週刊READING LIFE vol.151

その日、私たちは46,168人のうちの2人だった《週刊READING LIFE Vol.151 思い出のゲーム》


2021/12/14/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
4、5年に一度、私には「当たり年」というのがやってくる。
想像していなかった出会いがあったり、受からないと思っていた資格に受かったり、絶対行きたいと思っていたイベントのチケットが当たるというものだ。
 
2018年は、まさにそんな年だった。
その年の夏、私はテレビで観たラグビーの試合(日本対イタリア)で、その面白さにすっかりハマり、にわかに「ラグビー女子」となった。
その頃から、テレビやスポーツ専門チャンネルを頻繁に見るようになり、いつかは試合を生で観戦したいという気持ちがじわじわと募っていった。
書店に行っては、今まで立ち寄ったこともなかったスポーツ雑誌のコーナーでラグビーの雑誌を読みあさってみることもあった。
また通勤途中に福岡県内でも有数のスポーツ校の生徒たちを見ると、
「もしや、未来のラガーマンかしら」
と目をキラキラさせるほどになっていた。
 
そんなある日、スマホのチケットアプリに驚きのニュースが入ってきた。
キヤノンが主催する「ブレディスローカップ2018」が日本で開催されるのだという。
「ブレディスローカップ」というのは、オーストラリア代表の「ワラビーズ」とニュージーランド代表の「オールブラックス」との間で行われる、国際対抗戦のことである。
実はこの2チームは本当に強くて、世界的にも人気がある。
それまでラグビーの試合を見たことなかった私ですら、オールブラックスのユニフォームやグッズを見ると「かっこいい!」と思っていた。
2015年のラグビーワールドカップ決勝で戦ったチームである世界の強豪2チームが、再び戦う。なんと日本で、しかも横浜の日産スタジアムで観戦できると書いてあるではないか。
 
私は、スマホを握りしめて
「マジ!? 日本で観ることができるなんて!! 一生に一度あるかないかやん」
と思わずつぶやき、しばらく動けなかったことを覚えている。
翌年に日本で「ラグビーワールドカップ2019」が開催されることはすでにわかっていたが、そのチケットを取れる保証なんてどこにもない。
しかし、万が一この試合をもし観ることができるのなら、いきなりワールドカップの決勝戦を観るようなものだと思った。
そこで私は、父には内緒でこの試合のチケットに申し込むことにした。
抽選のため当選するかどうかは天に任せて、チケットの申し込みボタンをドキドキしながら押した。
「世界一のチームの雄姿を、生きているうちにこの目で見せてください!!」
という気持ちを込めて。
 
それから数週間後。
仕事帰りにスマホに「チケットのご用意ができました」の表示が現れたときには、チケットすらまだ届いていないのに、泣きそうになってしまった。
「よし! 当たり年、キター!!」
と心の中でガッツポーズをした。
帰宅して、父に
「聞いて! ブレディスローカップのチケットが当たったよ! 一緒に横浜に行こう!!」
と言うと、父はものすごく驚いて
「はっ!? 嘘やろ!? オールブラックスが生で観られるんか!?」
と椅子から飛び上がらんばかりだった。
正直、福岡から横浜まで観戦に行くなんてことは、スポーツに興味のない母や他の人からは、
「え? わざわざ行くの? お金がもったいない。テレビで観てればいいじゃないの」
と芳しくない反応だったのだが、私は違った。
いや、正確に言えば何か虫の知らせのようなものを感じたのだ。
「この試合にもし行けなかったら、私と父は一生、後悔しそうな気がする」と。
 
実際、この予想は2年後に的中する。
 
さて、チケットが当選してからというもの、横浜行きの飛行機やホテルの手配をすることすら楽しくて仕方なかった。
仕事の採用面接で出張する時は、気が重い飛行機の予約も、こういったイベントごとになると率先してやってしまう仕切り気質が、私の中からいきなり顔を出す。
「るるぶ」などの旅行ガイドブックを買ってきては、どこか行きたいところがあれば付箋つけておいて! と頼み、旅のスケジュールを立てて、あーだこーだと二人で話し合う。
父からすると、娘との二人きりの旅行は相当嬉しかったようだ。
 
そうして迎えた当日。
福岡空港から羽田空港に降り立つと、それは申し分ない天気だった。横浜へ行く途中も海がキラキラと輝き、私たちを出迎えてくれた。
最寄りの小机駅に降り立つと、もうこれはワールドカップなのではないか!? と思うほどの盛り上がりを見せていた。
駅の階段を下りて、スタジアムまで続く長蛇の列に驚く。会場に向かう人が道すがら、あちこちに出ている出店から立ちのぼる美味しそうな揚げ物や焼き鳥の香ばしい匂い。
まるでお祭りのようだね、とワクワクしながら歩いていく。
普段はできるだけ道をショートカットして現地へ行きたい私だが、知らない土地でラグビーファンの人たちにぞろぞろとついていくのも、これはこれで面白かったのだ。
 
試合の1時間前から、スタジアムは異様なほどの熱気に包まれていた。
屋外だからきっと寒いだろうと思って着てきたコートも、汗ばむほどの陽気と快晴だった。
天気すら、まるでこの試合を待ち望んでいたかのようだった。
やがて、和太鼓がドドンと会場に鳴り響き、炎が高く燃え上がるという演出の中、世界最高峰の選手たちがグラウンドに飛び出してきた。
遠目で見てもわかるほど、身長も体つきも日本人のプレーヤーとは明らかに違う。
王者の風格というものをビシビシと感じる出で立ちだった。
その姿に、スタンドのあちこちから「うおぉぉぉ!」という歓声が上がる。
私も「きゃぁぁぁ!!」と当時42歳とは思えない黄色い声を出してしまった。
 
試合展開はものすごく速く、テレビで日本・イタリア戦を見た時の数倍速く感じられた。
ムダのないパスを送るためのちょっとした掛け声、グラウンドを駆け巡る俊足の選手たちの足音、スクラムを組んだ時にぶつかり合う音は、生で観戦するからこそより身近により熱く感じるものだったのだ。
トライが決まり、点数が入るたびにスタンドからは割れんばかりの拍手と歓声が聞こえた。
どちらかのチームを応援する、というより双方のチームをスタンドの皆が見守り、応援するといった感じだった。
 
実はスタジアムに向かう途中、こんなエピソードがあった。
電車の中は観客ばかりで、それぞれのチームのユニフォームを着た方、頬に応援するチームのシールを貼っている方など、さまざまだった。
満員電車の中で、私と父がつり革を持って立っていたところ、目の前に座っていたワラビーズのグッズを身に着けた海外の老夫婦が、父を見て不思議そうな顔をしていた。
おそらく、オーストラリアの方なのだろう。
「どうかしましたか?」と私がおそるおそる質問すると、そのご主人は
「一体、キミはどっちのファンなんだね?」と父に聞いてきた。
父はオールブラックスの帽子を被っているのに、何故なんだろうと思っていると、そのご主人は、父の帽子と着ているコートを指さして比較しだしたのだ。
その2秒後、「あっ!」と私は声をあげた。
なんと、父はその日、グリーンベースにオレンジの縁取りの入ったコートを着ていたのだ。
そう、そのカラーはまさにワラビーズのカラーそのものだったのである。
「お父さん! これ、ワラビーズのカラーやん!」と教えると、父も
「ああっ! そうかそうか! 何も考えないで着てきたよ」と爆笑している。
「私たちはオールブラックスが好きだけど、ワラビーズももちろん応援するよ」と言うと、老夫婦はお腹を抱えて笑ってくれた。それから最寄り駅に着くまで、老夫婦はずっと父の帽子とコートを見比べてニコニコしてくれていた。
なんと、父は無意識のうちに国際交流に貢献してくれていたのである。わが父ながらありがたい。
 
試合は37対20でオールブラックスの勝利だった。
後日ニュースで知ったが、その日は国内ラグビーの試合では過去最高の46,168人の観客動員をしたという。父と私がそのうちの二人になれたことは、今思い出してもうれしい。
 
興奮冷めやらぬ状況で、福岡に帰ってから2年後。
父親の体に癌が見つかった。早急に手術をすることが必要との主治医の判断により、コロナ禍の真っ最中に入院と手術をすることになった。
ちょうど入院する直前、Facebookの思い出「2年前のこの日」に、オールブラックスの帽子を被り、日産スタジアムでうれしそうに微笑む父親の写真が上がってきた。
荷物の準備をしながら、ちょっと不安そうにしている父親に急に見せたくなった。
そうだ、父をこれで元気づけよう。
「ほら、お父さん、懐かしい写真が上がってきたよ! この頃のお父さんがガンバレって言っているみたいだよ」
と見せた。
父は、
「懐かしいね。そういえば、オーストラリアのご夫婦が笑ってくれたね。あの時は本当に楽しかったよ。チカコが連れて行ってくれたからだね」
と言ってくれた。
「またいつか、一緒に観に行くんだから、絶対元気になって帰って来てよね!」
と見送ったのを覚えている。
 
手術は幸いにも予定より早く終わったが、回復するまでには、年齢のこともあり時間がかかることを医師から告げられた。
癌が転移することも考えられる。しかも、切除した腫瘍は説明を受けた家族も驚くほどの大きさで、今後遠方への旅行はおろか、日常生活で近所に出歩ける状態に戻るまでにかなりの時間を要した。
あの時、少し無理をしてでも横浜に行っておいてよかった。
「モノより思い出」
どこかで聞いたことがあるキャッチコピーだが、私は強く感じたのだ。
どんな高価なモノを贈るよりも、その人の記憶に残る思い出になるのであれば、金額なんて関係ないのだ、と。
同じものを食べ、同じ経験をして、同じ感動を共有することで、
「あの時は、本当に楽しかったね」
という思い出のシェアができれば、それでいい。
 
今後はもう、父を遠くには連れていくことはできないだろう。
だからこそ、ごく当たり前のようにやってくるような日々の中で、少しでも
「これ面白いね。美味しいね。楽しいね」というような経験を、積み重ねていけたらいいな、と思うのである。
「思い出のゲーム」のおかげで、日常のありがたさを今、私はひしと感じている。
父もそう感じてくれているかもしれない。
 
あなたの「思い出のゲーム」は、何ですか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

西南学院大学卒。
天狼院書店の「ライティング・ゼミ冬休み集中コース」を受講したのち、READING LIFE編集部ライターズ俱楽部に参加。
主に人材サービス業に携わる中で自身の経験を通して、読んだ方が共感できる文章を発信したい秘書兼事務職。

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2021-12-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.151

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