週刊READING LIFE vol.149

復活愛を遂げたのは、懐かしい味だった《週刊READING LIFE Vol.149 おいしい食べ物の話》

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2021/11/29/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
コンビニに寄れば、ついついスイーツの冷蔵棚をチェックしてしまう人は多いのではないだろうか? 毎週のように次々と新作スイーツが売り出され、こちらを誘惑する謳い文句に思わず吸い寄せられる。お菓子の専門店で売られている商品にも引けを取らない美味しさと、手軽に買いやすいということもあって、コンビニスイーツは、日常のおやつとしてすっかり存在感を増しているように思える。
 
実際、私もコンビニに立ち寄ると、レジに並ぶ前にスイーツの棚をひと通り眺めるのがお約束になっていた。定番のシュークリームやカットされたロールケーキは、コンビニの王道スイーツと言えるだろう。この辺りのラインナップは、どこのコンビニでもハズレがなく、いつでも美味しいスタメン商品だ。新商品を食べてみた挙句、やっぱり定番へと戻ってくるのはよくあることではないだろうか。和菓子も好きな私は、どら焼きなどもよく買ってしまう。秋になると、栗入りのどら焼きが現れることがあって、それは、即決で「買い」だ。
 
寄る度に、まるで習慣であるかのように、ためらいも何もなく「ついつい」買ってしまうのはコンビニマジックだ。仕事帰りに飲み物を買うついでに、1つ。娘の送迎の待機中に時間潰しにコンビニに入っては、1つ。コンビニATMでお金を下ろすときに、1つ。時には、「甘いものばかり食べて」と後悔する時もある。けれど、立寄れば必ず目についてしまうという条件反射なのだから仕方ない。
 
ところが、私が愛してやまないコンビニスイーツを脅かす存在が近頃現れた。それは、自分でも意外なものだった。福岡では昔から有名な、「梅ヶ枝餅」というお餅なのだ。
知らない人のために少々説明させてもらうと、梅ヶ枝餅というのは、福岡県太宰府市の名物だ。
材料は至ってシンプルで、小豆餡を薄い餅生地で包み、梅の刻印の入った焼型で両面を焼き上げる焼餅だ。名前に梅の字が入っているので誤解されやすいけれど、梅の味がするわけではない。
 
「梅ヶ枝餅」の由来は、左遷された菅原道真公が軟禁状態になっていたとき、近くに住む老婆が餅を梅の枝の先に刺して格子の隙間から道真公に差し入れたという伝説が元になっている。なので、道真公が祀られている太宰府天満宮の参道に軒を連ねる様々な店の中では、梅ヶ枝餅を売っているお店が多くひときわ目につく。天満宮の参道に入ると、途端にあたり一面に香ばしい香りが立ち込める。出来立てほやほやの梅ヶ枝餅が、参拝客の嗅覚にズドンと訴えかけてくるのだ。香りに釣られてテイクアウトすると、1つずつラップに包まれた梅ヶ枝餅は、表面はパリパリ、一口噛むともっちりとした食感がクセになる。基本的な作り方は一緒のようだが、店によって微妙な違いがあるそうで、食べ比べる人も多いそうだ。
 
私が初めて出来立ての「梅ヶ枝餅」と遭遇したのは、高校受験の時だったと思う。菅原道真公は、学問の神様として太宰府天満宮に祀られている。福岡県民であれば、多くの受験生が初詣に太宰府天満宮を選ぶのは今でも変わらないようだ。
 
人生において、初めて選択の時を迎えていた。小学校、中学校と自動的に地元の学校へと通った私は、受験という分かれ道を前に緊張していた。今まで横並びに生きてきた人生が、枝分かれしていく。どの道がベストかなんて、若干15歳の私には考えることすら難しかった。ただ、初めての試練に不安ばかりが募っていた。とにかくみんながするように、初詣に太宰府に行ってしっかりお詣りしよう。とても寒い日だった。家族と一緒に参拝客ですし詰めの参道を少しずつ進む。どこからこんなに人がわいてきたのかと思うほどの人出だった。
 
参道の両側から、梅ヶ枝餅の香ばしい香りが漂ってきた。お土産でいただいたことはあったけれど、焼き立ての香りは一味違った。小雪混じりの寒々とした空の下、参拝客に押し合いへし合いされながら境内へと向かう私の鼻孔を、焼き立ての匂いがふんわりとくすぐった。下ばかりを見て進んでいた私は、思わず顔を上げた。
 
「めちゃくちゃ美味しそうだね。寒いし食べたら温まりそう」
寒さで冷たくなった指先をさすりながら、お店の一つに視線を送り、母にそれとなく食べたいオーラを出してみる。
「まだ、お詣りが終わってないじゃない。ちゃんとお詣りが終わってからじゃないと」
すかさず却下された。だが、母が言うことにも一理あると思った。我慢したからといって神様が贔屓してくれるわけではないだろうけれど、こちらとしては受験の成功を神様にお願いする立場なのだ。まずは神様に礼を尽くしてから、自分の欲を満たすという順番が正しいように思えた。
 
ようやく神殿の賽銭箱の前に着いたときには、体が冷え凍っていた。息が真っ白だ。お賽銭を入れて、深々と頭を下げる。どうか、上手くいきますように。困ったときの神頼みというけれど、普段神棚に手を合わせることが少ない私の願いなど、本当に聞き届けてくれるのだろうか。こんなにたくさんの受験生がお詣りに来ているけれど、みんながみんな、希望の高校に行けるわけではないだろう。自分の努力が一番必要なことは、分かっている。だけど、一体どのくらい努力をすればいいのだろう? 絶対に大丈夫だという保証はどこにもないのだ。だから、せめて神様にお願いをすることでゲンを担いで、少しでも安心を得たいのだ。
 
神様に祈ると、少しホッとした。これで、私には学問の神様がついている。学問成就のお守りも買ってもらった。お守りの横で販売していた受験用の鉛筆も買った。参拝客は、みんな同じようなことをしていた。寒さで凍える中、受験生としての義理を果たしようやく人心地がついた。
 
参道を引き返すと、再び梅ヶ枝餅の香りに包まれた。さっきまでとは、気持ちも違う。母も、先程よりは柔和な顔つきになっていた。家族が皆、自然と梅ヶ枝餅の店へと足を向けていた。
 
出来立ての梅ヶ枝餅を受け取ると、凍えた指先に感覚が戻ってきた。温かさと香ばしい香りに、体がゆったりと解ける気がした。ラップを全部剥がすのももどかしく、少し外して一口かじってみる。
 
じんわりと熱が、冷えた歯から伝わる。外側のパリッと感から、内側のもっちり感へと食感の変化を楽しむと、中の小豆餡に到達する。甘すぎず、丁度良い甘みの餡が、外皮の焼き目の香ばしさと相まって絶妙なバランスを醸し出す。
 
「ああ、幸せだなあ」
父も母も妹も、私と同じように笑顔になっていた。ここ数か月、受験のプレッシャーでほっこりすることを忘れていたようだ。きっと家族も、私の状況に遠慮することも多かったのだろう。久しぶりに見た家族の笑顔は、寒々としていた心に焚き火のような温もりを与えてくれた。
 
それからというもの、太宰府へ行くと必ず梅ヶ枝餅を食べた。その場で食べるだけでなく、家で食べる用にも買って帰った。これを食べると、家族が笑顔になる幸せの味なのだ。冷めてもレンジで温めれば、焼き立てとまではいかないけれど、幸せの味を堪能できるのだ。
 
ところが、一つだけ難点があった。梅ヶ枝餅を買うには、太宰府に行かなければならなかったのだ。たまに催事で見かけることはあるけれど、遭遇できることなどそうそうなかったのだ。初詣に太宰府に行くという機会くらいしかない。私の家から太宰府までは、片道1時間半ほどかかるので、頻繁に梅ヶ枝餅を手に入れることは難しかった。
 
今ならお取り寄せが可能のようだが、当時はそういったものを知らなかったし、お取り寄せができたのかどうか分からない。好きなのになかなか会えないとなると、次第に熱は冷めていく。まるで遠距離恋愛のように、私の中の梅ヶ枝餅熱は次第に落ち着いていった。

 

 

 

再び梅ヶ枝餅熱が復活したのは、最近たまたま行ったスーパーだった。冷凍コーナーに、見慣れない包装のものがあった。梅の柄に覆われた、細長く四角い箱だった。何だろうと近寄ると、プライスカードに「梅ヶ枝餅」の文字があった。
 
急に、私のテンションが爆上がりした。落ち着いていたと思っていたけれど、私の中の梅ヶ枝餅熱は鎮火していなかったのだ。冷凍食品として売られているならば、わざわざ太宰府まで行かなくても、これからいつでも買うことができる!
 
意気揚々と、まずは5個入りの箱を買ってみた。家に戻ると、一つを皿に取りレンジで温めてみた。温めすぎると餅が流れたようになってしまうから、様子を見ながら温めていく。全体が温まって、ちょっと餅が柔らかくなったくらいが私の好みだ。
 
「チン!」
レンジが音を立てた。ホカホカと湯気を上げた梅ヶ枝餅が現れた。温まった皿をテーブルに置くと、ラップを少しずつ剥がす。結構熱くなっているので、用心しないと火傷する。湯気と一緒に、あの香ばしい香りが立ち上る。出来立てではないから、外側のパリパリ感はあまりないけれど、それでも焼目のところは、皮が少しパリッとしている感じがする。
 
おもむろに一口かじる。ここでも気をつけないと、熱くなった餡で舌を火傷する。フーッと息を吹きかけて食べる部分を冷ましながら、少しずつ食べていく。
これ、これ! この味だ。冷凍だからどうかと思っていたけれど、思ったよりも美味しかった。あっという間に2個たいらげると、冷凍庫にあと3個あることが嬉しかった。自然と顔が弛んでいく。
 
今では、うちの冷凍庫に常備している梅ヶ枝餅。大事な私のおやつだ。梅ヶ枝餅が冷凍庫に収まってからは、コンビニに寄ることが減った。もちろんコンビニスイーツも大好きだが、今は家に帰れば梅ヶ枝餅が待っている。そう思うだけで、家路につくのが楽しみになる。復活愛を遂げた梅ヶ枝餅と、これからも幸せな時間を紡いでいくのが楽しみだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県出身。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2021-11-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.149

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