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週刊READING LIFE vol.166

「売れる失敗」にするために必要なこと《週刊READING LIFE Vol.166 成功と失敗》

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2022/04/25/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE公認ライター)
 
 
「失敗は成功のもとなんだから、失敗してもいいんだよ」と言われるけれど、私はやっぱり失敗するのは嫌だ。皆の前で失敗したら恥ずかしいし、仕事で失敗して怒られるのも嫌だ。そもそも、私が会社でやっていた仕事は、失敗したら重大な結果を招くことだってあった。失敗することによって「感電する」とか「ケガをする」というような、命に関わることだってあったし、失敗して工場の生産を止めてしまったら、会社に与える損害は計り知れない。そんな時に、「失敗しても大丈夫だから」とはなかなか言えないものだ。自分以外の他の誰かに影響を与えてしまうような失敗はしたくない。だから、失敗しないように注意深く行動したり、念入りに準備をしたり、確認を何度もしたりする。そうやって私は、取り返しのつかない失敗をしないように気を付けてきた。それは部下も同じだったと思う。
 
人を育てる時には、敢えて失敗させることも大切だと言われる。自分で痛い目にあって初めて気づくこともあるからだ。けれども、私の職場の場合、本当に「痛い」目にあってしまうことが起こり得るので、大きな失敗はさせたくない。加えて、「失敗だった」と気づいても、もうどうしようもないことだって沢山あった。例えば、マイホームを建てたことがある方なら経験があるかもしれない。「なんでここにスイッチをつけなかったんだろう?」とか「やっぱり収納スペースをつくっておけばよかった」とか、今さらどうしようもないけど失敗したなぁと思うことがひとつやふたつ、あるのではないだろうか? それと同じで、工場を建てちゃったけど、「あぁ、しまった。こうしとけばよかった」と思うようなことが結構あったりするのだ。
 
そういうわけで、「成功のもと」になりそうな失敗というものを、普段の仕事で経験する機会は少なかった。けれども、今後も絶対失敗しないという保証はどこにもない。人間だから、間違うことは誰だってある。失敗しないのがベストだけど、もし失敗してしまったら? 大事なのは、そこからどのようにしてその失敗を取り戻していくかだ。影響を最小限にとどめたり、短時間で復旧できることが大事である。そのためにはシミュレーションしておくのが一番なのだけど、どうしよう?
 
そんなことを考えていたある日、取引先の人が本を数冊抱えてやって来た。
 
「うちの会社が本をつくったんですよ。いや、本当にお恥ずかしい話ばかりなんですけどね。これからベテラン社員がどんどん定年を迎えていくでしょう? そうすると彼らが培ってきた経験とか知恵とかが伝えられなくなってしまう。それはマズイと思いましてね。こんな本をつくったわけです。よかったら読んでみて下さい」
 
その人は「恥ずかしい話なんですけど」と言いつつも、ニコニコしながら1冊を私に手渡してくれた。『失敗から学ぶ設備工事:クレームゼロへの挑戦!』というタイトルの本だった。
 
クレームは宝の山というのは理解していたが、自社の失敗を「本」という形で公にするとは、思い切ったものだなと私は思った。でも、「本当は隠しておきたいこと」を本という形で共有してもらえたことはありがたかった。ページをめくっていくと、どの事例もいかにもやってしまいそうなことが書かれていた。
 
「そうか。自分たちの失敗から学ぶのももちろんだけど、失敗の数が少ないなら人様の失敗から学ばせてもらえばいいんだ」と気づいた。
 
それまでの私は、「◎◎社の省エネ・省コスト実践事例」といったような、「成功事例」を集めた本をよく読んでいた。どこか真似できることはないだろうかと思って手にとったのだが、「そこに至るまでの道のりが知りたかったのに……」と思うことも多かった。もちろん、参考になることも沢山あったのだけれど、上手くいった結果だけでなく、上手くいかなかったことをどう乗り越えたのかを知りたかった。
 
その点、失敗事例は、まずどこまでも人間くさかった。そもそも失敗のほとんどは人為的なミスから起こる。「つい、うっかり」とか「思い込み」とか「これくらい」という油断とか、「あぁ、分かる。ついついそう思っちゃうよね」と共感することが山盛りなのである。だから、「もし自分がそこにいたら?」と自分の身に置き換えて読むことができた。
 
自分が「失敗事例」に関心を持つようになったからか、それとも団塊世代の大量退職が社会問題になっていた時期だったからなのか、「失敗事例」を取り扱った本がやたらと目に付くようになった。その中から参考になりそうなものを買い、私は自分自身と部下の教科書がわりに使うようにしていた。
 
生産装置で電気関係のトラブルが起きた時のことだ。担当者もメーカーも原因がよく分からないと言う。「何か考えられそうなことってありますか?」と質問を受けた。私だってよく分からない。でも似たようなことってないのかな? そう思って手元にあった『電気技術者のための失敗100選』という本をめくってみた。すると、似たような事例が載っていた。私はそこに書かれていた原因と対策を生産装置の担当者に伝えた。それから数日後、生産装置担当者から「その通りでした。解決しました」という連絡を受け取った。誰かが過去に失敗した事例を公にしてくれたおかげで、私たちは助かったのである。
 
それから私にとって「失敗事例を教材にする」というのは、やるべきことの一つになった。そして、自分たちの失敗も誰かにとって役に立つのなら、積極的に伝えていこうと思うようになった。
 
中国で工場をつくる時、「日本の工場でこうだったら良かった」と思うことや「失敗した」と思うことを現地の中国人担当者に伝えた。その時、ただ単に「こうするといいよ」と言うだけでは何だか伝わらない気がした。以前の私が「成功事例」を集めた本を読んでも、どこか他人事のように感じたことを思い出したからだ。もともとはどういう考えで設計されたのか。それがどうして失敗だと思うようになったのか。具体的にどんな問題が起きたのか。だから今回の工場ではどうするといいと思うのか。それらを伝えると、中国人担当者は少し驚いた表情でこう言った。
 
「失敗したことなんて隠したいことなのに、教えてくれてありがとう」
 
「失敗談」が喜ばれる。私にとっては何だか新鮮な経験だった。それ以来、私は中国の職場で自分自身の失敗も含めて、小さな失敗から大きな失敗まで、知っている限りの失敗談を伝え続けた。「こういう失敗があった。皆ならどうする?」と問いかけると、中国人の部下たちは自分なりの答えを考えてくれた。そうして、同じ失敗をしないように、自分たちで色々な対策を実行してくれた。私はそれが嬉しかった。
 
何だかんだ言っても、失敗することは恥ずかしい。でも失敗したとしても、そこから学んだことを伝えられる形にすれば、自分だけでなく、人の役にも立てる。だから失敗したからって、必要以上に恥ずかしがらなくてもよいのだ。逆に、失敗を恐れて何もしないのは、失敗をしない代わりに、自分も進歩しないし、人の役に立つこともない。それなら、失敗を恐れずやることがベストなのだろうか? いや、違う。私はつい最近そのことに気がついた。
 
先日ある企業博物館を取材したとき、製品開発の歴史を展示したパネルのところで、館長はこんな話をしてくれた。
 
「うちの会社、沢山失敗しているんです。これも失敗、この商品も失敗でしたね。この年表の中で、途中で終わっている商品があるでしょう? これ全部失敗したものなんです」
「失敗してもいいという前提だと、安心して挑戦できますね」と私が言うと、館長はすかさずこう言った。
「失敗してもいいという訳ではないんですよ。失敗するかもしれないという人には任せられないですからね。絶対成功しますという意志のある人に任せてますね。成功を信じてがむしゃらにやる。そこに経験が生まれる。その結果が失敗だったとしても、それはOK。大事なのはそこから何を学び取るかなんです」
 
それを聞いて私は自分の発言がちょっと恥ずかしかった。「失敗してもいい」という前提で行動するのではなく「成功する」前提で行動する。失敗するべくして失敗したものは、価値がない。でも真剣に向き合った結果の失敗には価値がある。それが「売れる失敗」になるのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。

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2022-04-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.166

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