週刊READING LIFE vol.159

泣いたっていいじゃない《週刊READING LIFE Vol.159 泥臭い生き方》


2022/02/28/公開
記事:川﨑裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
トンネルに落書きをしたことがある。どんな理由があろうとも、言い訳にしかならない。「魔が刺した」というのは便利な言葉だが、やった私がいけないに決まっている。
 
要は、鬱憤を悪い形で晴らしてしまったのだ。私をいじめていた同級生に対して、卑怯な手段を使ってしまったのだ。
 
私は学校帰りに幼なじみと一緒にその落書きをした。私たちの仲を引き裂いた、いじめっ子の同級生のことを書いた。
 
その様子を、男子数名が見ていた。で、先生に告げ口した。そのうちの一人は、数年前に私が不登校になるくらい、ひどいいじめをしていたヤツだ。でも「どの口が言うよ」とは思えなかった。小学6年生になっていたあの時、男子はビックリするくらいいじめがなくなっていたのだ。ドロドロしていたのは女子だけだった。そして、私は渦中の人物に入っていたのだから、とやかく言える立場ではなかった。
 
そう、一番卑怯なことをしたのは、自分だった。やり場のない気持ちを、トンネルで文字にした。たとえ何があろうとも、そんなことをしてはいけない。悪いことをしたのはこの私だった。
 
犯行現場を見ていた人がいてホッとする自分がいた。一人では抱えきれなくなっていたのだ。自ら前向きに行動する勇気がなかった私は、救われた気さえした。
 
先生は親にも電話した。今では親となった私からしたら、母親はどれだけハラハラしたことだろうと思う。母は、私を責めることはせず、話を聞いてくれた。私がどれだけいじめられてきたか、事情を分かってくれた。父は「あなたはそんなくだらないことするのか」と呆れていたが。
 
登下校で毎日通るトンネルだ。先生からも親からも注意され、幼なじみとトンネルの落書きを消した。さつまいもの葉っぱでゴシゴシと消した。「私がしたかったのはこんなことじゃない」と、スッキリしない気持ちを抱えながら。あの男子たちも遠巻きにそれを見ていた。
 
ある日、担任の先生から私一人が呼び出された。クラブの時間だった。私はクラブには参加せず、丸々1時間、先生と話した。先生は「喧嘩は終わりにしないか」そう切り出した。私は咳を切ったように泣いた。
 
喧嘩じゃない。私は彼女に無視され続けてきた。私と友達の仲を踏みにじられ、遠足も宿泊学習も私は一人ぼっちだった。それでも大人にバレないよう、楽しそうにやっていたつもりだ。友達たちだって私のような目に遭いたくないから、彼女の命令に従っていた。
 
でも、周りから見たらそうではないのか。地球は私中心に回っているわけではない。面と向かって対峙できなかったのは紛れもなくこの私だ。私だって逆の立場になったら、友達のことを無視してしまったかもしれない。あんなに苦しかったのに、我慢して黙って何もできなかったのはこの自分だ。いろんな気持ちが交錯して涙が止まらなかった。
 
先生は「涙っていいな。泣けるっていいな」ポツリと言った。私はビックリして顔を上げた。
 
「こうやって先生の前で素直に泣ける。それは素晴らしいことだ」と先生はおっしゃってくれた。この小学校に赴任する前、先生は中学校にいらした。そこでは泣きたくても泣けない子をたくさん見てきたと言う。「今のままじゃいけない。そこに気づいているから涙が出てくるのだ」と教えてくれた。
 
そう、誰が無視を始めたとか、そんなことはもういい。このままだと、次にまたターゲットが変わり、いじめが繰り返えされるだろう。みんなビクビクしながら、表面上はなんとかうまくやり過ごす日々になってしまう……。
 
私はド田舎にある小さな小学校に通っていた。1年生から6年生まで1クラスずつしかない。6年間ずっと一緒の仲間たちだ。一人ひとりの特性だって、家族構成だって何だって分かる。
 
「私はこれからどうしたいのか?」
「どう生きていきたいのか?」
 
いじめはいじめだ。ダメなものはダメだ。
「でも、本当に許さないの?」
「もう大した会話もしないまま、目も合わせないまま卒業するの?」
 
自問自答して出てきた答えはこれだ。
 
いじめの事実は変えられない。でも、今、私がどうするかで、これからの未来を塗り替えることはできる。
 
「自分自身がよりよい人間になりたい」
「私自身の人生をよりよいものにしたい」
そう強く思った。
 
せっかくのご縁で6年間も一緒になった仲間たちだ。卒業までのカウントダウンは、半年後に迫っていた。
 
私の涙はピタリと止まっていた。「先生、みんなで気持ちよく卒業したいです」力を振り絞って答えた。
 
ある日、女子だけが集会室に集められた。学活の時間か何かだったと思う。絨毯が敷き詰められた広い教室だった。上履きを脱ぎ、全員で円を作った。
 
先生が音頭を取り、皆が口々に思いの丈を話し始めた。
 
「中心になって無視し始めた〇〇ちゃんが悪い」「なぜそんなことをするのか」「私たちは逆らえなかった」いろんな思いが口々に出てくる。
 
皆いろんな気持ちを素直に言えてよかった。でも、過去を責めても、新しい未来は切り開けない。私は堪えきれず、また泣いてしまった。
 
「泣くなんてずるい」「いつもそうやって泣くんだから」「言いたいことがあるなら、口で言って」やっぱりまた、言われてしまった。それでもやっぱり、言葉は出ない。出てくるのは、涙だけ。
 
「裕子はもうこんなの辞めたいんだよ。みんな、分かるだろう」先生が助け舟を出してくださった。
 
とにかく、もう、わだかまりは取り払いたかった。先生と二人きりの時と気持ちは変わらない。ただ、自分の口ではうまく言えないだけ。私は、弱いのか。いつも無口で大人しいと言われ続けた私は本当に弱いのか。
 
私は確かに大人しい子どもだった。何を考えているのか分からないと言われることもしばしばだった。何かあったらすぐに泣いてしまう。涙をコントロールできなくなってしまう。上級生からも「泣いたら負けだ」と何度言われたことだろう。
 
泣いたらおしまい。そう言われ続けて育ってきた。
 
でも、本当にそうなのだろうか?
 
うまく言葉では言えなかったかもしれない。でも、あの時の私の涙は、確かに先生に伝わった。
 
「泣いたっていいじゃない」
「泣いたっていいんだよ」
昔の自分にそう言ってあげたい。
 
あの時、皆の前で私はうまく言えなかった。でも、みんなで仲良くしたい、気持ちよく卒業したい、その一心だった。
 
先生の言葉を聞き、皆も一斉に泣き出した。もう涙は止まらない。そう、私たちがしたかったのは、責め合いではなく仲直りすることなんだ。
 
みんなで思う存分泣き、最後は笑顔でその時間を終えた。
 
私は、口ではうまく言えないから、こうして書くことを覚えてきた。夏休みの読書感想文の宿題も大好きだった。本を読み、考えてきた。それを文章にしてきた。自分の意見を、せめてでも書き言葉では表現できるよう、綴ってきた。
 
私には、それしかできない。文章だけが救いだった。もしかしたら、泥臭い生き方なのかもしれない。でもそれでもいいじゃない。「ペンは剣より強し」なのだもの。
 
半年後、小学校の卒業式を迎えた。一人ひとりが暗唱したセリフを述べ、自分の気持ちを表現した。校歌も卒業歌も歌った。歌の最中、一人の女子が突然泣き出した。他の女子もつられて全員泣き出してしまった。咳を切ったように。もう私たちの涙は止まらなかった。体育館の中は涙、涙のオンパレードだった。
 
「女子は泣きじゃくって歌えなかったから、男子がカバーしていたよ」先生がユーモアを交えて言ってくださった。いつもはあまり歌わない男子たちだったが、当日は割れんばかりの声で歌ってくれた。教室中が笑顔で包まれた。
 
校舎の外に出てからの私たちに涙はなかった。笑顔でピースしながら記念写真を撮りまくった。母親たちも「なんであんなに泣いていたの」と、私たちのことをからかった。
 
表現方法は多種多様にある。私たちは自由に表現していいのだ。泣きたかったら我慢しなくてもいい。言葉でうまく言えなかったらそれでもいい。うまく表現できない時は、考えるだけでも意味はある。もちろん、踊ったり絵にしたりと、いろんな表現方法がある。
 
表現するのが難しい時は、泣くだけだっていいんだ。
 
大人になった私は今でも泣くことがある。50代の若さで母が他界した時、一人でよくさめざめと泣いた。18年経った今でも母を思い出して泣くことがある。それでどれだけ救われたか分からない。今、私が前を向いていられるのは、あの時、きちんと悲しみに向き合ったからなのだ。
 
感動して泣く。嬉しくて泣く。悲しくて泣く。悔しくて泣く。それは生きている証。感情が通っている証拠なのだ。心が弱いわけではない。
 
ああ、こうして今日も私は涙している。泥臭い生き方かもしれないけれど、今日もスッキリ、前に進めそうだ。

 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川﨑裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県出身。元公務員。ウェルビーイングライター&ウェルビーイング ファシリテーター 。カナダ人と国際結婚。バイリンガル子育てに奮闘中。
2020年4月、ライティング・ゼミ日曜コースを受講。週間ランキング第1位が3回。天狼院メディアグランプリ35th Seasonチャンピオンシップ総合第1位。

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2022-02-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.159

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