週刊READING LIFE vol.142

56歳の難病サバイバーおばちゃんが抱く荒唐無稽、抱腹絶倒な夢《週刊READING LIFE vol.142「たまにはいいよね、こういうのも」》


2021/09/06/公開
記事:南野原つつじ(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
私 「お母さんね、やり残した夢があるねん。こんなことなら、やっとけばよかった」
 
家族みんな 「え、どんな夢?」
 
私 「お父さんと結婚する前に、
『富士山いいで、また、みんなで登ろう』って、劇団の仲間から誘ってもらってたけど、結局結婚して、すぐに子どもが生まれて忙しくなったから行かれへんかってん。
劇団の他のメンバーはみんな登ったんやけど……
あの時みんなと登っといたら良かったのにな.……。
結局、難病になってしまって……。
やっぱりやりたいことは、そのときにやっとかなあかんなぁ……」
 
長男 「その夢叶えよう!」
 
私 「そんなん無理に決まってる」
 
みんな 「なんでそんなん無理って決めつけるん!決めつけたらあかん!
僕ら、みんなでサポートするから……」
 
私 「そんなん、無理無理、まぁお母さんが死んだら遺骨か灰を富士山の頂上にまいてな…….」
などと話していたのですが、
子どもたちの真剣なまなざしと、ものすごい気迫に押されて、とりあえず、富士山に登るという目標に向かって、まずは小さな実現可能性の高い目標を達成していく。
近所の低い山に登る。
そのために、毎日少しずつできることを積み重ねよう! ということを承諾することになりました。
 
今まで家に閉じこもりがちだったけれど、はじめの第一歩として、できるだけ毎日犬の散歩に行くという、あまりにも小さなささやかな目標を立てました。
 
とは言え、千里の道も一歩からと、今日も犬を連れて散歩に出かけてみたものの、ちょっと歩いただけで30年前に痛めた足首が痛くて痛くて……。
こんなことでは富士山なんて絶対に無理だなと思いました。
富士山登山は、実現可能性3%ぐらいだと思います。

 

 

 

でも、ひょんなことから、また1つ夢ができたんです。
それもかなり抱腹絶倒な夢ですけど。
 
その夢はある曲を聴いたことから始まりました。
今年の8月12日、今から10日前ぐらいに家族でお墓参りに行ったときに聴いた曲です。
車の中で長男が自分のiPhoneと、カーオーディオをBluetoothでつないで曲を流しました。
ラップミュージックでした。
ラップやヒップホップというと、ちょっとヤンチャで派手で、どちらかというとギラギラしている、そんなイメージでした。
 
ところがカーステレオから流れてきた歌詞は、驚くほど私たちの日常にぴったりと即していて、同級生が作ったと言ってもうなずけるような、共感できるような歌詞でした。
がんばれば未来は明るいとか、昔はそんなことも信じられたけど、今は未来になかなか希望が持てない。毎日懸命に生きていてもなかなか報われないような閉塞感を抱えながらも、けなげに懸命に生きている私たち現代人に刺さる歌詞だなと思いました。
 
思うようにならない日常をえがきながら、不平不満を言うのではなく、その中で妻子への愛や思いやりや感謝を素直に伝えきっているところがすごいな、これはものすごく力のある歌だなと素直に驚いたのでした。
誰かへの愛や感謝を伝える歌って、一歩間違えると「はいはい、勝手にどうぞ」みたいな、聞いてる方がちょっとしらけてしまったり、綺麗事に聞こえてしまうこともありますが、とにかく胸に響いたんです。
息子に聞いたところ、zornというアーティストの「MY LIFE」という曲とのこと。
 
その次に車内にかかったzornの曲「家庭の事情」で、また度肝を抜かれてしまいました。
はじめにかかった曲とは全く異なる感じで、この人が育った複雑で胸が痛むような家庭環境をリアルな言葉で、これでもかこれでもかというくらい、切々と訴える歌詞でした。
もし目の前にこの人がいてこんなことを打ち明けられたら、どんなふうに相槌を打ったらいいんだろう……。
と思うような深刻な状況、でも留置所や少年院に「このリリック帳がこの子を導く」と弁護士が歌詞を書くノートを持ってきてくれたことにより、この人は、誰にも言えないような辛いことをラップの歌詞に表現することができて、傷ついた心や壊れた家庭、いろいろなものを再生させてきた……
 
「家庭の事情」と「MY LIFE」2曲続けて聴くことで、そんなストーリーが浮かび上がってきました。
 
このzornというアーティストは、さまざまな過酷な苦難を受け入れ、いいことも悪いことも統合させて生き抜いてきて、だからこそ、今自分の目の前にある家族を人一倍大切にして、そんな気持ちを歌にすることができたんだなと。そんなバックボーンがある人だからこそ、一つ一つの詞にリアリティとパワーがこもるのかなと。
今年の1月には日本武道館でワンマンライブを開催されたくらい人気があるアーティストだそうですが、詩を書くための絵空事ではなく、地に足がついていて、生活の中からにじみ出ている等身大の言葉だからこそ、しらじらしくなく聴く人の心に深く伝わるものがあったんだなと、思いました。
 
「ラップいいな〜!」
たった2曲の曲から深い感銘を受けて、そんなふうに思った私。
思わず「お母さんもラッパーになろうかな」というと、
長男が、すぐに「いいやん!」と。
「孫とおばあちゃんでラップやってる人もおるで」
 
孫ではありませんが、帰宅後、高校生の次男にそんな夢を語ると、
「僕音楽作ったるわ」と。
次男は、元々そういうのが好きな子で、中学の入学祝いにRC505という、ボーカルやさまざまな楽器の音や曲を録音して、どんどん重ねて、加工して再生できる機械をおじいちゃんに買ってもらって、みんなの前で文化祭で演奏したり歌ったりする子です。
最近もお年玉を貯めに貯めてMPCという機械を買ったのですが、これも古くから主にヒップホップシーンで多用されてきたかなり本格的な音楽制作ツールなんだそうです。
 
元はと言えば、私自身も若い頃は多重録音機を買い、曲作りを行っていました。
通信教育で作詞の勉強をしたこともあります。日本音楽アカデミーというところでしたが、書いた歌詞がコンクールで準優秀賞をいただき、副賞として金色に輝く置き時計を送っていただいたこともあります。
 
私は思いっきり音痴で歌が下手なんですけど、ラップなら歌のうまさというよりは、その詞に込めるパッションや音圧、リズム感で勝負できる気もします。
 
おばあちゃんラッパーで検索してみると、15歳の孫と67歳のおばあちゃんが結成してる、「赤ちゃん婆ちゃん」というユニットが出てきました。
このおばあちゃん、難病患者で痛みに苦しんでおられたそうですが、孫とラップをすることによって、全国から声がかかり、知らない間にお元気になられたそうです。
 
おばあちゃんラッパーで検索すると、TATSUKO88というおばあちゃんも出てきました。戦争、広瀬川氾濫、夫の死、息子の病、東北大震災……今まで生きて経験してきた人生の深みや重みが曲につづられていました。うまいとか下手とかそういうのを超えた感じで、この方も88歳とは思えないくらいパワフルでイキイキされていました。
 
そういえば、昔読んだこんな記事を思い出しました。
ある研究者がアメリカ南部の農場で働かされていた奴隷の研究をしたところ、音楽とダンスを禁じた農場では奴隷の平均寿命は10年短くなった。そこで音楽とダンスを解禁したところまた平均寿命が10年長くなったと。
 
ポールマッカートニーを見てもミックジャガーを見ても、音楽をやってる人っていうのは歳をとっても若々しい人が多いです。桂歌丸師匠と加山雄三がほぼ同い年とは信じられないですものね。
 
音楽には きっと人を若々しく元気にさせる力があるのでしょう。
56歳のおばちゃんの私ですが、これからもできるだけ若々しく元気に生きていたいと思うし、音楽をやりたいです。
でもバンドは集まって練習するのも、みんなの都合を合わせるのが大変だったりするけど、ラップだったら、自分のペースで自分の伝えたいことを歌詞にして表現することができる気がしました。
 
富士山登山は無理でも、おばちゃんラッパーなら意外とすぐになれそうな気もしました。

 

 

 

表現するというのは英語でexpress
外へを表す ex  + 押す、圧迫するの press
今まで心の中で押さえつけられていたものを外に出すことなんじゃないかなと思っています。
zornさんもそう、おばあちゃんラッパーもそうだと思うのですが、それができれば人は元気になるということを、私は自分やたくさんの人のケースをみても実感しました。
 
私は2014年から重症筋無力症という難病にかかりました。自己免疫性の疾患で、自分の神経が出した命令を筋肉が受け取れなくなってしまう抗体を自分が出してしまう病気です。
 
ひどいときには、目も開けられない、手も上がらない、ものが噛めない、飲み込めない、言葉のろれつもまわらない、自分の頭を自分の首が支えることができない、呼吸もできなくなり、寝たきりでした。
なかなか治らなくて、「こんな状態がずっと続くのなら、これからもずっと家族に迷惑をかけ続けるのなら、自分なんかいなくなればいいのに……」と、何度泣いたことか分かりません。
 
でもたくさんの方々から 自分の治癒力など様々な力を引き出すような考え方や心の在り方などいろいろなことを教えていただき、元気になれた今、今度はそのことを今苦しんでいる方に伝えていきたいと言うことが生きがいになり、様々なことを ex press 表現できればできるほど、どんどんどんどん元気になってきました。
 
ブログ等で出会った難病患者さんたちも、自分の中に押さえ込んでいたものを外に出せるようになり、表現できるようになればなるほど、皆さんお元気になっておられます。
そんないろいろなこと、私にはお伝えしたいことがあるのです。
ラップもその表現の一つ。
文字では伝えられないことも、ラップなら伝えられることもあるかもしれません。

 

 

 

今コロナ禍で、旅行にも行けない、人にも会えない、いろいろなことができなくなっています。
あれもできないこれもできない、知らず知らずのうちに心がカサカサになってモヤモヤしてイライラざわざわすることも多いです。
 
加えて、これから歳をとってきたら、貯金よりも貯筋、少しでも運動して筋肉を貯めてと思いながらも、このご時世ついつい出不精になって、デブ症になってたりします。
 
でもいつか富士山に登ろうと思うと、それだけで散歩のモチベーションも上がります。
 
また、いつかおばちゃんラッパーになると言う夢を持つだけで、ストレスの溜まる毎日をどのように表現すれば良いのかと考えることができて、自分の置かれた状況を客観的に俯瞰して見る視点が得られるような気もします。

 

 

 

一万歩歩くこともなかなか叶わないようなポンコツな難病患者のくせに「富士山に登りたい!」だとか、56歳おばちゃんのくせに、突然「ラッパーになりたい!」だの、
「ほんと、なにをつまらないことを言ってるんだろう」って、唖然とする人も多いと思います。
 
でもね、笑われてもいいです。どんなことでもいい、自分を駆り立てるものを持つと
それだけでなにか毎日が変わってくるように思えるからです。
 
私は今年2月から天狼院のライティング・ゼミ、6月からライターズ倶楽部に参加しました。
50過ぎて、ライティングの勉強をいきなり、しかもこんなに真剣に始めるだなんて、そんなことにお金や時間かけて何の意味があるの? とか思う人もいるかもしれません。
 
でも自分がやりたいことや、やってみたいことをやるって、しんどかったり辛かったり苦しかったりすることもあるけれど、本当に楽しくてワクワクするなぁ、ということをしみじみと実感できたんですよね。
 
いい年をして荒唐無稽な夢を追う私。
 
夏の夜の夢と、戯曲や歌のタイトルにもあります。
たまにはいいよね、夏の夜だもの。
こんなふうに青くさく夢を語るのも……。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
南野原つつじ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪生まれ。重症筋無力症という難病で半分寝たきり生活を経て死にかけましたが、
たくさんの方々から元気を取り戻す方法を教えていただいたおかげで元気に……。
今度は私がお伝えする番!

“災い転じて福にする”をテーマに、今しんどい人が少しでも笑顔になりお元気になられますようにと祈りながら発信しています。
少しでも伝わる力をつけたいとライティング・ゼミ、ライターズ倶楽部に参加修行中。

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2021-09-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.142

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