週刊READING LIFE vol.185

美食と歴史と自然を味わえる街――中国・成都《週刊READING LIFE Vol.185 大好きな街》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/09/12/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
少し小ぶりの黒い器が運ばれてきた。待ちきれずに器の中身をのぞき込む。想像していた以上に赤く、こってりとしている。豆腐がラー油にどっぷりと浸かっている。日本で食べてきた麻婆豆腐とは見た目の色が全く違っていた。
 
陳麻婆豆腐。この店は中国四川省成都市にある。麻婆豆腐は代表的な四川料理のひとつであるが、この「陳麻婆豆腐」は麻婆豆腐発祥の店として知られている。1862年に開業というから、中国では清朝末期、日本で言えば江戸末期から続いているような老舗である。陳夫妻が始めたこの店の「紅燃豆腐(ホンシャオドウフ:煮込み豆腐)」は美味しいと評判で、店の看板料理になったという。店を切り盛りしていた奥さんの顔には、あばたがあったことから、「あばた(中国語で麻)のあるおばさん(中国語で婆)」がつくる豆腐料理の意味で、「紅燃豆腐」は「麻婆豆腐」と呼ばれるようになったそうだ。
 
運ばれてきた麻婆豆腐をレンゲですくって、恐る恐る口の中に入れてみる。こってりとした濃厚な味である。花椒のピリピリした刺激を感じる。唐辛子がタップリ入った料理を食べた時の、口の中が燃えるような、痛さを感じるような辛さとは少し違う。辛いけれど旨味がある。でも、花椒の刺激で舌が痺れる。
 
二口三口食べると、辛さと痺れで口の中が熱くなってくる。相席になった見知らぬ中国人も、顔をしかめてヒーヒー言いながら食べている。
 
「中国人だからって辛いのが得意な人ばかりではないのか」と不思議に思って声をかけてみた。
 
「辛いですね」
「こんなに辛いとは思いませんでした。私は辛いのが苦手なんです」
「そうでしたか。どちらから来られたんですか?」
「広東省です」
 
広東料理と言えば、あっさりとしていて日本人好みの中国料理である。その広東から旅行で成都に来たという中国人は、「成都に来たからにはこの店の麻婆豆腐を食べておかねば」と思ったという。でも、一口食べるたびに、ヒーヒー言ってはお茶を飲んでいる。
 
麻婆豆腐の味が濃厚なので、私は白いご飯と一緒に食べたくなった。それに、白いご飯と一緒に食べた方が、辛みが希釈されるかもしれない。
 
「ご飯と一緒に食べた方が、食べやすいかもしれませんよ」
相席の中国人に話すと、「そうしましょう」と言う。
 
ご飯を注文してしばらくすると、白飯がいっぱいに盛られたボウルを店員が持ってきた。
 
茶碗にご飯をよそって、その上に麻婆豆腐をのせる。ラー油がご飯に染み渡っていく。赤く染まったご飯と豆腐を一緒に口の中に入れると、ほんの少しだけど辛みがマイルドに感じられた。味付けが濃いからご飯が進む。最後はラー油にご飯粒が浮いているような感じになり、「辛味の希釈効果」があるのかどうかも分からない状態になった。けれども、食べ終わった後は、「これは癖になる味だ」と思った。
 
仕事で中国四川省にある成都市に住むようになってから、周りの中国人に「辛いのは大丈夫か?」とたびたび聞かれた。
 
そういうとき、いつも私はこう答えていた。
「辛すぎるのは食べられない。でも、ちょっと辛いのは大丈夫」
 
実際、四川料理は辛いイメージがあるが、それほど辛くない料理も沢山ある。日本人に馴染みの深い回鍋肉も、実は四川を代表する料理である。こちらもラー油がたっぷり使われていて、日本で食べる回鍋肉のような甘味はないけれど、ピリ辛で濃厚な味付けでご飯が進む。
 
住んでいた家の近くには、回鍋肉の美味しい小さなお店があった。回鍋肉単品、回鍋肉丼、回鍋肉炒飯と、メニューもバラエティに富んでいた。しかも、どれも値段は日本円で200円程度(1元=20円として)。安くて美味しいから、毎日のように食べに行ったものだ。
 
四川料理の味付けは「麻辣(マーラー)」といって、花椒の痺れるような辛さが特徴である。食べると汗が噴き出る。
 
「成都は湿気が多いから、こういうのを食べて汗をかくのがいいのよ」
と現地の中国人が説明してくれる。
 
成都は湿度が高いうえに、曇りがちの天気の日が多い。年間日照時間は 804.2時間だ(出典:2020成都統計年鑑)。気象庁の2021年度のデータによると、東京の年間日照時間は2089.8時間だから、成都はその半分以下である。ゆえに、お肌の大敵である紫外線と乾燥の影響を受けにくいというメリットがある。内陸部にあるために、寒い場所だとイメージする人も多いが、気候は温暖で、夏は暑すぎず、冬は氷点下になることはほとんどない。私は3年ほど住んでいたけれど、雪がちらついた日はたった1日だけである。
 
街は近代的なビルが立ち並ぶエリアがある一方で、歴史を感じさせるエリアも多い。特に諸葛孔明や劉備玄徳などが祀られている「成都武侯祠」は、成都市内でも一二を争う観光地だ。そのため、国慶節などの長期休暇には各地から観光客が押し寄せる。
 
私は成都に住み始めた頃、そんなに混雑するとは知らずにうっかり国慶節期間中に武侯祠を訪れたことがあった。家からタクシーに乗って向かう途中、運転手に「あんたね、成都市内に住んでいて、武侯祠なんていつでも行けるのに、どうしてよりによってこんな時期に行くのか?」と言われたのだが、着いてみて運転手の言っていた意味を理解した。武侯祠のチケット売場には長蛇の列ができていた。武侯祠のすぐ横には、「錦里」という古い街並みを再現した場所があるのだが、こちらも人、人、人……。結局その日は諦め、なんでもない日曜日に出直すハメになった。
 
武侯祠の敷地は15万㎡、東京ドーム約3個分に相当する広さである。竹林に赤い壁が映える小道は、蜀の時代を彷彿とさせる。そして、何と言っても劉備、関羽、張飛の3人の像が並んでいるところは圧巻であり、三国志マニアには必見の場所である。
 
武侯祠と並んで人気のある観光地は、「成都ジャイアントパンダ繁育研究基地」である。私がこのパンダ基地を訪れたのは2017年の夏、ちょうど上野動物園でシャンシャンが生まれて1ヶ月経った位の時期だ。日本ではシャンシャンはまだ一般公開されておらず、慎重に育てられていたが、こちらは違っていた。
 
「パンダの産室」という一般公開されている施設があったので、中に入ってみた。すると、なんと保育器に入った赤ちゃんパンダが目の前で展示されていた。観光客は普通にパシャパシャ写真を撮っているが、パンダも職員もいっこうに気にする気配はない。日本ではお目にかかれない、生まれて間もないパンダの姿を目の前で見ることができてしまったのだ。
 
その他、郊外に足を伸ばせば、多くの世界遺産(九寨溝、峨眉山、楽山大仏、都江堰、青城山)がある。成都という街は、大都会である一方で、歴史と自然を感じることもできる街なのである。
 
「2018~19年中国都市住みやすさ指数報告」(注:58同城、安居客、上海師範大学不動産経済研究センターなどが共同でまとめた報告書)によると、成都市は中国で最も住みやすい都市の第1位となっていて、中国人にも人気の都市である。私と一緒に働いていた中国人の同僚も、会社を辞めた後、そのまま成都で暮らしている。
 
「だって、成都は暮らしやすいし、いい所だから」と言う。
 
「成都、一度来たら離れたくない街」というキャッチフレーズを書いた横断幕を街中で見かけたことがあるが、その通りなのかもしれない。
 
食事が美味しい、街が美しいというだけでなく、人々が優しいということも、私は成都の魅力じゃないかと思っている。
 
私は成都で仕事をする前、中国・南京で仕事をしていたのだが、成都に出張に出かけて最初に感じたのは、タクシー運転手の愛想の良さだった。こちらがカタコトの中国語でもお構いなしに話しかけてくる。
 
「どこから来たんだ?」
「成都の印象はどうだ?」
「辛いのは食べられるのか?」
 
南京や上海でタクシーに乗っても、話しかけられることは滅多になかった。でも成都では必ず何かを話しかけられた。
 
「日本から来た」と答えると、「日本のどこだ?」と聞いてくる。
住んでいる地名を答えても知らないだろうから、「名古屋」と答える。
 
「名古屋っていっても、知らないだろうな」と思っていると、「あぁ名古屋ね。知ってる」と返してくる。「ホントかいな」と思うけれど、まぁそれも、こちらの面子を立ててくれているのだろう。
 
だから私も「成都の印象はどうだ?」と聞かれたら、必ず「成都は大好きだ」と答えるようにしていた。実際に好きだったし、「南京と比べてどうだ?」と聞かれたら「南京より成都が好き」と答えていた。すると必ず「そうだろう?」と満足げな笑顔を返してくれるのだ。
 
中国語の試験を受けるために、朝早くタクシーを予約した時も色々と話しかけられた。中国語の試験を受けることを話すと、降車時に「試験頑張って」と声をかけてくれた。
 
タクシーだけでなく、銀行の窓口でもお店でも、人懐っこく大らかな人が多かった。休日には、人々が外でお茶を飲みながらマージャンやトランプに興じている光景も、のんびりした感じで居心地がよかった。
 
ただ、私が成都に住んでいる間、日本人旅行客を見かけることは滅多になかった。日本から成都に向かう飛行機も、ほとんどの乗客が中国人で、たまに日本人を見かけても出張者がほとんどだった。
 
成都市郊外にある世界遺産を観光した時、現地の日本語ガイドをしてくれた中国人が「日本人が来てくれて嬉しい」と言ってくれた。
 
「ここに観光に来る日本人は少なくて、さびしいです。もっと沢山の日本人に来てほしい」
その言葉を聞いて、私は胸がキュッとなった。
 
美食と歴史と自然を味わうことができ、人々の優しさに触れることができる成都。制約なく行き来できる日がやってきたら、最初の中国旅行にはぜひおすすめしたい街である。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。

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2022-09-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.185

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