週刊READING LIFE vol.150

教養としての大相撲を楽しもう《週刊READING LIFE Vol.150 知られざる雑学》


2021/12/06/公開
記事:笠原 康夫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ちゃんこ鍋のちゃんことは親子という意味もあるんだよ。父ちゃんの「ちゃん」と子の「こ」を合わせてちゃんこ。親方と弟子の関係は親子関係のようなものなんだよ」
私は、友人夫婦に解説していた。その日は両国国技館の升席で、私の嫁と4人で待ちに待った大相撲の観戦をしていた。初めて念願の升席のチケットが手に入った。間近で繰り広げられる巨体同士のぶつかり合いは迫力がある。100キロを超える力士が全体重を乗せてぶつかり合う。「バシッ」という鈍い響きが館内に轟く。
 
私は5、6年前から、自称大相撲ファンである。
私は東京の両国在住。まさに相撲の中心地で暮らしている。大相撲に関心を持ち始めたのは、たまたま、住んでいるマンションに当時現役の力士が住んでいたことだった。その力士はマンションの最上階に住んでいた。時々、エレベーターで顔を合わせた。いつも奥様または弟子が付き人として同伴している。世話人役とボディガード役なのだろう。挨拶すると付き人が軽く遠慮がちに会釈をしてくれるが力士本人は挨拶を返してくれない。力士は迂闊にペラペラと言葉を発しないようだ。そこには力士たる精神性が感じられた。そして大相撲自体に漠然とした関心が湧いていた。
 
小学生の頃、放課後はいつも近所の友人宅で遊んで過ごしていた。友人宅ではテレビアニメを観て過ごすことが多かった。だが、しばしば友人のおじいさんがテレビを占領していることがあった。おじいさんがNHKの大相撲中継を見ている時だ。寡黙なおじいさんはお茶をすすりながら、テレビ画面に見入っていた。友人のおじいさんとはチャンネル争いもできず、我慢して一緒に大相撲中継を観ていた。
小学生の私は大相撲には全く関心がなかった。闘っている様子はそれなりに楽しんでいたが、立ち合いまでのいわゆる仕切りの間(ま)が退屈だった。子供心にあのゆっくり流れる時間軸が理解できなかった。どうしてあんなにのんびりしているのだろう、取り組みだけをさっさとやってくれればいいのに……と思っていた。

 

 

 

あれから30数年が経ち、大人になった。
折しも、世間ではリベラルアーツというキーワードが流行り出していた。歴史、地理、文化、芸術……普遍的な教養を身につけるような風潮だ。その流れに乗って、改めて日本の伝統文化に触れてみたいと思うようになった。何から触れてみようか考えてみたが身近な大相撲から、かじってみようと思いついた。
 
そこで相撲に関する書籍を手あたり次第、あさってみた。
すると、まず相撲の歴史がかなり古いことに驚いた。日本書紀に相撲にまつわる表記があるのだ。それから奈良平安時代、鎌倉時代、戦国時代も連綿と続いて、江戸時代にようやく今の大相撲に近いカタチができあがった。それが、今の両国を中心に行われる大相撲につながっている。
 
大相撲には、様々な顔がある。国技、興行、神事、スポーツ……
これを公益財団法人である日本相撲協会が運営している。
歴史を紐解くと相撲の発祥は神事なのだ。だからこそ土俵周りの作法、所作にいたるまでそれぞれ意味があり、奥深い。あの子供の頃、退屈に感じていた仕切りにも大きな意味があることが分かってきた。
ものごとは少し分かってくると関心が湧いてくるものだ。大相撲は奥深い故に学び甲斐があると思った。
 
また、スポーツとしてとらえてみても、大相撲ほど短い時間で勝負が決まるスポーツはない。1分続いたら長い取り組みとされる。中にはほんの数秒で、いわゆる秒殺もザラにある。引退した白鵬関の平均取組時間は6秒台ともいわれる。
あれだけの巨体をあのスピードで動いて、ケガもなく取り組めるのは、普段からの鍛錬に他ならない。知れば知るほど力士の鍛え抜かれた身体能力の凄さを感じさせられる。
 
両国に住んでいると普段の生活の中で力士を見かけることが多い。
大衆ステーキ店を訪れると若手力士が女性と食事をしていたり、両国のマクドナルドには取組に勝った力士には特別にセットメニューが無料提供されていたりと。
活躍中の現役力士が不動産会社と思われる業者と土地探しをしている光景なども。
見方を変えれば日本の伝統文化の中心地にいるのだから、とことん大相撲のことを知っておいたほうが得だと思うようになった。
 
相撲部屋は全国に40数か所あるが、その多くが両国近くの墨田区や隣接の江東区に密集している。
そこである週末、近所の相撲部屋を巡ってみた。近年では、部屋はマンションになっていることが多い。
昼頃、部屋の周辺を通りすがると朝稽古の後の食事も終わり、いわゆるアイドルタイムだった。ある部屋では、部屋のおかみさんが新弟子らしき10代とみえる力士を叱っている姿を目にした。まさに親が子を躾している風景だった。微笑ましく感じた。
 
その後、大相撲観戦に出掛けてみることにした。
最初はチケットの購入の仕方も分からないところから始まった。最初は国技館の2階の自由席で観戦した。
相撲というと真っ先に升席のイメージが浮かぶが、2階の最後方の自由席は2,000円で観戦できる。
売店で焼き鳥とビールを買って軽く一杯ひっかけてみた。焼き鳥は国技館の中で製造されているらしい。
その後、地下の会場に向かった。地下の会場では日替わりのミニちゃんこ鍋が400円程度で提供されていた。
少し、土俵上の力士は小さくしか見えないが、それなりに場内の雰囲気を味わうことができた。こうして大相撲観戦デビューをした。
 
その後も定期的に周囲の大相撲観戦の未経験者に声をかけては一緒に観に行くようになった。
そうしているうちに誘った友人から、いろいろ質問を受けるようになった。最初は質問に答えられないことばかりだった。繰り返し観戦するたびに事前に下調べして、あらかじめ初心者にもわかりやすいよう観戦のイロハを説明できるよう準備してから臨むようになった。
友人を誘って相撲観戦する際には大相撲の魅力を余すことなく、分かりやすく解説するよう心掛けた。
他人に自分が知っていることを教えることはなにより楽しいものだ。これを繰り返しているうちに大相撲のことを学ぶこと自体が楽しくなった。まさに好きこそものの上手なれという状態になった。
 
大相撲観戦といえばやはり憧れは升席だ。座布団に胡坐をかきながら、焼き鳥をつまみにビールを飲みながらの観戦はサイコーだ。だが、大人が4人座ると思ったより窮屈なのだ。
私のおススメは2階の前列にあたるS席かA席あたり。2階席の良いところは、全体を俯瞰して見られること。
大相撲は時間通りにつつがなく進行する。NHKの放送時間があるため、18時前にはピッタリ全部の取り組みを終える必要がある。それぞれの立場の関係者が淡々と自分の役割をこなしていく。この場内の関係者の一連の動きを俯瞰して見るのも一興だ。
あと懸賞金も実際に大相撲観戦すると臨場感があって楽しめる。NHK放送では音声が絞られていて分からないが、場内ではすべての懸賞金についてスポンサー名を読み上げる。1社が複数の懸賞金を出すこともザラにある。そうすると、会場内には、「のり茶漬けの永谷園、梅茶漬けの永谷園……」「yes、yes高須クリニック、yes、yes高須クリニック……」などと繰り返しアナウンスされる。こんなことも観戦に行くと体感できる。
 
また、雑学的なネタが多いのも大相撲ならでは。
「懸賞金の中味は1本あたり約6万円。その約半分が力士の手取りになるんだよ。この取り組みだと懸賞金20本だからざっと60万円のボーナスってことだね」
「相撲のルーツは神事なんだよ。だから神社での作法に共通していることが多いんだよ。取組みの前に力士が撒く塩も土俵をお清めするためなんだよ」「ただ、塩の量とか撒き方は力士によって個性があるから面白いよ。ちなみに国技館で使われる塩は、テレビCMでおなじみの伯方の塩が使われているんだよ」
 
番付が下の若手力士の取り組みでは、
「あの力士、こんがり日焼けしているでしょ。朝稽古を終えた後、下っ端は練習を終えると稽古場から追い出されて、部屋の前の路上に座り込んでるから日焼けしてしまうんだよ。毎朝、彼らが路上でストレッチしながら休息している姿を横目に出勤してるんだ(笑)」
こうした両国ならではのこぼれ話も交えて解説した。

 

 

 

2020年、コロナ禍になった。国技館も無観客開催や観客数制限が余儀なくされた。
そんな中、自宅でテレビ観戦しながら楽しむ方法を見つけた。
自宅に3、4人程度のごく親しい相撲好きの仲間が集まり、大画面テレビを前に飲食しながら観戦してみた。国技館のリアル観戦とは単純比較はできないが、意外にも、テレビの解説を聞きながら和気あいあいとゆっくり楽しめることに気づいた。
NHKのテレビ中継以外にもネットサービスのAbemaTVの大相撲配信も相撲ビギナーにはわかりやすく解説してくれて楽しめる。目先を変えてみると実は、楽しみ方はいろいろあることに気づいた。
 
 
勇み足、腰くだけ、ダメ押し、八百長……など、日常的によく使われる言葉は全て相撲を発祥とする言葉である。意外にも知らず知らず国民の日常と相撲はつながりがあるのだ。
 
一方、相撲用語には、例えば「手数入り」と書いて「でずいり」と読ませるような難解な言葉もある。横綱の土俵入りのことを指すが、相撲は長い伝統文化の中でこういった難しい言葉も多い。
日本の伝統文化を広める上で、相撲になじみがない人でも臆することなく、気軽に大相撲を楽しめるよう伝えていく工夫が大切だと感じる。
私は大相撲の中心地に住むひとりの大相撲好きのひとりの国民として、これからも伝統文化としての大相撲を周囲に平明な言葉で伝えていきたい。
 
そして、晩年の密かな夢は、外国人観光客に大相撲をはじめとする日本の伝統文化についてボランティアガイドをすること。
 
長い伝統のある大相撲も時代とともに変化してきている。私が幼少の頃の、名勝負の映像がYouTubeで簡単に見ることができる。昭和の50年代と令和時代の力士では体格が大きく異なる。明らかに大型化していてケガが多い要因とも言われている。痛々しい白いテーピング姿も珍しくない。
この数年間、土俵を引っ張ってきた白鵬が引退し、スター不足と言われる。だが、そんな中、2021年11月の九州場所では、新横綱の照ノ富士が横綱昇進後、2場所連続優勝の見事な戦績を残す。
また、個性ある小兵力士や30代後半を迎えるベテラン力士まで個性溢れる顔ぶれだ。
 
勝ち星の数や技術だけにとどまらず、人生を懸けて戦っている力士に敬意を表することこそ大相撲を楽しむ上での最も大切な教養だと感じる。
いままで大相撲に馴染みのなかった方も気軽に大相撲に親しんでみませんか?
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
笠原 康夫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

岐阜県生まれ。東京都在住。
ふとした好奇心で21年4月開講のライティング・ゼミに参加。これがきっかけで、気づいたら当倶楽部に迷い込んでしまった50歳サラリーマンです。謙虚で素直な気持ちを忘れずに、実践を積んでまいります。

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2021-12-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.150

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