週刊READING LIFE vol.185

秘密の場所のあるところ《週刊READING LIFE Vol.185 大好きな街》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/12/公開
記事:佐藤知子(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 
お向かいのお宅は新築で、5年前の11月頃に引っ越してこられた。うちは10月だったからほんの少しだけ早かった。お向かいの完成内覧会の看板を見た時、どんな人が家に入るのかまだわからないし、ちょっと見せてもらおうと思った。
道路を挟んではいるが、お向かいの二階からうちの中は見えてしまうのだろうかとか、向こう側から全般的にどう見えるのか、というのも気になった。でも何よりお向かいの家は、洋風のおしゃれな佇まいで、見るからに私好みだった。壁は茶色のレンガ仕立て、屋根は赤色で、まるで赤毛のアンの世界に出てくるような可愛らしさだった。多くの女性が好きそうな明るい雰囲気の家なのだ。
我が家も注文住宅だが、北欧デザインのため形はシンプル、黒を基調にしているが側面は白い塗り壁というスッキリとした外観だ。どちらかというと見た目は男性的な家といえる。
家の機能から選ぶことになったので、私が小さい頃から夢に描いていた、お菓子の家みたいな雰囲気は無い。だから是非、お向かいの可愛らしい家を見せてもらいたかった。
 
内覧会当日、ハウスメーカーの人からアンケートを求められたが、家を建てたばかりだと伝えた上で見せてもらった。今後こちらのメーカーで建てることはないというのに、親切に説明して下さった。壁紙のこだわりや、奥様の要望を取り入れたこと、娘さんが二人いることを踏まえて作られている等、ご家族の想いとハウスメーカーさんの努力が詰まった家だった。どの部屋も素敵だったが、中でも玄関のシャンデリアと、模様の入った薄いピンク色の壁紙は特に私好みだった。年齢を問わずメルヘンに憧れる女子にはたまらない、こだわりの家だと思った。
 
二階の案内が終わったところ、奥の方にひっそり、階段がもう一つあるのが見えた。
「ここからはご主人様の書斎になります」
ハウスメーカーさんに案内されると、三角屋根のとんがり部分にもうひとつ部屋があった。
トトロのさつきとメイの家の、屋根裏部屋のような形だ。人一人がやっと立つことが出来る高さだが、ここは旦那さんの隠れ部屋なのだそうだ。エアコンが設置されており、夏も冬も快適に過ごすことができるようになっている。
家全体はおそらく奥様仕様なのだろうが、この隠れ部屋は、旦那さんだけの自由な空間となるようだ。壁紙は下の階とは雰囲気が違っていた。隠れ家的な自分の居場所があるということ。これもまた素敵な空間だ、と思った。
 
ああ、そういえば私にも秘密の場所があったっけ。
しばらく忘れていたことを思い出した。
 
小学校4年生位だろうか。私には『秘密の場所』と名付けた場所があった。
そこは、実家のすぐ側の平野山という小高い山にある。標高300m程のその山は、ほとんどが果樹畑で、ぶどう棚やさくらんぼの木で埋め尽くされている。緑で覆われた山の中腹より少し上のところに、白い土が見えている部分がある。今考えてみても、その土が地層なのか粘土層のようなものなのか、そして何故白いのかはわからない。とにかくその一角だけが海辺の砂浜のように白いのだった。
あそこには何があるのか、下から見上げる度に惹きつけられていた私は、とうとう一人で登ってみることにした。中腹までは道がある。でもそこから白く見えるところの場所までは、ぶどう棚の端の何もない土地を通り抜け、そこそこ急な斜面を登っていかなければならない。
道から上へ、私は白い砂浜のようなあの場所を目指して、思い切って足を踏み入れた。
今思えばどなたかの土地なのだろうが、ただただ、ぶどう畑の中には入らぬよう、心掛けて歩いていた。
 
白い土地のところへは、普段見える角度から少し回り込むようにして到着した。
何とそこから上に、白い斜面はもっと広がっていた。一段目だけでなく、さらに二段目もあったのだ!
一段目は、山型食パンの頭の方のふくらみのような曲線がなだらかに続き、山の上の方から水が流れると思われるくぼみが3本位入っていた。そこをせっせと登ると、一段目の半分位の長さの二段目の上り坂があった。そこも登りきった時、思わず「わあっ」と声を上げたのを覚えている。
そこには自然に出来た白土の広場があった。ここから遠くの景色が一望出来た。本当は三段目の坂もあるのだが、行き止まりの松林があったため、斜面のみだった。周りは松の木や笹の葉に囲まれている。尚一層海の雰囲気があった。と言っても、ここから海はとても遠くて、内陸に住む私達は、海はどんな様子なのかそう詳しい訳ではない。正確なことはわからないが、ここだけが普段の山や野原とは景色が違い、いつか行った海に似ていると感じたのだ。
 
このいつもと違うきれいな空間を見つけたことは、大変な驚きと、とび上がる程のうれしさだった。私は、本当に仲の良い友達にだけにこのことを打ち明けた。一緒に来て感動を分かち合い、そしてこの場所を『秘密の場所』と名付け、度々訪れるようになっていた。
雨の後などは、松の木の折れた枝などが散らばっているので、集めて秘密基地づくりをした。二段目からぶどう畑の手前まで一気に滑り落ちることのできる、「秘密の通り道」を見つけて、何度も滑って楽しんだりもした。
 
私はそんな秘密の場所のことを、一緒に住んでいた大好きな祖母によく話していた。
「平野山の、あそこの白く見えるところ、本当はすごく広くてきれいなところなんだよ」
「秘密の場所って名前つけたんだよ」
あまりにも話題に登場するので、祖母も気になったのだろう。
「ばあちゃんも行ってみるか」と笑顔を見せた。
 
天気のいい日の午後、学校から帰った私は、祖母と一緒に平野山の中腹の道まで来ていた。私は、祖母がここからの山の斜面を登れるか心配だった。当時祖母は75,6歳だったと思う。今の同年代ならばまだまだ大丈夫と思うが、当時はもっと年をとっていたように感じたし、自分が先導して連れていくことに、もし何かあったらどうしようと責任のようなものを感じていた。
無理をさせてはいけない、と子供ながらに心配でたまらず、「ここまでにしよう」と何度か提案するが、祖母は「もう少し行ってみるか」と言って聞かない。
「あと少し、あと少し」と、ふぅふぅ言いながら前に進んでいるうちに、とうとうあの白土の広場まで登り切ってしまった。
 
「いいところだなー」
そう言って祖母もうれしそうだった。疲れ果てて、二人並んでそのまま地面に座って空を見上げた。すると、遠くの空を飛ぶ飛行機と飛行機雲が見えた。この方角は秋田に行くんだ、と確か祖母は言った。私の記憶も曖昧になってきているが、ともかく祖母と一緒に見た空と飛行機雲の印象は強く、今でも頭にその時の景色が映像のように蘇ってくる。
私はうれしかった。
祖母は、私の言うことを子どもの言うこと、と片付けずに、一緒になって私の世界を知ろうとしてくれた。高齢でありながら、あと少しと言いながら、ちょっと無理をしても登ってくれようとした。そして、秘密の場所に到達して、一緒に青空を仰ぐことが出来たこと。
私にとって、こんなにうれしいことはなかった。この体験は忘れられない思い出だ。
ひとことでいうと、「信頼」ということだ。信じているし、信じられている。こんな体験を持てたことは幸せだと思う。
 
今、平野山の秘密の場所は、遠くから見る限り白い土地の部分は減り、ほとんど見えなくなっている。緑が覆いかぶさるように勢力を増している。おそらく誰も訪れなくなったのだろう。形を変えていく山の景色を見るのは淋しいが、物事はいつまでも同じではなく、少しずつ変わっていくのだと認識させられる。
 
さて、私にとって『秘密の場所』と言えるところは、今は無いと言える。
子育てが始まった時から、全てがオープンとなった。無駄を省き、節約をしながら生活している。毎日を送るのが精いっぱいで、自分の世界をもつのをやめてしまったと言ってもいいくらいだ。
 
お向かいの三角屋根の隠れ部屋に入って、あの頃の秘密の場所のこと、自分にも秘密の場所があったことを思い出した時、そしてそのことを記事に書こうとしている今、なんだかとても自分らしい感覚を取り戻したような気がしている。自分はあの時どんなことを考えていたのか、何を感じていたのか、ときめきが思い出される。
うれしい、わくわく、疲れたけどやり遂げた、空がきれい、ひとりじゃない。
思えば私の感性の原点ではないか。
 
祖母にありがとうを言いながら、また、自分だけの秘密の場所を探していくことを意識してみようと思う。きっと明日からの景色が違って見えるはずだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤知子(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)

山形県在住。ライティング・ゼミ2月コースに参加、7月よりライターズ倶楽部へ
書くことで、自分の考えをわかりやすく人に伝えられるように、日々奮闘中。

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2022-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.185

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