうのも」
私は、そう思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
晴(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年2月より、天狼院書店にてライティングを学び始める。
1966年生まれ、滋賀県出身 算命占星術「たなか屋」亭主
趣味は、山登りと不動産鑑賞

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2021-09-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.142

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