週刊READING LIFE vol.167

母になった妹を見て泣いた日のこと《週刊READING LIFE Vol.167 人生最初の〇〇》


2022/05/02/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
妹が母になった。
 
私には妹が2人いて、2つ下と5つ下。母になったのは、2つ下の妹だ。一昨年結婚して、昨年に結婚式を挙げて、2日前に母になった。
 
「妊娠した」と聞かされたのは、ここ数年の情勢もあり、家族のグループ通話でだった。初孫ということで両親はとても喜んでいたが、私はなんだか変な気分だった。今まで家族5人だったのに、新たな血のつながりを持った人間が増える、ということがとても不思議で変な気分になった。
妹は嫁いでいるので、産まれてくる子は正確には我が家ではないかもしれないが、それでも私と血の繋がりのある妹から産まれる子どもだから、私とも薄く血は繋がっている。なんだろう、この変な気持ちは。ふわふわとも違うし、モヤモヤでもないし、とにかく変だ。
 
情勢が落ち着いたタイミングで、何回か実家に帰省した。妊娠中の妹も、私に会いに自分の家から実家へ遊びに来てくれていた。会うたびに大きくなるお腹を見て、本当にここに妹の子どもが入っているのだな……と、また変な気持ちになった。
 
妊婦の姿を見るのは、別に珍しいことではない。
街中でも見かけるし、会社の中でも妊婦はいた。なんら珍しいものを見ているわけではないのに、妹の大きなお腹だけは、なんだか違った。「変な気持ち」としか言いようのないくらい、本当に変な気持ちなのだ。
 
大きくなるお腹を撫でながら「伯母になる者です。元気に育っとるかい?」と話しかけてみたりする。一度だけ、お腹を蹴り返してくれた。妹の中に、確実に命があることを感じ、やっぱり変な気持ちになる。このお腹の中で、命がちゃんと育まれていることに、変な気持ちになる。
 
妹とは私が反抗期だった思春期を除き、めちゃくちゃ仲が良いわけではなかった。かと言ってめちゃくちゃ悪いわけでもなかった。必要があれば喋るし、私が実家を出てからもそれは変わらず、必要があれば連絡を取るという関係だった。人との距離感が近すぎるとしんどくなってしまう私にとっては、妹が保ってくれるその程よい距離感が非常に有り難かった。
頻繁に連絡は取らないものの、私が好きな芸能人がテレビに出ていると必ず連絡をくれ、一緒に歩いている時に困った人を見かけたら一目散に駆けて行く優しい妹が私は好きだし、尊敬している。
 
私は家族が好きだが、妹はきっとそれ以上に家族が大好きだ。
祖母の誕生日会を毎年企画して仕切っているのは妹だし、今回妊娠している子の性別を発表するのも「SNSで見た、風船割って性別わかるやつやってほしい~!」という5つ下の妹のリクエストにしっかり答えてやってくれた。毎年恒例行事になっているが、祖母は毎年目を潤ませて喜ぶし、5つ下の妹も「え! 覚えとってくれたん!?」と嬉しそうだった。家族思いなところも、私が妹を好きなところの一つだ。
 
妹のことは好きであるが、もちろん「なんだこいつ」と思うこともある。
 
家族で少し遠出したり、長時間外出したりすると、決まって少し機嫌が悪くなる。
「あと何分で着く?」「まだ帰らへんの?」「どっか座るとこないん?」と、早く家に帰りたいオーラを、遠慮なしにぷんぷん漂わせてくる。そして、母がカチンと切れ、車内は険悪なムードに包まれてしまう。
 
そして、非常に恋愛体質だ。彼氏や良い感じの人がいると、面白いくらいにわかりやすくスマホを肌身離さず持っている。食事中もスマホ、喋りかけてもスマホ、テレビはつけているけど見ずにスマホ。食事中に関しては、またもや母がカチンと切れ、リビングは険悪なムードに包まれてしまう。
その恋愛体質ゆえに母を怒らせるのはやめてほしかったが、彼氏が変わるたびに好きなスポーツが変わるのは面白いなと思いながら見ていた。彼氏が野球部のときは野球の中継をやたらと見ていたし、バレー部のときは、経験者の私や5つ下の妹にしつこくルールを聞いてきたり、男子バレーの試合を実際に観戦しに行ったりしていた。結婚した旦那さんと付き合い始め、サッカーに落ち着いた。今ではもう立派なヴィッセル神戸のサポーターだ。
 
なんだかんだ言っても、私は妹のことが結構好きらしい。
 
出産予定日は、4月中旬だった。私は実家や妹が住んでいるところから離れて住んでいるし、平日だから仕事もあるし、何よりこのご時世なので立ち会うことは絶対に不可能だった。それでも、予定日前日には「明日やけど、どうなん?」と気になって連絡を入れた。すると「いや、陣痛とかまったく気配ないから予定日ズレるわ」と返ってきた。初産はだいたい遅れるらしい。よくわからないが、そういうもんなのか。
 
数日後の仕事中、母から連絡がきた。
「今、病院に行った!」と。
 
仕事中ではあるし妹ももしかしたら見られないかもしれないが、何か伝えたい! と思った私はLINEでひたすら自分が所持しているスタンプで「頑張れ~!」に当たるものをすべて送り付けた。
すると妹からすぐに返信があり、「陣痛きたけど、まだ産まれそうにないっぽい。お昼チキンタツタ食べる予定やったのになー」と。
いや、子どもが産まれるか否かの痛みに耐えている最中に、チキンタツタのこと考えられるって。やはり人間どんなときも食欲はあるようだ。
 
「ほな願掛け代わりに、代わりに食べとくわ」と、私のその日のランチはマクドナルドのチキンタツタに決定した。なんだかわからないが、妹が食べたがっているチキンタツタを食べると、少し近くに居るような気になると思ったのだ。結局、まだ産まれそうにないとのことで、妹も家に帰り、痛みに耐えながらチキンタツタを食べたようだが。
 
その翌日。「産まれました! 男の子!」と母から連絡がきた。
少し経ち、写真が送られてきた。妹が、産んだ子を抱きかかえている写真だ。
 
ああ、無事に産めたのか……。
そう思った私の視線の先は、産まれた赤ちゃんではなく、妹だった。
写真に写った妹は、嬉しそうに微笑みながら、抱きかかえた我が子を見ていた。
妹のこんな顔は、見たことなかった。その顔は、もう母の顔だった。
 
途端に、涙が零れてきた。
なんで自分が泣いているのかよくわからなかったけれど、その妹の写真を見ていると涙が溢れ出てきて、止まらなくなった。でも、綺麗だなと思った。髪はボサボサだし、顔もスッピンだし、汗やら何やらでベタベタに見えるが、本当に綺麗だなと思った。結婚式に見た妹も綺麗だったが、それと同じくらい、清くて、美しかった。
 
新しい生命の誕生は、清くて美しいものだと思う。しかしそのほとんどは産まれてきた生命にフォーカスされることが多いだろう。でも、母になった女性の顔も、驚くほどに美しいのだ。化粧もヘアセットも何も施していなくても、本当に美しいものなのだ。
 
涙が落ち着いた私は、やっと産まれた赤ちゃんに目をやった。
妹と旦那さんのどちらに似ているかは、よくわからない。顔が可愛いのか、正直それほど可愛くないのかもわからない。だけど、可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
たまに顔が可愛くない赤ちゃんがいると聞くこともあるが、この子は無条件に可愛い。誰が何と言おうと、大きくなってブサイクになろうと、この子は永遠に可愛い。私にとっては、可愛い甥っ子なのだ。血の繋がった、可愛い甥っ子なのだ。
出産を終えた妹から「貢いだってや」と送られてきた。言われなくても、準備はできている。伯母、頑張って働く。推しのアイドルにすべてを捧げるファンのように、私は甥っ子を全力で推していく。
 
結局、妹が妊娠していた時に感じていた「変な気分」はわからないままだ。何かはわからないが、もし無理やり答えを出すとするならば、少しずつ母になっていく妹を見て「変だな」と感じていたのかもしれない。感情の原因がわからないままではあるが、清くて美しくて尊いものを見ることができ、私の心も満たされた。こんな感情になったのは、初めてだった。生命の誕生がこんなにも綺麗なものだったと知ったのは、初めてだった。
 
次に帰省するのはゴールデンウィーク。
祖父母になった両親と、オバになった私と5つ下の妹、そして母になった妹と、新たに加入した甥っ子。新しい家族で過ごす連休が楽しみだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
自己肯定感を上げたいと思っている、自己肯定感低めのアラサー女。大阪府内のメーカーで営業職として働く。2021年10月、天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、懐事情と相談しながらあらゆる講座に申し込む。

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2022-04-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.167

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