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週刊READING LIFE vol.142

記事が黒く為るには訳が在る《週刊READING LIFE vol.142「たまにはいいよね、こういうのも」》


2021/09/06/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
『もっと、漢字を開いて』(漢字を平仮名にせよの意)
『記事が黒いなぁ』(段落・改行が少なく読み難いの意)
私が執筆した記事に対して、たびたび頂戴する講評だ。但し、Net上等の公の場ではない。往々にしてこういった講評は、直接・面と向かって頂戴するものだ。炎上等とは無縁なものの、ダイレクトな本音なので私には少なからずショックが残ったりする。
しかも、こうした有難い御指摘も、当人には既に自覚が在るので効果が薄いのが事実だ。さらに、数々の御指摘でも、直る兆候が無い。既に私の癖と化している様で、始末が悪いのだ。
 
私の『多過ぎる漢字』や『黒い記事』は、確かに自覚している。しかし、改善をしようと試みるものの、依然として直り切ってはいない。何故なら、その二つには深い原因が在るからだ。
 
 
先ず、私が物を書く時についつい漢字を多く使用してしまうのは、根底に劣等感が存在する。子供の頃より、難しい漢字の読みは得意としていた私だが、何故だか書く方は苦手としていた。
これは、現在でも直ってはいない。
多分私は、読みだけなら漢検一級近い実力は有していると思う。何故なら、クイズ番組で出される難読漢字は、ほぼ完璧に読みこなせるからだ。
ところが、書く段に為ると状況が一転してしまう。小学校で習う様な漢字でも、書くとなると一瞬詰まってしまうのだ。子供のころから、書き取りのテストが苦手だった。
 
最近でも、本や新聞を読む時も、漢字はスムーズに読むことが出来る。たまに出て来る常用漢字以外の難読漢字は、大概の場合“ルビ”が振ってあるので、全く苦労しない。
ところが、書く方はというと手書きは殆どしなくなっている。書くのは専ら、PCだ。こうなると、漢字変換は全て御任せなので苦労が無い。
よく言われる、PCの漢字変換に頼っていると恥ずかしい誤変換が起こる問題も、漢字の読みが得意な私は、何の問題にも為っていない。むしろ、どちらの漢字を使っても間違いでは無い場合等、比較的難しい・画数が多い漢字を使いように為っている。
 
これは、PCの前にワードプロセッサが一般的になった時代からのことだ。
 
 
私が学生だった40年程前、マスメディア、特に新聞記者やジャーナリストは人気の職種だった。私も、記者に為ろうとは思わなかったが、文章だけはよく書いていた。
学生時代の一時期、雑誌に記事を書いているフリーのライター事務所で、アルバイトもしていた。勿論、テープ起こしや雑多な短い記事を書かせてもらうことも有った。
ところがだ、そういったデータ原稿を書くのに、私は異常に時間が掛かってしまった。子供の頃からの悪筆なので、意識して字を綺麗に、正確には他人にも読める様に書いていたからだ。
そしてもう一つ、簡単な漢字も書くことが出来ない私は、いちいち辞書を引かなければならなかったこともある。辞書を引くのは、漢字を覚える一番いい方法と学校で習ったが、締め切りに迫られている時は、書くことだけで精一杯と為り、覚える暇などなかった。
必然的に、ほんの数百字の記事を書くのに、他人の倍近い時間を要することと為り、私はライターに向いていないと痛感したものだった。
 
暫くすると、そこへ、ワードプロセッサという救世主が現れた。手書きを止めることが出来、いちいち辞書を引かずとも漢字が書ける様に為ったのだ。正確には、機械が漢字変換をしてくれる様に為ったのだ。
私は、救われたというより、嬉しくて仕方が無かった。以前は、漢字が書けなくて恥ずかしいと思い、他人に見せることを躊躇った記事でも、自信を持って見せられる様に為った。
しかも、文字はタイプしてくれるので、悪筆の私には更に好都合だった。
 
これは、ワードプロセッサがPCに替わっても同じだった。
私は、変換を任せることにより、自分が沢山の漢字を知っている、書くことが出来るという勘違いに今も浸っているのだ。
 
これが、私の文章に漢字が多くなる原因だ。
子供の頃からの劣等感が、今でも出てきていることに他ならないだけだ。
 
 
 
一方、記事が黒くなってしまうことには、二つの理由が考えられる。
 
一つ目の理由は、小さなことだ。
天狼院でライティングを学び始めた頃、私が書いた記事がWebページに乗る機会が有った。何歳になっても、人間は褒められると嬉しいものだ。私は友人達に、是非読んでくれと依頼した。
多くの友人は、好意的反応を示してくれたが、一人の友人が、
「改行が多くないか?」
と、言って来た。
そういえばと、私にも心当たりがあった。何度も何度も、書いては消し・消しては書きしている内に、無意識に改行していた様だった。読み返すと、確かに改行が多い気がした。
私は、小心者だ。
他人から批判的な反応をされると、ついつい言われた通りに直してしまうのだ。
これは、正解に近付いたのではなく、自分に対する言い訳でもあったのだ。
 
しかも間が悪いことに、私に対して『改行が多い』と指摘した友人は、プログラマーをしているバリバリの理系人間だった。普段読む書物といえば、一般人なら敬遠しそうな取説や学術書ばかりの人間だ。
当然、Web上に掲載される軽い文体の文章は、どこか軽薄に見えたのだろう。その表現として『改行が多い』と為ったのだと思う。
 
それからというもの、私は、意識的に改行を少なくする傾向に為ってしまった。
しかしそれは、友人に意見されただけではなく、もっと昔に体験した、衝撃的出来事から来るものだ。
これが、記事を黒くしてしまう、二つ目の理由だ。大き目の理由だ。
 
 
「こんにちは」
大学2年の1月、学年末試験が終わった私は、3年生の4月から御世話に為るゼミの担当教授の研究室へ挨拶に出向いた。少しでも、春から教授の受けを良くしようとする下心からだ。
 
大学の商学部経営学科に在籍していた私は、春から『マーチャンダイジング』を専攻しようとしていた。
『マーチャンダイジング』とは、当時の新しい理論で、消費者の欲求を満たす様な商品を,適切な数量・価格で市場に提供する企業活動理論だ。簡単に言うと、商品化計画というマーケティング理論の一つだ。
折角大学で学ぶのだから、私は新進の学問を身に付けようと考えたのだ。
 
御免なさい。それは嘘だ。
 
私が『マーチャンダイジング』を専攻しようと考えたのは、担当教授が、楽に単位を与えてくれる、そして楽に卒業出来ると思ったからだ。40年前の学生は、現代の学生さんから見るとからっきし勉強しなかった。自慢出来ることでは無いが、『大学は社会に出る迄のモラトリアムだから』は通り相場だった。
要するに、理科系を除いて勉強する為に大学へ来ている者はほぼ皆無だったのだ。
 
私がその教授のゼミを専攻しようと思い始めたのは、大学に進学して直ぐのことだった。教授は、『マーチャンダイジング』の他に、新入生向けの選択必修科目として『貿易論』という授業を担当していた。
元々、真摯に勉学に勤しもう等と考えていなかった私は、履修する科目の選択は単位の取り易さに重点を置いていた。そこで、科目選択の為に先ずは大学の生協に向かった。
現在はどうなっているか知らないが、当時の大学生協には、試験の過去問題集が販売されていた。その過去問と、書店で参考書の横に並んでいる入試赤本との違いは、模範解答が無いということだ。当然、価格は安かった記憶がある。
 
試験の過去問を見ると、『貿易論』の出題は、過去5年間変わっていなかった。設問が4問在り、そのうち2問を選択して答えるというものだ。5年間の変化といえば、設問の順番が変わっているだけだ。
しかも、この『貿易論』の試験は持ち込み可(教科書やプリント、ノート等を試験場に持ち込め)とのことだった。
なるべく楽に単位を取りたい私は、迷うことなく『貿易論』を履修した。
 
大学の授業が始まり、『貿易論』の講義も始まった。
300人は優に着席出来る大教室に、定刻から10分程遅れて初老の教授が現れた。
それから、過去問から想像出来る以上の講義が始まった。
遅刻していたことを悪びれもしない教授は、教机に鞄から古びたノートを取り出すと、おもむろに腰を掛けた。
そして、一切立ち上がることも無く、一切板書することも無く、手垢まみれのノートを読み始めた。それから約1時間半、教授は只々ノートを読み続けた。
この講義が、夏休みを挟み年末迄続いた。
変化といえば、この初老教授の癖なのか、ノートを読むだけの講義の間に必ず一回、
「今、どこまで読んだっけ」
と、学生に尋ねることだ。
私は、自分で読んでいるノートの箇所を失念するとは、単なるギャグなのかとも思った。しかし、そうでは無かった様だ。教授の表情は真剣だった。正確には、表情を全く変えることは無かった。
 
もう一つ驚いたことは、教授が読んでいるノートの内容が、教科書に指定された教授の著書と、“て・に・を・は”が変わっているだけだったのだ。
今考えれば、勉強する気が無い学生には、教えようとする気の無い教授がピッタリだったということだ。
私は、想定通りの『貿易論』の試験を、想定通り教科書を丸写しにしただけでなく、答案用紙の裏までビッチリと文字を連ねてみた。
 
私は難無く『貿易論』の単位を取得した。評価は“優”だった。
「この教授なら、ゼミも楽なんだろうな」
と、私は考えたのも事実だ。
 
 
「ところで君、これから時間が有るかい?」
ゼミの挨拶に伺った私に、初老の教授は突然聞いてきた。
「はい、大丈夫ですけど」
そう答えた私に、教授はとんでもないことを言って来た。
「これから、期末試験の採点をするのだけれど、手伝って貰えないかな?」
「ええ、いいですけど私に出来るのですか?」
「勿論。助手も居るから安心して。後で夕飯を御馳走するから」
と、言って来た。
来年度以降の、教授との関係を悪くしない為にも、私は試験の採点を手伝うことにした。
 
「じゃ、彼(助手)と一緒に答案を持って付いて来て」
と、教授は私に言うや否や、研究室を出て行ってしまった。
「どこへ行くのですか?」
と、私は助手に尋ねた。
「大教室だよ」
と、助手は素っ気無く答えて来た。
 
向かったのは、教授が『貿易論』の講義をしていた大教室だった。学年末試験が終わった大教室には、人っ子一人居なかった。空調が切られた1月の大教室は、異常に寒かった。
 
大教室のほぼ中央に教授は座って居た。
「山田君、だったっけ? 教机の所に行って、1枚ずつ答案を上に上げて。
うん、もう少し高く」
私は自分の顔の位置に、一年生が書いた答案を1枚ずつ掲げた。
「あ、山田君。裏にも書いて行ったら、裏も見せて」
と、教授は訳の分からないことを言い出した。
私に横には、赤ペンを持った助手が控えていた。
 
私が答案を見せると、教授は少しだけ考え、
「それは、Bだな」
とか、
「それは、少しオマケでA」
と、助手に告げていた。
助手は淡々と、答案用紙に教授から告げられたアルファベットを赤ペンで記した。
私はただ、2時間強、300枚を超える答案用紙を上げ続けた。
 
 
「はい、御苦労さん。疲れたろう。じゃ、約束通り飯に行こう」
と、教授はなぜか上機嫌と為り、私と助手に告げた。
どこへ連れて行って貰えるのかと期待したが、行先は学食だった。
『何だよ、いつでも行ける所じゃないか』
と、私は思わず言葉が口を突きそうになったが、寸でのところで止めた。
「さぁ、好きなのを頼んでいいよ」
と、教授は笑顔になりながら、古ぼけた財布を取り出した。
私は、想定外の学食での奢りだったものの、気を取り直して普段は高価で注文出来ない“カツカレー大盛り”を頼んだ。
 
私は、カツカレーを頬張りながら、2時間以上前から思っていた疑問を、教授にぶつけてみた。
「先生は、あんなに遠くから答案が読めるのですか?」
教授は、B定食を食べ進めていた箸を止め笑いながら、
「読めるかって? 読める訳無いじゃん。沢山書いているかどうかだけを見ているのさ。そう、黒いかどうかだけだよ」
と、答えて来た。
私の隣りに座って居た助手も、チャーシュー麺大盛りの手を止め一緒に笑っていた。助手の顔には、
『こいつも同じことを聞いてら』
と、書いて在る様だった。
 
教授によると、答案の黒さだけで成績を付けるのは、それなりの訳が在った様だ。
そこには、何年(何十年?)もの間、同じ設問の試験を出し続けることによって、似たり寄ったりの答案ばかりとなる現象が生じたからだ。
それはそうだろう。毎年同じ設問な上に、持ち込み可の試験なのだから。
そこで教授は、どれだけ答案用紙に書いたか、正確には書き写し込んだかを評価する様に為ったのだ。
それが、成績が“答案の黒さ”で決まることとなった顛末だ。
道理で、私の『貿易論』の答案に“優(A)”が付いていたのかが解かった。
 
それと同時に、この教授のゼミなら楽に単位が貰えるだろうと私は確信したものだ。
また、ほんの少しだけ、この教授のゼミを取って大丈夫かと不安に為った。
 
 
以上が、私がついつい記事を黒くしてしまう理由だ。
黒い答案が良い成績に為るという刷り込みが、未だに抜けきっていないのだ。
 
 
最後に、私の担当教授の名誉の為に申し述べたい。
40年前の大学教授は、どこの大学でも大差は無かったと聞いている。
 
それで済んでいたのは、偏に私達学生が、真面目に勉学する気を持ち合わせていなかった事に他ならない。
 
いわば、自業自得なのだ。
 
 
こんな理由で、私の『黒い記事』のことも少しは御許し頂きたいものなのだが。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

天狼院ライターズ倶楽部湘南編集部所属 READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41st Season 四連覇達成

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2021-09-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.142

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