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週刊READING LIFE vol.157

人生で後悔しないためにできること《週刊READING LIFE Vol.157 泣いても笑っても》


2022/02/14/公開
記事:九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
大学受験は一度だけのチャンスだった。
受験しなくていい学校にいたのに、上に上がる推薦を蹴って、外に出ようとしていた。
ハイリスク、ハイリターン。
正確に言うと、現役合格で家から通えるところというのが、私に与えられた条件で、滑り止めはいくつ受けてもいいと言われた。
志望校に合格すれば花の女子大生だが、全部落ちれば大学に行けずじまい。
 
なんで女子校にいるんだろうと思ってしまっていたし、上の大学に学びたい専攻がなかった。私の意志は固かった。
 
なぜ、女子校にいるのかについては、私が希望したからだけれど、さかのぼって思い返してみれば、小学校のときの親友が、女子校に行くと言うのを聞いて、私も行きたいと思ったという単純な動機だった。
 
私の家は、まったく教育熱心ではなく、高校さえ出てくれればいいというなかで育った。勉強しなさいと言われたことがなくて、私は勉強が好きだった。出されてもいない宿題を自主的にやったり、保育園のころから兄の宿題を手伝っていた。
 
勉強が好きだったけれど、塾には通ったことがなかった。女子校に行きたいと言うと、父は受験すればいいと言ってくれた。そして、近所の本屋さんに一緒に行って、受験対策の本を各科目一冊ずつ買ってもらった。その帰りに、父の行きつけの津の喜という小料理屋さんに寄って、カウンター席で父の隣にちょこんと座らせてもらって、おうどんを食べた。大人になった気分だった。父はご機嫌だった。父と二人でほかにはない時間が流れ、幸せに満ちていた。
 
そんなまともな受験対策をしていない田舎娘が、奇跡的に合格した。国語の試験で、たった一冊だけ買った受験対策の本に出ていた、谷川俊太郎さんの朝のリレーが出題された。まさかの、解いたことがある問題が出た。それはよしとして、最後にグループ面接があった。面接というものをそれまで受けたことがなかった。生まれて初めての面接で、何の予備知識もなかった。5人ぐらいで面接を受けたが、皆が卒なく立派なことを答えている。すごいなあと思いながら聞いていた。最後に私の番がまわってきたときには、もはや他の受験生たちがいろんなことを言いつくしていた。
 
「この学校に入ったら、何をしたいですか?」という質問に、みんなと同じような答えをしては真似になると思ってしまい、「特にありません」と答えた。今の私ならわかる。びっくりするほどおそろしく最低な答えだ。その後のことは、あまり覚えていない。とにかく、こんな最低な面接があるのかというぐらい、答えられなかった。
 
なのに、合格した。奇跡以外のなにものでもない。運よく、その年に有名男子校が共学になって、女子がそちらに流れたから、倍率が下がったからだと思う。まぐれだと言うと、「運も実力のうち」と言ってもらったことがある。それなら、私は運だけで生きたきたのかもしれない。
 
そんなわけで、女子校に入って、楽しい学校生活を送っていた。けれど、受験したくなってしまった。高校3年は、受験勉強をしなければという思いがいっぱいで、行きたい美術展もがまんして、クラスで皆が回し読みしていた漫画も読まず、見たいドラマも見ず(すこしは見ていた気もする)、合格をめざしていた。
 
周りはほとんどがそのまま受験なしで上の女子大に上がるクラスで、高校3年の受験生がいるとは思えないほどのんきな雰囲気だった。それでも、夏休みの前だったか、一人ずつ進路相談の面談があった。担任は、京都大学卒のエリートだ。どうしたら合格できるのかを聞こう! と意気込んで、社会科室に行った。
 
私の担任の先生は、職員室ではなくて、いつも社会科室にいた。まだ28歳で、奥さんは看護師さんで、あんまり喋る先生ではない。でも喋ったら、インド旅行から帰ってきて赤痢になって隔離された、という話がでてくる。子どもの頃に赤痢にならないように手洗いをしっかりとよく言われていたが、ほんとに赤痢になる人がいるんだ、と目の前の先生を珍しい人のように見ていた。車で通勤していて、生徒に車に落書きされたこともある。
ともかく、京都大学を合格した経験者である担任の先生に、具体的にどうすべきかを指導してもらえるはず、と社会科室のドアを開けた。
 
先生は、ソファーに肘をついて横向きに寝転んでいた。
「そこ、座って」
私は応接セットの対面に座りながら、あまりにも「面談」というイメージからかけ離れていて、戸惑った。
「上に上がらないんだって?」
「はい、外部の共学の大学を受験したいんです」
「そのまま上がれば、内申の成績で決まるから、どこでも好きな学科に行けるよ」
「上の大学には特に行きたい学科がありません」
「そうかあ。僕が君のお父さんなら、そのまま女子大に行かせたいなあ」
「どうしてですか? もっといい大学に入ったほうがよくないですか」
「そのまま女の園にいてもらいたいんだよ。大事に育ててきた娘が、共学に行って、どこの馬の骨ともわからん男にめちゃくちゃにされて、ぼろ雑巾のようにされたらたまらないからね」
 
私は、そんな話をするために来たんじゃない、合格するための秘訣を聞きたいのに……
 
「私の意志は変わりません。外部受験します」
先生は、ソファーの上でとてもくつろいだ格好で、「そんなに共学に行きたいかなあ」と言って、「嫁が他の男とキスしたことがあるなんて、想像したくもない。処女が大切だ。手をつなぐことさえ、うーん、どうか。いや、だめだなあ」と、お嫁さんのことを想像しながら、処女性について熱く語った。
 
私は予想外の展開に、ついていけなかった。
 
中学から女子校に入り、真面目に勉強し、優等生で成績もよかった。学校としては、進学校も売りなのだから、よりいい大学に入るように勧めるものなんじゃないの?
 
それが、まさかの反対をされている。
楽な道を行けと足を引っ張られている。
 
もちろん、私の希望は変わらない。
「共学に行っても、ぼろ雑巾にならなかったらいいですか」
「それがねぇ、難しいんだよ」
話を変えよう。
とにかく、私はどうしたら合格できるかを知りたいのだ!
「どんなふうに勉強したら、合格できますか?」
「簡単だよ。過去問をいっぱい解けば受かるよ。学部は問わない。その大学それぞれの傾向があるからね」
私が聞きたかったのは、それだ。
先生は腑に落ちない顔をしながら、それだけ教えてくれた。全然納得していない様子だけれど、私の方が腑に落ちない。よりいい大学をめざして、なんで反対されるのだろう。
 
進学室で、志望大学の赤本と呼ばれる過去問の本を借りて、過去何年分も同じ大学の他学部も含めて徹底的に解いていった。必死だった。
 
ただ、問題があった。中学から女子だけしかいない環境で育ったので、模擬試験を受けたときに、男子がいるだけで必要以上に意識してしまい、気になってふつうの穏やかな気持ちで受験できないことに気がついた。
これは慣れるしかないと思い、模擬試験を片っ端から受けた。何度も何度も、通常はいない男子と一緒に模擬試験を受けてみた。
そうやって、自分の自意識過剰を薄めていった。
 
試験日が迫ってくると、家で過去問を解いていても、緊張で手震えるほどだった。あまりにも合格したい気持ちが強すぎて、落ちたらどうしよう、解けなかったらどうしようと思うと、手が震えた。こわかった。自分が受けようとしている入試の重大さを感じれば感じるほど、プレッシャーとなって、自分に重くのしかかってきた。
 
これではダメだと思った。意識しすぎて、頭がパニックになって、ふつうに問題が解けないなんて、悔しすぎる。どうせなら、いつものように受験したい。自分の力を100%発揮できるようにするにはどうしたらいいか。過去問を、本番だと思って解いていく。毎日毎日、本番を繰り返す。そして、本番は、毎日家でしてきたように問題を解いていく。模擬試験を本番のように。本番をいつものように受ける。
 
パニックになって自分の力を発揮できなくても、いつものように臨んでも、もし結果が同じなのであれば、どうせならいつものように臨みたい。もしどちらにしても落ちるだとしたら、そのほうが後悔しない。諦めの境地にいたって、ようやく心が落ち着いた。
 
泣いても笑っても、これが最初で最後の志望校の入試。私は、風邪もひかず、最善のコンディションで試験に臨んだ。
私は、暖房で空気がよどんでいるのが苦手だった。また、大勢の人に酔う傾向があった。
なので、大きな受験会場で、休憩のたびに外に出て気分転換するようにつとめた。
自分がどういう状態であれば、いい状態が保てるのかを意識して、自分が心地よく受けられるようにいろいろと工夫した。
 
終わった後は、言い知れぬ達成感があった。全力を尽くせて満足だった。受験から解放された自由を味わった。
 
先生の指導は的確だった。過去問をたくさん解いたおかげで、すべり止めの大学併願を含めて8つ受けて、7つ合格した。
何より第一志望に合格した!
憧れの大学で学べるのは、とても幸せなことだった。
 
振り返ってみると、あんなにいろんなことを我慢したかのように思った受験時期だったけれど、一つの明確な目標に向かって突き進むのは、とても楽しかった。受験勉強していたときが、人生の中でひときわ輝いている。
その真っ只中にいるときは、とてもそう思えなかったけれど、今となってはとても愛おしい日々だ。
 
こんなことがあった。私が美術の授業で描いた油絵のキャンバスを、美術室にほったらかしにしていた。私が受験勉強で必死になっている間に、美術の先生が市の美術館であった展示に出品して、飾ってくださったという。驚いた。未完成の絵なのに、と思った。引き取りに行くと、「いい絵を、はよう持って帰りや」とメッセージが貼ってあった。
未完成を思っていた絵が、先生にとってはいい絵だった。視点が変われば、同じ絵でも、未完成にも、完成にもなる。すべてはとらえ方次第だ。
 
 
受験も、あんなに悲痛なときもあったのに、振り返ってみれば、人生で最も輝いていたのではないかと思えるほど美しい日々だった。
 
自分がなりたい自分になるために、いきたいところへいくために、乗り越えていくべきことが乗り越えられないのではないかと、誰しも不安になる。そんなとき、いっそのこと、最悪の事態を想定してみる。そして、開きなおってみたら、ニュートラルな気持ちで向き合えるようになる。
 
そして、平静な心で向き合えることができたら、練習を本番のように、本番を練習のようにこなしていく。そうすることで、自分の力を100%発揮できるように意識する。
 
後悔しないために、自分が最大限に活かされるように意識していきたい。
すべての瞬間を、輝かしい美しい瞬間にするために。
泣いても笑っても、たった一度の人生なのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

同志社大学卒。陰陽五行や易経、老荘思想への探求を深めながら、この世の真理を知りたいという思いで、日々好奇心を満たすために過ごす。READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部で、心の花を咲かせるために日々のおもいを文章に綴っている。

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2022-02-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.157

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