週刊READING LIFE vol.150

小松菜に恋して《週刊READING LIFE》

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2021/12/06/公開
記事:篠原蘭(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ありがとう。楽しかった。癒やされたよ。そんな気持ちで最後の日を迎えた。
 
9月、私に悲しい出来事が起きた。15年一緒にいた愛犬が亡くなった。
高齢の為、別れが近い事を覚悟はしていたが、やはり、予想以上に寂しいものだった。幸か不幸か、その当時仕事が忙しく思い出に浸りながら悲しむ時間は少なかったが、数日たってから犬のいない生活に慣れ始めた事に気づき、寂しさが一気に来た。しかし、30半ばの私にはこれまでも悲しい出来事は色々あった。
その度に、泣いても1日だし、笑っても1日なら、笑って過ごした方が良い。と、思ったのだ。
 
じゃ、どう笑う?
犬の寂しさは、犬だ。と思ったが、すぐには次の犬を迎える準備ができないので、他の方法だと思った。
 
優しい彼氏がいたらどうだろうか?
これまでクールでミステリアスな男性が好みだった私にとっては、「優しい男性」 というのは「他に褒めるポイントが無いけど、良い人だから褒めたく優しいって表現するしかない男性」 だと捻くれた考えで避けていたタイプなのに、今は「優しい男性」 が良いと思った。
出来れば、年下で、体温が高くて、髪はパーマがかかっていると最高だと思った。理想の男性像が犬の影響受けまくりである。
とにかく、これまで猫系の男性が好みだった私は、犬系の彼氏作りに動き出したのである。
まずはマッチングアプリに登録してみたが、自分の中で登録するまでが気持ちのピークで、メッセージのやりとりも数人したものの、登録までのピークを超える気持ちになれなかった。
私はここ数年、高齢でだんだんと弱る犬を見守って過ごしていた。
私の中で、愛でる、見守る、というのが日課になっていたのかもしれない。しかし、マッチングアプリでその感情が持てなかった。だから、真剣になれなかったのかもしれない。何と冷たい女だろうか、と凹んだものの、泣いても1日だし、笑っても1日の信念により再び動き出した。
 
人は何に癒やされるだろうか?
心理的や身体的に人を癒やす方法は色々あるが、植物が良いというのを思い出した。
私は過去に、介護職に就いていた事がある。その時に、庭に行き、植物を愛でる事でお年寄りは笑顔になった。また、その植物に対する思い出や、育て方など普段はあまり喋らない利用者も口数が増えた。確かに植物なら、愛でる、見守る、という私の失った感情と当てはまるかもしれない。こうして、植物を育てる事にしたのだ。
 
植物を育てるとして、家庭菜園とガーデニングどちらにするか?
食べられる野菜や果物を育てるか、観賞用の植物を育てるか、だ。私のその時の状況からいって、短期間で結果が出て、ご褒美のある方がより嬉しいと思ったので、家庭菜園を選択した。
しかし、過去にサボテンすら枯らした事のある女だ。インターネットでも調べてみたが、住んでいる地域の気候により異なる為、自分の住んでいる場所がどの気候に当てはまるのかわからず、ホームセンターのスタッフに「一番簡単で今の季節に合うもの」 を聞いてみると「小松菜」 と言われた。確かに、インターネットでも調べた時に、小松菜は初心者にもオススメとして紹介されているページをいくつも見た。私は、その日、プランターと土、それから小松菜の種を買って帰った。
 
小松菜を見守る生活がスタートした。
驚く事に、小松菜は観察3日目で芽が出て、すくすくと成長した。簡単にもほどがある。こんな簡単だと、私が調子に乗ってしまう。油断してはいけない、これは小松菜を見守るゲームだと思う事にした。
 
では、この小松菜を乙女ゲーだとしよう。
乙女ゲーとは女性向けの恋愛ゲームで、女性主人公を操作して、登場する個性豊かな男性キャラクター達を攻略していくゲームである。私が女性主人公で小松菜が攻略対象の男性キャラクターだとしよう。タイトルは「小松菜に恋して」 ダサいが、私の脳内だけでのゲームだし、だいたい乙女ゲーのタイトルはシンプルな物が多いイメージ。この時点で、小松菜の芽は伸び、芽の数もかなり増えてきた頃だった。
 
「小松菜に恋して」 の舞台は学校としよう。親の転勤で、誰も知り合いのいない高校に進む事になった主人公は、クラスに馴染めるか心配していた。これが、小松菜の種を蒔いた時の気持ちだ。次の芽が出たというのは、攻略対象の男性キャラクターのうち、隠しキャラや1回クリアしてからじゃないと攻略ルートに進めないキャラ以外のキャラクターとは接触した状態、いわばチュートリアルが終わったような状態であろう。これから、キャラクターの好感度を上げていくわけだが、小松菜の成長と乙女ゲーと重ねていると、次に起きるイベントは初デートだ。
小松菜でいう初デートにあたるイベントは、間引いた小松菜の新芽を食べる事だ。プランターの中で、ぎゅうぎゅうになると、それぞれの成長が弱るらしいので、適度に間引く事も必要らしい。
これは、選択が多い。どの芽を抜くか、今日なのか、明日なのか、何本くらいいくのか。初めてのデートでも、場所はどうするか、服はどうするか、だ。
無事に小松菜との初イベントを楽しんだ私は、ますます小松菜にのめり込むようになった。
 
小松菜に水をあげる為に、起床時間が早くなった。これは、恐らくゲーム内でもお目当てのキャラクターへの好感度の為に、自分の行きたい場所でなく、お目当てのキャラクターの行きそうな場所に行く事と同じだろう、と思った。
こうして、小松菜の好感度上げを楽しでいた私に、試練が訪れた。家庭菜園で葉物を育てているとぶち当たる、虫食いだ。油断すると、全部食べられてしまうという事もあるらしい。思わぬライバルの登場に私は燃えた。この小松菜が虫が食べる為に育ててるんじゃない。私が食べつ為に育ててるんだ。これはもう、乙女ゲーでも確実にライバル登場ですよ。お目当てのキャラクターの幼馴染で、主人公よりも付き合いが長いので、自分の方が相手を知ってますマウントを取ってくるタイプだ。そうだ、虫だって、私より長い時間、小松菜と一緒にいるかもしれない。小松菜は渡さない!!
小松菜への真っ直ぐな思いがライバルにも伝わったのか、多少の虫食いはあるものの大きな被害にならずにすんだ。恐らく、ライバルもたまにちょっかいは出すものの、私には勝てないと思ったのだろう。おそらく、最大の山場を乗り越えた。
 
こうして、成長した小松菜は、新芽の状態でうどんの薬味に、葉は鍋の具に、炒め物にと大活躍し、全て私の胃袋への消えた。完全クリアだ。ハッピーエンド!
 
短い間に、小松菜と出会いと別れ、擬似恋愛まで楽しんだ私は、マッチングアプリの存在などすっかり忘れていた。マッチングアプリは辞めよう。それより、早く次の植物を育てたい。今度の舞台はオフィスにしようと思う。
ありがとう。楽しかった。癒やされたよ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篠原蘭(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

みよう。と、ライティングゼミの夏季集中コースを受講。派遣社員として働きながら、占い師、カメラマンとしても活動している。自分の好きなものを自分の言葉で広めたいとライターズ倶楽部へ参加。

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2021-12-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.150

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