週刊READING LIFE vol.149

コクのある出汁が決め手! 長崎のばあちゃんが作る絶品のお雑煮《週刊READING LIFE Vol.149 おいしい食べ物の話》


2021/11/29/公開
記事:西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あんた、餅は何個入れるとねー! ?」
ばあちゃんが台所から大声でそれぞれの希望数を聞いてくれる。それを暖かい布団にくるまりながら答える。
「わたし、2個―! !」
あぁ新しい年が始まったんだ。新年が始まる神聖な気持ちと、ばあちゃんのお雑煮が楽しみな気持ちとが重なって何とも言えない幸せな気分に包まれる。ばあちゃんの作るお雑煮は絶品なのだ。
 
ばあちゃんは女4人男2人の六人兄弟という大所帯の長女だ。現代よりも長男長女としての役割を意識せざるを得なかった時代を生きたばあちゃんは、自分より小さい妹や弟の面倒を見ながら、家族の食事を煮炊きしていた。ばあちゃんに料理を教えたのは、ばあちゃんの母親だ。つまり私のひいばあちゃんは、結婚前に女中として旅館に住み込みで働いていた。今では女中という言葉を聞いてもなかなかピンとこないが、ひいばあちゃんは調理などを任されていたらしい。旅館でお客様にお出しする料理とあって食材や調理方法、盛り付けなど一般的なレベルより上のものが求められる世界で、もともと料理上手だったひいばあちゃんはより腕を上げた。結婚を機に女中は卒業したが、その後婦人会で料理の品評会にエントリーした鯛料理が優秀賞に選ばれる。それは鯛一匹を丸ごと蒸し上げ、そこに上品な出汁の餡を掛けた一品だった。
(それってもう、料亭で出る料理じゃん!)
ひいばあちゃんの腕は確かだったようだ。
 
そんなひいばちゃんの、いわゆる料理についての英才教育を受けたのが、ばあちゃんだ。
「ちょっと、みときなさい」
ひいばあちゃんは台所で料理をする際、ばあちゃんを近くに呼んでその工程を隈なく見せ、そして実践させた。だしの取り方、魚のさばき方、煮物の作り方、味を微調整していく技……台所でばあちゃんは、料理に関する全てのことをひいばあちゃんから教わった。戦時中、食べ物が無い時代では何か料理をしようにも材料が揃わない、そんな事が多々あった。当時高齢になってきていた母親の為に好物だった巻きずしを作りたかったひいばあちゃん。しかし、必須の海苔が手に入らない。ひいばあちゃんは白菜を茹でて酢飯を巻いた。これで変型巻きずしの完成だ。
材料が揃わなくても美味しいものを作る。ひいばあちゃんは家庭料理のプロだ。
 
更には、ばあちゃんの叔父さんも料亭で働く料理人であった。昔は結婚式や法事など自宅に人を招いて行う場合も多かったそうだが、叔父さんは台所に1人で立ち調理から盛り付けまで全てを行った。幼いころからそんな光景を見てきたばあちゃんが、料理上手になるのは自然な流れだったのかもしれない。
 
じゃがいもと鶏肉の煮物、ポテサラ、魚の煮つけ、きんぴら、お味噌汁……一つ一つ挙げればキリがないほど、ばあちゃんが作ってくれる料理はどれも美味しい。煮物や煮つけにはいつも照りがあって料理をツヤツヤと輝かせているし、ポテサラには私が出せないコクを感じるし、きんぴらは素材の良さを損なわないようシャキシャキ感を残し、お味噌汁は出汁がバッチリ効いていて飲み始めるとそればかりゴクゴク飲み切ってしまいたいほどにいつも味が決まっている。
 
ばあちゃんはその時代の人らしく? サラリーマンのじいちゃんのサポートに専念してずっと家の事を切り盛りしてきた。そんなばあちゃんが70を過ぎて近所の家族で経営している小さなスーパーで商品出しの仕事を始めた時は驚いた。炊事洗濯お裁縫……どれも完璧にこなしてきたばあちゃんだったが、外の世界が見たくなったのかもしれない。きっかけは都会より濃密なご近所付き合いがある田舎で、快活で真面目なばあちゃんがスカウトされたことだった。驚く家族をよそに、ばあちゃんはイキイキと楽しそうに働いていた。そして料理の腕前を知るスーパーの社長に「総菜コーナーの商品の調理を担当してくれないか?」と打診されたが、ばあちゃんは恐れ多いとそれを断った。責任感の強さから「家族に食べさせる分にはいいけど、人様に食べてもらうのはとてもとても……」と遠慮したのだ。現在95才のばあちゃんはさすがにスーパーの仕事を卒業しているが、私はいまだに(スーパーでお惣菜出してたら、絶対人気出たんだろうになぁ)と思うくらいにばあちゃんの料理はきっと一般ウケもする味だ。
 
そんな料理偏差値の高いばあちゃんの作るお雑煮が人に自慢したくなるほど美味しい。まず、とびきりに出汁の味が決まっていてお味噌汁同様、油断するとそれだけ先に飲み干してしまいそうな勢いなのである。全国的にお雑煮で多いのは「すまし汁系」だが、ばあちゃんのは「おすまし」にとどまらない。
ばあちゃんは大晦日の晩、みんなに年越しそばをふるまった後、大きな鍋に水と出汁昆布を入れる。翌朝その鍋に火をつけるところからばあちゃんのお雑煮づくりが始まる。沸騰直前で鍋から出汁昆布を取り出す。煮過ぎると昆布はねばりが出て風味を損なう。ばあちゃんは絶妙なタイミングで昆布を取り出すため、この辺りからは鍋の中身との真剣勝負だ。そのあとに花かつおをフワッと放り込みひと煮立ちしたところですくい上げる。一般的な一番だしの完成である。しかしばあちゃんの出汁はここからが本番だ。一番だしに赤みがかった地鶏を投入。この地鶏がいい仕事をしてくれる。細かいことを言うと地鶏の定義というものは4つの条件から成り立つらしいのだが、簡単に言うと広々した所でのびのびと育てられストレスがあまりかかっていない鶏たちだ。ノンストレスの彼らは筋肉質でしっかりしており、味にコクがある。これを一番だしに入れるのだから、コクはさらに増していく。その後、ささがきしたごぼうを投入。野菜の中でも特に濃い出汁が出るごぼう。これが滋味深さを演出し、若干の甘さも感じるようになる。出汁昆布、花かつお、地鶏、ごぼう……ここに白だしを入れて味を調整。ばあちゃんはこの段階になると真剣な眼差しで何度も味見をする。こうしてばあちゃん自慢のお雑煮の下地が出来上がった。
この下地の中に単なるスポンジのような高野豆腐が入れられる。高野豆腐……私にとっては、はっきり言って「なんのためにこれ食べるの?」と思ってしまうくらいに普段は可もなく不可もなくといったポジションの素材だ。しかし、これがばあちゃんのお雑煮に入るとなると話が変わってくる。コクのあるしっかりした出汁を存分に吸い上げた高野豆腐はジューシーで、噛めば昆布・かつお節・地鶏・ごぼうの四重奏を奏でて口の中にジュワッと品のある甘味が広がる。「あら、あなたってこの日の為にスタンバイしてたのね!」とでも語り掛けたくなるほどの味わい深さだ。
そして、主役の餅! 田舎はお正月近くになると親戚が集い、餅をつく。子供だった当時、お手伝いをさせてもらったこともあるが、その頃は臼と杵を使って男たちが汗をかきかき餅をついていた。庭で蒸し器に火をくべ、ほかほかに茹で上がった餅米たちを一からつき、みんなで丸めて餅にしていく。そのさまはとても賑やかで、もうすぐお正月がやってくることの晴れやかさを味わわせてくれた。男たちも年を取り、その担い手も減ったことで臼&杵コンビは納屋の奥深くにしまわれてしまった。時代はオートマ、今は餅つき機がその全てを担ってくれている。正直、臼&杵の手作り餅には叶わないがそれでもスーパーの餅を買うより、つきたての餅の美味しさは格別である。
 
その餅を具材がグツグツしてきた鍋に入れる。ばあちゃんはなんと、餅をひとりひとりの好みの固さで煮てくれるのだ。例えば、私は噛む時に弾力を感じたいタイプなので短時間で固めに煮てもらうのが好きで、じいちゃんは形がなくなるほどトロトロに煮込んでもらうのが好きだ。めんどくさがりの私だったら有無を言わさずみんな同じ時間しか煮ないが、やはり料理好きが料理に燃やすエネルギーは高い。手間がかかってもそれぞれの好みの固さに仕上げ、最後「美味しい!」と一人残らず言わせるのがばあちゃんのゴールだ。ばあちゃんは性格的に豪快な面もあるが、こと料理になると神経を「繊細」に全振りする。だから、その丁寧さが味に出ているのだろう。
 
さて、お雑煮づくりもいよいよ佳境に入ってきた。お椀にはみんなの好みの固さの餅が入れられている。そこに四重奏のコクの熱々の出汁が入れられる。出汁を取るためにも使ったあの地鶏は具材としても食べられる。普段の鶏肉よりも若干コリコリっとした地鶏肉は柔らかい餅との相性も抜群だ。柔らかい餅にはささがきのごぼうがひっついていたりする。鍋の具材が全てお椀に納まると、最後にトッピングを乗っける。青菜として登場するのは「かつお菜」。福岡で生産され全国に出荷されているが、ほうれん草や小松菜といったメジャーな青菜に比べると若干マイナー感は否めない。しかし、このかつお菜の名前の由来を聞いて驚くことなかれ、「旨みが多く含まれ、カツオの出汁が無くてもおいしい」からかつお菜なのだ。ここでも、また旨みですか! ? あれほど重ねてきた旨みを念押しするかのようにあらかじめ茹でてカットしておいたかつお菜を乗せる。かつお菜は他の青菜に比べてちぢれがあり、葉の部分のシワが深い。そこに出汁がよく絡まって美味である。うん、君はお雑煮の為に生まれてきてくれた野菜だ。最後に戻しておいた切り昆布と紅白のかまぼこを乗せる。
さあ、ばあちゃんが全力で作ってくれたお雑煮が完成した!
 
「あけましておめでとうございます」
おとそを飲みつつ、みんなでハフハフしながらばあちゃんのお雑煮に舌鼓を打つ。
目の前にはおせちや一品料理も所せましと並んでいるが、まずは熱いうちにお雑煮を食べたい。
「あー、うまかぁ! !」
ハフハフの途中で毎年決まって口火を切るのは、じいちゃんだ。じいちゃんはばあちゃんの料理の絶対的ファン第一号だ。そういう世代なのか性格なのか、じいちゃんがばあちゃんに愛情表現をしているのを見たことがない。しかし、ばあちゃんが全力で作ってくれるこのお雑煮に対して、いの一番に大きな声で「おいしい」と感想を述べるのは、ばあちゃんに対してのラブコールなのではないかと私はひそかに思っている。
二人はケンカもするけど、ばあちゃんが作る愛情たっぷりの料理でしっかりつながっている。
そんなばあちゃんのお雑煮がみんな一杯で終わるわけもなく「おかわり」「おかわり」であっという間に鍋は空っぽになった。ばあちゃんは鍋を見て満足そうにほほ笑んだ。
 
実は一度、ばあちゃんにレシピを聞いてお雑煮づくりに挑戦したが、なかなか味が決まらなかった。なんとか深みを出そうと顆粒だしや薄口しょうゆを足してみても、最終的に満足のいく味には到達しなかった。ばあちゃん本人から聞いたのに、何が違ったのだろう。それからというものお雑煮づくりは諦めてしまい、長年食べる専門でやってきた。
 
しかし、最近ではこう思うのだ。
嫁の立場だった私の母が早々に他界し、姉は遠くに嫁ぎなかなか帰省できない。そうなるとばあちゃん自慢のあのお雑煮を受け継ぐのは、まさかのこの私なのではないか、と。料理のレベルはばあちゃんの足元にも及ばないが、もう一度ばあちゃんの横でお雑煮づくりを手伝って、その深い味わいをどうやって出すのか、伝授してもらおうかと思っている。
 
「ハナエ、料理は『勘』たい」とかっこよく言い放ったばあちゃん。ばあちゃんに極意を授かったのち、いつかばあちゃんに私が作ったお雑煮をふるまってみたい。これまでの感謝の気持ちを添えて。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年4月開講のライティング・ゼミ受講をきっかけに今期初めてライターズ倶楽部へ参加。男児二人を育てる主婦。「書く」ことを形にできたら、の思いで目下走りながら勉強中の新米ゼミ生です。日頃身の回りで起きた出来事や気づきを面白く文章に昇華できたらと思っています。

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2021-11-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.149

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