週刊READING LIFE vol.173

中から声が聞こえてくる《週刊READING LIFE Vol.173 日常で出会った優しい風景》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/13/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
だめだ、ぜんぜん思いつかん。
もうかれこれ2時間近くパソコンの前で腕組みをして、うんうん唸っている。
今週のテーマは「日常で出会った優しい風景」だ。お題の示す通り、近所の公園で見かけた風景や、おじいちゃんおばあちゃんが出てくる心温まるストーリーは無かったかと、記憶の海に潜ってみる。
しかし、出てくる記憶はそれぞれ空虚であやふやだ。
公園でキャッチボールをしていたはずの親子も、なんだか表情が思い出せない。
交番のお巡りさんと話していたおじいさんも、笑っていたかどうかさえ思い出せない。
それもこれも予定を詰め込んでしまう、生来の貧乏暇なし体質のためである。
 
昔から、暇というのが苦手だった。
時間さえあれば何か予定を入れてしまう。なるべく時間効率よく予定はこなしたいし、少し手が空けば持っていた本をすぐに取り出し、読む。
幼い頃から特に何かで1番になったことはなく、他の同級生と比べて秀でている才能など当然持ち合わせていなかった。だから常に何かを吸収していなければ不安だったし、予定で埋め尽くされた手帳を眺めて満足感に浸っていた。
まさに貧乏暇なし、である。
別に現在何者かになれているわけではないが、まさにやりたいことをやり、駆け抜けてきた実感がある。
 
だから、であろうか。
「日常で出会った優しい風景」に出会った記憶がないのである。
おそらく、正確には既に出会っているのだろう。住んでいるのは落ち着いた住宅街が立ち並ぶエリアだし、住んでいる方々もゆったりとした雰囲気の方が多い。
だから絶対、そういう風景に出くわしてはいるはずだ。しかし、どうにも思い出せない。
冒頭で書いたように、あやふやな記憶を辿ってみても、熱を持たない煙の塊のように、その姿は次の瞬間にはふっと消えている。
 
 
そう考えると、自分という存在が一気につまらない、チンケな存在に思える。
きっと今までも、自分の周りにたくさん存在していたであろう優しい風景を、自分はなぜスルーして生きてきてしまったのか。
そういった瞬間や風景を受け止めるのに必要なのは時間的余裕なのか。
それとも、やはり心の余裕なのだろうか。
あれがしたいこれがしたいと常に何かを追い求めてきた、その代償なのだろうか。

 

 

 

人は常に、何か目的を持ちながら行動している生き物だ。
俳優の演技トレーニングの現場で耳にする話だが、“歩く”演技というのは存在しないと言われている。
いや、歩く演技なんて誰でもしてるじゃないか。なんなら今さっき見ていたテレビドラマの中でだって、主人公は歩いていたぞ、と言われそうだ。しかしその演技の本質は、“歩く”ことではない。
つまり、“歩く”演技は存在せず“行く”演技がある、のである。
 
例えば、映画の主人公が宿敵との対決のために、リングに向かい花道を歩く。
例えば、思いを寄せる女性が待っている部屋へ、早足で歩く。
 
そのどれもが、◯◯のために〜に行くという、目的を持った行為なのだ。
登場人物の行動は、その根底には必ず“目的”というものがある。俳優はその目的を脚本から読み取り、演じているのである。
何気なく散歩する主人公さえも、過去に思いを馳せたり、嫌なことを忘れようとしていたり、何かしらの目的のために歩いている。
つまり、その人物は手段として歩いているに過ぎない。
ただ脚だけが動く“歩く”演技というのは、厳密には存在しないのである。
 
もちろんこれは、ドラマや映画の中の人物に限った話ではない。
美味しいと噂のラーメンを食べ“たい”から行列に並び、空腹を満たし“たい”から麺を啜る。
お腹が空いた、喉が渇いた。
あったまりたい、涼みたい。
人の欲求や目的は様々で、人や状況によってその種類も、その強さも千差万別だ。
しかし、その強弱に関わらず人は“常に”目的を持って生きている。
ある意味では、目的に縛られて生きているとも言える。

 

 

 

ふと出会った変な名前の書店、天狼院のライティング・ゼミを初めて受けてからちょうど一年が経つ。
思えばこの一年、怒涛のように流れた。
昔一度は諦めた“書くこと”での表現を、もう一度やってみようと思って、夢中で書き続けた一年だった。
毎週の2000字の課題に追われながら、ライティング・ゼミの4ヶ月が終わるとすぐに上級コースのライターズ倶楽部に進んだ。ライターズ倶楽部は与えられるテーマに沿って5000字の文章を書いていく。5000字といえば、400字詰め原稿用紙8枚分だ。
文章を書くのが得意、という意識がない僕にとっては、なかなか苦悩の日々だった。
毎週、パソコンの前で腕組みをして唸ったり、部屋の中をうろうろしたりして、課題に向き合い続けた。
本業である俳優として、現場に立っている時も。
アルバイトで車を運転している時も。
頭の中は常に、“次の課題の文章はどうしようか”という問いがぐるぐる回っていたと思う。それも全て“文章が上手くなりたい”という目的、欲求のためである。
 
 
きっと、その“目的に支配されていた自分”は、周りの身近な風景を受け取る余裕がなかったのだと思う。
テーマに沿った、自分の過去にあった面白いネタになりそうな出来事を探しては、文章にしていった。掲載オーケーになったりならなかったり、講師の方々のフィードバックに一喜一憂しながら、自分の過去の経験を振り返り続けていた。
 
だから、なのである。
僕の“文章が書けるようになりたい”という目的のためのアンテナが、“自分向き”になっていたのが原因なのである。
 
おそらくそれは、ゼミ内での成功体験にも理由がある。
最初に掲載オーケーになった文章は、僕の大好きだったじいちゃんとの思い出を綴った文章だった。お酒が大好きだったじいちゃんの飲んでいた日本酒を思い出し、記憶をたぐりながら2000字を書いた。
一文字一文字、当時のことを思い出すことがとても楽しかったし、その度に、もう何年も前に亡くなったじいちゃんの姿をまた見ているようで、嬉しかったのを覚えている。
だから、最初に僕はアンテナを“自分向きにして書く”ということを覚えてしまったのだと思う。
 
それが完全に悪いこととは思えない。
だが、意識が自分の“中からの声”ばかりに向き、己の欲求と記憶ばかりにばかり目を向けるのには、やはり限界がある。
きっとそれが今回「日常で出会った優しい風景」が思い浮かばない、という結果に結びついている。
外の世界で、実際に起きている様々なことに目をむけ、その面白さを感じて文章を認める方が、豊かなんじゃないだろうか。
いや、きっとそこに優越はないんだろうと思う。
だが生来の貧乏性で、新しい物好き。やりたいことを求めて駆け抜けてきた性分が、自分の中からヒソヒソと声をかけてくる。
「そうやって、外にきちんとアンテナをむけて書く方法“も”、出来た方が楽しくないか?」
 
 
次の課題のために頭をぐるぐるさせながらの毎日は、まだまだ変わりそうにはない。
でもこの文章を終えたら、ひとまず庭に出てみようかと思う。
外に出て、深く息を吸い、吐く。
夜中だから歩いている人もあまりいないだろうが、きちんと呼吸して、きちんと目に移る景色を見たいと思う。
幹線道路を走る車は見えるはずだ。暗闇の中、明かりのついた窓は無数に見えるはずだ。
自分のことばかりに目を向けるのではなく、自分の外の世界をきちんと受け取って、生活することを心がけていきたい。
きっとそれは目的で頭がいっぱいになっていても、両立できることだと思うからである。
両立できた方が楽しいだろう、と僕の“中からの声”も言っているからである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2022-06-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.173

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