手紙の書き方本と自分らしさ《週刊READING LIFE Vol.189 10年後、もし文章がいらなくなったとしたら》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2022/10/10/公開
記事:飯田裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
きちんとしたお礼状を書こうとすると、いつでも大変に苦労する。最近は、みな忙しくなっているので、電子メールやSNSで簡潔に済ましてしまうことも増えてきているが、「受け取ったよ。ありがとう」程度の、とってつけた3行ほどのメールには、こちらも「あ、着いたのね。よかった」ぐらいの感慨しかわかないな、とは思ったりはする。そんななかで、きちんとしたお礼状が書ければ、もらった相手は「おや?」と思って気にとめてくれるかも知れず、その分、自分を人とは差別化できるのかも知れないよな、と思う。まあ、こんなことを考えること自体がもう古いのかも知れないし、どちらにしろ、早くお礼を言わないといけないのだから、スピード勝負ではあるのだが、せっかく書くなら、少しはましなものを、と悩んだりする。
なんでこんなことを言っているのか? それは、手紙を書こうと思うたびに、ある出来事を思い出すからだ。
それは、まだ電子メールが一般的ではなかった時代のことではあるが、本をいただいたことに対するお礼状を書こうと悩んでいたことがあった。まだ、駆け出しの年齢だったため、学校の先生以外の目上の方に物をいただくことなど珍しく、お礼状が必須と思われる状況だった。お礼状なんか、書いたこともない。これは、祖母などに書く気軽な手紙とは違う。どうやって書けばいい?
と思っていたら、電子辞書のラインナップの中に、手紙の書き方と手紙の文例集を見つけた。なになに、「拝啓 さてこのたびは、〇〇を頂戴いたしまして、誠にありがとうございました……」ふむふむ。そうだよね。この改まった言い方だよね。このあたりは、だいたいどの例文を見ても一緒だったが、その前や後ろに続く文面に、いくつかバリエーションがあった。ひとしきり読んだあと、いくつか合わせて、物品の部分をそっくり変えて書き直したら、ほぼそのまま使えるんじゃないか? という気がしてきた。どうやって書こうか悩んでいた私には好都合だった。こりゃあいいや。こうやって書けば、手紙なんて楽に書けるじゃない。
そして、本当にそうやって、時候のあいさつと物品だけを入れ替えた手紙を書いてはみたが、初めてのことなので、心許ない。母に「こんなの書いたんだけど、どう思う? これで大丈夫かな」とそれとなく見せてみた。
読んだ母は、最初は普通の顔で読んでいたものの、だんだんと険しい顔になってきた。そして、見上げると、真顔で、
「これは、あなたの文じゃない。人の言葉を借りて書いても、そうだということは読んだ人にも分かるし、心がこもっているようにも感じられない。これじゃ、お礼の気持ちは伝わらないと思う。こんなものなら、書かない方がいいぐらいよ」
と言った。「あなたの文じゃない」という言葉もショックだったが、もっとショックだったのは、母の顔が、とても怖かったことだった。お気軽に考えていた私の気持ちは打ち砕かれた。安易に例文に頼った自分が恥ずかしくなった。手紙の文例集を使ったことは言ってはいなかったが、バレバレだった。でもさ、じゃあ、どうやって書けばいいのよ! 母は、私が思ったことを察したように、
「ある程度の形式はあるにしても、他は、あなたが自分で書けばいいの。丁寧にはしても、いつもの言葉で書いてあって、あなたの気持ちが書いてあれば、ちゃんと心が通じるんだから」
と続けた。
結局、書き直すこと数回、お世辞にも立派な文章ではなかったけれど、時候のあいさつも、通り一辺倒ではない、自分が道を歩いていて気付いたことを書き入れてみたり、どんなふうに本を役立てているかを書いたりして、だいぶ「私」が見える文章には仕上がった。母も、最後には「これならいいんじゃない」と言ってくれた。
この後は、この時の書き方が、私のお礼状スタイルになった。同じようにお礼状を書く機会があったりすると、母の怖い顔と「あなたの文章を書きなさい」という言葉がよみがえってきて、注意して、「自分らしさ」を意識するようになった。まあ、本当のところ「自分らしさ」が何なのかは、よくは分かってはいないが、文体から「私」が垣間見える、想像できる、何を考えているのかが分かる、ということなのだろう、と、今は思っている。
書くことについても、また、おそらく話すことについても、「そもそもが、その習慣がなくて、うまく出来ない」という場合は、まず慣れることから始めた方がいいのかも知れないけれど、どちらにしても、そこから滲み出る「その人らしさ」ってあるのだろうな、と思う。
文章修行を始めてから、いろいろな方が書いたものを読む機会が増えた。同じテーマで書いているというのに、まあ、内容からまとめ方から、ずい分違うものだと驚く。いいなあ、こんなまとめ方、私もしたいな、と思ったりするけれど、あまり真似はできそうにない。構成をどうするか、というところは、頑張って分析でもすれば、何かコツが分かるかも知れないとは思うものの、現状、頭の中を整理して、それを、読む方に伝わるように書こうとするのが精一杯だし、自分の中にないエピソードや話は、形にすることさえ難しいのだから、とにかく、まあ、書くしかない、という感じだ。なぜ書くのかと言えば、自分の頭の中にあること(考えたりして消化・吸収した一般論を含む)を、読む方に、うまく説得力を持って伝えるためなのであり、「私」が「私」と真摯に向き合って、書いていくしかないのだ。
別の見方をすれば、本人が、本人の精神の発露として書くものは、その人そのものであって、それをちゃんとしないと病気になる人もいるのではないかと思ったりもする。まあ、人に見せない日記として書きなぐってもいいのだけれど、書こうとする過程で、自分の思考が整理されたりするから、何に悩んでいたのか、とか、どこの心理がねじれているのか、など、気づきもある。まとまらない時も、まとまらないなりに、何か引っかかりがあり、結論は出なくても、自分に向き合った感覚はある。きっと、自分に向き合って冷静に考えた感覚を持つことや、気持ちを視覚化しようとしたことは、自分のよりよい理解につながるから、無駄にはならないだろう。そして、もし、誰かの目につくところに文章を書いて、他の方にも読んでもらえて理解してもらえて共感を持ってもらえることがあったら、自分を理解してもらえた気持ちや「私は一人ではない」という気持ちにもなれて、気分的にも楽になったりするだろうと思う。
そう考えると、もし将来、AIが膨大なビッグ・データから、うまくその人の傾向を分析して、その人らしく見える文章を勝手にまとめてくれるようになったとしても、やっぱり、本人が書くことのメリットはなくならないと思う。どんなに世の中が進もうと、人間は、常に悩む生き物なのであり、明日の自分がもっといい自分であるように、自分の頭の中を整理してみる必要があるだろう。それに、読者にも読んでもらって、共感を得たりして、社会と関わっていくわけだ。将来、メタバース(仮想空間)でどんなにアバターの容姿が、今の自分とはかけ離れようと、現実でもネット上世界でも、AIに代わりに生きてもらうわけにはいかない。「私」は「私」として、世の中を渡っていかなくてはならないのだ。
きっと、アバターの言動をAIに肩代わりしてもらって、現実世界で息抜きなどしていたら、やっぱり、それと分かるのではないかと思う。あ、この人、AIにやらせてサボってると。これは、手紙の書き方本を駆使した、感情のこもらないお礼状のような状況だと思う。やっぱり、肩代わりの印象はあまりよくないだろう。本人だって、その時の記憶もないわけだから、つじつまも合わなくなってしまうだろうし……。よって、10年後だって、人間は、相変わらず、悩んでいるはずだ。どうやって感謝の気持ちを伝えようか、って。
□ライターズプロフィール
飯田裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2021年11月に、散歩をきっかけに天狼院を知り、ライティング・ライブを受講。その後、文章が上手になりたいというモチベーションだけを頼りに、目下勉強中。普段は教師。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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