週刊READING LIFE vol.149

それ、本当に美味しいの?《週刊READING LIFE Vol.149 おいしい食べ物の話》


2021/11/29/公開
記事:にじの 青(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「きゃあ! おーいーしーそー!!!」
 
深夜2時のコンビニエンスストア。
スイーツのショーケースを見て、はしゃぎ声を上げる若い女の子。
 
思わず、条件反射でつぶやいてしまいました。
 
「それ、本当に美味しいの?」と

 

 

 

美味しい、という感覚は国境や時間を超えることが出来ます。
 
今の日本では、わざわざ現地へ行かなくても、世界のありとあらゆる食文化を楽しめる環境が充実しています。
1500年代に鉄砲やキリスト教と共に日本へもたらされた南蛮文化。今や和食の代名詞ともいえる「天婦羅」は、もともとポルトガル語の「テンポーラ」から派生した食文化です。カステラもそうです。
その後、1603年の江戸幕府開幕から、1867年の明治維新までの約300年近く鎖国状態の間でも、長崎の出島を介してオランダからもたらされた西洋の食文化は、明治維新を境に洋食文化としてあっという間に日本全国へと根付いていきました。
 
1980年代には、ボジョレーヌーヴォーやティラミスなどがバブル景気と共に大流行し、ナタデココ、パンナコッタ、タピオカ、そして昨年から流行っている、イタリアのマリトッツォ。
 
カタカナ語のデザートやスィーツが手を変え品を変え、日本全国の街角に溢れています。
その反面、味噌や糠漬けなどの発酵保存食や郷土伝統食という形で、昔から私たちの祖先が工夫してきた食生活を見直す人たちもここ数年増えて来ています。
 
美味しいは、国境を超える。
 
それは、和食が世界で人気であるという逆サイドからも言える事実です。
 
ラーメン、カツカレー、寿司、豆腐。
 
和食はローカロリーでヘルシー。
 
そんな理由からも、日本食レストランは世界各地で受け入れられています。
 
自分たちとは違う食文化を知る。
 
これは異文化を理解する上で、とても素晴らしい事だと思います。
 
でも時々、こうも思うのです。
 
「それ、本当に美味しいの?」と

 

 

 

 

人類の歴史は、「いかに食べ物を手に入れるか」という問題解決の歴史でもあります。
 
最初は、大型肉食獣の食べ残しで飢えをしのぎ、森や林の中で木の実を食べていた私たちの祖先は、火を使うことを覚えてから、煮炊きをするという文化を作り上げました。
やがて、植物の種をまいてしばらく経つと、収穫が出来るということを知り、食べ物を求めて、彷徨う暮らしから、同じ場所に定住し農業をするという暮らしが始まりました。
 
寿司や刺身で人気の雲丹やナマコ。フランス料理のエスカルゴ。
 
これらを一番最初に食べてみようとチャレンジした過去の祖先に、私たちは感謝するべきかもしれません。今でこそ、多くの人が「これは食べられる物」と知っていますが、それを知らずにこれらの生き物を見ても、よっぽどお腹が空いていない限り食べてみようと思わないでしょうし、もし海に出かけて目の前で動いている雲丹やナマコを見つけても、
 
「うわー! 美味しそう!」
「どうにかして、コレを食べたい! どうやったら食べられるかな?」
 
なんて考えることもしないのではないでしょうか?
 
今、日本に暮らしていると「これは食べられるか、どうか?」と悩むことなんて、滅多にありません。
私の友人に「草オジサン」と呼ばれている、大手企業のおえらいさんがいらっしゃいますが、彼は道端に生えている草をみて、「これは食える、これはダメ」という見極められる目を持っています。用水路に自生したクレソンを見つけたり、つくしやよもぎなどは勿論。街中に植えられている街路樹の中から、果実を付ける樹も知っているので、皆が面白がって「草オジサン」と勝手に呼び始めたのです。
地震や災害に強いのは、備蓄も大事かもしれないけれど、彼の様な「これは食える、食えない」というサバイバル能力を身に着けていることではないかとさえ思えます。
 
今日、何か食べられるか?
明日はどうだろう?
 
そういう状況で生活している人も少なからずいることも、今の日本の抱える事実です。
2019年に餓死したとされる人数は約2000人。そのほとんどが、栄養失調だという事実。
 
生き延びるために必要なものは、色々とあるかもしれません。
 
それでも「これは食べられる、食べられない」という情報を知っているかどうか。
 
その繰り返しもまた、私たち人間の歴史です。
 
失敗を繰り返しながら、私たちは「これは食べられる」という知識を受け継いで、生き物として生き延びてきたのです。

 

 

 

 

人間の味覚は、五感の全てと関係しています。
 
その中で、一番大きく「美味しい」に影響するのは、何だと思いますか?
 
それは、匂いです。
 
冷蔵庫でいつ買ったか分からない食べ物を見つけたとき、あなたはどうしますか?
おそらく、恐る恐るふたを開けて、匂いを確かめますよね?
カビや見た目の状態を気にするかもしれませんが、
見た目だけでは、その食べ物を食べて大丈夫かどうかの判断がつかない時、
全員が一度匂いをかいでから、少し味見をすることでしょう。
 
匂いという感覚は、私たちの「生きるか死ぬか」にとても深く関わっています。
動物としての生存本能が「安全か、そうじゃないか」を匂いで判断しているのです。
 
その一番分かりやすい例が、「くさい」という感覚です。
幾ら和食がヘルシーでローカロリーだと聞いても、納豆や糠漬けなどの匂いに抵抗を感じる外国人が多いのは、発酵した匂いと腐った時の臭いがとてもよく似ているからです。
ブルーチーズやドリアンなどの匂いが苦手な人も同じ理由です。
 
「これ、腐ってんじゃない?」
 
自然界では、発酵も腐敗も同じ化学反応で起きます。簡単に言えば、菌によるアミノ酸や糖分の分解によって、酸化が進んでいくことが発酵であり腐敗です。
だから、酸っぱい匂いがするわけです。
起きていることは同じだけど、人間にとって役に立つ状態を発酵、害になる状態を腐敗。そう区別しているだけです。
 
 
だから、私たちは「美味しいもの」を匂いで感じています。
 
「美味しそう!」と思わず口の中に唾があふれ出るのは、どんな匂いでしょうか?
 
ご飯が炊ける匂い。
肉が焼ける匂い。
ソースやたれの焦げる匂い。
蜂蜜やクリームの甘い匂い。
 
人それぞれに「美味しそう」と感じる匂いは違うでしょう。
 
そして、それをさらに
 
「うわぁ、それ早く食べたいっ!」
 
と急かす役目をするのが、視覚です。
 
目の前で食べ物が出来上がっている様子を見ると、ついつい欲張って多く頼んでしまう。
 
食べ放題のバイキングや、注文してレジへと進む形式のうどん屋さんなどでよくやってしまう事だと思います。
 
これも、私たちが祖先から受け継いだ
 
「食べられるときには食べられるだけ食べておかないと!」
 
という飢餓本能のしわざです。
だから、見れば食べたくなるし、もっと欲しくなるわけです。
ダイエットがなかなかうまくいかないのも、本能に逆らう行動だから仕方が有りません。
 
そして、味の判断をする味覚。
 
この味覚は、大きくわけると5つの組み合わせです。
 
甘い。
辛い。
酸っぱい。
苦い。
しょっぱい。
 
匂い、見た目、そして味の種類。
 
これらの情報を全部かけ合わせた感覚が「美味しい」なのです。

 

 

 

 

 
「それ、本当に美味しいの?」
 
私が繰り返し、他人の味覚についてそう疑問に思うのは、
どう考えても「それは、美味しくはないだろう」というものを好む人たちを見て来たからです。
 
例えば、激辛料理。
 
辛い、という感覚は「痛い」と感じる感覚とほぼ同じです。
似たような味覚でいうと、「しびれる」という感覚がそうです。
 
中華料理では、2つの辛いがあります。
 
麻婆豆腐の「麻」。
辣油の「辣」。
 
さて、どういう違いが有るでしょう?
 
どちらも、一度は食べたことのあるものだと思います。
 
麻婆豆腐は、四川料理と呼ばれる中国北部の料理です。最近では四川風とあえて強調するお店もあるように、日本人が好きな中華料理のベスト3に入るくらい慣れ親しんでいる料理かも知れません。
レシピにもよりますが、山椒のしびれる辛さと豆鼓醤が豆腐に絡んで、ついつい箸が進みます。
 
つまり、「麻」は山椒を使うしびれる辛さです。
 
では、辣油はどうでしょう。
一時期「食べる辣油」という具だくさんの辣油が流行りました。唐辛子がたっぷり、ピリピリした舌をさすような辛さとごま油の香ばしさが白ご飯にあう。
 
つまり、唐辛子の辛さのことを「辣」というのです。
 
辛い料理は、世界各地にありますが、よくよく見てみると、ある法則が見えてきます。
 
味噌や豆を発酵した調味料を使うのは、冬、寒い地域。
四川料理や韓国料理などがそうです。
 
唐辛子や生姜などが効いた汗が出る辛さの料理は、夏、暑い地域。
タイ料理やインド料理、メキシコ料理などがそうです。
 
夏が暑い地域や、年中熱い熱帯などでは、汗をかいて体温を冷ますために。
冬が寒い地域では、身体を芯から温めるために。
 
それぞれに、理由が有るのです。
 
 
「痛い」という感覚は、一度に強く感じ過ぎるとショックで死んでしまいます。
なので、ある一定の量を超えると、だんだん麻痺していきます。
 
激辛料理を好む人たちは、最初から通常の50倍の辛さやそれ以上の辛さを食べられる訳ではありません。
辛い物を食べ続ける事で、耐性が出来て、どんどんとレベルアップして行っているのです。

 

 

 

 

「それ、本当に美味しいの?」
 
何度も繰り返し思って来たことがあります。
 
それは、SMという行為でときどきある、排泄物を口にする人たちです。
 
排泄物を食べたい人。
 
そんな人も、世の中にはいます。
それも安くはないお金を払って。
 
健康法として、自分の尿を飲むという飲尿療法というものもありますが、他人の身体から出るものを「美味しい」と感じる人もいる。
 
そういう事実を10年以上、目の当たりにし、実際にサービスとして提供してきました。
 
自分の食べたもののなれの果てを求めてくれる人がいる。
それを幸せそうに、口にする人がいる。
 
「お前、それ美味しいの?」
 
そう尋ねると、返ってくる答えは「ハイ、美味しいです」なのです。
 
 
「美味しい」という感覚は、匂いと見た目と味の掛け合わせだと書きました。
でも、それだけでは「美味しい」という感覚にはならないのです。
 
よく「食べてしまいたいほどに、愛らしい」といいますが、
SMという行為の中で強く実感したのは、
 
「その人に与えられるモノ全て欲しくなるほど、愛おしい」
 
という熱狂です。
 
それが、鞭などの物理的な痛みであったり、自由を奪われるという拘束や緊縛であったり、咀嚼や体液、排泄物などの、
 
御主人様の身体から出るものを全て欲しい
 
と思うという形で表現されるのです。
 
そのことに気が付いてから、
そこを求めて来てくれる子達の想いを拾い上げ、寄り添うようになって
「美味しい」という感覚について深く考えるようになりました。
 
これは、何故「美味しい」と感じるのか?
同じお店の同じ料理でも「美味しい」ときと「そうではない」ときの違いは何か?
缶コーヒーと珈琲専門店の違いは?
お母さんのお味噌汁と高級寿司店の赤だしはどちらが「美味しい」のか。
 
皆さんは、どのようにお考えでしょうか?

 

 

 

 

私が今でも「美味しかった」と思い出す忘れられない味は、ショコラビールの味。
 
バレンタインの時、とても好きだった相手と口移しで分け合い味わった、
濃厚なカカオの香りがした季節限定の黒ビール。
 
今まで食べてきた、どんなに高級なお店の食事も。
 
あの時のショコラビールには敵いません。
 
だからこそ、思うのです。
 
美味しいというのは、何を食べるかではなく、誰とどういう状況で食べたか、だと。
 
心から「満足した」「満たされた」と感じることが、
本当に「美味しい」ということではないかと。
 
行列が出来る限定数量のスィーツを「美味しい」と感じることも。
手に入れるのが大変な高級食材を「美味しい」と感じることも。
大切な人の手料理が「美味しい」と感じることも。
ものすごく喉が渇いたときに飲む水道水が「美味しい」と感じることも。
 
「美味しい」には、沢山の理由が有ります。
 
味覚という5つのバランス。
目や耳、鼻で感じる情報。
そして、それを体験するという価値。
 
食べるということは、とても簡単に手に入る快楽です。
 
だからこそ、本当に「美味しい」と感じる体験だけを選んでいきたいと、
洗腸を習慣にしてから、特に考えます。
 
「それ、本当に美味しいの?」
「それ、本当に満たされるの?」
 
繰り返し、自分へ問いかけ続けて行きたいと思います。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
にじの 青(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

解放セクソロジスト。性に関するすべての感情を解放することを目指し、性と身体の仕組みを科学的に考えるセラピスト。ノンバイナリー(精神的両性具有)でサピオセクシャル(知性愛者)というLGBT以外のセクシャルマイノリティ。国際アロマセラピストでもあり解剖学、東洋医学、薬草学、色彩学、西洋占星術、個性心理学、発達心理学などにも造詣が深い。
6歳で男女という2つの区別だけしかないことに疑問を持つ。10代の終わりには、今までの枠組みとは違う自分の恋愛パターンや性に関する好みについて考えるようになる。BDSMという性的倒錯の世界に長年かかわった経験から、LGBTに含まれないセクシャルマイノリティやセクシャリティの悩み、性に関するトラウマ、深層心理での思い込みなどに向き合うセラピーやカウンセリングを専門に活動中。『学校では教わらない性教育』をテーマに2018年から身体と性に関するセミナー、イベント企画、メルマガ、ブログなどを発信している。

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2021-11-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.149

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