週刊READING LIFE vol.144

結婚詐欺かもと疑っていた人は、私の人生の師匠になった《週刊READING LIFE Vol.144 一度はこの人に会ってほしい!》


2021/10/25/公開
記事:河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「こんなときになんやけどね、イサオ兄ちゃん、結婚するんだって!」
 
3年前の年末に、母方の祖父が亡くなり、私は慌てて地元への帰省準備をしていた。
母から電話で聞かされたのは、母の弟であり、私が“イサオ兄ちゃん”と呼ぶ、叔父の結婚報告だった。
 
「えー!!!!! うそでしょ!?」
祖父の訃報の後に、叔父の結婚報告を受け、頭がパニクっていた。
しかもあのイサオ兄ちゃんだ。
昔からの愛称で“イサオ兄ちゃん”と呼んでいるものの、年齢は還暦に近い。今まで一人で自由に生きてきた叔父は、一生結婚しないだろうと勝手に思っていた。
 
「お母さんも、じいちゃんのことでバタバタしてるときに、言われたけん、まさかこんなときにってびっくりしたとよ!」
「えー! 最近聞いたと!? このタイミングで!?」
「そうよ! 昨日、突然言うとやもん! お母さんもイサオ兄ちゃんの彼女さんにまだ会ってないんだけど、イサオ兄ちゃんもあの年やん? 正直、結婚詐欺じゃなかろか? って心配してるとよ」
「結婚詐欺って、そんなこと……」
 
いやいやお母さん、さすがにそれは……と否定したかったものの、全力で「そんなことないやろ!」とは言い切れない自分がいた。
叔父もいい年だ。言っちゃ悪いが、あんな田舎の島で、還暦近くまで過ごしてきて、今さら結婚相手に出会えるとは思えない。どこに出会いがあるんだ? 私も内心そんなことを考えていた。
 
イサオ兄ちゃんには学生の頃、なんだかんだお世話になった。お小遣いもいっぱいもらった。
結婚するなら幸せになってもらいたい。
どうか結婚詐欺じゃありませんように……

 

 

 

地元へ帰省し、私は兄や妹と、祖父の家へ向かった。
祖父の家では、亡くなった祖父に最後の別れをするため、集落の人たちが次々に出入りしていた。
私たち兄妹は、邪魔にならないように、隣に建つイサオ兄ちゃんの家で待機することになった。
家の主人であるイサオ兄ちゃんも、葬儀の準備でバタバタしているので、誰もいない。
久々に入るその家は、いかにも男の一人暮らしという感じで、殺風景で必要最小限のものだけが置いてある。
こんな生活をしてるイサオ兄ちゃんが結婚するなんて……今でも信じられない。
 
私たち兄妹は、小さなこたつに大人3人で、温まることにした。
「あとから、イサオ兄ちゃんの彼女さんも手伝いに来てくれるっていってるけん、そっち行くと思う」
母にそう言われ、ドキドキしながら彼女さんを待っていた。
 
兄妹で談話をしていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
彼女さんがきたかな? どんな人だろう?
ウェーブがかかったロングヘア―を片方の肩にまとめておろし、妖艶な香りのする香水を身につけて、厚めの化粧で小悪魔的な笑顔を見せる……私のイメージする「結婚詐欺っぽい女性」の姿を、勝手に思い浮かべていた。
そんな人が来たらどうするよ?
私、会話できんのか?
叔父のために、結婚詐欺かどうかを見極めなければ! と変な正義感をもって対面することとなった。

 

 

 

「はじめまして、こんにちは」

 

 

 

目の前に現れた女性を見て、一目でわかった。
 
あっ、絶対違う。結婚詐欺なんかじゃない。
 
ショートカットで背が高く、化粧っ気がない。
その女性は、たんぽぽのような人だと思った。
お店で飾られた、水を与えられているような花ではなく、自然の中で、凛として咲いている花だ。
でも、素朴とか、飾り気がないとか、そんな意味ではない。
太陽や雨風のエネルギーを吸収して、自分の力で強く咲き誇っている……
そんなイメージだった。
何よりもまとっている雰囲気が『自然』そのものだった。
 
初対面のときに、いきなり素の自分を見せる人は少ないと思う。
この人はどんな人だろう? あぁこういう人なら、こんな感じで行こうかな? と相手の様子をうかがいながら、自分という人間を少しずつ出していく……私もその一人だ。
結婚詐欺なら、なおさらもっと嘘の仮面を被るだろう。
けど、彼女はまったく自分を作っていない『自然』そのものに感じた。
私は、彼女が持つ独特の空気感と、なんともいえない魅力に吸い込まれてしまった。
 
 
彼女の名前は、キョウコさん。
キョウコさんが話し始めると、穏やかな声に、関西弁のイントネーションが入っていた。
九州生まれ、九州育ち、九州在住の私にとって、あまり身近に聞き慣れることのないそのイントネーションは、とても新鮮で、心地よかった。
聞いてみると、キョウコさんは地域おこし協力隊として島へ移住してきた移住者だった。
移住者と聞いて、イサオ兄ちゃんが今の年齢になって出会ったのも納得できた。
島では、地域おこし協力隊の仕事の傍ら、鍼灸師や、ヨーガ療法士として働いているとのことだった。
今までの私の人生で、過去にいくつかの仕事を経験している人はいても、並行していくつも仕事をしている人は見たことがなかった。しかもそれぞれ、まったく違った仕事……なんなんだ、この人は!?
キョウコさんという人物に一気に興味を持ってしまった。
 
もう私の中で、「結婚詐欺」という疑いは、跡形もなく消え去っていた。
こんな自立した女性がそんなことするわけがない。
むしろ、イサオ兄ちゃん、どうやってこんなすごい人捕まえたんよ!? でかした! と言いたい気分だった。
 
 
キョウコさんの人生のエピソードは、1冊の本が書けるのではないか? というくらい非常に興味深い。
プロフィールを簡単に紹介してみたいと思う。
 
大阪で生まれ育ち、短大を卒業して、東京の広告代理店に就職する。
朝から夜遅くまで一心不乱に働き、着々と実力を磨き、30代の頃には執行役員になるまで出世するも、「仕事の量も、お給料も身の丈を超えている」と大きなプレッシャーに体の不調を感じるようになる。
そんな時に、ヨガに出会い、自分自身をひたすら客観視していくヨガの練習に、心が軽くなり、インストラクターの資格を取る。
ヨガを教え始めると、人の体への興味も増し、鍼灸師になるために学校に通うことを決意。
働きながら鍼灸学校へ通いたいと、会社の社長へ何年もかけて説得を続けた結果、役職を平社員へ落としてもらう形で、半分仕事、半分学校の生活を始める。
長く勤めていた広告代理店をやめ、「未病を癒す仕事」をするために、お灸やヨガを通して、日本に留まらず、ヨーロッパやネパールなどで、現地の人の心のケアをする。
これからの人生をどんな風に生きていくのか考えていたときに、小さな島での地域おこし協力隊の募集を見つけ、もっと自然に近い場所で、手の届く範囲にいる方の健康に携わりたいと、移住を決意し、今に至る。
 
 
初めてキョウコさんの人生を聞いたとき、私の瞳孔は開きっぱなしだった。
漫画で描くと、顔の周りにキラキラが飛びまくっていたに違いない。
これまで見てきたどんな女性よりもカッコイイと思えた。
不思議だった。これだけいろんなことをしているのに、何かゆるぎない一筋の芯が通っているように思えた。それが何なのかわからなくて、彼女に尋ねたことがある。
 
「他の人から見てみれば、マーケッター、鍼灸師、ヨーガ療法士、地域おこし協力隊は、全く別の仕事にみえるかもしれない。でもね、私の中では『誰かの困ったを解決するお手伝い』として、一緒のことなんだよ」
 
いままでの私は、仕事とは職業から選ぶものと思っていた。しかし、一つの職業にとらわれずに、自分の中の“ありたい姿”を主軸として、それが可能となる職業を選ぶという方法があるということを気づかせてもらった。
 
 
キョウコさんは、雰囲気、生き方が魅力的な女性だが、彼女との会話の中にも独特の魅力がある。
 
キョウコさんは、私が話している間、一度も話を遮ることがない。
「うん、うん、だよね」などの相槌の言葉も一切出てこない。
ただ優しい顔で私を見つめて、私の言葉が出尽くすのを静かに待っている。
そして私から言葉が出なくなったときに、初めて口を開く。
彼女の知識と経験は、とても広く、とても深い。そのたくさんの知識と経験の中から、相手のことを想って、ひとつひとつの言葉を丁寧に、繊細に選んでいるように思える。
発する言葉も、多くもなく、少なくもなく、必要な量の言葉で伝えてくれる。
だからなのか、キョウコさんの言葉は、私の心の奥底までしみ込んでいくのだ。
 
30代半ばになって、私はたくさんの悩みの上に、不安定な状態で立っていた。
二人目の子供の育児休職から復職したばかりで、思うように働けない。
昔の方がもっとバリバリに働けていたんじゃないか。
利益ばかり考えるんじゃなくて、もっと相手の想いを叶える仕事がしたい。
子供に対し、母親としてちゃんと接する時間を作ってあげられない。
生活のためには、今の仕事を続けるべきなんだろうか。
何もかもが中途半端で、何一つちゃんとできない自分に毎日のように落ち込んでいた。
そんな私に、キョウコさんはこんな言葉をくれた。
 
「私は若手の子と同じくらい頑張らなくてもいいと思うよ。だって、独身のときは、今の若手の子と同じように頑張ってたでしょ? もうお母さんなんだもん、今の年齢や家族構成にあった働き方をしていいと思うよ」
 
ドキッとした。今までと同じように働かなきゃと思い込んでた自分がいた。
「今の年齢や家族構成にあった働き方をする」
そういう選択の仕方をしてもいいんだと思えた。
 
「今までの「こうあらねば」「こうだった」という概念を一度手放して、こんな風に生きていきたいというイメージを少しずつ作っていけるといいかもしれないね。
収入を一かゼロかで考えるのではなく、収入も必要だけど、こんな風に自分も家族も暮らしていきたいというイメージを具体的にしていくと、そのようになっていくよ」
 
 
私は、今までの人生、常に必死に生きてきた。
目の前のことしか見えておらず、時間に追われて、いつも振り回されてばかりいた。
今思えば、自分と向き合うことから逃げていたのかもしれない。
自分を知るということは勇気のいることだ。
そこから逃げて、目の前の「しなければならないこと」に飛びついて、一生懸命生きているつもりになっていた。
でも、キョウコさんと出会って、“ありたい姿”が明確に見えていると、こんなにもブレずに、穏やかに生きていけるということを教えてもらった。
 
キョウコさんは今、マーケッター、鍼灸師、ヨーガ療法士、イサオ兄ちゃんの奥さん、そして最近では、英語の高校教師をしつつ、ステップアップするために、自分自身も大学に通っているそうだ。
彼女と出会わなければ、私は自分を知ろうともせず、生活維持のために仕事を続けていたかもしれない。
けど、今こうしてライティングの勉強をしたり、新しいことにチャレンジしているのは、現状に満足することなく、挑戦し続けるキョウコさんの姿を見ているからだ。
 
 
自分の力で強く咲き誇っている、タンポポのような女性。
 
常に私の遠く先を進み続け、太陽のようにあたたかく道を照らしてくれる。
 
新しい考え方や価値観を与えてくれる。
 
 
 
結婚詐欺かもと疑っていたその人は、私の人生の師匠になった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

夢は「おばあちゃんになってもバリバリ働いて、誰かの役に立ち続けること」
40歳で人生をリニューアルスタート。ライティングをはじめ、新しいことにチャレンジしながら夢に向かって猪突猛進中。

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2021-10-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.144

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