週刊READING LIFE vol.158

今までも、今も、これからも《週刊READING LIFE Vol.158 一人称を「吾輩」にしてみた》


2022/02/22/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
吾輩がここに来て、2年が経った。
 
吾輩には家族が5人おる。お父さんと、お母さんと、彩香、美咲、茉里奈っていう三姉妹。ほんで、吾輩。全部で6人。いや、人って言うてええんやろか? 吾輩、犬なんやけど。
 
13年前、彩香が部活に行っとる間に、残りの4人が吾輩がおったペットショップに来てん。恥ずかしながら、吾輩、他の犬に結構いじめられとってな。向こうはただのじゃれ合いのつもりやったんかもしれんけど、いかんせん吾輩ヘタレやから、仕返しもできんかってんな。それを見かねた茉里奈が吾輩を抱っこしてくれたんやけど、直感でこいつちょっとチョロそうやな思ってんな。やから、ちょっと試しに腕の中で寝てみてん。そしたら茉里奈、「お母さん! 見て! この子、私の腕の中で寝とる! 初めて抱っこしたのに! 運命ちゃう!?」
 
ほら、やっぱりチョロかった!
 
あとから知ったけど、人間界ではこういう行動を「あざとい」って言うらしい。
あざとくてもなんでもいいから、吾輩はとにかくここから抜け出したかった。いじめられるの嫌やったし、めちゃくちゃ甘やかされたかったねん。
 
「でもうち犬飼う準備できてないからなー。別に飼うつもりで今日来たわけちゃうしなー……」とお母さんが言う。飼うつもりちゃうんかい。ほな変な期待さすなや。
 
結局、吾輩を再びゲージに戻して、4人は帰って行った。
 
ちぇ、あいつチョロそうやったけど、ええ奴や思ったんやけどなー。お父さんはなんか声でかいし、よう喋るしうるさそうやけど。お母さんは「あたしは躾とかできひんからな!」って言うとったから甘やかしてくれそうやし。なんか家族の仲良さそうやったから楽しそうやなって思ったんやけどな。あかんかー。
 
4人が帰った数時間後、「また次のチョロそうな人間を探さねば……」と他の犬たちの蹴りに耐えながら考えとったら、帰ったはずのチョロそうな家族が戻ってきた。しかも、なんか一人増えとる。吾輩の方に、近づいてくる。
 
「あの子! 可愛いやろ! あたしの腕の中ですぐ寝てん!」と、増えた一人に向かって茉里奈が説明する。どうやら、あいつが一番上のお姉ちゃんらしい。なんかめっちゃ眠そうやな、こいつ。ほんで、顔がふてこい。でも、このふてこい奴がこう言った。
 
「飼うたらええんちゃう?」
 
え、まさかの一言。
 
「私連れてもう一回来るぐらい気に入ったんやろ? 場所もとりあえず、ゲージ置くとこだけ荷物どかしたらええやん。ゲージも餌もリードも全部ここ売っとるし、ずっとみんな犬飼いたかったんやから、ええやん。飼ったら?」
 
正直、吾輩もびっくりした。自分で言うのもなんやけど、吾輩らも命ある生き物や。生半可な気持ちで飼われるのも、正直困る。可愛いだけで飼われても困る。吾輩らは、人間のお世話がないと生きていかれへんから。ちゃんと最期まで世話してくれる人に出会えるかどうかは、飼われてみなわからへん。飼われへんまま、ここで一生を終える犬もおるけど。
 
「……ほな、飼おか!」
 
お父さんが言う。そこから閉店間際の中、家族全員で吾輩のお世話に必要なものを片っ端に買っていった。なに、この一致団結。でもこの家族、おもろそうやなぁ。
 
こうして吾輩は、川端家の一員になった。
 
帰りの車内から、家族会議が始まった。議題は、吾輩の名前について。吾輩は、茉里奈の膝の上。
 
吾輩は雄。お父さんは、男の子が欲しかったらしい。やから、家族に男が増えて嬉しいと喜んどった。吾輩、犬やけど、って思ったけど、そういうのはどうでもいいらしい。
「陸」「空」「海」の3つが候補として残った。自衛隊やないか。そんなに長くない議論の結果、吾輩の名前は「陸」になった。「りく」と読む。理由は「かっこいいから」。この家族、悪い人らではなさそうやけど、なんかちょっと頭悪そうやなぁ……。
……てかなんで吾輩、自衛隊知っとるねん。
 
そして川端家での生活が始まった。
吾輩の飼い主は、一応茉里奈ということになっているらしい。茉里奈は小学6年生で、寄り道もせずまっすぐ家に帰ってくる。長めの昼寝をしている吾輩は、しゃーなし起きて、茉里奈の遊び相手になってあげる。一応、飼い主やからな。媚び売っとかな。
 
お母さんは、吾輩に対してめちゃくちゃ甘い。「陸~、これ食べる?」と、しょっちゅう吾輩に食べ物を与えてくる。パンとリンゴは、吾輩の大好物や。あと、梨も悪くない。お母さんが吾輩と同じタイミングでパンとかリンゴ食べとるとき、ジーっと見つめたら、大抵は「しゃーないなー、これ最後やで?」って言うて吾輩に分けてくれる。ほんで、何回も最後がある。そして、吾輩は太る。
 
お父さんのことは、正直格下やと思っとる。だって毎日お母さんと娘に怒られとるんやもん。電気つけっぱなしとか、いびきうるさいとか。よくもまあ、そんな毎日何回も怒られることあるよなー、と犬の吾輩も思う。で、決まって「陸~、また怒られたわ~」と笑いながら吾輩を巻き添えにする。そして「陸を盾にするな!」とまた怒られる。こっちも、よくそんな毎日怒れるなぁ。どっちもどっちやな。
 
美咲は、適度に相手してくれる。ちょうどいい。こいつの胡坐の中が一番吾輩の納まりがいいことに気付いてからは、寝たいときは美咲に近づくようにした。ただ、美咲はたまに吾輩を抱きかかえて家の中をウロウロする。お母さんが晩ご飯作りよる台所に吾輩を放り込んだり(もちろんお母さんに怒られる)、彩香の部屋に放り込んだり(あいつの部屋、なんか居心地悪いねんな)。高校生になって彼氏連れてきたときは、吾輩めちゃくちゃ吠えた。そしたら「うるさい」って別の部屋に放り込まれた。なんやねん、ここ吾輩の家やぞ!
 
彩香はあんま家おらんかった。部活っていうのが忙しかったらしい。あとめっちゃ反抗期やって、なんか感じ悪い奴やなーって思とった。でもこいつのおかげでこの家おるっていうのもあるしなーと思って、機嫌を損ねん程度に、こいつにも媚び売っとく。帰ってきてご飯たべよるときに、ちょっと摺り寄るぐらいやけど。そしたらお箸使ってない左手で、気持ち程度に吾輩の頭撫でてくれる。下手やけど、まぁええか。
 
吾輩は、散歩が嫌いだ。なんていうか、動くのが好きじゃないんよな。おいしいもの食べて、家の中でゴロゴロしときたい。お昼はいっつも昼寝するお母さんの隣で吾輩も昼寝するし、夜はお父さんが仮眠しとるときにくっついて寝る。犬のくせに、って言われるけど、人間それぞれ幸せに感じることがちゃうように、犬もちゃうねん、っていう吾輩の持論。
散歩も、最初はみんな連れて行ってくれようとしたけど、リードを見たら全力で家の中駆け回って逃げる吾輩見たら、みんなそのうち連れて行こうとせんくなった。彩香は空気読めへんから、気まぐれに「散歩行くで」ってしつこく追いかけまわしてきて、強制連行されたけど。あいつと行く散歩、距離長いからめっちゃ嫌いやねんな。やからこれ見よがしに家帰ってきたらお母さんの前で「吾輩、めっちゃ疲れた……もう動けへん……」っていうアピールする。ぐったりしてみる。そしたらそれ見たお母さんが彩香のことめっちゃ怒るねん。「陸にそんな長距離歩かせんといてよ!」って。甘やかしすぎやろって思うけど、怒られる彩香見て「ざまぁ」って吾輩思ってる。ざまぁ。
 
チョロそうやなと思ってあざとテクを仕掛けて、割とあっさり加入できた川端家やけど、吾輩を飼う準備をしてなかった割には、結構快適に過ごせておる。パンもリンゴもいっぱい与えてくれるし、散歩もあんまり連れて行かれへんし。人間界では吾輩のような人間を「ニート」っていうらしい。でも吾輩、犬やから。可愛く川端家の人間たちを癒せばOKやから。最近ちょっと身体のまるまる具合が増してきたなーとは思うけど、可愛ければOKやから。吾輩の役目って、そういうことやから。うん。
 
なんやかんやで、川端家の一員になって11年経った。この11年で、川端家もいろいろ変わったなぁ、って犬ながらに思う。子どもらはみんな高校、大学、就職って、それぞれステージが変わっていった。一応吾輩の飼い主である茉里奈は、高校卒業までは吾輩のお世話を割としてくれとったけど、大学生になったら友達と遊ぶことがめちゃくちゃ増えた。彼氏ができたら家におる時間がもっと減った。お父さんとお母さんは「陸の世話せんかい!」ってぷりぷりしとったけど、夜遅く帰ってきても、吾輩に「おやすみ~」って声かけてくれたし(爆睡しとるときは迷惑やったけど)、毎日、吾輩の飲み水の補充は欠かさずやってくれとった。吾輩、水結構飲むから。水は大事って、田中みな実も言うとったし。
 
彩香も進学と就職で家から出ていったし、美咲も結婚して出ていった。なんかこうやって減っていくの、ちょっと寂しいなぁ。親じゃないけど、なんかそんなこと思ってまうわ。
 
病院に行くのは散歩より嫌いやった。だって先生に毎回「太りすぎ」って怒られるんやもん。そしたらその日からちょっと間、お母さん、吾輩のご飯の量ちょっと減らすねんもん。吾輩、そんなんじゃ足りひんもん。でもお母さん吾輩に嫌われたくないから、すぐいつもの量に戻してくれるんやけど。そんなんで嫌ったりせえへんけど、ご飯お腹いっぱい食べられるんやったらいいや! と有り難く完食する。
 
なんか変やなーと思ったんは、冬やった。なんか、ちょっとしんどい。
定期的に病院には連れて行かれとったから、その日も定期健診でお母さんと茉里奈と病院に行った。診察してもらう。なんやようわからんけど、吾輩、どうやら心臓が悪いらしい。
 
今まで体調崩したことはあったけど、なんやかんやですぐ元気になった。でも、なんか今回はちょっとやばい気がする。女の勘はよく当たるって聞くけど、犬の勘ってどうなんやろ? 性別だけで言うたら吾輩は雄やから、勘は鈍い方なんやろか?
 
入院か、連れて帰って様子見るか、って先生に聞かれて、お母さんは連れて帰るって言うた。先生は「なにかあったらすぐ連れてきてください」って言うとった。吾輩そんなにやばいんか。
 
飲む薬が増えたんは嫌やったけど、茉里奈が頑張って飲ませてくれた。遊びに行く頻度が減ったのも、吾輩のせいなんかなぁ。なんか、悪いなぁ。
 
ある朝、目が覚めて直感で思った。
「あ、吾輩、ほんまあとちょっとで電池切れる」って。
 
川端家の中で一番早起きなんは、お母さんや。もぞもぞ起き上がって、お母さんの足元に摺り寄る。「陸、どないしたん」って言いながら、いつも通り朝ご飯の準備。もっと摺り寄っときたいけど、しんどい。リビングでちょっと横になる。
 
次にお父さん。お父さんは、吾輩がこの家の一員になってから今日まで、ずっと一緒に寝てきた。夏は近くで寝たら「暑い」って鬱陶しがるくせに、冬は吾輩を湯たんぽのように抱きかかえて寝る。苦しかった。でも嫌いじゃなかった。お父さんにも摺り寄る。「まだ寝とってええんやぞ~」って言う。まだ寝られへん。茉里奈に摺り寄るまでは寝られへん。
 
最後に、茉里奈。遊びたい盛りの時期も、家におる間は吾輩と遊んでくれたし、水の補充だけは律儀に毎日やってくれとった。11年前、あのとき茉里奈が吾輩を抱きかかえてくれてなかったら、吾輩は今ここにおらへん。「あら、陸どうしたん。私は今日も仕事やで」って言う。うん、わかっとる、元気にいってらっしゃい。
 
あー、もう限界や。終わりって、結構あっさり来るもんなんやなぁ。でも、ちゃんとみんなにお別れできた。彩香と美咲はおらんからしゃーないけど。コロナもあって全然会えてなかったけど。でも、もう限界や。心の中でお別れ言うたら、わかってくれるやろ。
 
吾輩、この家で過ごせて楽しかった。
なんか毎日騒がしいうるさい家やったけど、楽しかった。
チョロそうとか思ってごめん。
でも、吾輩をいっぱい愛してくれて、ありがとう。
吾輩を、家族の一員として選んでくれて、ありがとう。
 
お父さんの布団の上で冷たくなっとる吾輩を見て、茉里奈が叫ぶ。お父さんとお母さんも駆け寄ってくる。夜になったら、離れて住んどる彩香も美咲も帰ってきた。明日は有給で休み取ったらしい。吾輩のためにそこまでしてくれるんか。やっぱこいつら、ええ奴らやな。吾輩の見る目、間違ってなかったわ! だから、そんなに泣かんといて。せっかく久しぶりに家族全員集まったんやから、みんな一緒に住んどったときみたいに、騒がしくしてや。もう近くにはおらんけど、吾輩は天国からみんなのこと見てるで。
 
吾輩は、犬である。名前はある。川端陸だ。
犬種はミニチュアダックスフンド。ミニチュアやのに、ちょっとぽっちゃりしとって、鼻が短い。でも、そこが可愛いってお母さんは言う。
 
天国に来てもう2年経つ。
吾輩は今も、ここから川端家の人間を見守っている。これからも、ずっと。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
大阪府内のメーカーで営業職として働く。2021年10月、天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、懐事情と相談しながらあらゆる講座に申し込む。発展途上。

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2022-02-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.158

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