週刊READING LIFE vol.162

私の記憶の奥底に埋もれてしまった彼女の恋は、純愛だったのか、妄想だったのか、倫理に反するものだったのか、それとも?《週刊READING LIFE Vol.162 誰にも言えない恋》

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2022/03/21/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
彼女は、今思うと、美しかった。
今思うと、というか、改めて思い返してみないと美しいと認識できないというのは、彼女に対して失礼だとは思うのだが、当時の私には、彼女が美しいのだと認識できるだけの人を見る目であったり、人生経験が圧倒的に足りなかった。
 
私にも、少ない恋愛経験の中で、アルバイト先の社員の方とお付き合いをして周囲にひた隠しにしていたことや、職場の先輩と周りには言えない恋をしたりとか、それなりに秘密の恋の経験がある。
でも、私には、自分自身の恋と同様に、大切ではあるが複雑な感情が入り交じって思い出す、彼女の秘密の恋がある。
彼女とはもう二十歳の頃を最後に親交はなくなってしまったのだけれど、でも何かの折にふれて、彼女や彼女の恋について思いを馳せることがある。
 
彼女と出会ったのは中学一年生のとき。出席番号順で私の次が彼女で、入学当初は出席番号順の席だったから、自然と話すようになったのだと思う。
大人になった今だからこそ、当時の彼女の魅力がわかるのだが、中学生程度の子どもでは理解できない、顔の造作やスタイルではなく、もちろんその要素も必要なのだが、彼女には内面からにじみ出る魅力があったと思う。
彼女は背が高くてスタイルも良く、丸顔に大きな目、高すぎず低すぎない形のよい鼻、そしてすこしぽってりとした唇で、ぱっと目を引くような美人ではないけれど、整っている顔立ちだった。そしてその大きな目は少し憂いを帯びていて、笑顔の安売りはせず、同調圧力の中でも愛想笑いなんてしない人だった。それだけで同級生とは一線を画す、特異な存在感があった。小学生時代には、壮絶ないじめにあっていたらしい。それが彼女の憂いを帯びた眼差しを創り上げ、大人びた、周りには迎合しない性格になっていったのかもしれない。でも、いじめにあってしまうだろうな、と容易に想像がつくくらい、彼女は個性的で、周りを刺激してしまう、悪く言えば鼻につくタイプだった。
90年代の、女子は皆がロングヘアーでお下げ髪、が定番だったような時代に、運動部に所属しているわけでもないのに、彼女はボーイッシュなショートカット(時代遅れな表現だろうか)だった。私服も膝丈スカートが定番の中、彼女はセーラー服を脱いだらいつもジーンズ姿だった。
成績は、中の中だった私と同じくらいだったと思う。でも、読書家で、歴史や政治にも詳しく、私が知らないような難しいことをたくさん知っていて、勉強はそこそこだけれど、頭はすごくいいんだろうな、という印象だった。
 
二年生になるとクラスは離れてしまったのだが、私が二年生で同じクラスになった学年一位の秀才少女と小学校時代から親友とのことで、彼女を通じてその秀才少女とも仲良くなった。
中学生時代の私は、太っていて眼鏡で地味で暗くて、カーストの最底辺をさまよい、いじめられないように目立たず生きることに全力を注いでいた。だから、学年一位の秀才少女と、特異な彼女と仲良くなり、でもそんな目立つ彼女たちと仲良くしながらも、目立たないようにひっそりと過ごしていた。
 
そしてその二年生のときに、社会科の教師が新しく赴任してきた。
私から見ても、一般的に見ても、失礼な表現だが決して格好良くもなく、授業が取り立てて面白いわけでもなく、ごくごく普通の教師だった。
私が通った公立中学校は、当時は区内でも荒れている学校だと有名で、教師によっては授業がまともに成立しないこともあり、教師としての自信を失い病んで辞めていった先生も何人かいた。
その点においては、その社会科の教師、A先生は、そんな不良たちを黙らせて授業は成立していたため、教師としての力量はあったのかもしれない。
彼女は歴史が好きだったこと、政治や社会情勢にも詳しかったこともあり、他の教科はそこそこの成績でも、社会は得意だった。だから、授業が終わったあとや休み時間に、わからないことや聞きたいことをA先生に質問に行くことも多く、よく話しているのを目にしていた。
社会科準備室だったか社会科資料室だったか、社会科の先生が使う部屋があり、そこにも彼女はたまに行っていた。
そして、なにかにつけてそのA先生の話をするようになり、秀才少女が、「あの先生のこと、好きなの?」とからかうように言っていたが、彼女は否定していた。
ところがその言葉とはうらはらに、彼女は資料室に休み時間や放課後も入り浸るようになった。でも他の社会の先生も使う部屋だったから、いつも授業の質問をしたり進路の相談をして過ごしていたようだった。
しかし、あるとき二人きりになり、A先生の方から「二人だと、緊張してしまう。ほら」と胸に頭を引き寄せられて、心臓の音が聞こえるだろうと言われた、私も先生のことが好き、両思いなのかもしれない、と突然打ち明け話をされた。
私も秀才少女も、彼女の作り話かと思った。
だって、私たちは14歳の中学生であって、相手は30代半ばの、しかも妻がいる教師なのだ。そんな関係性で恋が生まれるなんて、中学生の頭では理解も想像もできなかった。
しかし、どんどん彼女の思いは募っていき、放課後、他の先生がいないときを狙って彼女は資料室へ足を運ぶようになった。
そうこうしているうちに、中学三年生になった。受験生となり、彼女の一時的な恋なのかなんなのかわからないものも、熱が冷めていくのかと思った。中学生と30代半ばの中年教師の恋なんてあるわけがないと信じられない思いの反面、恋をしたことがない夢見る夢子ちゃんで、ドラマの世界にどっぷりはまってしまうような私は、本当にそんな恋が成立するのであれば応援したいような、純愛だと思ったり、でも教師と中学生が付き合うなんて犯罪だとも思ったり、野次馬根性や冷やかすような思いもあった。
しかし、受験生になり熱が冷めていくどころか、彼女とA先生は学校以外で会うようになっていた。遊園地や水族館に連れて行ってもらった、そしてとうとう一線を越えた、という話を聞かされた。
そのうちに、どういう経緯だったのかわからないが、B先生が二人の関係を知ることになってしまった。その先生は公にはしないから、関係を終わらせるようにA先生と彼女を説得したらしい。そして、B先生は、秀才少女と私を呼び出した。
彼女が話したことはすべて彼女の妄想だ。彼女はたしかにA先生のことが好きだったのだろうけれど、それが彼女の妄想を膨らませ、付き合っている、またそういう関係にもなったと思い込んでしまった。好きな気持ちがエスカレートして少し気持ちが病気になってしまったみたいだ。たしかにA先生も思わせぶりなことをしてしまい、いけない部分があったのかもしれない。でも、二人が付き合っているとか、そんな事実はない。彼女のことはそっと見守ってあげつつ、このことは忘れなさい、だって事実じゃないんだから。彼女の妄想も時間が解決してくれるから、だから、このことを他の先生とか友達とか両親には言わないであげてほしい。ことが大きくなって、問題になってしまって、でもそれがすべて彼女のただの妄想だとなったら、彼女は傷ついてしまうから……。
いろんな言葉を並べて説明、説得された。
私は、B先生にそう説明されれば、彼女の妄想だったのかもしれない、とも思えた。
どうしてそう思ったのかはわからない。
彼女の話は信じていた。
大切な友達だった。
でも、私が幼稚過ぎて彼女の恋を現実のものとして認識できなかったから、妄想だったらいいな、それなら彼女は私とそれほど変わらない同じ中学生だ、大人の先生と恋をしているなんて、彼女は私とは違う次元を生きていて、決して私は彼女には追いつけない……などと、羨望なのか嫉妬なのか、はたまた軽蔑なのかわからない感情が入り乱れていたからだと思う。
 
彼女はせっかく事実を知っても公にせず守ってくれたB先生の忠告も聞かず、またA先生の方も同様で、その後も先生と付き合い続けたが、何事もなく無事中学を卒業した。高校に進学してからも、しばらく関係は続いていたようだった。
しかし、ちょうど私たちが卒業する頃に、A先生の妻が第一子を出産した。それでも彼女は、私たちは愛し合っている、先生はいずれ離婚すると言っている、信じていると言っていた。
 
こんなに衝撃的な友人の恋なのに、その後の経緯をあまり覚えていない。彼女とは別々の高校に進学したが、二十歳頃まではたまに連絡を取ったり会っていたのに、彼女が先生とどういう終わりを迎えたのかは聞かなかったのか、私が忘れてしまったのか、とにかく私の記憶には残っていない。
彼女は高校2年か3年の頃には、大学生の彼氏ができたとか、社会人の彼と付き合っているとか話していたと思う。だから、高校入学後もA先生と付き合ってはいたが、いつの間にか別れたということなのだろう。
二十歳を過ぎる頃には、お互いに新しい世界、新しい付き合いが忙しくなり、いつの間にか疎遠になり、彼女とも、彼女以外の中学時代の友人とも私は連絡を取らなくなってしまった。大学を卒業する頃には私の実家は引っ越しをして、私も一人暮らしを始めて生まれ育った場所からは離れてしまったため、偶然に駅などで同級生と出くわすという機会もなくなり、彼女のその後は知らないままだ。
 
 
たまに自分の恋を思い出すように、彼女の恋についても思い出す。
そして、冷静に考えると、彼女と先生は本当に付き合っていたのか? と思いを巡らせる。
30年近くもたって、結末を覚えていないこともあって、B先生が言っていたように、彼女の妄想だったのかもしれない、と思うこともある。
今さら善悪の判定をしようとは思わないが、やはり30代の妻子ある教師が14、15の中学生と付き合うなんて倫理的な問題もあるし、気持ち悪いと思ってしまう気持ちも正直ある。でも、その一方で人生経験を重ねたからこそ、人には理解されない恋がある、愛に年齢は関係ない、純愛だったのか、と思うこともある。しかし、いやいや、そんなことを言ってもA先生は奥さんも大切にしていて子どもだって誕生した、だから彼女はもてあそばれただけなのか? とも思ったり。
そのときの自分の精神状態によって、思うことは異なる。
 
 
彼女は今、どこで、どんな暮らしをしているのだろう。
学者とか、研究者になりたい、なんて凡人の私では思いつかないような将来の夢を語っていたけれど、彼女ならば叶えているかもしれない。
中学生にして、あんな大人の恋を知ってしまった彼女は、その後はしあわせな恋愛ができたのだろうか。
平凡の極みだと思っていた私が平均的なしあわせを掴めなかった(結婚という点においては)一方で、意外にも彼女の方が平凡で平均的なしあわせを手にしているのかもしれない。
もしくは、結婚、離婚、再婚なんて、波瀾万丈な人生を歩んでいるのか? とか。
中学時代の友人との交流がすっかりなくなってしまった、友人の少ない私だからこそ、彼女のその後を妄想しつつ、彼女や彼女の恋、秀才少女(は弁護士になり、その後政界進出したと風の噂で聞いた)と過ごした、カーストの最底辺をさまよった中学時代を、友人との思い出以外楽しい学校生活ではなかったけれど、今となっては懐かしく思い出す。
 
 
 
 

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2022-03-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.162

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