週刊READING LIFE vol.173

犬とも「共白髪」?《週刊READING LIFE Vol.173 日常で出会った優しい風景》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/13/公開
記事:飯田裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
以前、よく通学の行き帰り、公園の脇を通るバスに乗っていた。私は、通り過ぎるばかりで、その公園で楽しんだことは数えるほどしかなかったが、公園の木々の緑や色とりどりの花壇、公園まわりの周回道路を走るかっこいいランナーの方々や、池で鯉か何かに餌付けする人などを見るのは、けっこう楽しみで、バスの窓から、束の間の景色を楽しんでいたものだった。
 
ある日、公園の脇で、珍しく朝のラッシュ渋滞が起こり、けっこう長いこと公園を眺めることができた。すると、ふと、散歩中の犬と飼い主さんに目がとまった。なぜか? 彼らの動きが、ちょっと不自然だったからだ。犬はちょっと大きめのヤツだったが、同じところに、しばらくの間、ただ、佇んでいた。
 
おかしい! 普通の犬は、電柱や木の根元へ行って、くんくんと他の犬の匂いを嗅いでまわるはず。そして、そのあと、自分のおしっこをかけるはずだ。でも、その犬は、ただ立ち止まっていた。そして、飼い主さんも、その犬の後ろに、ただ立ち止まっていた。飼い主さんは、犬を待っている風情だった。
 
なんでだろう? ただ立ち止まっている時間が長くないか? 犬が空気の中の春の匂いか何か、嗅いでいるのだろうか? それなら、さっきからずいぶん経つから、すごくのんきな犬だ。飼い主さんも、もう少し犬を急かすとか、引っぱるとかしないのかな。時間がいくらあっても、足りない感じだ。
 
と思っていたら、犬がやっと動き出した。でも、とても重い足取りだった。二歩三歩と歩いて、また止まってしまった。そして、飼い主の方も、その後ろですぐに立ち止まった。それが、そのあと、何度か繰り返された。
 
やっと分かった! 犬は、高齢だったのだ! 散歩に出たはいいが、疲れてしまって、休み休み歩いていたらしかった。犬も、年をとると、いろいろなものが鈍ると聞く。白内障で目が見えづらくなるヤツもいるし、犬だけど、あんまり鼻が利かなくなるヤツもいるそうだ。加えて、足腰も弱ってしまったら、きっと散歩は、楽しみな一方、ものすごく大変だろう。その犬が、目が見えづらいかどうかまでは分からなかったが、その歩き方からは、確実に足腰が弱っているようには見えたし、木の根っこに近寄る体力がないのか、若い時ほどにはもう匂わないのか、とにかく、道の真ん中を、のたのたと歩いては休んでいた。
 
高齢の犬を急かすことなく、長いこと待ってあげながら一緒に歩くなんて、なんて素晴らしい飼い主さんなんだ! と思った。その風景が、とても微笑ましかった。飼い主さんの、犬への深い愛情を感じて、見つめながらも、あたたかい気持ちになった。
 
いい飼い主さんだなと思って、その方にもよく目を向けてみると、実は、やっぱり60代半ばぐらいの方だった。人間で言えば、少しだけ高齢の方だ。犬が見た感じ、人間の年齢で言えば80歳近くにはなっていそうだったので、それよりはもっとずっと元気には見えた。犬が人間の80歳なみに年取っているということは……、中型犬だと、人間の年齢に換算して、生後1年で成人したのち、毎年4歳ぐらいずつ年取っていくそうだから……15年ぐらいは、その犬を飼われているのだろう。とすると、その飼い主さんは、50歳ぐらいでこの犬を飼い始めたことになる。まさか、犬を老々介護するとは思ってもいなかっただろうけれど……。でも、ずっと楽しい時もつらい時も一緒に暮らしてきたんだろうな。お互いが、とっても大切な存在なんだろうな、と思った。

 

 

 

私の知り合いの方にも、ずっと犬を飼い続けてきた方がいる。小さい時から、動物がいない生活をしたことがないそうだ。私が知り合った時に飼っていた犬は、動物愛護センターから子犬のうちにもらってきた犬だったようだけど、やっぱり15年以上は一緒に暮らせたらしい。その方は、散歩が趣味なので、犬を連れて、よく近所の池のまわりを何周かされるのが楽しみだとおっしゃっていた。散歩も、一人だとちょっと寂しいかも知れないが、犬がいてくれれば、他の飼い主さんと行き合って立ち話をする機会もできるだろうし、犬に「お花がきれいね」なんて声をかけながら歩けるので、何となく、はりあいにもなったのではないかと思う。「あのね。うちのチビはもうおじいちゃんなんだけど、私が外に出る時には、必ずついて来ようとするのよ。まるで、私を守ってあげなくちゃいけない存在だと思っているみたいなの」と、よく笑いながら、話してくれた。
 
なんでさっきから過去形かと言うと、数年前に、その長く一緒にいた犬が、亡くなってしまったからだ。知り合いがひどく悲しんだのは言うまでもない。雨だろうが何だろうが、50代後半からほぼ毎日15年以上散歩してきた仲間だ。それに、大切な家族。彼女は、動物が一緒でない生活が考えられなかったため、しばらくしてから、また別の犬が飼いたいとは思ったが、結局あきらめた。その時、彼女の年齢は70代。その年齢から犬を飼ったら、犬を看取るまでに、自分が90歳になってしまう。いつまで元気でいられるかも分からないのに、他の生き物の面倒は見られないわけだ。「もし私に何かあった時、息子たちに引き取ってもらえないかと思ったんだけど、それぞれにもう犬を飼ってるし、犬どうしで、いろいろあっても、かわいそうじゃない? ご主人の取り合いになったりしてもね」それで今は、散歩に出た時に、以前から知り合いだった犬を時々なでさせてもらうことで我慢している、と寂しそうに教えてくれた。
 
本当は、なんとかしてあげたい。一人暮らしの方だから、新しいパートナーになってくれる犬がいたら、この先の散歩も、それに人生も、きっと、もっと楽しいものになるだろう。でも……、私も、ペットが飼えないところに住んでいるし……。

 

 

 

以前、アニマルセラピーの勉強を少ししてみたことがあったのだが、動物と一緒に暮らすのには、様々な効能があるそうだ。動物が嫌いな方やアレルギーの方もいるので、そのへんは気を付けないといけないが、動物と触れ合うことでストレスが解消されたり、うつ病や認知症改善にも効果を発揮したりする。いいことは、心の問題ばかりではない。触りたい、一緒に散歩をしたいという気持ちが、リハビリにつながったり健康寿命を延ばしたりするし、海外の研究では、ペットが寒くないようにと暖房を入れるので、家の中で凍死をする人が減ったのだそうだ。
 
今の時代、ペットがとても必要なのは、独居の方かも知れない。特に言えば、独居の高齢者の方。自分だけだと、おっくうになってしまって、きちんと食事をとらなくなることがあるかも知れないが、一緒に暮らしているペットがお腹が空いたと言えば、自分のもついでに作って、一緒の時間に食べるかも知れない。ワンちゃんが散歩に行きたいと言えば、散歩に行くから、運動不足にならないかも知れない。「ワンちゃん、かわいいですね」と言って、話しかけてくれる人もいるかも。それにペットは、腹時計などに忠実だから、毎日規則正しく起こしてくれるだろう。
 
でも、高齢者の方ほど、ペットを飼えなくなってしまうのだ。自分がいつ介護になるかも知れないと思えば、下手をすれば20年は生きるかも知れないペットを、おいそれと飼うわけにもいかない。繁殖犬や盲導犬で、年老いて余生を過ごす犬などを引き取るという手はあるが、体重が20キロ以上もあったりする場合、看取ってあげるのも大変だ。それこそ老々介護だ。
 
他にも何人か、自分がいつまで元気か分からないという理由で、飼いたくてもペットを飼えないという高齢者の方を知っているが、今の時点ではどうしようもない。
 
私も、ペットを飼い始めるのであれば、看取ることまで考えて家族として迎え入れ、どんなことがあっても一緒にいる覚悟を持ってから飼う必要があることは、当たり前のことだと承知している。でも、余生を過ごす犬が引き取られるケースがあるように、その反対で、自身が高齢なことを理由にペットが飼えないでいる方のおうちに、その方が元気な間だけ限定ででも、「面倒を見に来てくれる(一緒にいてくれる)」ペットなんていないだろうか? 飼い主は保護者だから、本当は逆はない。でも、今までだって、責任を持ってペットを飼ってきた方たちなのだから、そしてそんな方たちだからこそ、年齢を考えると躊躇してしまって飼えないのだから、自分に何かあった時のペットの命と生活の保証さえあったら、もう少しだけでも、寂しく過ごさなくても良くなるのではないか、なんて思ってしまったりする。

 

 

 

ただ、少しずつ、世の中は変わってはきているようだ。世間は今、殺処分は、極力行わない方向で動いていて、ちょっと前よりずいぶんよくなってきた。それに、ペットショップで売れ残ったりした動物を引き取ったり、虐待されていたペットを救出したりして、飼ってくれる方に譲渡するNPO法人なども、どんどん増えている。まずは、殺処分ゼロが先だが、それが改善されたあとは、やっぱり、もしもの時にペットの身が安泰になるような算段をしておけるようなしくみも、もっと作っていってもいいんじゃないだろうか。服を買い替えるようにペットを扱うのは許せないけど、人間、絶対もしもの時はあるんだから、責任を感じすぎて飼えないというのも、困ってしまうと思うのだ。
 
そんなことを考えてネットを見ていたら、今年(2022年)の2月の『時事ドットコム』に、ペットの余生を考える取り組みが紹介されているのを見つけた。飼い主が元気なうちに、入会金と会費(保険のようなもの)を払っておけば、面倒が見られなくなった時に、ペットを引き取って面倒を見てくれる互助会があるそうだ。それに、猫だけだったが、飼育できる間だけ、高齢者の方に猫を預かってもらって、難しくなったらNPOの施設に戻す、という取り組みもあった。これは、殺処分にならないための猫助けにもなるし、NPO法人は全部の猫をずっと預かっておかなくて済むし、高齢者も喜ぶしで、いろいろな方面にとっていいシステムだと思った。この7年ほどで約240匹を高齢者に預かってもらったそうだ。困った時の預かりサービスなどを提供しているところが、良心的な団体かどうかは、見極める必要があるとは書いてあったが、パートナー・ペットが必要な方には朗報ではある。
 
結果的に「共白髪(夫婦で長生きしてともに白髪になること)」、みたいなペットと飼い主の関係も、本人たちは大変かも知れないが、とても微笑ましくはある。でも、一定の年齢になってしまうと、今は、それを安心して行える土壌が、十分あるとは言えない。高齢者の方の心身の健康のためにも、それまで飼い主に恵まれないで、命の危険にさらされてきた動物のためにも、それに、もしかしたら、もしもに備えすぎて飼うことをためらってしまっている人たちのためにも、何かセーフティネットになるような取り組みが増えていけばいいのに、と思う。私は、犬との毎朝の散歩の話をしてくれる友達の笑顔が、もう一度見たくてたまらないのだ!
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯田裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年11月に、散歩をきっかけに天狼院を知り、ライティング・ライブを受講。その後、文章が上手になりたいというモチベーションだけを頼りに、目下勉強中。普段は教師。

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2022-06-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.173

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