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週刊READING LIFE vol.158

“我輩”は持てるものの特権である《週刊READING LIFE Vol.158 一人称を「吾輩」にしてみた》


2022/02/22/公開
記事:黒﨑良英(READING LIFE編集部公認ライター)
*この記事は多分おそらく十中八九フィクションである。そう信じたいものだ。
 
 
一人称を“我輩”にしてみた。
そうしたら、周りの視線が少しおかしいことに気付いた。
いや、少しどころではない。明らかに怪訝な顔をするものもいる。
 
しかしこのおかしさ、どこかで見たような既視感がある。
いつだったか、どこだったか……
 
そうだ、あれはまだ我輩がいたいけな少年だったとき
邪眼の疼きを抑制するために聖なる泉の水で清めた眼帯をつけていたときだ。
あるいは、右腕に封印した邪竜を鎮めるため、とある賢者からいただいた包帯型の聖骸布をまとっていたときだ。
 
皆に迷惑をかけぬように気をつけていたが、私もまだまだ未熟な歳だった。邪竜の暴走を鎮めるのに苦労した。
 
「俺から離れろ、右手の邪竜がいつ暴走するか分からない」
 
親切心のつもりで言ったのだが、やはり、あちらの世界とこちらの世界は相容れない存在。説明することも難しいため、我輩はそう答えるしかなく、一人、また一人と、友人は去っていった。
 
そうだ、そのときの目だ。
哀れみと侮蔑とが混じったような目だ。
なぜそんな目をするのか、皆目見当もつかぬ。
だが、邪竜騎士とは孤独なもの。我輩は、その使命を全うするため、いつか来る魔王との決戦のために、とにかく耐えねばならなかった。
 
今もまた、我輩はその目を向けられる。
しかし今回はきっかけが分かっている。
この一人称“我輩”への大変革である。
 
しかし、これがそこまで奇異なることなのであろうか?
そも、明治の文豪は好んでこの一人称を使っていたではないか。
それどころか、かわいらしい猫ですら、「我輩は猫である」と自分のアイデンティティを語っているではにゃいか、いや、ないか。我輩もそれは書物で読んだことがあるぞ。
 
何? それはあくまで昔のことだから、であるか?
 
否、否、否! 断じて否!
 
貴殿はご存じだろうか?
なうなやんぐにばかうけの電子遊戯『ウマ娘』を。
 
正式名称『ウマ娘 プリティダービー』という。
歴戦の名馬が可憐で華麗な美少女となって、勝利をつかむべくレースを走る。自らはトレーナーとなって、彼女たちを勝利へ導くべく、トレーニングしていく、というものだ。
 
これがまた大人気。いんたーねっとではその話題で持ちきりであるぞ。
で、この登場人物たる「ウマ娘」の中に、なんと一人称我輩のキャラクターがいるのである。
 
その名も「トウカイテイオー」
競馬ファンならずとも、その名前を知っている人は多いのではないだろうか。
かの「皇帝」と称された七冠馬「シンボリルドルフ」の子どもであり、最初の国際GⅠ競走優勝馬である。つまり、ものすごく速い。
 
このトウカイテイオーが、かわいらしい少女となって、つまり擬人化されて、勝利に向かって走り続けるのである。
 
このテイオー、普段は一人称「僕」の、いわゆる「僕っ娘(こ)」である。
しかし、決めぜりふや自信満々のときには、
 
「我輩に任せてくれたまえよ!」
 
と、かわいらしくも頼もしい口調で、胸をはるのである。
はい、かわいい。
 
どうかね? これで一人称我輩が昔のお髭がナイスな人々の特権でないことが、おわかりだろうか?
あるいは、この現象を見ると、「我輩」は「僕っ娘」の進化形であるともいえるな。
 
そういえば、かつて、やはり我輩が若かりし頃、一人称を「僕」にした女生徒がいたが、同じく、例の視線を受けていた。となれば、同じ視線をその進化形である一人称我輩の女性が受けても、何ら不思議ではない。うむ、これを「我輩っ娘(こ)」と名付けよう。新しいジャンルだ。
 
以前、似たようなジャンルで「のじゃ姫」や「ロリばばぁ」などというものがあったが、それともまた違う可憐さである。
 
「のじゃ姫」とは、お姫様キャラのことであるな。語尾に「~なのじゃ」とよくつけることから、このように呼ばれた。ちなみに、その場合一人称は「わらわ」であることが多い。これはこれでかわいらしい。
 
「ロリばばぁ」はちと複雑だ。体は幼女、すなわち「ロリータ」であり、しかし、中身はば……老婦人である、という場合だ。妖怪や神様が幼い姿で現れ、しかし口調は幾千年を生きるもののそれである、といった場合がおおい。一人称はもちろん、「わし」だ。
 
「我輩っ娘」の魅力はこことはまた違う。ギャップ萌えの一種ではあるだろうが、しかし、「我輩」と聞いて真っ先に思い浮かぶイメージ、それと連動し、「のじゃ姫」や「ロリばばぁ」とはまた違う、甘美な魅力を持つ。
 
「我輩」とはすなわち、紳士の一人称である、と捉える。
そして、もちろん昔によく使われていた、すなわち、長い年月を生きた人を連想する。
もう一つは厳格さだ。かしこまった一人称の響きである。
 
紳士的で老獪で、そして厳格な、そんな畏まったイメージの言葉が可憐な少女の口をついて出ることに、「我輩っ娘」独特の魅力があると言っていい。
 
「我輩っ娘」は我輩の造語ゆえ、厳密な定義がない。
試みに、それを制定してみよう。
 
まず、一人称が「我輩」なのは前提として、例えば外見の年格好はどうだろう?
「娘」というのは「男の娘(こ)」という言葉もある通り、やはり、若年齢層がいいかもしれない。いわゆる閾値としての「少女」である。
 
先述したトウカイテイオーも、可憐な少女(正確な年齢は設定されていないが、人間でいうところの小~中学生くらいかと思われる)である。
 
ただ、逆を考えたとき、例えば妙齢のクールな女性が一人称我輩ならばどうだろう? これはこれでグッとくるものがある。
したがって、外観年齢は10代~30代あたりだろうか。
 
性格はどうか? 上の例から総合して考えてみると、若年齢になるほど、元気っこであることが好ましい。ウマ娘のトウカイテイオーよろしく、満面の笑顔で、
 
「我輩に任せたまえよ!」
 
なんて言ってくれると、全幅の信頼をおいてしまう。
 
逆に妙齢の女性ならば、クールな美人がよい。おそらく、軍師だ。参謀本部の全権を委ねられているような果実兼備のキャラだ。あとメガネっ娘だ。
 
「我輩に任せたまえよ」
 
なんて言ってくれると、もう、作戦は成ったも同然、これで勝つる。
 
と、仮に「我輩っ娘」の定義づけはしてみたものの、当然、これは大して役に立たない。
なぜなら、こういったものには人それぞれの好みと、刺さる要所があるからだ。
 
上記とは異なる「我輩っ娘」を想像した諸兄も多いことであろう。
それはそれでよいのである。
皆がみな、それぞれ独立したイデア(=理想像)を持つこともまた、この世界では大事である。
 
しかし、大事なことを忘れてはならない。
これは女性の場合に言えることであって、では、我輩のようなうらぶれた三十路男が言ったらどうなのか?
 
ここで、冒頭の疑問にまた戻る。
私は視線にさらされる。
まるでゴミを見るような視線だ。
 
おかしい。本来なら、男性の一人称として使われるべき一人称である。
それが、この有様とは……やはり時代の移り変わりということなのだろうか。
 
となれば、だ。一人称我輩は、現代においては女性の特権になってしまったのではないだろうか?
もちろん、ただの女性ではない。
二次元の女性だ。
 
彼女たちが使うことによって、えもいわれぬ高揚感が湧き上がる。それが一人称“我輩”なのではないだろうか?
 
なるほど、合点がいく。我輩は二次元美少女の特権である。そういうことなのだ。
 
だから、ぼんくらな我輩が使っても、よしんばリアル美女が使っても、特別な感慨がない上に例の掃き溜めを見るような視線で見られるのは、仕方がないことなのである。
 
その線で言えば、イケメンが使ってもいいのかもしれない。
 
実際、文豪の名を冠するイケメンたちが異能力バトルを繰り広げる『文豪ストレイドッグス』で、イケメン芥川龍之介は一人称を「輩(やつがれ)」と古風な言い方にしていた。
 
ならば、イケメンも可、である。というか、「ただしイケメンに限る」というやつの1つである。イケメンだったら何でも許されると思うなよ許されるけど。
 
すなわち、一人称我輩が許されるのは、二次元美少女と、イケメンと、猫とデーモン閣下くらいのものである、と、そういうわけだ。
 
結論、「一人称を我輩にしてみた結果、現実の厳しさと無情さが身にしみて分かった」のである。
 
さて、結論が出たところで最後に注意点を1つ。
冒頭にも書いたように、この物語はフィクションである。断じてノンフィクションではない。
 
だから、我輩が……いや、私が、その、邪竜を、とか、右目が、とか、そういうのは全てフィクションである!
 
フィクションなんだからねっ!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒﨑良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。

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2022-02-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.158

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