週刊READING LIFE vol.144

アボカドのたねはなんでおおきいの?《週刊READING LIFE Vol.144 一度はこの人に会ってほしい!》


2021/10/25/公開
記事:nasuica(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「夏やすみに、タネを240しゅるいあつめたんですけど……」
「えっ?? 240種類!?」
その言葉が聞こえた瞬間に、脳みその関心が100%ラジオに向いた。
 
テレワークをしていると、事務作業をするだけの時間がある。そういった時に、ラジオや音楽を流すようにしている。最近ハマっているのはNHKの「子ども科学電話相談」というラジオだ。子どもが日常生活で持った疑問を、生物学の研究者や気象予報士など、その分野のプロが解決する、そういう趣旨のラジオだ。
なぜこのラジオを聞いているか。このラジオの真髄は「神回」がとんでもなく面白いからだ。たまに、研究者でも分かっていない質問をしてくるお子さんがいるのだ。そういった時に、研究者のスイッチが入る瞬間がたまらない。
「証明はされてないが、私はこうだと思う」
答えられていないのに、なぜかその興奮が、こちらにも伝わってくる。
そういった神回に出会った時、公園でトンビがサンドイッチを搔っ攫うように、好奇心を持っていかれる瞬間がある。

 

 

 

「夏やすみに、たねを240しゅるいあつめたんですけど……」
「えっ?? 240種類!?」
女の子の声と研究者の会話がラジオから聞こえてきた時、これは神回だなと悟った。
「どんな種、集めたのかな?」
「アボカドとか、ユズとか、モモとかあつめました」
さまざまな会話が繰り広げられるのだが、「なぜアボカドの種が大きいか」という話が印象に残った。要約するとこうである。
・種は動物に食べられて運ばれる。種は小さい方がいろんな動物が食べやすいし、植物も種をたくさん作れるから有利に思える
・しかし、大きいほど種は中に栄養が詰まっている。そのため地面に落ちた時、早く成長する
・種をどのくらいの大きさにするのが有利なのかは、植物が育つ環境によって異なる
・アボカドは、太古にいた巨大な動物に食べてもらって、遠くに運んでもらう。そのために、あの大きさになったのではないかと言われている
 
なんだこれ、おもしれーな。と思いながら話を聞いていた。
何より、先生の熱量に感動した。身近な例を出しながら、子どもの興味を失わせずに、そして、先生自身も弾むような声で話すのだ。
 
ふと、この質問をした子は、専門家の話を聞いてどういう人生を進むんだろうと思った。このラジオの回答者の先生方のように、科学の道に携わる人いれば、そうでない人もいるだろう。種を集めていた女の子は将来、どういう人生を歩むのだろう。このラジオがキッカケの一つになるのだろうか。
 
私の人生、どうだったっけ。そんなことをぼんやり考えた。
思い返すと、一冊の雑誌と、たった一分弱のニュースが人生を変えてくれた。

 

 

 

高校三年生の時、進路調査票は空欄だった。三年生なので、提出はかなり遅い方だった。
やつ当たりのように、教師に「あなたが教師になった理由はなぜ?」と問い詰めるように聞いていた。質問してみても、ピンと来る答えが返ってこないことが、さらに自分をイラだたせた。
中国地方の田舎で育った当時の私には、進路の選び方なんて全く分からなかった。それはそうだろう、と今の私なら納得できる。参考になるものは、両親や身近な人の職業や、地域で有名な職業しかない。つまり、私にとっては、
・県庁、市役所などの公務員
・医者や看護師などの専門職
・銀行、電力会社などの社会インフラ
・一番身近にいる教師
くらいしか、選択肢がなかった。もちろん、インターネットで調べれば、ある程度はその職業のことは分かった。ただ、身近なものとして実感することは難しかった。
そしてさらに、私のモヤモヤに拍車をかけたのが担任教師の無関心だった。面談もなし、相談に行っても、時間がないと追い返された。そんな無責任なことがあるか、と頭に血が上った。
しかし、そこで初めて当たり前のことに気づいた。結局、私の人生に責任をとれるのは私しかいない。環境のせいにしても、担任のせいにしても、最後に損をするのは自分だ。
 
そう気づいた時、くだらないプライドを捨て、友人や先輩に聞きまくった。家にある本で興味がありそうなものを片っ端から漁ってみた。幸いにも、父の蔵書は豊富で、なぜこんな専門分野の本があるのだろう? そう思わせるくらい、きっかけをくれそうな本が溢れていた。
そんな中で、一冊の雑誌が目に入った。ご存じの方も多いと思うが、Newtonという科学雑誌だった。父が定期購読していた、理由は分からない。父の仕事には、全く関係がない。そのNewtonという雑誌の「自然エネルギー」をテーマにした、特別号だったと思う。
 
記憶にあるのは、こんな内容だ。
・石油が枯渇したら、代わりのエネルギーをどうすればいいかを考える必要がある
・大きな太陽光発電を、地球の裏側に用意する。大きな大きな送電ケーブルで、世界全体を繋ぐ。そうすれば、太陽がない夜中の地域でも、電気をまかなうことができる
・日本は島国なので、太陽光発電を設置できる面積が小さい。そのため、海の上での発電に力を入れる必要がある。例えば、風力発電を海の上に設置する方法がある
・太陽光発電の中でも、少し変わり種のものとして、印刷できる柔らかい太陽電池がある。それを使えば効率的に生産できるだけでなく、家の中などいろんな場所で発電ができる
 
当時の私にとってその雑誌は、「予言の書」のように見えた。今は一般に知られている技術も、世間知らずの自分は震えるほど感動した。加えて、地球規模で問題を解決できるテクノロジーの、スケールの大きさに憧れを持った。
自然エネルギー、特に太陽電池について詳しく知りたい。そう思って勉強を開始した。
 
しかしながら、そう簡単にいくものでもない。進学校とはいいつつも、偏差値50の平々凡々の田舎の高校であった。行きたい大学に行くには、背伸び以上の努力をする必要があった。一年間、浪人もすることになった。
私の生活パターンはこんな感じだったと思う。
・8:30~17:00 予備校に通う
・17:30~19:00 帰宅後に勉強
・19:00~20:00 夜ごはんを食べつつ、テレビを見ながら息抜き
・20:00~24:00 次の日の予習
たぶん、よくある浪人生の生活だと思う。
がむしゃらに勉強をして、大学には合格することができた。きっと、あの雑誌からもらった強いエネルギーがなければ、挫折していたことだろう。

 

 

 

大学に入学した後、当初の興味であった、エネルギーを含むテクノロジーに関する講義をとった。それと共に、すごいテクノロジーをどう広げていくか。つまり、テクノロジーとビジネスを掛け算したような分野にも、関心を持つようになった。
大学二回生くらいの時、テクノロジーとビジネスを話題にした講義を見つけた。講義自体、とても面白かった。そして、そこで偶然出会った大学の博士課程の方と、意気投合した。近くの王将に行って飯を食おう、ということになった。
 
彼を、Aさんとしよう。
「植物の成長に関する研究をしてるんですよ」
物腰が柔らかく、学部生の自分にもなぜか敬語で喋っているのが不思議だった。そして、専門分野の話になると、とても饒舌になった。少年のような方だな、と思いつつも、素人の私にも分かりやすい説明であった。今思うとまさに、「子ども科学電話相談」の先生のようだ。そして同じように熱のこもった話に夢中になった。
Aさんは、天才営業マンかもしれない。あやうく、自分の興味なんて吹っ飛ばされて、植物の研究をしようかな。そう思わされるくらいの「営業トーク」だった。
 
夢中になりながらも、頭にハテナが蓄積しているのを感じていた。
丁寧に説明してくださっていた話の内容に対してではない。なぜか、話の内容にデジャブ感を感じていたのだ。Aさんと会話をしながら、頭いっぱいに溢れそうなハテナに答えを出すべく、奥底にある記憶を辿っていた。

 

 

 

浪人生活中の年末、受験直前くらいだったろうか。ルーティーンになっていた生活の中で、テレビを見る時間はほとんどなかった。そして、ほとんどが息抜きのバラエティー番組だった。
しかしふとリモコンでザッピングをしていると、非常に興味を引くニュースがあった。行きたかった大学のニュースだったということもあって、記憶に残っていた。そのニュースは、植物の成長に関する大発見をした、というニュースだった。
・食糧が足りない地域において、問題を解決するのに貢献する可能性がある
・植物は成長の際にCO2を吸収するため、地球温暖化の防止に貢献する可能性がある
・そして研究結果は、海外の著名な論文に掲載される
そんな内容のニュースだったと思う。
 
こんなすごい人がいる大学なのか、と興奮したのを覚えている。そのニュースからも、大学受験へのエネルギーを、「これでもか!」ともらっていたのだった。

 

 

 

「もしかして……Aさんって、何年か前、その研究でテレビ出てました?」
「え、なんで知ってんの!?」

 

 

 

博士課程の先輩と話していたと思ったのに、芸能人を見ているような感覚に切り替わった。あのニュースがなければ、私はこの大学に来られていないかもしれない。恩人のような人だと思った。
その後も、何かと私を気にかけてくれるようになり、いろいろな話をしてもらった。Aさんの特筆すべき能力は、新しいものへの嗅覚である。
昨年ノーベル賞をとった、「神のハサミ」と呼ばれる、遺伝子を編集する技術がある。そのハサミを使えば、遺伝子をチョキチョキすることで、悪さをしている遺伝子を操作して難病の治療が可能になる可能性があったり。農作物の遺伝子に、より優れた能力を付与することで、食料問題などさまざまな問題を解決できる可能性がある。
Aさんは、かなり早くからそのすごさに気づいていた。「神のハサミ」によって世界がどうなるか、彼の目にはハッキリと見えていたのである。

 

 

 

Aさんは、私にとってハロゲンヒーターのような人だ。
遠くからでも、私にやる気という名の熱量を届けてくれる。今でもそれは変わらない。Aさんが頑張っているからこそ、私も頑張らなければならない、そういう気持ちにさせてくれる。
それだけではない、Aさんの先見の明はテクノロジーだけでなく、私に「こっちへ進んだ方が楽しいんじゃない?」と、進むべき道に光を当ててくれる。
 
もはや、Aさんのファンである。ファンクラブ会員として、彼の魅力を発信する広報担当になりたい。
私には自信がある。彼の話を20分でも誰かに聞かせたならば、科学、特に生物学に魅了される自信が。そして、好奇心が制御できなくなるだろう。
しかし正直なところ、紹介したくないという感情も同居している。私だけの独り占めにしたい。それくらい、私にとって元気玉のような存在であり、未来を覗かせてくれる望遠鏡みたいな人物だからだ。
そうは言っていながらも、広報担当なんかはいらないだろう。とても優秀な方なので、勝手にお名前は広まっていくだろうから。
 
人生に迷っている時は、ハロゲンヒーターのような、熱量を持った人に温めてもらうのがいいのかもしれない。そして、それで温まった自分も熱源になり、他の人を温めるのが、恩返しなのかもしれない。
 
Aさんについて考えた時に、思うのだ。
あの、私の人生を変えてくれた雑誌のライターさんも、そうだったのではないか。紙面から、書いた本人の熱量が伝わってきた。
 
「もし、太陽光発電が進化したら、世界はこうなるかもしれない。そんな世界を見てみたい」
 
そんなことを考えながら、雑誌を作っていたのではないか。そして、その熱量に当てられた私は、人生の方向性を決めてしまうほどに影響されたのだ。年齢も環境も、関係なかった。子ども科学電話相談の女の子も、「タネ」に関する質問は、思い出になる体験になったと思う。そして、子ども科学電話相談に投稿しようと思ったであろう親御さんはやり手だ、と思った。
 
そんなことを考えていると、そもそもどうやって私が雑誌を見つけたか、についてふと引っかかった。私に間接的に影響を与えるために、父親が意図的に購読していたのではないか、と。
 
自分で言うのもなんだが、博学な父だと思う。地方の公務員でありながら、家は本で埋まっている。その知識を使って、それなりに実績も残している。そういった父親であるが故に、科学に興味を持つよう「ハメられた」可能性を疑っている。
 
勝手に嫌疑をかけている父親の教育論について、今度聞いてみようかな。
「子ども科学電話相談」の女の子に思いを馳せながら、そう思った。
 
 
 
 
参考:NHK 子ども科学電話相談

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2021-10-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.144

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