週刊READING LIFE vol.170

元通りにはならなくても新たにできることが増えれば大丈夫《週刊READING LIFE Vol.170 まだまだ、いける!》


2022/05/23/公開
記事:宮地輝光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今年のゴールデンウィークでは、行動制限なく自由を満喫した人は多かったようだ。
テレビでは、人であふれる観光地の映像を放映していた。
その人で混雑する映像を見るだけで、人混みが苦手なわたしは疲労感を感じてしまった。
 
だが、混雑のなかで人々の顔に浮かぶ笑顔を見ると、嬉しい気持ちになった。
赤ちゃんや小さい子どもの笑顔をみると、おもわず自分も微笑んでしまう。
それと同じ感覚だった。
 
ゴールデンウィークに観光を楽しむ人々の顔に浮かぶ笑顔。
それは、人混みのなかで人々がみせた笑顔の理由は、きっと長期休暇の楽しさだけでなかったはずだ。
行動制限から解放された、無邪気な喜び。
それが素敵な笑顔になって現れていたに違いない。
笑顔は、自由の象徴に違いない。
 
わたしにとっても、今年のゴールデンウィークは格別だった。
昨年2月に脊髄の病で手術を受けたわたしは、昨年、病院でゴールデンウィークを過ごした。
大型連休なのに病院スタッフの方々は笑顔でわたしたち入院患者のケアをしてくれた。
おかげで楽しい入院生活を送ることができた。
 
だがやはり、自由に歩けて、自由にのんびり過ごせる日々は嬉しかった。
自由の素晴らしさを、再認識した。

 

 

 

自由の素晴らしさ。
そのありがたさは、何不自由なく暮らしているときには気がつかない。
不自由な状況におかれて初めて、自由の素晴らしさを実感する。
そして自由になるとまた、忘れてしまう。
そんな性質が、〈自由〉にはあるように思う。
 
一方で、自由だとは思っていても、実は人間、何でもできるわけではない。
さまざまな制約があり、無意識にその制約を受け入れている。
なぜ無意識に受け入れられるのかと考えると、その制約は万人共通のものだと認識しているからではないだろうか。
 
自分だけ、限られた人だけが制約された条件は受け入れられない。
だが、みんな制約されてれば、不思議と自分も我慢できる気がする。
 
ところが、現実的には、受けている制約は人それぞれ異なっている。
だれもが同じことをできるわけではない。
世の中をよく見渡してみれば、できないことだらけに思えてくる。
昨年から親ガチャという言葉がはやっているのは、新型コロナ感染予防で社会的に行動制約を受けるなかで、制約されることに敏感になったことで生まれた感覚、そして言葉なのかもしれない。
 
わたしもまた、歩けなくなる、という大きな制限を受けた。
しかし、再び歩けるようになったことで、人生で一番、できることの素晴らしさを感じている。
いままでできていたことが、これまでの何倍も嬉しく、素敵に感じる。
 
制限がまったくなくなったわけではない。
身体にはまだ後遺症はある。
以前のように走ることはできず、スポーツは楽しめない。
この先、どこまで戻すことができるかはわからない。
 
だが、たとえ元通りに戻ることはできなくても大丈夫のなのだ。
 
なぜなら、〈できること〉は、まだまだ増やせるからだ。
人には誰しも、できることを増やす自由があるのだ。
できることを増やそうと思うか思わないか。
それは、わたしたちの自由な意思なのだ。

 

 

 

元通りではなく、新たにできることを増やす。
そんな発想をもつようになったのは、昨年3月頃、手術のあとリハビリテーションを始めて数週間が経った頃のことだった。
 
それまで〈リハビリテーション〉というと、元の状態に戻るためのトレーニングといった印象が強かった。
もちろんその側面はある。
しかし、身体の機能は元通りには戻らなくても、これまでと違う新たな手段を手に入れ、社会生活に適応するためのトレーニングという側面のほうが大きいそうだ。
 
そのことは、〈リハビリテーション〉という言葉の語源からもわかる。
〈リハビリテーション〉を英語で書くとRehabilitation。
語源はラテン語のRehabilisで、「再び」を意味するReと「適する」を意味する「Habilis」を組み合わせたものだとか。
 
つまり、「再び適する状態になる」のが〈リハビリテーション〉ということだ。
何らかの原因で、人間らしく社会生活をできなくなった人が、再び人間らしく生きる権利を回復する。
そのために身体機能を高めるのがリハビリテーションのねらいだ。
 
このリハビリテーションのねらいを正しく認識してから、自分の身体の回復に対する認識は変わった。
実際、リハビリテーションによって、病気による機能の損失とは関係なく、もともとできなかった身体の使い方ができるようになったことがいくつもある。
 
その一つは、身体に負担の少ない正しい座り姿勢だ。
 
正しい姿勢のイメージは、腰がやや反った姿ですっと背筋がのびた姿勢ではないだろうか。
この姿勢は腰のくびれが強調されるため、見た目は美しい。
しかし、腰から背中にかけて過度な緊張がかかるたえ、腰痛や肩こりになりやすいのだとか。
 
わたしが教わった正しい坐り姿勢はこうだ。
まず、お尻の坐骨の間に重心をおく。体重の8~9割をお尻に、残りの1~2割は足のかかとにかける。骨盤はやや後傾する。
そして、骨盤を倒しすぎないように腹筋で支える。
 
この姿勢をとると、感覚的にはやや背中が丸まった感じで違和感がある。
だが、この姿勢が正しい姿勢なのだ。
違和感があるというのは、これまでの坐り姿勢とはまったく異なる感覚だということだ。
体幹に力が入れづらくなったことで、新たに正しい坐り姿勢を知り、その姿勢で座るよう意識するようになった。
 
身体の柔軟性も手にはいった。
わたしはとにかく身体が硬かった。
膝を伸ばして立った姿勢で上体を屈め手を下に伸ばしていく〈立位体前屈〉では、指先が地面についたことなどなかったし、お尻をついて坐り開脚して上体を前に倒そうとしても全く倒れず、むしろ後ろに倒れてしまっていた。
 
だがいまでは、立位体前屈では手のひらがつくようになったし、開脚ももうすぐ肘がつくまで上体を前に傾けられるようになった。
リハビリテーションであまり辛いと感じたトレーニングはなかったのだけれど、ストレッチだけは痛くて辛かった。
でも、そのおかげで、いまではこんなに身体がやわらかくなった。
快感だった。
 
こうして、リハビリテーションで新しい身体の機能を手に入れたことで思った。
ああ、回復じゃないんだ。
新しく生まれ変わるんだ。

 

 

 

もし、人からの信用や信頼を失ったときも、このリハビリテーションの発想は大事かもしれない。
 
そんなことを、この4月からNHKで放映されているスーパーマン&ロイスを見ていた思った。
 
第六話で、スーパーマンであるクラーク・ケントが自分と同じ力を覚醒させつつある息子のジョーダンに伝えた言葉がある。
 
「信用は一度失ったら、元に戻すのは難しい。20年以上たった今でも、毎回必ず、この能力を使うたびに信用を試されるんだ」
 
その台詞を聞いて、わたしはおもわず大きく頷いてしまった。
 
人とのつながり、信用や信頼。
それは、病気によって失われた身体の機能のように、一度失ってしまうとなかなか取り戻すことが難しい。
 
残念だがわたしには、これまで人の信用、信頼を裏切ってしまったことが幾度もある。
そして、その失った信用や信頼を取り戻せたと思う経験はない。
わたしはこれまで後悔しながらも、覆水盆に返らずだと諦めてしまっていた。
 
しかし今わたしは、リハビリテーションと同じように考えたら良いのではないかと思うようになった。
 
信用や信頼を失う大失敗を犯してしまうことは、人間誰しもあるものだ。
だが取り戻せないのは、同じ人からの信用や信頼だ。
 
元の信頼や信用を回復しようとする姿勢は大切だ。
しかし、それだけでは不十分ではないだろうか。
 
これまでと違う人から、違う場所で人から新たに信用、信頼を得られるよう努めることも大事ではないだろうか。
自分を信用し、信頼してくれる人を、まだまだ増やせるはずなのだ。
 
そうして新たに信用や信頼を得ていくことで、めぐりめぐって、一度信用や信頼を失った人から違うかたちで受け入れてもらえる可能性が生まれてくるかもしれない。
 
人からの信用や信頼を失うと、後悔し、取り戻したくなる。
だが、世界中の人々全員からの信用や信頼を失ったわけではない。
一生のうちで、ひとりの人が出会う人の数は3万人だという統計があるそうだ。
ならば、まだまだ、信用や信頼は増やせる!
 
信用や信頼を得ようと努めるべき人は、わたしたちの人生においてまだまだたくさんいる。
そして、信用や信頼を増やそうとするかしないかの自由もまた、わたしたちの人生にはある。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
宮地輝光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

千葉県生まれ東京育ち。現役理工系大学教員。博士(工学)。生物物理化学と生物工学が専門で、酸化還元反応を分析・応用する研究者。省エネルギー・高収率な天然ガス利用バイオ技術や、人工光合成や健康長寿、安全性の高い化学物質の分子デザインなどを研究。人間と地球環境との間に生じる”ストレス“を低減する物質環境をつくりだすことをめざしている。

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2022-05-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.170

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