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週刊READING LIFE vol.153

間もなく陥落しそうです《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》


2021/12/27/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
玄関から、ジーッとこちらを窺っている様子がひしひしと伝わってくる。開け放した部屋のドアからは、玄関が丸見えだ。ということは、彼女からもしっかりと私の動きが見えている。
 
私が動く度に、玄関のたたきでカタカタと足音がする。知らん顔をしているわけではない。目の端で彼女の動きを追って、毎度その一生懸命な姿に笑みがこぼれる。私のどんな動きも見逃すまいとするように、必死にこちらの動向を追うのが何とも健気だ。けれど、彼女は、玄関から部屋の中に上がるのは駄目だと分かっているのか、こちらに身を乗り出しながらも玄関に留まっている。
 
カタカタカタ。
私が玄関に向かうと、彼女は一層落ち着きをなくす。地団駄を踏むように両足を忙しなく動かし、尻尾をちぎれんばかりに振り、キラキラした目でこちらを見ている。もう10年が経つのに、その眼差しは初めて会ったときから変わらない。そう、彼女とは私が溺愛する、うちのワンコ(推定10歳・雑種・メス)である。
 
なぜ年齢が推定かというと、私は彼女が生まれた日を正確には知らないからだ。保護犬だった彼女を引き取ってすぐに連れていった獣医さんが、「きっと生後2か月くらいだろう」と言ったので、日にちを遡って、12月25日を彼女の誕生日に決めた。
 
彼女を保護した人に聞くと、どうやら親犬とはぐれてしまい、さまよっていたところを保護されたらしい。その間、よっぽど怖い目に遭ったのか、不安だったのか、檻の中にいる彼女を初めて見たときもずっとブルブルと体を震わせていた。
 
今は大きな犬であっても室内で飼う人が多いようだが、実家では犬を外で飼っていたので、彼女を家の中で飼うという考えはなかった。うちに来てしばらくは、家の中で箱みたいなものに入れて過ごさせていたけれど、段々慣れてくると箱を飛び出すようになったので、彼女を外に繋ぐようになった。
 
うちのワンコは警戒心が強く、外を誰かが通ったり、猫が横切ったりするだけでキャンキャンと甲高い声で吠えた。外が暗くなると余計に怖くなるようで、ちょっとした物音にさえ反応して鳴く。何だか可哀相に思えたけれど、血統書付きの犬のように「ザ・室内犬」でなければ、外で飼うものと思い込んでいた私は、慣らすしかないと思いそのまま外で飼い続けていた。
 
暑い日も寒い日も、彼女は外で頑張っていた。犬小屋があるのに、彼女はそこでは眠れないようだった。心配になってドッグトレーナーに相談してみると、「寝るときだけケージに入れて、周りを大きなタオルで包むと安心しますよ」とのことだった。試しに、そのようにして外に置いたケージの隙間から覗いてみると、彼女は珍しくスヤスヤと眠っていた。
 
安心しきった彼女の寝顔を見ていると、ちょっと切なくなった。赤ちゃんの時に母犬と別れ、どんなに心細かったことだろう。守ってももらえず、どうなるか分からない世界でビクビクしながら生きてきたのだ。周りに反応してすぐ鳴くのも、怖くてたまらないからかもしれなかった。
 
夫と相談して、夜だけ玄関の中にケージを置くことにした。彼女が安心して眠れるようにするためだ。昼間は外の犬小屋にいるけれど、夜は必ず家の玄関で過ごさせることにした。ケージに掛けているタオルを少しだけめくり、気づかれないようにこっそりと彼女の様子を窺う。ゆったりと体を投げ出し、スフィンクスのような姿勢で反対側を眺めている彼女は、とても落ち着いていた。玄関に入れていれば鳴きもせず、安心して寝ていられるようだった。
 
彼女の唯一の楽しみは、夕方の散歩だ。日が暮れ始めると、外に繋がれている鎖をちぎれんばかりに引っ張り、催促するように鳴き始める。体内時計でも備えているかのように、毎日そう変わらない時間に鳴き始めるのには驚いた。鎖から散歩のリードに付け替えると、私をグイグイ引っ張り、いつもの散歩道に何か異常がないか確かめるように、くまなく匂いを嗅いで回るのだ。そして散歩が終われば、ご飯を食べて玄関に置いてあるケージで眠るという日々を繰り返す。
 
そうして数年が経ったけれど、彼女の姿は、子犬の頃とほとんど変わらないように見えた。相変わらず元気いっぱいで、リードを引く力も強い。犬も歳を取ると、少しずつ落ち着きが出ると聞いていたけれど、うちのワンコには全くそんな気配はなく、天真爛漫でそこがまた親バカだけれど可愛らしく思えるのだった。
 
犬の知能は、人間でいうと2、3歳程度らしい。そのことを知った私たちは、彼女のことを「永遠の2歳児」と愛情を込めて呼んでいる。その歳の人間の子どもは、何をしたって可愛らしい。それと同じようなもので、真っ直ぐな目をしたうちのワンコは、何をしても私たちの頬を緩ませる。
 
2年前、彼女は白内障になって片目が見えなくなった。姿は若い頃とあまり変わらないように見えるけれど、やっぱり着実に永遠の2歳児も歳を重ねてきているようだ。ちょうどその頃、彼女は病気をして、薬を飲まなければならない生活になった。人間でいえば、70歳を超えている。いろんなところにガタが来ても、おかしくはないのだった。
 
彼女は、私たち家族と一緒に居たいのか、夕方の散歩の時間でもないのに、私たちが室内にいると吠えるようになった。そして、誰かが外に出てくるのを待っている。気になって外に出て撫でると、目を細めて尻尾を振っている。近頃は、あまりにも頻繁に呼ばれるので、夜だけだったケージを昼間も玄関の中に入れ、彼女はそこで過ごすことが多くなった。
 
最近では、少しの間なら、ケージの扉を開けて玄関で自由にさせることも多い。今まで部屋の中に上げていなかったせいか、そこに進出するのはいけないと自制しながらも葛藤している姿にまたホロリとする。きっと、部屋に勝手に上がったら叱られて外に出されてしまうのではないかと心配しているんじゃないかと勝手に夫と想像したりして、また彼女のことをいじらしく思ってしまう。
 
いっそのこと、彼女を部屋に上げて室内犬にしてしまおうかと思うこともあるし、実際、夫とこのことは何度も話している。けれど、室内でのトイレのしつけができていないのに、部屋に入れるのは抵抗があって未だに実現できていない。けれど、家族の一員である彼女と一緒に居たい気持ちも多いにある。その狭間で、いつも夫と悩む。
 
私たちの気持ちを知ってか知らずか、彼女は今日も目を輝かせて玄関からジーッとこちらを見ている。その姿を見て、夫と私は、彼女はこう思っているんじゃないかと「アテレコ」をしながら、玄関に行っては彼女を撫でる。撫でられるのが大好きな彼女に終わりはない。こちらが切り上げなければ、ずっと体を摺り寄せてくる。
「もう少ししたら、部屋の中で暮らせるかも」
そんなことを思っているかもしれないね、と夫と顔を見合わせて笑う。
 
多分、彼女は、虎視眈々と室内犬の地位を狙っている。切実に、それは伝わってくる。外から玄関に進出し、次は部屋の中へ。そしてリビングで大の字になって、いつでも私たちと触れ合える暮らしを待っているのだ。そう思うと、何とかトイレのしつけをクリアして室内で暮らせるようにしてあげたくなってしまうのは、惚れた弱みのようなものかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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