事件はいつも密室で起こる《週刊READING LIFE Vol.159 泥臭い生き方》
2022/02/28/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「ちょっと、コレ、この水って、キレイな水なんよね?」
人間というのは茫然としてしまうような体験に見舞われると、動きは止まってしまい、頭の中は過去を駆け巡るみたいだ。
「なんで?」
と、答えを過去に探しに行っている。
一呼吸置くと、頭の中は冷静になって物事を考え始められるようだ。
だって、一回、頭の中が真っ白になったからね。
私は、最寄り駅近くにあるショッピングモールをよく利用する。
そこには、関西でも一、二を争う大手の百貨店と、売り場面積が大きなスーパーマーケット、さらには、フードコートやレストラン街、専門店も入っている規模の大きいショッピングモールだ。
そこに行けば、手に入らないモノはなく、週に1回は通う所だ。
そんな大手のショッピングモール。
西日本でも売上や話題性が高く、いつ行ってもお客さんでいっぱいである。
活気があって、にぎわっているということは、新しいお店や凝ったイベントなども多く、毎回行くのが楽しみだ。
たいていの場合、買い物をして、ランチを食べて、本屋をのぞいて、何かしらのスイーツを買って帰るのがコースとなっている。
なので、結構長い時間そこで過ごすので、トイレも何度か利用させてもらっている。
日本の素晴らしさは数え切れないほどあるが、その中でも群を抜いているのはトイレ環境だと思う。
今では、たいていの公共のトイレには、ウォシュレットの機能があり、もちろん便座もあたたかい。
トイレットペーパーだって、切れることなくいつも補充されていて、使う人たちのマナーも素晴らしいと思う。
トイレを利用していると、定期的にお掃除の方が入っていて、トイレットペーパーの補充、ゴミ箱のゴミを取り除いたり、床を拭いたり、とてもきれいにしてくださっているところを見るたびに、いつも有難く思う。
トイレが気持ち良く使えることほど、心身共に豊かでホッとすることはないだろう。
そんな行き慣れた、いわば私の「庭」のようなショッピングモール。
先日もまた、買い物とランチに行ったのだが、そこで事件は起こった。
いつものように、気持ち良く使わせてもらい、最後にビデのボタンを押したのだ。
すると……。
思いのほか、勢いよく水が飛び出してきて、ボ~っとしていた私は一気に目が覚めたのだ。
「えっ!?」
私、確かビデを押したよね?
私がなぜビデを使うかというと、そちらの方が水の勢いが優しいと、個人的に思っているからだ。
ところがだ、一瞬にして私の洋服は水浸しとなった。
その日着ていた、チュニックワンピースはびちゃびちゃだ。
おまけに髪の毛も濡れてしまった。
当たりまえだが、トイレに座っていて水を浴びたので、背中の方が各段に被害が大きい。
立ち上がって振り返ると、目線の高さくらいの棚に置いていた、鞄二つにも水が飛んでいた。
「どんな勢いで水が出てるねん」
あたらめて、ウォシュレットの機能に感動してしまった。
もちろん、トイレの便座も壁もみんな水浸しだ。
よくもまあ、これだけ濡れたもんだ。
しかも、一瞬の出来事。
確か、ビデのボタンで、洗浄の強さは1か2だったはずなのに……。
忘れもしない、前にも一度、同じような経験があった。
娘が大学時代、大学の能楽部に入っていてお能の舞台に出た時のことが。
大阪にある、伝統ある能学堂の舞台だった。
私は、初めて行った能楽堂。
その歴史ある建物、厳粛な雰囲気の包まれた中、娘や他の出演者の舞台を楽しんだ。
こんな経験、娘が能楽部に入らなければ味わうことはなかったのだ。
伝統芸能に触れられた一日、とても満足した一日だった。
その能楽堂で、舞台の休憩時間にトイレに立った。
その能楽堂は、古くからの建物に、増改築を施されていて、ちょうどトイレのところは、新しくなっているようだった。
それでも、そのトイレは和風の扉になっていて、何個かの個室が廊下に並んであったのだが、周りの雰囲気を壊さず、何の違和感も感じないような、見事なトイレだった。
一歩中に入ると、最新型の便器を使われていて、もちろんウォシュレットだった。
最新の機種だし、新しくて清潔だし、とても気持ちがいいものだった。
ゆったりと使用して、終わりにいつものようにビデのボタンを押したのだ。
そうしたら……。
青天の霹靂とは、このような時に使う言葉よね、とか思いながらその言葉が文字となって頭の中に浮かんできた。
ウォシュレットの水が、まるで水芸のように高く舞い上がったのだ。
「えっ? 何、コレ?」
と、思うが遅く、私はその水をまともに浴びてしまったのだ。
絵に描いたように水は上がって、そのカタチは目で追っていたはずなのに、次の瞬間、自分のところにやってくることだけは、予測できなかったのだ。
この時はそのほとんどが髪の毛にもかかって、朝、セットしてきた髪型が変わるくらいにダメージを受けた。
もちろん、その日着ていた洋服も色が変わるくらいに濡れた。
初めての経験で、いや、経験なんてしたくないことだったが、何が起こったのかすぐにはわからなかった。
いつも、外でウォシュレットを使用するときは、洗浄の強さは絶対に確認している。
誰が、どのように使っているかわからないからだ。
もちろん、ビデであることも確認している。
そうでないと、強いからね。
なのに、なのに、一体何が起こったの。
私はしばし茫然としたが、その場をなんとか納めなくてはいけないことが次に頭に浮かんできた。
とにかく、とにかく、このきれいなトイレの個室内を元に戻さねばと、必死にトイレットペーパーで拭きまくった。
あっ、最初に拭いたのは私の髪の毛だったけど。
あれは、確か暑い季節だったのが、まだ不幸中の幸いだった。
濡れたとはいえ、風邪を引くようなこともなく有難いことに濡れた髪の毛も服もほどなくして乾いていってくれたのだ。
あの時の苦い経験がまたやってくるなんて。
今回だって、ちゃんと、確かに、ビデのボタンと洗浄の強さは確認したのに。
なんで、なんでまた、こんなことが起こるんだろう。
こんなことが起こると、いつも思うことがある。
普段の私は、結構落ち着いていている方で、行動も所作も気を付けながら生きていると思う。
以前、駅前のお店に娘と食事をしに入った時、隣に座っていた女性から声をかけられたことがあったのだ。
「断捨離の、方ですよね? ブログ読んでます」
私は、その瞬間、背中がシュッと伸びたのを今でも覚えている。
そうか、私のことを知っている人はいるんだよな。
だって、もう、7年もブログを書いているしな。
そこには自分の写真も載せているし。
断捨離トレーナーの活動を始めて10年目になるしな。
そう、だから、私はいつも、ちゃんとしている。
でも、ひとたび、このようなアクシデントが起こると、人間って慌てるのよね。
小さな密室で私はまず「え~っ」と、声なき声を発していた。
それから、「信じられない」と思いながら自分の行動を同時に疑い、ビデのボタンと洗浄の強さを確認した。
その後、決まって、自分がボケて違うボタンを押したり、洗浄の強さのランプの位置が読み取れなかったのかと我を疑うのだ。
ちょっと、へこみながら。
最後には、何が原因であれ、使わせてもらったトイレの中をきれいにしなくてはいけない。
ちょっと贅沢なくらいにトイレットペーパーを使わせてもらって、水びたしのチュニックをまずは拭く。
それから、びっくりするくらいに濡れている背中、目線の高さくらいのところに置いていた鞄の水滴を丁寧に拭いて、それから壁と便座もきれいに拭く。
そうでないと、次に入った人は、ここでどんな事件が起こったのかとおののいてしまうだろう。
個室での私の驚嘆、諦め、地味な行動を後で思い出してみると、なんとも泥臭い、でも、人間が取る行動って、こうよね、という正しい姿に納得もしている。
外では、いつもは、落ち着き、対面を保っている生活をしていても、ひとたびアクシデントが起こると、慌てもするし、嘆きもするし、その行動たるや、きっと必死なんだろうね、自分では見えないけれど。
でも、見えないところで起こったことでも、落ち着いて考え、必死な姿勢になりながらも、自分のこと、次の人のことを考えて行動している自分をどこかで褒めたくもなる。
いつもいつも、カッコよくいるわけにもいかないのが人生なのよね。
アクシデントは忘れたころにやってくるものなのね。
そんな案外、フツーの自分におかしかったり、嬉しかったり。
それにしても、いつも思うことがある。
それは、誰にも聞いたことがないんだけど。
でも、きっと、絶対、そうよね、と固く信じたいことでもある。
それは、それは……。
私にとびかかって来た、あのウォシュレットのお水って、きれいよね。
そうよね、きっと、大丈夫よね。
知らんけど(笑)
□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
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