週刊READING LIFE vol.189

AIに書く技術を奪われても、書き続けていく《週刊READING LIFE Vol.189 10年後、もし文章がいらなくなったとしたら》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/10/公開
記事:久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
小さい頃に観た映画「ターミネーター」は怖かった。人間と見た目は変わらないロボット、ターミネーターが、人間に取って代わっていく様子が怖かった。銃で撃たれても倒れない、ましてや、肉弾戦でも力は敵わない。アリが象に歯向かっていくように、人間の無力さが描かれていた。
 
当時は映画の中のことだから、といって全く気にもしなかったけど、時代が進むにつれて、本当にあんな未来が来るかもしれないと思うようになった。人間とロボットの立ち位置、主従関係が逆転することは、私たちの生活が便利になる反面、どんどんと進んでいくような気がしていった。
 
これは何も遠い未来のロボットのことだけでなく、最近の文化や芸術面においても、逆転現象は起きている。例えば、画像生成AIソフト(Midjourney)、キーワードをいくつか入れるとそれに近いイメージを描いてくれる、が描いたことを伏せて、作品を出品したところ、美術品評会で1位を取ってしまったのだという。
 
また、日本でもAIと作った小説が、「星新一賞」を受賞したのだ。自分が書いた何通りかの原稿をAIに読み込ませ学習させ、出てきた文章を作者自ら添削を行い、AIと共に書いたとしても話題に上がっていた。自分が書いた記事、小説などを執筆するときに、書く何%かをAIが代わりにやってくれる、自分にゴーストライターがいるような、ことが起きている。
 
こうなってくると、書くという行為、芸術やその他の分野においても、AIに技術を覚え込ませてしまえば、人間の仕事が奪われることも、あながち間違いではない世の中になってきつつある。
 
こうなると、書く仕事をしている人は、私もそのひとりだが、書くことをやめてしまうのだろうか? それとも書き続けていくのだろうか? 書きながら考えていると、その答えとして、私は自らの手で書き続けていく! という結論に至った。
 
それは、書くということは、料理をしていくことに似ているからだ。
 
最近の調理家電も、やはりAI技術が発展してきている。水なしで自動調理してくれる鍋、ホットクック、に切った野菜とカレールウを入れて、ボタンを押すと、わずか数分で美味しいカレーが出来上がる。時間のない人間にとって、美味しく出来上がるタイミングまで「煮込む」し、具材がよく煮込まれるよう「かき混ぜる」ということをやってくれるのは、大変にありがたいことだ。その間、もう一品作ることもできるだろうし、他の作業だってできる。出来上がりが近くなれば「あと15分で出来上がります」や「出来上がりました」と音声でも知らせてくれる。出来上がったカレーを食べると、確かに具材も柔らかくなり、味もまんべんなくついて美味しいのだ。毎回同じ材料でやっていけば、必ずカレーは出来上がり、味も間違いなく美味しい。
 
じゃあ、自分で作るカレーは、毎回同じように作れるかというと、そうでもない。野菜の切り方や大きさはバラバラ、煮込む時間も早すぎて具材は固めだったり、煮込みすぎて崩れてしまうこともある。鍋の底の方にカレールウが溜まって焦げついてしまったこともある。料理としては、完全とはいえないカレーが出来上がったのである。
 
しかし、なぜだか失敗と思えるカレーも、他の人の評価は分からないが、自分では美味しく出来上がったと思っている。ある意味不完全だからこそ、そのものの良さが出てきているように思う。
 
包丁では皮がうまく剥けないから、ピーラーという皮を楽に剥く道具を使って綺麗に剥き、玉ねぎを切るときに涙をこらえて、または、涙が出ないように口から息を吸って鼻から空気を出したり、包丁の切れ味が悪いから、100均で買ってきた砥石で研いでみたり、包丁で指を切っても次は切れないよう指を丸めてみたり。料理をしているときは、楽しい時間なのだ。
 
水を入れて魔法使いのお婆さんのように、鍋の中の具材が焦げ付かないように混ぜるのも同じだ。段々と具材が柔らかくなり、カレールウが溶けて色が変わり、カレーになっていく様子が見えているからこそ楽しい。
 
書くときもそうだ。
 
パソコンに向かってキーボードを打つ前に、紙のノートとペンで下書きをするのが楽しい。自分がこんなことを書こうと思っていても、思ってもいない方向に話がいき、でもかえってそれが楽しくなったりする。書いている場所で気分が左右され、体調次第で書けない時もある。先の見えない霧の中を歩いている状態だからこそ、抜け出た時の気分は晴れやかになるのだ。
 
お気に入りのペンに、お気に入りのノートで書いていると、ペンを通じて紙とペンが引っかかる感触がとてつもなく感じがいい。まさに「書いている」という実感が伴ってくる。これがパソコンを通じて、キーボードで単語を入力していては、この感覚は味わえない。今までいくつもの鉛筆、シャーペン、ボールペン、万年筆を経て、手にしっくりきて、紙に馴染むペンを試してきた。ノートにしても、罫線、無地、方眼、と幾つも書いてきて、今のお気に入りのノートとペンに落ち着いている。まさに紙とペンを掛け算のように試してきた結果だ。書く道具、「筆記用具」や「文房具」にこだわるからこそ、書くことが楽しくなっていくのだ。
 
それにまだまだ、書くとき、書き加えていくときは「加筆」という言葉を使う。今や筆を使って書く機会はなかなかないのだが、言葉としては残っており、違和感なく使える。これはまだまだ人間の脳みそや頭の中では、筆を使っていた時代とさして変わらない精神状態ではないかとも思う。
 
AIを使っていくと、最後まで書き上げて、1+1=2のように決まった答えを出してくれるが、自分で書いていくと、そうでもない、不完全な文章になる時がある。
 
この不完全さも、面白さの一つじゃないかと思う。ルーブル美術館にある『サモトラケのニケ』という彫像は、勝利の女神ニケを表しているが、頭部と両腕はついていないにもかかわらず、美術的に高い評価を受けている。不完全だからこその美しさがあるし、もしかしたら腕はこんな風についていたんじゃないかと、各々が想像して完成させるから面白みがある。もしかしたら違う文章ができるんじゃじゃないか? とパラレルワールドを想像させる面白みもある。紙一面が真っ黒でなく、余白があり、そこを埋めていくことができるからこその面白さだ。
 
また書く力がついていくことがわかるのも、自らで書くことの面白さだ。
 
かつて、天狼院書店のライティング・ゼミに通った時、2019年の12月の冬休み集中コースだが、2,000字の記事が全く書けなかった。400字詰め原稿用紙で5枚分か、これなら書けそうだと思っていたが、初日でその想いはズタズタに引き裂かれた。試験勉強を全くしないでテストを受けたから、問題の答えが全く分からないように、全く書けない。
 
だいぶ書いたと思っていても、せいぜい300字くらいでもう書くことができなくなった。大阪のホテルで書いていたが、締め切りの時間があっという間にきて、初日は締め切りに間に合わなかったことが悔しくて、今でも鮮明に覚えている。
 
そこから、自分でブログを書いてみたり、俳句を読んでみたり、自分なりの書くトレーニングや筋トレをしていった。副業でも書いていく環境でいられるよう、市のイベントなどを紹介するレポーターにもなり、記事を書き続けた。
 
そして、もう一度力試しで、ライティング・ゼミを再受講して、書く力をつけていった。二度目のライティング・ゼミは、一度目と違い、だいぶ記事が書けるようにもなってきた。2,000字の記事が書いていけるようにもなったし、掲載基準も満たせて、掲載記事数が増えていった。そして、現在在籍している、ライターズ倶楽部にも試験を受けて合格し、書くことを続けられている。
 
だが、ここで壁が立ちはだかった。
 
このライターズ倶楽部、なんと毎週5,000字の記事を書いていくのだ。今までの2.5倍の量を書き続けることは、かなりの荒行だ。25メートルも泳げないのに、いきなり50メートルプールに放り出されたようなものだ。
 
A Iを使っていたら、文字数がいくら増えても書いてくれそうなものだが、こっちは生身の人間。紙とペンにいくら書いていっても文字数が増えていかないし、書くネタもなくなってくる。途中でパソコンに替えて書き続けるも、途中で書けなくなる。砂漠に放り出されて水も底をつき、遥か彼方のオアシスを見て、水を求めてひたすら歩き続けるようなものだ。
 
しかし、5,000字を書いていくのは簡単じゃなかったが、少しずつ書いていくこともできた。そして、いくつかの記事は掲載してもらえたものもある。だけど、100%の掲載率ではない。
 
だからこそ、ここに伸び代があり、不完全な書く力を伸ばせる、という余白もあることもわかっている。あとは書き続けていく、小さな階段をひとつずつ登って、書く力をつけていくだけなのだ。そうすれば、2,000字を書けない壁を乗り越えたように、5,000字の壁も乗り越えられるし、もしかしたら、10,000字や100,000字の壁を乗り越えられるかもしれない。
 
それに、書いていくスピードも変わっていった。5,000字の記事を書くのに、何日もかかったこともあるのが、徐々に短くなって、一日で書けるようにもなった。ただ、ここでも一日で書ける時もあれば、書けずに締め切りを過ぎてしまうこともある。
 
どうしたら早く書けるようになるか? その答えは自分の中で出ているのだが、まだまだ、書く回数が足りていないので、何度も書き続けるしかない。
 
それに、AIを使わずに記事を書くことは、本屋で意外な本に出会うようなものでもある。
 
今の時代は、欲しい本があれば、楽天やAmazonで注文すれば、翌日には品物が配達される便利な世の中になっている。しかし、あの本屋の中を探し回って「買う」という感覚。本屋の棚を見ながら歩いていると、POPに惹かれて本を手に取ったり、タイトルが気になったり、表紙のイラストが目に留まり手に取る。本屋の壁に発売開始! とポスターを見て気になり、ペラペラとめくってみたら面白そうで、そのままレジへ行ったことは何度もある。
 
出てくる記事が決まったものではなく、自分の手で書いたものから意外なものが出来上がったときは、「ああ、自分はこんなことも書けるんだ」と、文章に出会えたことに驚くこともある。
 
音楽もレコーディングされた曲を、配信サービスを通じて聞くのも良いのだが、やはり、音楽ホールやライブ会場で感じる曲も良いように、その場で生み出されていく記事も、その場の空気感やノリ、もう1人の頭の中の自分との掛け合い、まさに一回限りのJAZZセッションのようなものだ。
 
今後もどんどんとAIは発達し、もっと便利で書くことに特化した、予想もつかない技術が出てくるのは間違いない。だけど、自らの手で書いて生み出される文字、文章、記事は、きっと予測不可能な面白い世界へと、私を連れていってくれるに違いない。その時がくるまで、どんどんと書いていくことにしよう
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。駒澤大学文学部歴史学科日本史専攻卒。
何だか面白そうと思いながらライティングを始める。
オススメのウイスキーを紹介する記事や、子育て世代に向けた記事も執筆している。
現在、福岡で男児の父をしつつ、2022年7月よりライターズ倶楽部へ在籍。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2022-10-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.189

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