週刊READING LIFE vol.184

3人目の妊娠が教えてくれた、諦めることで広がる世界《週刊READING LIFE Vol.184 「諦め」の技術》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/05/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
そこそこ器用に仕事をこなし、機転も利いて、情に厚い。
 
自分をこんな風に評してしまうと図々しいかもしれないけれど、多分、私はそんな人間だ。
 
勤勉で、器用で、家族に対しては気まぐれな母が育てたからできた、なかなか出来の良い作品だと思う。
 
とにかく、母は良く働く人だった。私達を育てるために正社員という選択肢を取らなかった代わりに、四六時中働いている人だった。
 
早朝は、運送会社の仕分けか、コンビニで働く。家に帰って私達を送り出した後は銀行のパート、そして、夜は在宅でテレホンアポインター。とにかく1日中働きづめで、その間の時間に子供の送り迎えやお弁当作り、夕飯の準備まで手を抜くことはなかったし、家はいつだってきれいに整えられていた。
 
母が働く姿をずっと間近に見ていると、とにかく効率的で、集中力がある。短時間にできるように工夫したり、一度決めた目標に向かって邁進したりする姿を近くで見てきた。ただ、完璧な母親に見える一方で非常に気まぐれなところがあった。母の機嫌が悪くなると家中がギスギスするので、母親が何を考えているのか、どうしたら機嫌よく過ごしてもらえるのかと顔色を窺うようになった。そのせいで、母親に対して多少の恨みつらみも残ってはいるけれど、人の感情の動きには敏感になることができたから、怪我の功名ということになるだろう。
 
しかし、結婚して子供ができたくらいから、母への劣等感で自分に嫌気がさすことが多くなった。とにかく母のバイタリティを真似することができない。
 
社会人の頃はまだよかった。正社員として働いていた私は会社からの収入で十分に暮らすことができたから、母のような働き方をする必要はなかった。
 
結婚して、仕事を辞めたら、私は何もできない人になってしまった。まず、家事全般ができない。社会人時代も存分に親のすねをかじって身の回りのことを全てやってもらっていたから。料理もできず、掃除洗濯もメンドクサイ。母は効率よく日々を送るために、私に何かを託すことはなかった。「あんたは勉強や仕事だけしていればいい」そうやって言われて結婚するまで寄生していた私が、主婦になった瞬間になんの役にも立たないのは仕方がないことだ。だけど、母のやり方を教えてもらうのもどこかでプライドが邪魔していた。母は頼ってほしい人だから、娘が自分のやり方でやると突っぱねることも気に入らないようだった。事あるごとに口を出しては衝突する。自分でやりたいけどできない私、本当は頼ってほしいのに頼ってもらえないから空回りする母。今、思えば笑えるくらいに平行線で折り合いがつかなかった。
 
母には敵わないという劣等感の塊が、自己承認欲求を満たす方向に暴走し始めた。仕事ができる私が戻ってくれば、私の劣等感も少しは解消されるかもしれない、そう思った私は、子供の料理教室の立ち上げに奔走するようになった。
 
料理ができないというコンプレックスを解消するために、子供の料理教室のインストラクターの資格をとった。自分が料理も学べるし、子供に料理を教えることができるし、子供も料理教室に参加できるから一石三鳥だなと思って活動に関わり始めたのだが、代表が事務や営業ができるタイプの人ではなくて、放っておけない。団体設立から、料理教室の企画、営業、運営、助成金取得に至るまでを一手に引き受けた。需要と供給がまさに一致していて、久々に自分が役に立っているという実感もあって充実していた。
 
子供達がいる昼間には作業はできないから、夜遅くまで作業していた。夜中にパソコンにかじりついて離れない私に、夫が呆れたように言った。
 
「社会人の時にはどんなに残業していても、給料もらっているし仕方ないよなって見ていたけど、今なんてほとんどボランティアみたいなものだろう。それでも、そんなに必死に仕事しているのが信じられない」
 
確かに夫の言う通りだった。どんなに頑張っても、手元には活動費と言う名のお小遣いにもならないようなお金しか入らなかった。子ども料理教室の代表には、「広島の子供達に質の高い食育を」という高い志で活動していたけれど、当初の私の目的は、自分が料理をソコソコ作れるようになって、子供が料理教室に通えればいい、くらいの個人的な欲しかなかった。その対価として、ほとんど無収入で、自分の時間や、肝心の子供達が犠牲になるのは本末転倒だった。
 
でも、それに気づいても、自分が、活動から手を引くのは逃げているようで嫌だった。他にもしたいことは沢山あったから、それも並行してやっているうちに、自分がやらなければいけないことの山で押しつぶされそうになった。
 
そんな折に3人目の子どもの妊娠が発覚した。詰んだ、と思った。やらなければいけないことが山積みで、これから新たに子供を産んでゼロから育てるなんて、無理だ……。
 
私は途方に暮れて、山積みの書類仕事の中で泣くしかなかった。
 
どうしてこんなことになったんだろう。子ども料理教室の活動に、自分のやりたかった仕事に子育てに。母みたいに効率よく、精力的に動けない。私は稼ぐことも、家事も何もできない……。そもそも、なんで今更妊娠したんだろう、神様は、私になんの落ち度があってもう一度ゼロから子育てしろと言っているんだろう……。
 
最後は、神様にまで悪態をついたものの、今の状況を打開しないことには前に進まないということは分かっていた。私は、意を決して、子ども料理教室の代表に、今まで自分がやっていたことは3人の子育てをしながら続けることはできない、と謝った。
 
代表は、多少困ったようだったけれど、その気持ちをちゃんと受け止めてくれた。その時に、肩の荷が下りて楽になった。その解放感に驚いた。今まで、気が付かないうちに心におもりが溜まって知らず知らずのうちに圧迫されていたということに気づいた。
 
諦めても死なないんだ。
 
大げさだけれど、そう思った。諦めたら負け、そこでおしまいと自分で自分を追いつめていただけだった。昔、某有名なバスケ漫画で「諦めたらそこで試合終了ですよ」というあまりにも有名なセリフがあったけど、まさにそう思っていた。
 
でも、やりたいことをやって、自分にはもう必要ではない、と思ったら諦めていいんだ。そこまで頑張ってきたことは決して無駄にはならない。
 
子供の料理教室の立ち上げに関わり、イベント運営をしたことは、後に全く違うイベントを企画していくときに本当に役に立った。頑張ってやってきた経験は別の形で実を結んでいった。
 
3人目の子どもの妊娠は、私に諦めることの大切さと自由をもたらしてくれた。
 
自分の人生の使い方は、自分が決めていい。全部抱え込むのではなくて、できない部分はできる誰かに頼ったっていいのだ。
 
その後、自分の活動の仕方も随分と変わった。それまでは、自分一人でイベントの企画や運営をすることが多かったけれど、誰かと一緒にやることが増えた。
 
自分と強みが違う仲間と一緒にやることで、自分ができる部分、得意な部分に集中できるようになった。自分一人が集客するよりも、仲間がいることで広がりができた。他の人のやり方や意見、見方を教えてもらうことで、効率も上がった。
 
諦めるという言葉は、とかくネガティブワードのような印象があったけれど、もともとは、「明らか」と同語源なのだそうだ。仏教では、諦めるということで真理に近づくと説かれている。自分にできることとできないことをきちんと明らかにして、自分の身の程をわきまえたことで、私の世界は、楽に広がっていった。
 
今でも母のように、なんでもかんでも自分でできるというのは純粋にスゴイと思うし、尊敬している。でも、親子だからって同じようになんでもできる姿を目指さなくても良かったのだ。
 
私は、自分ができる持ち分を守って、自分ができない部分はできる人にお任せする。自分ができないことをきちんと分けていくことで、自分のコミュニティが広がっていくのが嬉しい。自分が不得意なことを認めて色々な人に助けを求めると、自分の得意な部分と他の人が得意で好きなことが全く違っていて驚くことが多い。私が苦痛で悶えそうなくらい苦手なことをいとも簡単に楽しくやってくれる人がいる。自分が頑張る必要は全くなかったのだ。
 
あの時、3人目を妊娠してなかったらどうなっていたのか、考えるだけでもゾッとする。自分ができないということをさらけ出すのは勇気がいることだけど、最初にできないって言っておくことが楽なことに気づいてからは、ストレスがたまることが大きく減った。最近は、自分ができないことが多すぎるくらいの方が、周りの人達が活き活きと動いてくれる気がしている。
 
諦めた時に終わる試合もあるかもしれないけれど、諦めてから広がる世界もある。私はこれからもその広がりのある世界を楽しんでいきたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

2022年は“背中を押す人”やっています。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season総合優勝。

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2022-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.184

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