柔軟な発想力を維持するための源泉《週刊LEADING LIFE「人生100年時代の働き方」》
2022/03/14/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「年齢が若いほうが柔軟な発想が出来る」
一般的にはこのように考えている人は多いのではないだろうか?
もちろん例外的な人がいることは間違いないが、一般的に言えば脳は年齢とともに細胞が減っていくので思考力も低下していくと言われているし、実際自分も含めて歳をとると自分の考え方の癖のようなものが強固になり、同じような思考パターンをすることが増えてくる。そのため歳をとるごとに物事に対して柔軟に発想することが難しくなるというのが一般的な解釈だ。
それは頭を使う競技においても如実に表れている。
最近将棋の羽生善治9段が日本のトップ棋士10人だけが入れるA級順位戦から29年ぶりに陥落するというニュースが出た。羽生さんといえばおそらくこの30年間将棋界のトップに君臨し、最強の棋士と言われていた存在だ。その羽生さんですら、年齢には抗えないのかと驚いた。実際A級に入っている棋士の平均年齢は35歳前後である。そして羽生さんに変わり現在将棋界をけん引している存在が藤井聡太竜王だ。彼はまだ若干19歳にしてあらゆる最年少タイトルを塗り替えている。
将棋というひらめきや思考の瞬発力が求められる世界においても、若い人の方が活躍していることを考えると、やはり脳の思考力や柔軟性は若い人の方が高いというのは当たっていると感じる。
ところが私はつい最近まったく真逆の現象が起こっているのを目の当たりにすることとなった。
それは私が講師を務めたある企業研修での出来事だった。
私は本業として障害者支援の仕事を行っている。
これまで10年以上、現場で障害者手帳をもっている方々が社会の中でどうやったら仕事をすることが出来るのか、そういった職場環境を作るためにはどうしたら良いのかを考え実践してきた。
そういった経験から、現在企業に対して障害者の活躍推進のための研修を行っているのだが、最近ちょっと傾向がかわってきた。それは障害者雇用だけでなく「職場の多様性を高める方法を教えて欲しい」というニーズが増えてきたということだ。
当たり前だが企業で働くマイノリティは障害者に限らない。高齢者や、子育て中のお母さんも該当する。また外国籍の人が日本企業で働くことも首都圏のコンビニなどの小売業では当たり前になってきているものの、それ以外の職種ではまだまだ限定的である。
こういった働く上でのマイノリティの活躍に注目が集まるようになってきたが、その中でも特に「女性活躍」というテーマは近年の企業人事の大きなテーマとなっている。
2022年4月からは「女性活躍推進法」が一部改正になり、中小企業も積極的に女性活躍を推し進めなければいけなくなった。そういった背景から今回ある大手企業から管理職向けに女性活躍のための研修を行って欲しいという依頼があり、その研修講師を担当することになった。
この企業は日本人なら誰でも知っている大手企業で、特に女性向けの商品を主力としているので、私はこの会社が女性活躍というテーマで研修をしてほしいというニーズがあることに少し驚いた。
企業ホームページを見ればダイバーシティへの取り組みを大々的に打ち出しているし、女性管理職比率も20%を超えていて、国が目標としている30%には届いてはいないものの、他の大手企業からしたらずいぶん進んでいる印象を受けた。
ところが打合せで人事と話してみると、表向きの発信とは異なる実情を教えてくれた。
会社全体としては確かに女性管理職が増えているのだが、実はそれは限られた部署で登用が進んでいるだけで、すべての部署で平均的に進められているわけではないというのだ。
人事や総務などの管理部門では半分以上が女性で占められ、女性管理職登用も進んでいるところもあれば、開発などの部署では女性管理職はほぼゼロというところもあった。
確かにこの打合せの場にも、本社と部門の人事が8名ほど集まっていたが、そのうち7名は女性で男性は1名だけだった。この状況を見ても部門による偏りはかなり多いのだろうと察することが出来た。
そして今回の研修はまさに女性管理職比率が低い部署の管理職100名(うち95%は男性)に対して「女性活躍推進」のための研修を行って欲しいという依頼だった。
正直私はこの話しを聞いたときに「うわ~、これは厳しい研修だな」と思った。
人事としては研修を通じて男性管理職の意識を変えたいという狙いがあった。さらに言えば、彼らがこれまでどれだけ男女差別を意識的、無意識的に行ってきて、その考え方が間違っているかを認識してもらいたい(なんなら大いに反省してほしい)ということを期待していた。
その中でも特に年齢が高い上級管理職の人たちの凝り固まった思考を解きほぐして欲しいというのが人事の本音だった。やはり上の人たちから意識を変えないと、組織は変わらないので部長クラスが意識を変えてくれるような研修を行って欲しいということだった。
これは研修を行う身としてはかなりハードルが高い依頼だった。
もちろん研修を行う一番の理由は受講者に何かしらの気付きを与え、行動に変化を起こすことなのだが、ただしそれは本人たちがやりたいことに対してであれば比較的容易にできる。
ところが今回のケースはその真逆のパターンなのだ。
おそらく女性活躍が進んでいない部署というのは、何かしら女性が活躍しにくい理由がある可能性が高い。それは現場を見ている現役の管理職の方々が一番よくわかっている。もちろん男女差別をしようなんて思っている人は少ないと思うが、とはいえ女性の管理職登用が難しいから今の状態になっているのだろう。つまり本音では「出来ない」「無理だ」と思っていることに対して、研修を通じて「出来る」「やりたい」に変えなければいけないということだ。
これを限られた時間の中で実施することは至難の業だ。
最悪の場合、私が「女性活躍」の重要性を言えば言うほど、男性管理職の方たちからすれば「こいつは人事の回し者だ」という目で見られる可能性がある(というかそう思われる可能性は非常に高い)。研修講師と受講者が「敵対関係」になった瞬間にその研修は絶対に上手くいかない。
さらに男性管理職にこれまでの自分の行いを悔い改めて欲しいなんて、奇跡でも起きない限り不可能だと思った。私はこの研修は相当難しいものになる思い、暗い気持ちになった。
しかしやると決まった以上は最善を尽くすしかないと腹を決めた。
それから私は様々な本やネット上で女性活躍に関する情報を検索する日が続いた。女性活躍推進や多様性に関する書籍にも何冊も目を通した。そしてどの情報を見ても女性活躍を推進するためには、組織としてのコミットメントが必要だと書かれていた。つまり組織のトップにいる部長クラスがやる気にならなければ実現することは無いのである。
そんな中で私はある本の一節に目が止まった。
そこには「CIAはなぜ9.11を阻止できなかったのか?」ということに対する分析が書かれていた。
結論から言うと、CIAは航空機のハイジャックが起こる可能性を示す情報を、事件が起こる2年以上前から察知していたというのだ。それにも関わらず事件を回避することが出来なかったのは、当時CIAの中にイスラム圏出身の人がほとんどいなかったため、テロリストが発する情報を正確に解釈することが出来なかったのである。
当時CIAで働く人たちの大部分は白人のアメリカ人に偏っていた。つまり同じような文化圏で同じようなモノの考え方をする人たちだけが集められていたので、特殊な情報に対して皆が同じような認知しかできなかったのである。
これをこの本ではそれを「認知の偏り」と表現していた。つまり画一的な人材だけが揃った組織では、皆同じような発想しかしないため、重要な情報に気が付くことが出来ず、重大な判断ミスをする可能性があることを意味していた。
私はこの内容を読んだときに「これだ」と思った。
男性しかいない職場というのは、どうしても男性目線で物事を考えてしまう。そうなると「認知の偏り」が出来てしまい、柔軟な発想が出にくい職場が出来上がってしまう。そうではなく、女性や障害者、高齢者や国籍に問わず多様な価値観を持った人材を混ぜることで「認知の多様性」が生まれ、組織に柔軟な発想を産み出す力が生まれるのではないかと考えた。
そして私は「女性活躍を推進することで、柔軟な発想力を産み出す職場を作る」という軸で研修を組み立てることを人事に提案した。その提案は人事にも受け入れてもらうことができ、研修プログラムの軸を固めることができた。
そしてこの研修のクライマックスで「柔軟な発想で今の組織の課題を見直す」というワークを行ってもらうことにした。事前の予想では、年齢の高い部長クラスからは新しいアイデアが出てこず、逆に若手管理職は柔軟に考えることが出来て様々なアイデアが出てくるのではないかと考えた。そしてその結果を見て、部長クラスに自分たちの考え方が凝り固まっていたことに気付いてもらい、組織に「認知の多様性」をもたらすためにも、まずは自組織の女性活躍推進の必要性を感じてもらおうと狙いを定めた。
そして研修当日。そこには20代後半~30代の若手管理職から、上は50代の部長、本部長クラスまでが一堂に集まっていた。研修をスタートすると「認知の偏り」によるリスクの話しや、「認知の多様性」を作ることが組織にイノベーションをもたらすという話しが思いのほかウケが良く、皆さん積極的に研修に参加をしてくれた。そして研修終盤、本題の発想力を問うワークに入り、いまある組織の課題に対して自由に発想してほしいと依頼をしてアイデアを出し合ってもらった。私も周りで見ていた人事も当初の狙い通りになることを期待して見守っていた。
ところがここで私たちの予想を裏切る結果が次々と出始めた。
何と若手の管理職が集まっているテーブルではありきたりな回答しか出てこず、むしろ部長クラスのテーブルの方が既存の考え方にとらわれない斬新な回答が出始めたのである。
念のため断っておくと、上司からのプレッシャーで若手が委縮しないように、年齢や役職ごとにテーブルを分けて配置したので、少なくともそのテーブル内では上司からのプレッシャーを感じることは無かったはずだった。それにも関わらず若手の方が発想力に乏しいという結果に私も人事も首をかしげてしまった。
結果的には部長クラスが「これは面白い研修だったね。組織に『認知の多様性』がある状態を作るためにも女性活躍を推進することは大事だと思った」と仰ってくれて、研修としては成功だった。
この結果を受けて私はある仮説を立てた。
部長クラスは会社が小さい時から様々な新しいアイデアを出すことを求められ、そのアイデアによって会社が大きく変わっていく様を見てきたため、会社の仕組みを変えることは「経験済み」であった。だからこそ前例にとらわれず発想してほしいという依頼に対して柔軟な発想をすることが出来た。
ところが若手は会社が大きくなって仕組みが十分に出来上がってから入ってきたため、自分たちの発想で会社の仕組みを変えた経験がなく、今ある枠組みの中で発想する経験しかしたことがなかった。そのため枠組みを取っ払って前例にとらわれず発想するということが感覚的に理解できなかったのではないだろうか。そう考えると、柔軟な発想力というのは「自由な発想をする経験を積んだかどうか」が重要なポイントになるのではないだろうかと。
もちろん将棋の世界のように天才的な頭脳を持ったトップ同士のしのぎ合いの場では、思考し続ける体力や瞬発力が必要になるので、若い人が有利ということはあるのだろう。しかし私たちが普段行っている仕事では、自由な発想をする経験をしているかどうかが、実は重要な要素になっているのかもしれない。
これからさらに不確実性が高く変化の激しい時代においては、自分たちも組織も変化することが、さらにもとめられるようになってくる。その時に変化することを経験しているか、そうでないかは、その人の柔軟性や思考力に大きく影響を及ぼす可能性がある。つまり若いときにどれだけ自由な発想をする経験を積んだかどうかが求められる時代になるのだ。
これは若い人はもちろんのこと、私のように40歳を過ぎた人間でも、今からでも経験をしたほうが良いだろう。なぜなら現在40代でもまだこの後30年以上働き続ける可能性があるからだ。
これは私たちが「人生100年時代」に働き続けるために求められる重要な要素なのかもしれない。
□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
静岡県生まれ。鎌倉市在住。 大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。
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