週刊READING LIFE vol.149

3分でできる母の味《週刊READING LIFE Vol.149 おいしい食べ物の話》


2021/11/29/公開
記事:河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
4歳の息子の体は、白米と牛乳、そして1日1食の給食からできている。
 
ズバッとはっきり書いてしまえば、息子は私が作ったごはんを食べないということを言いたい。
 
「ママが作ったごはんで、好きなのって何?」
 
「えーっと、白いごはんと、うどんと、ポテトと、カレーと……」
 
う~ん、ちょっと待って。それは私が作ったごはんといっていいのか?
息子よ、そのメニュー、母はあまり料理の実力を発揮できていないのだが……
 
念のために言っておくと、ちゃんと料理をしたときは、夫と娘は「おいしい」と食べてくれる。息子を除く家族からは満足いただける料理を作っているつもりだ。しかし私が料理したおかずを食卓に並べても、息子はひたすら白米しか食べない。
わかるよ、白米のおいしいさ。でも、おかずと一緒に食べると、もっとおいしいんだよ?
「これは、どう?」
「これも甘くておいしいよ?」
「ほら、これ食べたら、強くなるよ」
私は家電量販店の店員のように積極的にいろんなおかずをアピールするのだが、それでも息子は白米にしか手を付けない。
 
 
困ったことに息子の通う保育園では、お便り帳に前日の夜ごはんと当日の朝ごはんを書かないといけない。
 
11月15日(月) 昨日の夜ごはん:白米  今朝の朝ごはん:おにぎり
11月16日(火) 昨日の夜ごはん:うどん 今朝の朝ごはん:おにぎり
11月17日(水) 昨日の夜ごはん:白米  今朝の朝ごはん:おにぎり
 
正直に書くと、こうなってしまう。3日分しか書いてないけど、5日分書いたところで、結果は同じだ。
 
……とても正直に書けない。
 
なので、いつもお便り帳には、自分が食べたものを書いている。
先生には申し訳ないが、“息子”のおたより帳ではなく、ほぼ“私”のおたより帳だ。
私はかれこれ4年ほど、自分が食べたものを保育園へ報告し続けている。
 
 
そんな息子の保育園では、自給式の給食がある。
夕方のお迎えの時間になると、その日の給食の献立が玄関に飾られており、季節の野菜がふんだんに使われたおかずは、彩り豊かで私が食べたいくらいだ。
時々、その献立に目を疑うこともある。野菜の和え物、ひじきの煮物、魚の西京焼き……
家で食卓に出したら、息子が絶対に食べないであろうおかずだ。
 
「これ、ほんとに食べたんですか!?」
 
「ちゃんと食べましたよ~。毎回、完食してますよ」
 
「家だと絶対食べないです。信じられない」
 
「結構そういうお母さん多いんですよ。みんな家だと食べないけど、保育園だと食べるみたいですね。お友達も周りにいるからかもしれないですね~」
 
私と同じ想いをしているお母さんたちが他にもいたのか。
何はともあれ、保育園ではしっかりと食べているようで、安心した。
この保育園の給食がなければ、息子はここまで健康的に育っていないだろう。
本当に保育園には、感謝しかない。
 
 
 
さすがに私も保育園に頼りきりではいけないとは思っている。
 
私が結婚する前に初めて主人の実家を訪れたとき、主人のお母さんは手料理でおもてなしをしてくれた。何十年も給食を作る仕事をしていた義理の母の料理は、どれも本当においしい。なんといえばいいのだろうか、味付けがおいしいのもあるが、素材のおいしさが生かされていて、味付けはあくまでもおいしさのサポートをしている、そんな料理だ。
毎回帰省するたびに、主人の故郷のおいしいお店に行ってみたいなぁと思うけど、やっぱり義理の母の料理が食べたくて、お店では食べず、ごはんの時間帯に家に居座って、手料理を食べさせてもらっている。
こうして義理の母の手料理を食べていると、ふと不安になる。
私の息子も、いつか彼女を家に連れて来てくれるだろう。そのときに、私はこんなおもてなしができるのだろうかと……
 
「今日は、〇〇(息子の名前)が好きなものばっかり作ってみたよ」
 
そういって、食卓に白米、うどん、ポテト、カレーが並んだら、彼女はどんな顔をするだろうか。
さすがにこれはまずい。
何か一つでも息子にとっての母の味となるものを作らなければ……
 
 
そんな風に思いつつも、相変わらず息子には白米ばかりを食べさせていたある日のこと、息子のご飯に最大の危機が訪れた。
夫がコロナウィルスに感染したのだ。
今年の6月、テレワークをしていた夫が、夕方になって体調が悪いと突然寝込んだ。
「コロナやったらいかんけん、2階で寝るよ。子供たちを2階に来させんで」
そういわれたが、いやいやいや、コロナなわけないやん! ただの風邪でしょ! と内心思っていた。
夫はテレワークばかりしていたし、家族でどこかに出かけたわけでもない。手洗い・消毒も徹底していた。あそこまでやっといて、コロナになるわけがない。
翌日、夫がPCR検査をすることになったので、念のために私も子供たちも自宅待機することになった。
最後まで風邪だろうと思い込んでいた私は、夫が検査に行っている間、子供たちと遊んでばかりいた。
 
「やっぱり、コロナやった」
 
帰ってきた夫がまさかの言葉を放った。
私と子供たちもPCR検査をするように保健所から連絡があり、慌てて病院へ行ったが、幸いにも全員陰性だった。
「みなさんは陰性ですが、濃厚接触者になるので、必要最低限、家から外出しないようにしてください」
そういわれ、買い物もする暇もなく、家に帰った。
夫はホテル療養となり、慌ててお泊りセットを準備し、迎えの車が来て、去って行ってしまった。
 
残された私と子供たちは大した準備もできないまま、自宅での外出自粛生活が始まった。
私に訪れた最大の危機は、保育園の給食を息子に食べさせることができないことだった。
数少ない栄養をあれで補っていたのに、どうしたらいいんだ!?
このままでは、息子が2週間白米しか食べなくなる。
江戸時代はお米ばかり食べ過ぎて脚気(かっけ:ビタミン欠乏症)が流行っていたと聞いたことがある。下手したら令和時代に息子を脚気にしてしまうのではないか……
 
ありがたいことに、遠くに住む両親や親族から、野菜や果物が送られてきて、なんとかそれらを食べさせていたが、最初の3日くらいでストックしていた肉類がなくなってしまった。
外出自粛生活の中、さすがに生ものである肉類の入手は難しかった。
 
やばい、タンパク質がなくなってきた……。
 
冷蔵庫の中に残っているタンパク質は、私が大量にストックしていた納豆と玉子だけだった。
私は仕方なく、この納豆と玉子を使って料理をした。
「料理をした」と言っていいのかわからないくらい、単純なものだった。
 
玉子3つ + 納豆1パック + 納豆付属のタレ + はちみつスプーン1杯くらい
 
これらをボウルでまぜまぜして、フライパンで少し半熟が残るくらいに焼いたら完成!
名付けて『納豆玉子』 まんまである。
 
3分クッキングで出せるんじゃないかというくらい、スピーディーでお手軽な料理だ。
 
 
 
食卓に白ごはんと『納豆玉子』を並べると、一口食べた息子が「おいしい!」と夢中で食べ始めた。
大皿に盛っていたら、お皿ごと自分の方に寄せて一人で全部食べようとしている。
嘘やん、白米以外を食べてる!? 初めて私の料理をおいしいといってくれた!
自粛生活の中に訪れた感動だった。
息子だけではなく、小学生の娘も、私自身もモリモリ食べた。
 
それから、自宅待機の間、私たちはひたすら『納豆玉子』を食べ続けた。
 
 
これをきっかけに、息子にとってのおいしい食べ物は、『納豆玉子』になった。
2日に1食のレベルで登場している。
「今日のごはんは、『納豆玉子』だよ~」というと、息子は「やったー!」と、飛んでいるかもわからないくらいの低いジャンプ力でピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ。
 
しかもこの料理は、別の効果ももたらしてくれた。
みなさん、お気づきだろうか?
私はこの記事の中で『納豆玉子』のレシピを、材料1行、作り方1行、計2行で説明している。
つまりどういうことか?
非常に簡単なのだ。さらに言うなら、4歳児の息子でも作れるのだ。
息子は私が晩ごはんの準備を始めると、「〇〇くんも納豆玉子つくる~!」と冷蔵庫から玉子と納豆を取り出し、見事にボウルに玉子を割ってみせる。玉子を菜箸ではなく、泡立て器で混ぜるのは、息子の大事なポイントのようだ。材料もばっちり覚えているので、フライパンで焼く前まではすべて自分でできるようになった。私はその間、となりで他の料理を作ることができる。
 
今までは仕事から帰ってくると、バタバタとごはんの準備をして、お風呂に入って、子供同士遊ばせ、私は残っている家事をしたりと、平日に子供とゆっくり遊んだりする時間がなかった。
それが、今は息子と二人で並んで料理をしながら、保育園であったことを聞いたり、私が切っている具材のことを息子に教えている間に、晩ごはんもできあがっていく。
こうして同じ時間を価値ある時間に変えることができた。
 
 
この『納豆玉子』も付属のタレを使ってるし、料理の実力を発揮できていないじゃないかーい!
多くの人は、そう突っ込みたくなるかもしれない。
確かに私が料理の実力を発揮するところは、はちみつの分量と、フライパンでの絶妙な炒め方くらいだ。
 
でも、そこにこだわる必要はなかった。“料理は愛情”というように、私と家族、特に息子にとって、この『納豆玉子』にはたくさんの想いが詰め込まれている。
コロナの自粛生活で食料に困っている中、私と子供たちのタンパク質を補ってくれた。
息子が初めておいしいと言ってくれた。
息子にとっての母の味になった。
息子と私の大切な時間を作るきっかけをくれた。
 
レシピに沿って、味付けをしたり、隠し味を入れたり、手間をかけるだけが料理じゃない。
こういった料理に詰め込まれた思い出や、過程も含めて立派な料理であり、母の味なのだ。
 
 
4歳の息子の体は、白米と牛乳と『納豆玉子』、そして1日1食の保育園の給食からできている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県在住。システムエンジニアとしてIT企業に17年間勤務。
夢は「おばあちゃんになってもバリバリ働いて、誰かの役に立ち続けること」
40歳で人生をリニューアルスタート(予定)。ライティングをはじめ、新しいことにチャレンジしながら夢に向かって猪突猛進中。

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2021-11-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.149

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