人の悩みは自分を突き動かす燃料だった《週刊READING LIFE Vol.183 マイ・コレクション》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/08/29/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
私は1年ほど前から、「あるもの」を集めている。それは「様々な人の様々な悩み」だ。自分でビジネスをする立場としては、「人々の悩み」は大事な情報だ。悩みを知ることは「リサーチの一環である」と言えばそれまでなのだけれど、実際にやってみて気づいたのは、どんな人にも「心が震えるストーリーがある」ということだった。そして、悩みを聞かせてもらうことで、実は私自身が自分を知るきっかけになっていたということだった。「誰かのために」というのは、とてつもなく強力で、自分を突き動かす燃料みたいなものだった。
以前は「悩みを聞く」というのは、あまり好きなことではなかった。「話を聞いてあげるだけで相手はスッキリする」と思っても、「聞いてしまった以上、何か気の利いたことでも言わなければならないのではないか」などと考えてしまったからだ。かと言って、変にアドバイスをして相手を余計に迷わせてしまうのも怖い。
それで私は、人の悩みを自分から積極的に聞きにいくことをしていなかった。起業して自分のビジネスをつくる時も、過去の自分が持っていた悩みをベースにして考えた。それで足りなければ、ネットで検索した。悩みのキーワードを入力すると、その悩みに関する情報がずらっと表示される。それで分かったつもりになっていた。
「それじゃダメだな」と思ったのは、創業100年を超えるような老舗企業を取材するようになってからだ。どの企業も今や大企業ではあるけれど、最初はたったひとりからのスタートだ。だから、その「始まりのストーリー」は個人事業主の私にとって、とても響くものだった。どの創業者も、現場を肌感覚で知り、そのために自分は何ができるのかを考えていたところに、私は感銘を受けた。
例えばお酢のメーカーとして有名なミツカンの創業者は、食の大消費地であった江戸を視察し、寿司と出会っていた。そこで、米酢と塩だけで握られた寿司を多くの人が食べているのを見ていた。「米酢より安価で甘味のある粕酢を使えば、安くて美味しい寿司になる」と確信した創業者は、粕酢づくりに本格的に取り組むようになるのだ。
ブラザー工業の創業者は、子どもの時から家業である輸入ミシンの修理を手伝っていた。そこで、「なぜ国産のミシンが無いのか?」と疑問を持つようになった。やがて「国産ミシンをつくろう。そして輸出する側に立とう」と大志を抱き、悪戦苦闘の末、ついに国産化を成功させるのだ。
ミツカンの創業者は江戸という「現場」で、自らも寿司を食べ、その味を知っていた。寿司がどれほど人気があったのかも目の当たりにしている。ひょっとしたら江戸の人たちと寿司談義をしていたかもしれない。ブラザー工業の創業者もそうだ。壊れたミシンの修理を依頼に来た客とミシンについての話をしただろうし、どんな部品が壊れやすいのか、どんな壊れ方をするのか、実物に触れて知っていたはずだ。決して頭の中で考えていたのではない。本で仕入れた情報でもない。自分の手で足で「事実」を集め、肌感覚として人々のニーズを知っていたのだ。
私は、彼らのような成功した創業者たちと比べて自分は何が違うのだろうかと考えてみた。私は「現場」を知っていただろうか? いや、私は「現場の生の声」というものを拾っていない。もっと言うと、誰のどんな悩みを知ればよいのか、自分の中で定まっていなかった。自分自身が本当は何がしたいのか確信を持てていなかったからだ。
でも、私が取材した会社の創業者たちは、どうだったのだろう? ミツカンの創業者は粕酢をつくろうと思って江戸に行ったわけではない。ブラザー工業の創業者だって、最初は家業の手伝いから始まっている。だとしたら、自分が何をしたいのかが決まっていなくても、人々が何を欲しているのか、どんな悩みを持っているのか、事実を拾い集めることはできるのではないか。
そこで私は、色々な人の悩みを聞いてみることにした。例えば参加した講座で誰かが自分の課題を講師に相談すると、すかさずメモをとるようにした。今までは自分に関係なさそうな悩みの話はスルーしていたのに、メモをとり出すと、「こういう悩みがあるんだ」と気づくことが多かった。育児とか家族関係の悩みといった、一見自分には縁の無い悩みだって、その根っこにある「心の叫び」には共感できるものがあった。
時には「その悩み、もっと詳しく聞かせて!」と直接コンタクトをとることもあった。もっと深く知りたいと思ったからだ。解決しようというのではない。ただ話を聞かせてもらうだけだ。「私がその人の悩みを解決してあげよう」などと思うと自分が苦しくなる。第一、私はプロのカウンセラーでも何でもない。ただ、目の前の人がどんなことに悩んでいるのか、それを教えてもらうことが目的である。
うっかりアドバイスしそうになったら、その人自身の中にある答えを一緒に見つけるつもりで質問だけをするようにした。「例えば?」、「具体的には?」、「似たようなことは?」というように。
そうして話を聞いていくと、相手がふと饒舌になる瞬間があることに気がついた。すかさず「なになに? もうちょっと詳しく教えて」と質問すると、急に生き生きとした表情で「その人にしかないストーリー」を語り始めるのだ。今まで悩みを話していたというのに。
それは、何かを乗り越えたストーリーだったり、上手くいったときのストーリーだったりするのだけれど、その人自身が気づいていない強みや原点がそこにあるように感じて、私は心が震えた。
「今のこの話を、あの人が聞いていたら、きっと勇気づけられるだろう」
そんな風に思うことがたびたびあった。
例えば、「私は行動になかなか移せなくて……」と悩みを話していた女性が、話を続けていく内に、昔の仕事での経験を話してくれたことがあった。彼女はどこにも載っていない情報を得るために、現場で自分の足で地道に事実を集めた経験を語ってくれたのだ。私は内心、「すごい行動力じゃないですか」と思ったし、物事に誠実に向き合う彼女の姿を伝えずにはいられない気持ちになった。
人は誰でもストーリーがあり、そのストーリーが他の誰かの背中を押すこともあると思うと、私はそこで聞いたストーリーを多くの人に伝えたくてたまらなくなったのだ。
そして、聞かせてもらった悩みに対しても、その場で解決しようとはしないけれど、「もし私がこの悩みにこたえるとしたら?」と考えてみるようにした。すると、不思議なことに「自分」が今までよりもくっきりと見えてきた。聞かせてもらった悩みに対して、「その部分は私には役に立てないけれど、この部分なら力になれるかも」と思えることがいくつもあった。
例えば、聞かせてもらったストーリーを私が文字にして、届けたい人に届けることだったり、私自身が自分の課題を乗り越える過程で身につけてきた知恵だったり、「力になれそうなこと」が思い浮かんできた。それを繰り返していく内に、「私にも誰かの役に立てるものがあったんだ」ということに気づけるようになった。
すると、以前は「私のやっていることなんて、欲しい人いるのだろうか?」と自分に自信がなかったのに、今では「今のあなたのその問題に対して、私も役に立てるかもしれないよ」なんていうセリフを遠慮なく言える私になっていた。
それに、自分が「その人」のために役立ちたいと本気で思ったことに対してなら、学びを投げ出すことなく続けることができている。「誰かのために」というのは、「自分」を教えてくれるものであり、自分を前進させてくれる原動力にもなっていたのだ。それが以前には感じられなかった「内から湧き出る熱量」なのかもしれない。
つい先日、間もなく新しい部署へ異動するという女性の話を聞く機会があった。彼女は、「今やっている仕事の引き継ぎを1週間でしなければならないのだけど、どう引き継ごうかな」という課題を抱えていた。
私だったらどう引き継ぐだろう?
ひとまず自分のやってきたことを整理して、それから資料をつくるかな。
だけど、「あれもこれも」になってしまって、1週間では足りないかもしれないな。
そんなことがチラッと頭をよぎった。
すると、彼女は続けてこう話してくれたのだ。
「それでね、引き継ぎ相手のKさんが、私がいなくても困らずに仕事をしていくにはどうすればいいかって考えたの。そうしたら、どんどん考えが出てきて、やらなきゃって思えたのよ」
私は彼女の「相手のために」という視点に感動した。
もし「自分が引き継ぎをスムーズにすませるために何をすればよいか?」という視点だったら、随分ひとりよがりな引き継ぎになったかもしれない。「あれもこれも伝えなきゃ」と思って、自分も相手もお腹いっぱいになってしまうかもしれない。自分のやり方を押しつけてしまうことになるかもしれない。
けれども、引き継がれる相手の立場に立ってみたらどうだろう。あれこれ伝えなくても、原則だけ理解できていればいいかもしれない。それに、自分では当たり前にやっていたことでも、相手にとっては当たり前ではないということもある。そこから「自分はこういうことは苦もなくできていたんだな」という自分の姿も垣間見えてくる。
やっぱり「誰かのために」というのは、自分を突き動かす燃料みたいだ。
人は多面体だし、自分でも気づいていない自分は山ほどある。その「まだ見ぬ自分」を発見する楽しみと、「その人にしかないストーリー」を見つける楽しみのために、これからも私は「人々の悩み集め」を続けていく。
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。
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