週刊READING LIFE vol.153

パンを齧りながら涙した日々に決別した新しい挑戦《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》


2021/12/27/公開
記事:西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「虎視眈々」……敵や相手の隙を狙って、じっくりと機会をうかがうこと。辞書を引けばそう出てくる。虎が獲物にいつ食らいつこうかという緊張感がひしひしと伝わってくる。しかし、この敵や相手というのは実在する獲物だけだろうか。いまこの時、まさしく私は「虎視眈々」という気持ちでいるのだ。しかし、そこにだれか実在する人物がいるわけではない。
 
40を過ぎてやっと心から熱中できるものに出会った。それが「ライティング」だった。通信で受講しながら自分の思いの丈をどうやって吐き出していけば人に読んでもらえる文章として成り立つのかを学んでいる。先生の講義を受けて課題を提出し、フィードバックをもらう。そこでは毎回必ず「合否」の結果が出る。合格すればその文章はネットに掲載され、落ちればどこが悪かったかを丁寧に教えてもらえる。毎週もらうフィードバックにより私は毎回入試の合否を待つ受験生のような気持ちにさせられた。
 
興味はあったがきちんと勉強したことが無かったライティングの世界にどんどんのめり込み、心理学でいうところのいわゆる「フロー状態」に入っていった。
フローとは心理学者のミハイが提唱した有名な概念で「圧倒的に集中している状態」「没頭している状態」を指す。そのフロー状態の中で「もっと面白いもの描けるようになりたい」という思いが沸きあがってきていた。
そして、思ったのだ。
誰に勝つとかじゃない。掃いて捨てる程いるであろうライターの世界で、そんな大それたことは考えていない。実際同じゼミには、「書く」ことを仕事にしている本物のライターさんもいるくらいだ。
でも、自分の人生を生き直したい。まだ誰にも言ったことがないが、大袈裟でなく結構本気でそう思っている。「書いて」表現することに猛烈に焦がれている自分がいることを否定できない。
 
そんな私が虎視眈々と狙っているのはネタだ。
(へっ、へっ、へっ……次は何をネタにして書いてやろうかぁ!)
口からよだれを出しながら周囲を見渡し、今日も書けるネタが無いか探している。おかげで成長の過程で次々起こる育児の悩みも書いて吐露することで精神を平和に保てたり、または意見がちがう人が現れたりした際も一旦立ち止まって心の違和感を紐解いてみたり……。書くことで想像以上のギフトを受け取れる。
実は心理療法でも「筆記開示」と呼ばれる方法があるらしく、ネガティブな感情も包み隠さず書き記すことで不安やうつ傾向を軽減できるのだそうだ。書くことによって心が整理される効果は絶大だ。
しかも、自分の書いた文章を人に読んでもらい「面白かったよ」と言ってもらえた時の気持ちよさったら……! 人間の大好きな承認欲求とやらも満たされる。だから、きっと私は書くことをやめられないのだろう。
 
更には虎視眈々と自分の技術を向上させるためのチャンスを見つめている。そんな心境でもあるのだ。
「何を勉強すればもっと面白く書けるのか」
そこに人やモノは実在しないが、虎のように鋭い目つきで「やったるで」と自分を鼓舞する。獲物を狙う虎もはたから見れば、じっと座っているだけに見えるかもしれない。でも内心、心のエネルギーは高く、いつでも飛び掛かる準備は出来ている。
 
思い返せば大きく道を外したことは無かったが、その代わり何か大きいことに挑戦したことも無い人生だった。
 
(あ、自分いま置きに行ったな)
明らかにそう感じたのは大学受験の時だった。
ある大学の行ってみたい学部があった。文学部だ。そこには、人間のこころの動きや行動、人間関係について学べる「心理学科」というものが存在しており、かなり魅力的に感じていた。高校でも社会科の先生がやる「倫理」の授業が好き過ぎて、話を聴くことに集中するあまり無意識のうちに変顔になり先生に注意を受けたほどだ。そういう分野を学ぶことに興味があった。
 
しかし、私の行きたい文学部はその大学の中では偏差値が高く、当時の成績からすればかなり気合いを入れて受験勉強をしなければならない状況に追い込まれていた。
そんな時、私の耳元で悪魔がささやいてきたのである。
「お前、○○大学志望だったよな? 法学部の指定校推薦あるぞ」
担任の先生であった体育教師だ。ジャージを着た悪魔が私に指定校推薦を勧めてきた。同じ大学の違う学部である。指定校推薦は予め受け入れ枠を確保して大学側が高校に申し入れるのだから、よっぽどの事が無い限り不合格にはならない。「勝ち」が確定した消化試合のようなものだ。
 
「先生、私、文学部に行きたいんですよ」
「文学部の枠はもう埋まった」
ジャージの悪魔はそんなことどうでもいいと言わんばかりに容赦なく言った。
「ですよね。あの学部、人気あるみたいですもんね……」
その時点では法学部なんてまるで考えていなかった私がそう言ったきり黙り込んでしまうと、悪魔はクロージングトークを展開してきた。
「お前ね、法学部受けたらもう合格よ? 他にも希望者おるとよ?」
悪魔も学校の進学実績を作るために必死だ。受かるかもわからない文学部にチャレンジさせるより安泰の指定校推薦で法学部合格の実績が欲しいに決まっている。
いちおう小論文、面接といった試験はあるがそれは合格前提のものである。指定校推薦の受験を決めれば、もう受験生からは一歩抜け出し「あがり」となる。私は結局その甘い甘い誘惑に負け、法学部への進学が決まった。反対を押し切ってまで困難なことに立ち向かうほどの情熱を持ち合わせていなかったのだ。
 
入学後、法学部での学びもそれなりに楽しかったし、何より憧れのキャンパスライフを満喫して悔いはないと思っていた。が、やはり文学部の生徒を見るたび「本当は行きたかった学部だ」と胸がキュッとなった。その「キュッ」を見て見ぬふりをしてしまった結果、私は本当に自分が焦がれるものへ挑戦するエネルギーを失ってしまったのかもしれない。
 
それは就職活動へも現れた。
小学生の頃「将来の夢 ミステリーハンター」と恥ずかしげも無く書いてしまうほど、レポーターやキャスターのような華のある職業に憧れていた。それは大人になっても何となくあったはずなのに、いざ就職活動をする時期になってそれを現実に落とし込む勇気は無かった。同じ学部の友人も同じくそういった職業を志望しており、彼女は現実の就職活動で地方のテレビ局を片っ端から受験した。それを横目に私は法学部で取得した資格を活かして働ける企業を受けた結果、もともと何の興味も無かった不動産業に従事することになった。結局彼女はテレビ局の受験が全滅し、違う方面に進んでいったが「やるだけのことはやった」と笑って話す顔が眩しすぎてクラクラした。本当にやりたいことに取り組んでいるひとのエネルギーの高さはすごい。
 
そんなこんなで自分の熱望することはとりあえず脇に置いておいてく癖が染みついてしまっていたようだった。
 
結局、就職後も流されるままに転職をした結果、最終的に私が最も不得意とするマルチタスクをこなしながら全体像を把握する営業事務の職に行き着いてしまっていた。営業事務は花形の職種ではないけれど、社内外の連携プレーが必要とされ何かと納期に追われる。IT企業ということもあってどんどん新しい機種・技術が取り込まれていくなかで素質がまるでなかった私は完全に置いてきぼりを喰らってしまったのだった。
 
ランチタイムになり、みんながワイワイ談笑しながらお弁当を食べている会議室に入る気力も無く、私はパンを買ってとぼとぼと公園に立ち寄る。鳩を眺めながらパンを齧っていると、なんだか涙がじんわり滲んでくる。
(あー、迷惑かけちゃってるなぁ。情けない。私、なにやってるんだろう……)
小さい子供を預けながらフルタイムで働いていることが、こういうメンタルの時はマイナスに働く。会社に貢献できないのなら、預けてまで働く意味ないじゃない。
 
最終的に次男の妊娠をきっかけに退職を願い出た。心の広い上司は「産んでから決めてもいいんだよ」と言ってくれたが、産後またフルタイムで働く気力はもう残っていなかった。そういった流れで会社を辞めた結果、私は「自分はできないやつ」という烙印を自分に対して押すことになってしまったのだ。それが結構長い間自分を苦しめた。
 
しかし、である。
長い人生どういう出会いがあるかわからない。
次男のおしゃべりが上手になってきた頃、「時間もあるし、何か興味のあることでも」とネットを開いて見つけたのが今受講しているライティングのゼミだった。その沼にズブズブとハマっていくうちに私は気分が高揚していくのを感じた。そして、その期間が長くなるにつれて一種の開き直りのような気持ちが沸きあがってきたのだ。
(私は営業事務をうまくこなすことは出来なかった。でも! 書くことについての勉強なら頑張れる!!)
そう思うことで私はエネルギーの新たなチャージ方法を編み出すことに成功した。あやうくぼんやり生きるところだったが、「書くこと」が私へ生きる気力を与え直してくれたといっても過言ではない。
 
そう考えると、「虎視眈々」とは隙を狙う姑息なやつというマイナスな印象も与えかねないが、エネルギーが充満していなければそんな事すら考えられないという点では実は生きる気力に溢れている。好きな事に真正面から向き合わずに逃げてきた人生だったが、間に合ってよかった。諦めるには40代は早すぎる。
 
日々のネタや、これからの自分の人生においてのチャンスを虎視眈々と狙えることに感謝する毎日だ。使い古された言い回しではあるけれど、何かを始めるのに遅いことはないというのを実感している。いつか大きな獲物を捕まえる日がくるまで精進の道は続く。≪終わり≫
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年4月開講のライティング・ゼミ受講をきっかけに今期初めてライターズ倶楽部へ参加。男児二人を育てる主婦。「書く」ことを形にできたら、の思いで目下走りながら勉強中の新米ゼミ生です。日頃身の回りで起きた出来事や気づきを面白く文章に昇華できたらと思っています。

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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