週刊READING LIFE vol.157

兄弟の死生観《週刊READING LIFE Vol.157 泣いても笑っても》


2022/02/14/公開
記事:秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「人は死んだら、どうなるの?」
次男とお風呂に入っていたら、そんな質問をされた。
洗い場でピタリと動かなくなって、泣きそうな顔で私を見返している。5歳の小さな体が、未知への不安で凍りついているのを見て、あぁ、この子は私と同じタイプなんだなと思った。
 
まだ小さな子どもだから、怖がらせないように、「死んだら天国に行くんだよ」なんて聞かせて、安心させてあげるのが正解なのかもしれない。なのに私は、上手にはぐらかす事ができなくて、ただ、「死ぬのは怖いよね」としか答えられなかった。

 

 

 

始まりは、子どもらしい素朴な質問だったはずなのだ。
温かいお風呂の中で、みんなは誰から生まれたのかという話をしていた。
「僕は、ママから生まれたでしょ?」
「お兄ちゃんの方が先に生まれたんだよね」
自分が赤ちゃんだった頃のことなんて当然覚えていないし、次男は末っ子だから身近に赤ちゃんと触れ合った事もない。出産に立ち会った長男とは違い、彼の中で「生まれる」というのは未知で不思議な何かなのだ。興味津々といった様子で質問を続ける。
 
「パパは誰から生まれたの?」
「パパは、ちえばぁばから生まれたんだよ」
「エェー!!」
 
心底、びっくりしていた。じゃぁ、一体おばぁちゃんのことを何者だと思っていたのか。こちらはこちらで、分かっていなかったのかと衝撃である。確かに、当たり前すぎて、わざわざ説明したこともない。当然と言えば当然の反応なのかもしれない。驚いてはいたけれど、次男も、おばあちゃんや従兄弟のお姉ちゃん、親戚の一人一人が他人とは違う事はわかっている。自分にとって特別な人だということは、イメージで掴んでいるけれど、関係性まではしっかり理解できていないということらしい。大人のように、家族の関係を図にして描くことが出来ていないのだろうと思う。
 
「ママは誰から生まれたの? さよばぁば?」
それは、君のひいおばあちゃんである。
「それは、ママのおばあちゃんだな。お母さんじゃないね」
すかさずツッコミを入れると、訳がわからないという顔になった。懸命に他に「おばあちゃん」と思われる人を探しているのだろう。小さな眉間にどんどん皺が寄った。
「ママのお母さんは死んじゃったからね。ママのお母さんは、じぃじの家に飾ってある写真の人だよ」
 
途端に悲しそうな顔になった。驚きつつも、キャッキャとしていたテンションが落ち着いてしまう。次男に私の母が亡くなっていることを話したのは初めてでは無かったはずなのに、いつもと明らかに違う表情をしている。話の流れから、「僕のおばあちゃんはもういない」から「ママのママは死んだ」と理解したのだろうか。しばらく、じっと考えて、
「ママのママが死んで、悲しかった?」
と聞いてくれた。
 
「そうだね、突然でびっくりしたし、もう会えないからね」
長男にもよく使っていた台詞で答えた。こういう悲しみは、まだ知らなくていいと思っている。どうせいつか知るのだから、積極的に教えたいとも思わない。だから、できるだけ客観的に、さらりと答えたつもりだった。けれど、そこから次男は金縛りにあったように、動けなくなった。予想外の反応に胸がギュッとする。こわばった顔で何も言わず、次男は、ポロポロと泣き出した。声も出さず、ただポロポロと涙がこぼれている。自分の身に置き換えて、私がいなくなったらと想像したのかもしれない。
 
それから、大きく息を吸って、
「人は死んだらどうなるの?」
と聞いたのだった。

 

 

 

私も幼い頃に、母に同じ質問をした事があった。
次男よりもう少し大きくなった、小学校低学年くらいの頃だったと思う。母も父を若い頃に亡くしていて、「おじいちゃんが生きていれば、いっぱい遊んでくれたのに!」が口癖だった。母があまりに何度もいうものだから、壁に飾られた写真でしか見たことのない祖父にも親しみを持って、いつもその写真が見守っていてくれるような気がしていた。だから、次男のように怯えて聞いたというよりも、なんとなく聞いたのだ。そして、後悔した。
 
「人は死んだら『無』になるんだよ」
 
言葉が入ったところから、ゾクゾクと震え上がるような気がした。天国があるかもしれないし、生まれ変わりがあるかもしれない。もちろん誰にも分からないけれど、そうだったらいいな、なんて思っていたところを暗闇に放り投げられたような気分だった。「無」という言葉そのものが恐ろしくて、しばらく一歩も動けなかった。自分ではどうにもならないものに対する恐怖が生まれた瞬間だったのかもしれない。
 
以来、お風呂場で髪を洗っている時に限って、ふっとこの言葉が頭をよぎるのである。おばけなんかより、よっぽど恐ろしかった。死んだらどうなる。私が私でなくなる。寝たら起きられないかもしれない。私の意識ってなんの意味があるのだろう。何も無くなるって、虚しい。わーっと頭の中がやかましくなって、湧き上がる恐怖に耐えられず、湯船にザブンと浸かって、温かさと生きていることに安心する。そんな面倒くさい状態に陥っていた。
 
耐えかねて、母に「死ぬのが怖い」と打ち明けたこともある。すると、こう言うのだ。
「お母さんもそういう時あったよ。でも、死んだら自分のお父さんとお母さんが迎えにきてくれると思ったら、怖くなくなったよ」
全くもって、説得力がない。多分、自分が言った事は覚えてないな……。なるほど、と返したっきり、私から話は打ち切ってしまった。解決しない恐怖心だけが、心の底の方にしっかり留まったのだった。

 

 

 

そんな経験もあり、私は次男の質問に簡単に答えられなかった。
本当に子どもの質問に答えるのは難しい。しっかり話して聞かせても全く伝わらないこともあるし、何気なく言った一言が深く突き刺さってしまうこともある。そして、それが分かっていても、いつも注意を払えるわけでもない。
 
次男はこの日から、ふと思い出したよう言うようになった。
「人はいつか絶対に死ぬの?」
「人は死んだらどこに行くの?」
「死ぬの怖いな……死にたくないな……」
まだ5歳なのに、申し訳なかったなと反省している。怖くない! と言われたら、それはそれで無茶をしないか心配なのだけれど、毎日を怯えて暮らすようなことになっては嫌だなと思う。けれど、母である私も、まだ、その答えを持っていない。
 
「ママも怖いよ」
「どんなところだったらいいと思う?」
「いつかが遅くなるように、体には気をつけないとね」
 
彼がぽつりと呟くたびに、一緒になって考えるしかない。一緒になって怖がるしかない。泣いても笑っても、その時は来る。忘れるほど一心不乱に生きられたらそれが一番幸せなことなのだろう。でも、多分、残念ながら、私や次男は、頭のどこかにずっとこの事を引っかけたまま、怖がって生きていくのだろうと思う。そういうタイプなのだ。
 
「ママも体に気をつけてね……」
 
真剣な顔をして膝に小さな手が乗せられる。重たい手だ。気がつけば、母が亡くなった歳まで、あと5年ほどしかない。なんの根拠もなく、私は100歳まで生きると思っているけれど、いい加減、健康にも気を遣わねばならぬ歳である。
難問の答えは、まだ、知らないままでいい。
 
二人で語り合っているところに、どこからともなく長男が乱入してきた。話の内容は聞いていたらしく、なぜかニヤニヤしている。考えてみれば、長男からは、こんな質問をされたことは無かった。
「死んだらどうなるか、お兄ちゃん知ってるよ!」
薄暗い空気を吹き飛ばすように、長男の明るい声が響く。
「あのね、天国には花がいっぱいあって、背中に羽の生えた人いてね……」
次男が息を飲んで、その続きを待っている。

 

 

 

「おしりプリプリして飛んでるのー!」
 
一気に脱力。真剣に聞いた私が馬鹿だった。
そうだ。長男はこういうタイプだった。
おバカだなーと思いつつ、爆笑する次男を見て思う。
 
家族はこうやって、バランスを取っているのだと。
 
だから、私は願う。
どうか、長男がこの難問に正解しますようにと。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県在住。会社勤めの2児の母。

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2022-02-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.157

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