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週刊READING LIFE vol.142

ペルセウス流星群を求めて西へ西へと旅する話《週刊READING LIFE Vol.142「たまにはいいよね、こういうのも」》


2021/09/06/公開
記事:森 団平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
旅とは本来自由なものだ。
日々の生活から解き放たれて、どこにいくのも何をするのも自由。
それが旅の醍醐味だろう。
でも、旅のしおり的な考え方から、金銭的な側面から、どうしても行動が縛られてしまう。
旅に出たのに、自由なのに。
これはそんなしがらみから、解き放たれて自由な旅をした話。
「たまにはいいよね」という禁断の果実を口にした男の話。
 
 
ある日、僕はふと思い立った。
「ペルセウス流星群が見たい、出来る事ならそれを写真に撮りたい」
ペルセウス流星群とは、毎年8月半ばに見られる流星群だ。
その流星の多さから三大流星群の一つに数えられる。
 
夜空に幾多の流星が流れるそんなシーンを見てみたい。
そんな思いが沸々と湧いてきた。
では、そんな光景を見るためにはどこに行けばいい? どこなら見られる?
考えた末に思いついたのは、宮崎県の「都井岬」だ。
以前、有名な写真家の方も「都井岬」で見た星空が人生でも一番感動したと仰っていた。
 
パック旅行で飛行機の予約をして、レンタカーも予約した。
せっかく九州まで行くのだ。他にも撮りたいものはたくさんある。
光芒で有名な「菊池渓谷」、東洋のチロルとも言われる「由布川峡谷」、雲海に輝く阿蘇の街並み
九州は魅力的な場所が各地にある。もう住んでしまいたいくらいに。
きっといい光景に出会える、ハッとする絶景に、良い写真もたくさん撮れるに違いない。
期待に胸を躍らせて、僕は羽田空港から飛び立った。
そう、この時までは全ては期待通りに行くものだと思っていた。
 
着いた翌日、朝三時には起床し「菊池渓谷」に向かう。苔むした岩々が並び、清流が流れる。光芒が現れるのは、7月末から8月半ばまでの7時頃から8時過ぎのいっときだけだ。
着いた時には、周りにはカメラマン達がそれぞれの場所に陣取り、今か今かとその時を待ち望んでいた。
しかし、7時を過ぎても、7時半になっても、光芒が現れる気配はない。
単に晴れていれば良いというものではないらしい。湿度の高い日でなければお目当ての光芒に出会うことは出来ない。ともあれ通うことが大事なのだ。
その日会った、名古屋から来たお兄さんは言っていた。
「今回は、菊池渓谷オンリーなんですよ。星も今回は諦めて、毎朝ここに通ってます。一週間くらいは毎日通う予定ですよ」
これが、覚悟か!
僕はいろんなところに行っていろんなものが撮りたいと思っていたけれど、最高の瞬間を求めて目的を絞る人もいる。
 
僕も、そうしたい! と思ったが、せっかく九州まで来たのだ。
他の場所も撮りに行きたいという思いは捨てられず。その日は、他の場所も撮影に回った。どんよりとした曇り空だが、阿蘇の自然は雄大で青々とした草が風にたなびく光景は関東では見ることが叶わない。
そうして、一日撮影し、夜宿に帰る。
生憎の曇天で星空は見れそうにない。
「明日こそは、光芒が見れるといいなぁ、星も見れるといいなぁ」と思いながら眠りについた。
 
目覚めた瞬間、ハッとなる。明るい……。
既に太陽は上がっていた。あぁ寝過ごした……。
「ピピピッ」と力なく携帯電話からは目覚ましの音が流れ出る。
君は頑張ってくれていたのか。でも起きられなかったのは僕のせいだね。
久々の運転でどうも疲れ果てていたらしい。
その日も終日、曇天で星は見られず。
天気予報もこの先一週間は良くない予報だ。どうも運に恵まれない。
 
次の日は気持ちを引き締めて、早朝菊池渓谷に向かった。
現地に着くと、名古屋のお兄さんがベンチに腰かけていた。
「おはようございます、行かないんですか?」
と声をかけると、
「今日は(光芒)は出なさそうだねぇ」とあきらめ顔。
「昨日はよかったんだけど」と写真を見せてくれた。
そこには、画面全体に差し込む光の奔流があった、光の筋の一つ一つがはっきりと描かれ両側の緑も良く映えている。
これは……。
あぁ~~。昨日寝坊さえしなければ。僕もこの光景に立ち会えていたのに。
落胆は隠せない。
 
名古屋のお兄さんはこれから名古屋に帰るらしい。
「これからは天気も悪そうだから。いい光芒も撮れたし」と満足顔だ。
僕は、「ペルセウス流星群を撮りに来たんですが、天気も悪そうだしどうしようかと思っていますよ」と愚痴った。
「そうだねぇ。土砂降りっぽいし、九州全域どころか本州も全部だめで今年は無理だねぇ」とさすが先輩カメラマンは天気予報のチェックも余念がない。
 
その時、彼がポツリと言った「もう、晴れてるのは北海道か沖縄くらいだよねぇ」
北海道か、沖縄……。その言葉を自分でも繰り返した。
お兄さんは笑いながら言った「沖縄行っちゃえば?」
その言葉は、禁断の果実だった。
 
九州はダメでも北海道か沖縄に行けばペルセウス座流星群が見られる、かもしれない。もちろん絶対はない。
でもこのままここに、九州に居たら、絶対に見られない。土砂降りの雨に囲まれてロクに写真も撮れないまま無為に過ごすことになる。
何をしにここまで来たんだろうそんな風に思っていた僕にその言葉はとても魅力的に映った。
 
でもお盆時期の直前に飛行機が取れるのか?レンタカーは?宿は?
不安要素がたくさんある
なにより、僕は既に鹿児島から帰る飛行機をパック旅行で予約しているし、こんな直前のキャンセルは効かないだろう。
追加でかなりの費用が必要になる。
 
正直に言うと尻込みをした。
今回は九州に来るつもりで、九州全土を行動範囲として考えていた。
それでも自由度は高い方だろう。車でどこにだって行ってやるくらいのつもりだった。
でも、さすがに沖縄に行くことは考えていなかった。
そんな旅の計画を全部ほおりだして別の場所に行くことまでは、
沖縄に行ってどこに行くかなんて計画にないから下調べもしていない。
 
でも、一度思いついたそのアイデアは魅力的だった。
とりあえず調べてみようか?
 
飛行機⇒福岡からならかなり便が出ている。
レンタカー⇒値段に目をつぶれば予約可能
宿⇒結構空いてる
 
菊池渓谷から少し降りたコンビニで、コーヒー片手にスマホで調べたところ全部何とかなってしまった。
後は、自分が行くか行かないか決めるだけだ。
 
この休みを取るために、頑張った仕事。目指したのはペルセウス流星群。
でもいいのか? お金もかかるし、旅の予定も変更になるし。
 
「たまにはいいよね、こういうのも」
ふと脳裏をよぎった言葉。
そっか、たまにはいいか……。
ペルセウス流星群を見るんだ。今回を逃したらいつ見られるか分からない。
 
そんな脳内会議を経て僕の心は決まった。
ババっと必要な決済を済ませ、そうして僕は福岡空港から飛び立った。
この旅2回目の飛行機。
2回目の飛行機は、九州から東京に帰る便だと思っていたが、まさか更に西に飛ぶことになるとは。夕闇に寄り添うように飛行機は西に飛ぶ。
日が暮れる頃、僕は那覇空港に降り立っていた。
 
雨でじめじめした九州とは違う、カラッとした空気感。
南国の空気を感じる。
そして、空に広がる星、星、星!!
来たぜ沖縄! と思わず一人、グッと手を握りしめた。
 
しかし沖縄で星を見る場所を探すのは一筋縄ではいかなかった。
なにせ、沖縄に来ることを決めたのは今日の朝。
下調べも何も出来ていない。
漫然と、海岸や砂浜に行けば見られるだろうと思っていたのだが、その砂浜にことごとく入れないのだ。
流石リゾート天国沖縄、ビーチもちゃんと管理されていて。
管理され過ぎてて、夜は入れないようになっている所がほとんどで車を走らせながらの連戦連敗に焦りが募る。
せっかく空には星が見えているのに、今にも流星が流れているかもしれないのに、こんな沖縄まで流れてきた僕はいつになったら流星群に巡り合えるのか?
 
既に深夜12時。
到着から4時間近く車を走らせ続けた僕は、遂に沖縄本島の最北端、「辺戸岬」にたどり着いた。ここがダメならもう諦めよう。それくらい疲弊していた。
 
辺戸岬の駐車場から暗闇に慎重になりながら歩いて岬の先端までたどり着いた。
そこに広がっていたのは、180度いやもっと270度、
視界に収まらないくらいに広がる満天の星空だった。
北の空には、白鳥座、琴座、わし座を中心とした天の川銀河の光の帯が肉眼でもはっきり見えるほどに広がっている。
 
あぁ。これが見たかったのだ。
この景色を見るために僕は、ここまで来た。
神様ありがとう。自然にそんな気持ちになった。
 
カメラと機材を取り出して天の川銀河に向けてセットする。
撮影できた写真は、肉眼で見るよりも更にはっきりと写る天の川。
 
カメラの横に立ち尽くして、夜空を眺める。
波の音と草をなでる風の音しか聞こえない。
本当に遠くまで来たなぁ。
あの時、「たまにはいいよね」そんな心の声に従って動いてよかった。
後は流星が見られたらもう言うことはない。
正直、これだけの星空が見られただけでも幸せだが。
 
その時、空が明るくなったかと思うほど光を放って、太い流星が流れた
「火球だ……」
 
初めて見た。
流星の中でも特別に大きく、強い流星の事を「火球」と言うことがある。
滅多に見ることは出来ない現象だ。
それが、今、眼前に出現していた。こんなことってあるんだなぁ。
 
そう。ここまでは良かったのだ。
明るんだ空を眺め、なかば放心しながら、疲労した脳みそを叱咤して、宿に帰り着いた時のことだった。
それに気づいたのは。
 
ない、ない!
レンズがない!
お気に入りのあのレンズが。うちの中でも一番にお高いあの超広角レンズがない。
達成感もどこかへ吹き飛んで、血の気がサァーと引いていく。
 
カバンを探して、車の中を探して、宿も探して、やはりない……。
僕は思い至った。
あそこだ。
昨日、星を見ていた場所だ。
 
あそこに違いない。
いつも使っている超広角レンズから、最近買った新しいレンズに取り換えたあの時だ。
「たまにはいいよね、違うレンズを使うのも」
なんて思いながらウキウキで取り換えたのだ。
流星も見られてテンションもマックスだったし。
 
車に乗り込んで一気に走り出す。一刻も早く戻らないと。
風に流されて崖下に落ちていたら、誰かに盗られていたらもう2度と戻ってこない。焦りが募る。
 
急いで戻った辺戸岬。昨日止めたのと同じ場所に駐車する。
そこから、慎重に撮影した場所を一つ一つ、丁寧に見て回る。
ない。ない。ない。
 
一時間後、僕は疲れ切って運転席で天を仰いでいた。
レンズは見つからなかった。
撮影していた場所でも、周りの藪も調べて、崖下も覗き込んで。
絶望的だ。
 
これは、本当に悪い人に盗られたか。若しくは良い人が拾ってくれたか。
放心しながら兎にも角にも最寄りの交番まで行って、お巡りさんに事情を話す。
言われるままに遺失物届の欄を埋めていく、
「カメラのレンズねぇ、一応どのくらいの価値?」
と聞かれたので
「中古で20万くらいです」と答えると。
「あー、それはけっこうするね……」
えっその沈黙はなに? そんなに高いものは結構出てこないってこと?
盗られて売られちゃうよってこと?
妄想が先走る。
そういえば、さっきメルカリで調べたときに出てたどれかが、実は僕のレンズで既に売りに出されていたり?
 
「拾得者から連絡があれば、こちらの方から連絡しますので」
そう言われ、交番での作業は終了した。
もう、これで僕に出来ることはもうない。
 
後はだれか良い人に拾われていることを祈るのみだ。
しかし、僕だったらどうするか、基本は無視するだろう、落とした人が拾いに来ると思って。
でももっと若かったら? 同じカメラを使っていたら「ラッキー」くらいに思って自分で使うかも?
貧乏していたら? 生活費の足しになるとか思うかも?
 
そんな妄想が広がる。
一枚いい写真が撮れても、レンズを一本失ってしまってはさすがに収支もマイナスだ。陰鬱な気持ちになりながらトボトボと帰り支度を始める。
明日の朝には、東京に帰らなければならない。旅もこれで終わりだ。
 
その電話がかかってきたのは、夕方の事だった。
「浦添署ですが、森さんのお電話でしょうか?」
もしや、見つかったのか! よかった! 気分が一気に盛り返してくる。
「遺失物届を頂いているものと思われるレンズが見つかったのですが、拾得者の方が、警察には届けずにご本人に直接渡したいとおっしゃっているのです」
直接? 警察を介さずに? 疑問符が尽きない。
 
もしやこれは、
「お前が落としたのはこれかいな? 返してほしかったら金払えや」
的な展開なのでは?
恐る恐る警察の方に確認する。
「こういう場合は、通常いくらくらいお礼としてお支払いするのが相場なんでしょうか?」
警察の方もあまりないのですが、と前置きをしたうえで
「大体5%~20%の間くらいですね」と教えてくれた。
 
あー。最大4万円か、それでも戻ってこないよりはマシ。とにかくちゃんと戻ってきさえすれば。
ある意味、悲壮な覚悟を決めて、ATMでお金を降ろし、コンビニで買った封筒に包んで懐に入れる。
手には、地元で有名なお菓子屋さんで買った菓子折り「御礼」の熨斗を付けてもらったやつだ。
 
覚悟を決めて立ったその住所には、立派な家が建っていた。
沖縄風の屋根にしっかりとした門構え。ちょっと気圧される。
これは相当な権力者なのでは。
呼び鈴を押して出てきたのは、初老の紳士だった。
穏やかな笑顔は悪い人には見えない。
少なくとも僕の想像していた厳つい入れ墨とか入ったおじさんとはだいぶ違う。
 
「あーキミかぁ」朗らかに笑う。手には紙袋。
最上級の気持ちを込めてお礼を伝え、菓子折りをお渡しし。
レンズを渡される。あー良かった。
ちなみに菓子折りの時点で恐縮されたので、懐の4万円はそのままにした。
 
僕は、お礼を言うついでに聞いてみた。
「なぜ、警察に渡さず直接返却にされたんですか?」
恩人の紳士は言う。
「いや、写真を撮りいった場所で見つけたんだけどね。見たらいいレンズじゃない。これは警察に預けたら雑に扱われると思って、うちの防湿庫で保管することにしたんだよ」
逆にめちゃめちゃにいい人だった!
すみません。いろいろ悪い妄想していました。
 
再度、お礼を申し上げて紳士の家を辞する。
紙袋の中のレンズを見てみると緩衝用の梱包材に包まれていて、扱いが尋常じゃなく丁寧だった。
ゴメンね。僕もこれくらいレンズに対して敬意を払うべきだったよ。
たまにはいいよね、なんて浮かれていてはダメだったのだ。
 
そうして、僕のペルセウス流星群を追う旅は幕を閉じる。
「たまにはいいよね」の効用と落とし穴の両方を体験して。
たまにはいいよね。は良い。
自分の制限を外して新しい地平に立たせてくれる。
でもそこは見知らぬ地平、十分に注意しながら行動しないといけないのだ。
 
今回は良い人だったから良かったが、これからは気をつけよう。
モノにもそして人にも常に敬意を持って接することにしようと心を改めた旅だった。
 
 
 
 

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2021-09-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.142

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