週刊READING LIFE vol.169

人生の楽しみ方を教えてくれる教本《週刊READING LIFE Vol.169 ベスト本レビュー》


2022/05/16/公開
記事:河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
※この記事には、漫画『ハイキュー!!』の内容が含まれています。
 
 
私には何度も何度も繰り返し読んでいる本がある。
古舘春一さんによる高校バレーボールを題材にした漫画『ハイキュー!!』だ。
『ハイキュー!!』は、『週刊少年ジャンプ』にて2012年から 2020年まで連載され、完結して既に2年近くたったが、今でも多くのファンに愛され続けている作品だ。
 
現役バレーボール部員、もしくは経験者、経験者でなくてもバレーボールが好きな人、このような人たちからすれば、あたりまえに面白い。でも、私は、バレーボールの経験者ではない。それどころか、中学・高校と部活動に所属していなかった万年帰宅部員だ。チームメイトと同じ目標に向かって、汗を流し、練習に励んだこともなければ、試合の緊張感も味わったこともない。
それでも、私にとってなくてはならない本だ。
ではなぜ、繰り返し読み返すくらい大切な本なのか?
それは『ハイキュー!!』が、バレーボールの本であって、バレーボールの本ではないからだ。
もう少しちゃんと言うと、『ハイキュー!!』は、自分に自信を失い、苦しみ、悩んでいるときに、人生の楽しみ方を教えてくれる教本なのだ。
今回私はこの本を、あえて高校生ではなく、大人になった社会人にお勧めしたい。
 
 
私の会社の新入社員を見ていると、初めての仕事であるにもかかわらず、「できません」とは言わず、「やってみます!」と先輩に質問をしながらも必死に取り組んでいる。その姿は本当に微笑ましいし、応援したくなる。もちろん私にもこんな時代はあった。
会社に入社して数年間は、早く仕事を覚えなきゃと、無我夢中で目の前の仕事に取り組んだ。自分に自信がないからとか、そんな話ではなく、とにかくやるしかなかった。
それでも走り続けていられるうちはまだいい。問題はそれができなくなったときだ。
 
結婚し、育児休職から復職すると、状況が変わった。
復職してすぐ異動になった私は、新しい職場環境で、新しい仕事を覚えなければならなかった。そこでは、すでに若手社員たちが華々しく活躍していて、彼らは私よりも要領がよく、仕事もできて、プロジェクトリーダーを任されていた。
それに比べて私は、中途半端に年齢だけ重ねてしまい、いつのまにか立場だけはベテラン中堅社員になっていた。でも、仕事ぶりは全くベテランではなかった。中堅社員としての仕事を求められているのに、お客さまとの電話調整すら緊張して、うまく話せない。新入社員の時の方がまだ堂々と電話ができていた。復職してまだ本調子じゃないから? 新しい職場に変わったばかりだから? 理由はわからない。
仕事ってこんな風にしてたよね? と思ってやることが、結果を伴わず、空回りすることが何度もあった。
すると、自分が入社して培ってきたことや、これが大切だと教えられてきたことが、その職場ではもう必要とされてないんじゃないかと感じるようになってしまった。
 
中堅社員になったのに、仕事ができないなんて思われたくない。
今さら何かにチャレンジして、失敗する姿を後輩に見られたくない。
そんな情けない自分を認めたくなくて、無駄にプライドだけは捨てきれず、
私はフルタイムで働けないから。今は仕事よりも、子供のことが優先だから。仕事なんてお金のためだから。今の私には、若手社員みたいな働き方はできない。
たくさんの意味のない言い訳を作って、自分をごまかし続けた。
 
 
『ハイキュー!!』の中の登場人物で、「月島蛍」通称「ツッキー」というキャラクターがいる。ツッキーは主人公のチームメイトで、背の高さを生かしてブロッカー(相手の攻撃をブロックする人)として活躍している。
はじめ私は、このツッキーが好きになれなかった。
彼は、協調性がなく、頭がキレる性格で、主人公たちにいつも皮肉めいた言葉ばかりを投げかける、いけ好かないヤツだ。
でも、彼を好きになれない本当の理由は、別にある。彼の姿が自分と重なって見えるからだ。
チームメイトが勝つために必死に自主練習している中、彼は「ただの部活だから」と言い訳を作って、本気で練習をしない。チームメイトが次々と成長を遂げる中、ツッキーだけは何も変わることがなく、ひとりだけ取り残されていった。
 
まるで自分を見ているみたい。ツッキーを見てるとイライラする。
本当は自分もみんなと同じように、あがいていきたいはずなのに、理由をつけて自分は関係ないと意地を張っている。
 
自分だけ置いていかれてどうすんの?
 
心の中で彼に投げかけたことばは、そのまま自分へと跳ね返ってくるようだった。
 
 
 
しかし、あることをきっかけに、ツッキーの心は少しずつ変わり始める。
静かに闘志を燃やし、みんなの見えないところでコツコツと練習を始めて、みんなより何周も遅れて、ようやく成長を始める。
そして、それが試合の中で、ついに覚醒される瞬間がやってくる。
その試合をきっかけに、彼はブロッカーとして頭角を現しはじめていく。
普段、感情をあらわにしないツッキーが、試合の中でガッツポーズを見せたときには、私の胸もジーンと熱くなった。
ツッキーはこの試合の中で、他の選手と比べて、自分が飛びぬけて技術力がある選手ではないということを、決して皮肉ではなく、事実として認める。そのうえで、自分ができることを見つけ、完璧にブロックはできなくても、ボールに手を当て、後ろに控えているチームメイトが拾いやすくすることはできる、と自分ができることを実践し続けた。
 
ツッキー、最高にカッコイイじゃないか!
 
正直、彼に嫉妬した。ツッキーは、プライドを捨て、一歩踏み出した。
私はまだグダグダ言ってるだけなの?
ツッキーにも置いていかれてどうすんの?
 
私の心に問いかけてくるのは、ツッキーだけではない。
『ハイキュー!!』に登場するキャラクターたちは、みんなそれぞれに抱えている悩みがあり、追いつめられると一度は「逃げる」ことを選択してしまう。
でも彼らが、自分の弱さを認め、受け入れて、そのうえでじゃあ自分には何ができるのか? 悩みと葛藤を繰り返し、何度も前を向いていく姿には、自分もこんなことしてる場合じゃないと思わせてもらえる。
 
『ハイキュー!!』の中では、“楽”ということばを使ったセリフがたくさん出てくる。
 
“楽していこうぜ”
 
“君たちが弱いということは伸びしろがあるということ
こんな楽しみな事無いでしょう“
 
“時として一番辛く見える道が一番楽な道”
 
“勝負事で本当に楽しむ為には強さが要る”
 
 
社会人になると、周りと比べて自分ができないと感じ、自信を失う瞬間がたくさんある。
既にその道で成果を出している人たちがいる中に、新参者として入ったときに、その人たちとの圧倒的な力の差を見せつけられることなんてしょっちゅうだ。
自分に与えられた役割から逃げ出してしまいたくなったり、実際に逃げ出してしまうときだってある。
 
でもそんなときに『ハイキュー!!』は、苦しい状況は、見方を変えることによって楽しむことができるということを教えてくれる。常に見つめ続けるべきなのは、他人ではなく自分自身であるということ。自分自身を乗り越えていくためには強さが必要で、自分と真剣に向き合ったからこそ、楽しさに出会うことができる。
 
『ハイキュー!!』は、バレーボールの本であって、バレーボールの本ではない。
 
人生の楽しみ方を教えてくれる教本だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県在住。システムエンジニアとしてIT企業に17年間勤務。
夢は「おばあちゃんになってもバリバリ働いて、誰かの役に立ち続けること」
40歳で人生をリニューアルスタート(予定)。ライティングをはじめ、新しいことにチャレンジしながら夢に向かって猪突猛進中。

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2022-05-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.169

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