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週刊READING LIFE vol.189

「人間風」が「人間」に叶わない理由《週刊READING LIFE Vol.189 10年後、もし文章がいらなくなったとしたら》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/10/10/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
何かが違う。
いつもと同じ風景のはずなのに、どうにも違和感を覚えることがある。
 
朝、出勤の支度をするときにはTV画面を見て一目でわかる時計がわりのものが欲しくて、NHKのニュースをつけている。いろいろ用事をしながらラジオ状態で耳だけ傾けて聴き、時々画面に目をやって時間を確認している。何かおかしいぞと思ったのは、そんな朝のルーティンの時だった。
 
支度の手を止めてTV画面に近づいてみる。TV画面の右上に小さく表示されているテロップの文字が見えたとき、その違和感の正体がわかった。
 
その時流れていたニュースは、AIが読んでいたものだった。
 
ほぉ、と思った。それと同時に、あのNHK様がニュースをAIに読ませるんだ! とも思った。アナウンサーが足りていないのか、早朝のニュースに入るシフトを組むのが厳しいのか、経費削減に向けて試行しているのか、それとも近い将来とか22世紀とかにニュースはみんなAIに読ませるおつもりなのか、真意はわからない。わからないけど、公共の電波で公平性が求められるニュースにおいて、人間ではない音声が堂々と使われていることに軽くショックを受けた。
 
AI音声そのものはとても流暢で、間違いもなく、日本語の発音やイントネーションも正確だった。ただ、よく聞いてみると細かな何かが普通の会話と違うのだ。わずかだけど音声に機械的な香りを感じてしまう。その細かな違いによって「これは人間が読んでいるものではない」と私は看破ってしまったのである。
 
考えてみれば、いつの間にか私たちの周りには自動音声が溢れている。例として機械が喋る「お風呂が沸きました」みたいな言葉は単純だけど、よく考えると言わなくてもいいような気もする。風呂が沸いたかどうかなんてデジタルの温度計をみればわかる。小学生じゃあるまいし、そんなことを毎度毎度くどくど聞かされなくてもと思うが、要するに「念押しのご注意」のためにAIが使われていることはとても多い。本来人間が言うべきことなのかもしれないが、何回も繰り返して言う必要もない、でもそのアナウンスがなかったらなかったでクレームが来そうだから音声で入れている。そんな「念のため」の音声たちにあまりにも多く取り囲まれているから、私たちはその異常さに気がついていないのかもしれない。本来人が心を尽くして発するのが言葉のはずなのに、いつの間にか機械に喋らせているからだ。
 
機械が話す言葉だけでなく、もしかしたらその話し言葉自体も、今後は人間ではなくAIが考えるようになっていくのではないか。ニュースを読むAIを見た時に咄嗟に浮かんだ考えである。
 
今のTVでAIが読んでいるニュース原稿は恐らく人間が考えているものなのだろうけど、もし音声だけでなくニュース原稿からAIが起こすとしたら、それはとんでもない革命になるのではないかと想像している。各地から送られてきた映像を見たAIが即座にニュース原稿を作る、そこに人間の介在する余地がないなんてことは、果たしてあり得るのだろうか。
 
人間は物事を見聞きすると当然として感情が働く。そして時になんらかのことを発信する。それは言葉なのかもしれないし文章なのかもしれない。ある人は「話す」行為かもしれないし、別の人はインターネットに書くことかもしれない。インプットがあればアウトプットがあり、その1つの形として文章がある。
 
AIの中には人間の行動様式が入っているから「人間に近い」ことをしたり考えたりはできるはずだが、それはあくまで「人間風」であって「人間そのもの」ではない。人間風なことはできるけど全くの人間としての100%の思考回路は持ててはいないから、文章をAIが作るということは、それを前提として読み解かねばならなくなる。
 
私は「AIが文章を作る」ことが近い将来、例えば10年後あたりにスタンダードになるとは思っていない。なぜなら人間が持つ機敏は、そうそう簡単に機械に取って変わられてしまうものではないと考えているからだ。その根拠となる話を紹介しよう。
 
先日、職場でこんな言葉を発した人がいた。
 
「どちらへお出ましですか?」
 
来客にしてはどこに行けばいいのかわからないような表情をして職場の建物内を歩いていた人に対して、職場の人間がそう声をかけた。その言葉が偶然耳に入ってきてハッとした。
 
なぜならその文章自体が非常に美しかったからだ。
 
もし自分がそんなシチュエーションに遭遇したらどんな言葉をかけるだろうか。
「何か御用ですか?」
「受付での手続きはお済みですか?」
まさか「あなた誰ですか」のような失礼なことは言わないにしても、その人がなぜその場所にいるのかを確認するような質問をするはずだ。でも自分で思いつくものとしてはどれも失礼に聞こえなくもない。非常に難しい質問のはずだけど、その「どちらへお出ましですか?」の一文の中に、全部の回答があったような気がして仕方がない。
 
他人を不愉快にさせずに必要なことを尋ねるための言葉はいくつもあるが、文章としてまとめた時に「どちらへお出ましですか?」は大変コンパクトで優秀な文章だと思うのだ。咄嗟の時の文章で、ここまで完璧なことを、AIは思いつくことができるだろうか。
 
もちろんこの「どちらへお出ましですか?」という文章をAIの中にインプットすれば、次回からは出てくるのかもしれない。だが他人を慮った文章をAIは生み出すことは難しいような気がする。AIは「人間風」であり「人間」ではないからだ。
 
人はどうやって他人との距離感を形成していくか? それは人と人とのコミュニケーションを取る中でわかっていくことだ。
コミュニケーションを取る過程で人は多くのことを学ぶ。成功だけでなく失敗もそれ以上に経験して初めて学ぶこともある。ところがAIには失敗がない。
 
人は失敗したら、そこからまず考えて次回に生かす、反省するなどの行動を起こす。人間が失敗して成功した例はAIにインプットされても、それはAIそのものの失敗ではないから、AI自身が失敗したことから何かを感じとることはしないだろう。先ほど例に出した「どちらへお出ましですか?」という文章には、ある種の「揺らぎ」を感じる。こう言った方がより親切ではないか、より失礼に当たらないというように相手への気遣いが感じられるのだ。
 
昨年出版された雑誌『READING LIFE Vol.03 文章特集号』にて「語彙力の鍛え方」というインタビュー記事作成を担当した。その際にインタビュイーの国語講師である吉田裕子さんが語ったことを思い出している。すなわち「AI時代にはコミュニケーションが最高の娯楽になる」ということだ。いろいろなことが自動化される時代だからこそ、人と人とが出会って触れ合うことがプレシャスになる、当然そこからの気づきも強く印象に残るはずだと。
 
人間風のことをインプットされているAIとしては、その気づきが生まれ次第追加で次々とインプットしてくれればいいと思っているのかもしれないが、インプットされている以外の気づきをその場で感じとって軌道修正することはできない。だから人間の行動様式に沿った文章はある程度は作れるのかもしれないが、ケースバイケースで生まれてくる揺らぎを臨機応変に感じ取って、相手に寄せて文章を作ることはできないのではないか。そう考えている。
 
人間の知能はそれほどに複雑で深い。どれだけ気づきをAIに学習させたところで、AIが作った文章は人間が悩み苦しみ考え抜かれた文章を越えることはないように思う。なぜなら人間が作った文章には相手に合わせて柔軟に変化できる余地があるから。時代がどれだけ進んだとしても人間が存在する限り、人間が作る文章には相手を思う気持ちがあって欲しいと願っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)

2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/  連載中。

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2022-10-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.189

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