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週刊READING LIFE vol.185

幸多し、山梨!《週刊READING LIFE Vol.185 大好きな街》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/12/公開
記事:黒﨑良英(天狼院公認ライター)
 
 
 朝晩の涼しさが、夏の終わりを告げてきたような、9月上旬のことである。
その日、私は自前のパソコンを持って職場に向かった。
 
私の職場は県立の高校である。私はこの年、非常勤講師として、その学校に通勤していた。
当然ながら、正規職員であれば支給されるはずの一人一台パソコンがない。したがって、私は自分で作業用のパソコンを持ち運ばねばならなかった。
私は持ってきたカバンから、自前のパソコンを取り出し、さて、翌日の授業の準備をしようと思った。
 
その時である。
 
私の視界に、何か動くものが映った。
かなり小さなものである。
しかし、それは、確かに「動く」何かであった。
 
“それ”は、ススス、とパソコンを包んでいるバッグインバッグの横をたどり、しかし、ポトリとまさに音も聞こえるほどに、見事にカバンの中にダイブした。
 
何だ? 何かがいる! それも小さな、すばしっこい何かだ。
最初、私の脳裏には最悪の状態が想像された。つまり、名前を呼ぶのも憚られる、台所とかによく出る黒いGである。
 
私は恐る恐る、バッグインバッグをカバンに戻し、しばらくしてからもう一度、それを持ち上げ、カバンの中を見た。
 
無い。何もない。黒い影どころか、ゴミ一つ入っていない。
ふむ、良かった。やはり気のせいか、と油断した瞬間である。
 
持ち上げたバッグの縁に、そいつはいた。
細長い体を精一杯広げ、しかし、どこか余裕のある風体で、そこにしがみついていた。
 
(……ヤモリ、の、子どもか?)
 
そう、それは爬虫綱有鱗目ヤモリ科ヤモリ属のトカゲの一種、通称「ヤモリ」と呼ばれる爬虫類であった!
 
しかも子どもである。というのも、明らかに通常と比べ、小さいからであった。
そう、私はいわゆる「通常の」それを知っている。
 
毎晩毎晩、我が家の勝手口のガラス戸に、へばりついているのである。こちらは結構大きい。全長は大人の手のひらの長さくらいある。
6月の終わりくらいから、夏にかけて、ヤツらはガラス戸にやってきては、おそらく光に誘われてやってくるであろう、虫たちを捕食している。一度はかなり大きな蛾を食べる様を間近で見たこともあり、さながらNHKで放送している動物番組のようであった。
 
で、その子どもである。
何というか、やはり、小さいというだけで、こんな爬虫類でさえもかわいいと思ってしまう。
体の小ささに比べてかなり大きい目とか、すばやく動いたかと思えばじっと動かない仕草だとか、何かと愛おしく感じてしまうものである。
 
ただ、だからと言って、まさか飼育するわけにもいかない。
どうしようかと迷っていたら、近くの先生が豪胆にも手に取り、逃がしてやろうとベランダに持って行った。その先生の手が温かいためか、なかなか壁に張り付かなかったという。
ともあれ、無事、子ヤモリは自然に帰っていったのであった。我が家とその学校との間には結構な距離があるのだが、ヤモリにとってはかなりの大旅行ではなかっただろうか。
 
そんな“ステキな”街が、我が故郷にして安住の地、「山梨県」である。
大事なことなのでもう一度言うが、“ステキな”街である!
 
ああ、うん、ま、爬虫類が苦手な人にはどうも、そこまでおすすめできないかもしれないが……
 
山梨県、というと、東京の隣にもかかわらず、結構な田舎度を誇る県である。
かつては戦国武将「武田信玄」のお膝元とて、天領として幕府直轄地となっていた、由緒ある土地だ。
ちなみに、信玄“公”といわないとおじいちゃんたちには怒られる可能性があるぞ。
 
ただ、まあ、その直轄地だっただけに、やたらと開墾することもできず、発展が遅れたという説もあるのだが……
 
あるいは、巨大な山々に囲まれている、というのが、ネックになったのかもしれない。
電車で東京に出るにも、いくつものトンネルを通らなければならない。
特に「笹子トンネル」と言って、山梨の東側に位置するこのトンネルは、かなりの長さを誇る。
ちなみに「笹子餅」が有名だ。うまい。
 
そう、この山に囲まれている、というのが、山梨の山梨たる特徴である。
南には霊峰富士山を望み、北には八ヶ岳を望み、鳳凰三山や三ツ峠山、大菩薩嶺など、名山がこの街を囲んでいる。冗談抜きで360度、山が見える場所である。
 
だからなのか、海無し県(内陸の県)の民は海に憧れる。特に山梨は、「魚尻線(うおじりせん)」と言って、新鮮な魚を届けられるギリギリの場所であったという。
そのため、少々傷んだものをカバーするためか、「甲州寿司」と呼ばれる山梨伝統の寿司には、甘辛いタレを塗る。美味しいかどうかは人それぞれだが、なかなか面白い食べ物となっている。
 
そして、海への憧れが成せることか、山梨県のマグロ消費量は、全国でも一二を争う。とくに赤身が好まれ、ごちそうと言えば、このマグロを使った「寿司」と相場が決まっている。
 
幸か不幸か、山梨には客をもてなす時に出す、伝統料理というものがない。
山梨の伝統料理といえば「ほうとう」を思いだす人もいるかもしれない。確かに古くからある伝統料理で、昔は一家に一台、その麺を打つ台があったものである。私も幼少時、祖母が毎日のように、ほうとうや冷や麦やうどんなどを打っていた記憶がある。
ただ、ほうとうに始まるあれらの麺料理は、いわゆる家庭料理なのである。県外の人にとっては確かに物珍しいかもしれないが、我々にとっては、あれは普段の料理であり、野菜をやたらに入れただだけの家庭料理なのだ。だから、家によって味が違うのも一興なのであるが、とにかく祝いの席や歓迎の席に出す代物ではない、という意識があるのだ。
 
そこで、寿司である。山梨におけるごちそうは、やはり元来希少であるはずの、海の幸をふんだんにつかった寿司となるわけだ。同じ原理で「あわびの煮貝」という名物もあり、こちらはあの高級素材であるあわびを醤油に漬けたものだ。こうやって、昔は貝が傷まないように醤油に漬けこんで海から運んできたのである。それが、海のない山梨県の名物になっているとは、何とも奇妙な話だ。
 
名物といえば、忘れてはならないのが、ブドウや桃に始まる、多くの果物たちである。
特に昨今では、その圧倒的な甘みで他の追随を許さない「シャインマスカット」が有名となった。
このシャインマスカット、何がすごいかって、山梨県民がお金を出してでもほしいと思うことである。
 
山梨県民あるあるに、「ブドウや桃は買ったことがない」というものがある。自分の家で作っているか、そうでなければ近隣の家からもらうからである。
もちろん、商品として出荷できない「はねだし」のものであるが、えてしてこういうものの方が美味しいものである。
 
その山梨県民が、ブドウや桃を作ったりもらったりするはいいが結局食べきれなくて捨ててしまう、県外の人から見れば不届き千万な山梨県民が、「買ってでも食べたい」と思うほどである。いや、実際買って食べる人は少ないと思うが、そう思わせるだけの力が、このブドウにはある。
ぜひ、皆さんにも食べていただきたい。
 
しかし、ここで満足する山梨県民ではない。県の研究機関は、日々、新しい品種を考え出している。
その最先端をチラとお知らせしよう。
 
現在、シャインマスカットを親とする、新たな品種が開発中だ。
それは、ふるさと納税で10万円以上を納付してくれた人に、たった一房だが、返礼品として与えられた。もちろん、その枠は一瞬で埋まってしまったらしいが。
 
コードネームは「甲斐ベリー7」という。正式名称は、正式に製品化されて後につけられるようだ。
ブドウには「ベリーA」という品種もあり、こちらも根強い人気がある。それに連なる品種だろうか。
近い将来、その実体がお目にかかれるであろう。私も一県民として、楽しみである。
 
と、まあ、このように書いておけば、山梨の良いところが伝わるかな、と思っているのだが、しかし、ここで私は、負の側面も書いておかねばならない。
移り住んでから、こんなはずではなかったと思われないためである。
 
山梨の欠点は、何をおいてもその「田舎度」にある。
都会から来た人は、まず、その公的機関の不便さに驚くであろう。
だが、山梨県はまだ「中央本線」が通っているだけマシだと思う。少なくとも1時間に2本は電車が来る。バスも、まあ、中央である甲府市を中心として、走ってはいる。とはいえ、自家用車がないと、買い物一つとっても不便なことは確かだ。
 
遊ぶところも限られている。
休みの日は大体、郊外にある例の大型ショッピングモールに人が集まる。
県内に2つしかない映画館のうち1つがそこにあるというのもある。しかし、山梨にこれほど人がいたのかと驚くほど、休日はそこに集まる。
おかげで中心部である甲府の商店街は、シャッター通りと化している。
 
そして、冒頭にも言ったように、自然がいっぱいのワイルドライフであることだ。
自然が豊かと言えば聞こえがいいが、しかし、その実、自然に支配されていると言っても過言ではない。
ヤモリは当然として、様々な虫が我らを襲う。
以前、夜中に起きてトイレに行った帰り、自分の部屋の戸を開けようとして、何かがいることに気付いた。よく見ると、ムカデであった。ムカデに噛まれたときの痛さは、想像を絶するほどと聞いたことがある。しかも昔の絵巻物にあるように、体をくねらせて、戸の端の部分に巻き付くように居座っている。
微動だにしないので、チリトリとホウキを持ってきて、まずはちりとりの中に落とし、ホウキで蓋をして、外に追い出すことに成功した。以来眠るときには何もいないことを確認してから眠ることにしている。
様々な虫はもちろん、鹿が多くて山は禿げ山となるし、ということは食物も少なくなり、ひどいときは熊が人家に近い場所まで降りてくる。
他にもイノシシや猿、ひどいときはニホンカモシカなんてものもやってくる。
植物の新芽を食べてしまうこいつは、悲しいかな、特別天然記念物に指定されているので、無闇に害することができない。生類憐れみの令の時代さながらである。
 
また、夏と冬の寒暖差も恐ろしいものがある。
よく、富士山の周り(県民はここを郡内地方という)に移住したがる人がいるが、あまりオススメはできない。あの場所は、観光地としては優秀であり、夏は避暑地として使われることも多いが、それなだけに、冬は雪国も真っ青な極寒の地となる。あまり意識されていないが、あの場所は標高が高いのだ。山一つ隔てて、甲府側は雨なのに、富士山側は雪であることも多い。
そして、中心地は中心地で、盆地なために夏暑く冬寒いという特徴もある。
よく、夏の関東の気温で、ニュースに「甲州市勝沼」の地名が出てくるであろう。あそこは典型的な扇状地になっており、太陽がよく当る。まあ、そのためブドウが美味しく実り、ワインも有名になっているのだが、とにかく、夏はひたすらに暑い。
 
自然は、私たちの敵でも味方でもない。ただ、そこに文字通り「自然に」あるものだろう。
そのあり方が、時として人間に牙をむく。記憶に新しいのは豪雨による災害だろうか。
 
ただ、そのあたり、実は山梨は住むには安心できる土地なのである。
確かに、川の氾濫は恐ろしい。だが、それは今に始まったことではない。何百年もの昔から、先達が川の氾濫と格闘してきた結果、今がある。川が溢れる設備はしっかりと持ち、しかし、油断はしない。
洪水や土砂崩れなど、今まで頻繁に襲われていただけあって、それを防ぐ手立てもまた、徐々に身についている土地なのだ。
また、地盤もしっかりしているらしい。山に囲まれた恩恵か、地震が来ても、最悪の状態にはなりづらいという。
一つ懸念されるのは、数百年周期で噴火するあの富士山である。
富士山周辺の自治体は、これに対して毎年、しっかりと訓練をしているし、中心地においては、そもそも山一つ隔てているので、あまり心配がない。
近年求められているのは、こういった安心感を求められる土地ではなかろうか。
 
かつて、山梨県は、「幸住県(こうじゅうけん)」を名乗ったことがある。
少子高齢化は免れないが、しかし、お年寄りから子どもまで、安心して暮らせるというのである。
ことの成果はさておき、一定の真実ではある。
やや田舎に寄った街ではあるが、田舎すぎるということもあるまい。
 
おそらく、ここは幸せを見つけやすい土地であると思う。
都会に疲れたとき、山はそこにあり、川は相変わらず流れる。その様が、私たちを慰める。
 
今度の週末は、山梨に来てはいかがだろうか?
山も川も空も、それからヤモリたちも、全力であなたをもてなすことだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒﨑良英(天狼院公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。

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2022-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.185

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