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週刊READING LIFE vol.194

31歳を過ぎて、自分がポンコツだと知った《週刊READING LIFE Vol.194 仕事で一番辛かったこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/11/21/公開
記事:西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「……このまま芽が出なかったら、もっとランクを落とすか……まあ、辞めてもらうか」
上司がやや、うんざりしたように発した言葉に、私は下を向いたまま、胸がうっと詰まるのを感じた。
目に涙が滲みそうになる。
「……すみません」
絞り出すようにつぶやくのが精一杯だった。
ここまではっきり言われるのか、と思ったが、ここはそういう会社だ。わかってはいたが、辛さと情けなさでいっそ消えてしまいたかった。
「すみません」
繰り返すと、上司は再度、ため息をついた。
 
 
大学を卒業して初めて就職した会社を離れ、転職をしたのは私が31歳の時だった。
世の中の水準的には、31歳というのは、未経験で「わからない」顔ができる年齢としてはギリギリアウト、どころか、明らかにアウトである。
20代なら、未経験の仕事ならば、まだ大目に見てもらえる可能性がある。が、30を過ぎ、31歳ともなれば、本来は中堅クラスで、新人や若手を引っ張っていくことを期待される年齢である。経験のない職種に転職するならもう少し早い段階で転職に踏み切るべきだが、31歳まで二の足を踏んでいたのと、逆に、31歳という年齢で未経験にも関わらず雇ってもらえたのには、当時ならではの事情があった。
 
就職氷河期も真っ只中、まったく氷解する気配のなかった2000年代前半、大学生の私が死に物狂いで就職活動をして内定にこぎつけたのは、IT業界の会社だった。当時、数少ない上り調子と見こまれていた業界である。
その少し前にWindows2000がリリースされ、個人が1人1台パソコンを持ち始めた。「楽天」や「Amazon」が一般に広まり、企業も個人も、一気にIT化、ネット化が進んだ目覚ましい変化の時代である。
システムに多少興味があり、今後伸びていく業界だろう、と飛び込んだIT業界は、確かに上り調子ではあったが、反面、とんでもなく過酷な仕事環境だった。平日5日間はほぼ、終電で帰宅し、翌日は朝から仕事。それでもスケジュールは必ず遅延し、システムをオープンする前には徹夜で仕上げるというのが当たり前になっていた。こんな環境で働いていると、平日は物理的に仕事しかできない。土日も眠らなければ身体が持たず、結果として仕事以外のことは考えられなくなってくるのだ。今思えば、完全に追い詰められており、一言で言うと「病んでいる」以外の何ものでもないが、渦中にいる時は、何とか仕事をこなさねばと必死であった。ちなみに「ブラック企業」という言葉はまだ、一般的に普及していなかった時代である。
 
仕事内容そのものが楽しく思えていれば良いのだが、どうも、しっくり来ていない自分がいたことがさらに問題だった。このままエンジニアやシステムコンサルといった道を、私は歩むのだろうか。いや、何か、違う気がする……。かと言って、何になりたいのかはわからず、スキルもない。この仕事がやりたいことではないとは薄々感じていたものの、今さらどうやってキャリアチェンジをして良いのかわからなかった。好景気で人不足なら、「ポテンシャル採用」という言葉があるように、未経験でも期待値で採用してもらえる機会はもう少し多かったかもしれない。が、当時は不景気で、社内ですら人が余っていた。中途採用に求められるのは即戦力であり、経験の乏しい人間が採用される可能性は限りなく低かったのである。
動き出そうにも動けない、そもそも動く時間もない、どう動いたら良いのかわからない、という完全にキャリア迷子であった。
迷子の私を転職に踏み切らせてくれたのは、1人のキャリアアドバイザーとの出会いであった。友人の紹介であった彼女は、フリーランスで働いており、私の「職種を変えたいのだが、今できることをベースにすると同じ業界になってしまう」という悩みを、よく理解してくれた。
「IT会社と言っても、ガチガチのシステム会社じゃなくて、少し、軸をずらしましょう。ネットショップの会社とか、Webサービスの会社なら、システムを使うけれども、システムそのものが本業ではないですから」
こうして私は、彼女の後押しのおかげで、7年勤めた会社に遂に踏ん切りをつけ、Webサービスの会社に転職することにしたのである。
システムの構築については知っているが、Webサービスについては全く知見はない。こんな私がこの会社に潜り込めたのは、ひとえに、2000年より引き続く、世の中のネット化IT化イケイケどんどんの波に乗ったからであった。リーマンショックが不景気に拍車をかけ、あいかわらず景気は悪かったが、IT人材は不足しており、「システムの何がしかはわかる」という期待値のみで雇ってもらえたのである。
 
入社してすぐに、私は自分が、本当に「システムの何がしかがわかる」以外に何もないことを知った。
私がこれまで扱っていた「システム」と呼んでいるものは、いわゆる業務システムで、企業内の業務をIT化して効率化する類のものだった。具体的にいうと、受注だの発注だの在庫管理だの、売上の計上だの請求処理だのといった業務をシステム化することが仕事である。
私が『軸をずらして』転職した会社は、ネットショッピングなどを行っており、一般のユーザーにモノやサービスを提供する会社だ。販売する場所がネットか店舗かの違いなだけで、モノを売ることが本業であり、システムは目的ではなく手段である。バックグラウンドにITの知識があるに越したことはないが、求められるのは「どうやってシステム化するか」ではなく「どうやったら売れるか」や「どうやったらたくさんの人にサイトに来てもらうか」であり、必要とされる能力は全く別モノなのだ。
これまで、システム化することが目的と捉えていた私は、今さらながら泡を拭いた。そもそも発想の転換が必要であり、これまで全く経験したことのないことを求められていることを、ようやく認識したのである。
何か企画を考えるように、と仕事をふられても、何をどのように考えて良いのか、考え方がわからない。筋が良いのか悪いのか、十分なのか足りないのか、それすらわからないのである。
これは、大変なことになった。望んで選んだ道であり、経験のない仕事に飛び込む覚悟をした上での転職であった。が、自分の役に立たなさは、想像をはるかに超えた。何も成果を出せない私は、文字通り給料泥棒と化したのである。私は自分が、全くの戦力外であることをひしひしと感じはじめた。
 
しかし、本当の困難はこれからであった。
じきに私は、業務の知識や経験がないことが問題の本質ではないことに気づいたのである。
前職では、システム化をすることは大前提であり、顧客の要望に基づいてシステム化にあたり必要なものを網羅的に洗い出すことが、仕事の大半を占めていた。「目的」や「やりたいこと」は既に存在するのが前提だったのである。
ここでは「何をやるべきか」から自分で考えなければならない。具体的なやり方を指示する人もいない。答えのないものを形にするために、情報が足りなければ自ら動いて収集し、周囲や上長の助けが必要なら巻き込んで助力を乞い、主体的に仕事を進めることが強く求められていた。
これが、できないのだ。課題が不明確なものや、進め方がわからないものに対して、動けないのである。わからないならわからないなりに、動いて、周りに働きかけるということもできず、できることは、自分の中からのみ何かを絞り出そうと、ウンウン唸ることのみである。
私は愕然とした。知識がないとか未経験だからとか、そういう話ではない。わからないものに対して、仕事を進められない。要するに、仕事ができないのである。これまで自分が、答えがあることが前提で、かつ、やり方が明確な仕事をしてきたことを知り、初めて目的も課題も不明確な仕事を前にして、自分がいかに受け身で仕事をしてきたかを痛感したのである。
 
そもそも主体的に仕事ができない、という事実に直面した私は、情けなさでいっぱいであった。
これまで7年間、いったい、何をやっていたのだろう。31歳といえば、世間では、仕事も慣れてきて、ある程度の自信もついてくる年齢だ。今の私は、何をどう進めれば良いのかも分からない。
新人の頃、なかなか要領よく仕事ができるようにならず、2日間徹夜をしたことや、進捗遅延のストレスで胃潰瘍になったこともあった。が、この期に及んで基本的なことができていないと知った時の辛さは、新人の時に役に立たない辛さとは桁違いである。
致命的なミスをしたとか、大規模に顧客に迷惑をかけたとか、そういった失敗ならば、落ち込むのもわかる。が、これは単純に、自分が使えないというだけの話である。そもそも落ち込む資格すらなく、つべこべ言わずに少しでも成果を出すべく動くしかないことがわかっているだけに、余計に辛かった。
私が落ち込むのは勝手だが、いい迷惑なのは、上長をはじめとする周りの人である。長引く不景気とリーマンショックによる追い討ちで、社内は極限まで人員が減っていた。そんな中に久々に入ってきた中途社員は、貴重な戦力だったはずだ。
業務の知識や経験がないのは多少、大目にみられるが、そもそも、仕事の進め方を知らないポンコツが来るとは思ってもみなかっただろう。
「……そこからか!!」
と上司が途方もない気持ちになったことは想像に難くなく、いろんな意味で辛さが増した。
 
 
「……すみません。出来るだけ、早く、なおします」
求められていたものと全く異なる成果物を出してしまった私は、上司を前にして、下を向いて繰り返すしかなかった。
堪えていた涙が、目頭から溢れた。いい歳して、仕事が出来なくて、泣くなんて。頬を伝って流れる涙は、このトンチンカンな成果物を出してしまったためだけではなかった。自分が全くの戦力外であること、その要因が、答えが不明確なことに対し自ら考え、動くという根本的なスキルの欠落に基づいているということ、周りに迷惑しかかけていないこと、その状態が数ヶ月も続いていること……。溜まりに溜まった不甲斐なさと、情けなさが溢れたものだった。
「……すみません……」
私は涙声で、頬を拭った。
上司は、息を吐いて表情を緩めると、言った。
「明日、一度、ラフの段階で持ってきて。手書きとか、そういうのでも良いから」
いきなり完璧なモノを出そうとせず、こうして、途中で、目線を合わせをお願いすれば良かったのだ。解のないものは、上長だって正解はわからない。そもそも検討すべき課題ではないかもしれない。システムのように物理的に必ず解があり、全部のパターンを洗い出せるものとは根本的に異なる。ざっくりと大枠を考えた段階で、意見をもらったり、方向性を確認したりして「すり合わせながら」形にしていくものなのだ。そのためには1人で仕事をするのではなく、周りを巻き込みながら進めれば良いのだ、と私はようやく知ったのだった。
「……すみません。明日、宜しくお願いします」
頭を下げながら、私は鼻をすすった。
上司にスケジュールまで切られるのは情けなかったが、どの段階でどの程度のものを出せば良いのかすら掴めない自分は、とにかく、言われるがままでも何でも、前を向いて進むしかなかった。
追って上司からメールが来た。
『つらいこともあると思うけど、期待してるから頑張って。でも、1年は待てないよ!!』
 
あれから必死で仕事をした。
我ながら情けないけど出来ないものは仕方ない、と腹を括って、周りの同僚の進め方を真似し、時には直接聞いてアドバイスを求めた。同僚は全員年下だったが、敬語を使い続けたことを覚えている。
上司に1年は待てないと言われたが、結局、3年かかってしまった。
入社してちょうど3年経った頃、私が担当していた取り組みが社内で表彰されたのである。これまでずっと給料泥棒だったが、ようやく、少しは会社に成果を返せたかな、と思えた。
それまでよくクビにならなかったものだ。
情けなさの塊であったが、歯を食いしばって耐えることができたのは、ひとえに、今はできない自分だけれど、できる自分になりたい、という思い、それだけだと思う。自分に出せるものが何もないなら、出せるようになりたい、と思うしかないのだ。
 
転職から7年後、マネージャーに昇格するための研修を受けた最終日、私のプレゼンを見た件の上司は、こういった。
「……ホント、別人を見ているようです」
私自身も、そう思った。お互い、あの日のポンコツがここまで成長するとは思ってもなかったのだろう。
私の発表は、新人や中途採用者が多少つまづいても、本人に変わりたい意志があれば、必ず変われるものであり、伸びしろを諦めてはいけない、ということを説明したものだった。
変わりたい、という気持ちさえあれば、手遅れということはなく、人はいつからでも変われる。身をもって証明したのだから、間違いないのである。
つまづいている中途採用者がいても、私はきっと、諦めずに手を差し伸べ続けるだろう。それは、あの日の私の姿に、他ならないのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.194

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