週刊READING LIFE vol.194

自分アンチな誰かに捧ぐ、自分のファンになることのススメ《週刊READING LIFE Vol.194 仕事で一番辛かったこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/11/21/公開
記事:前田光 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
また今日も買えなかった……。
 
大阪府の東の端っこにあるちいさな建材メーカーをあとにしたのは、夜も10時を回ったころだった。
 
コートのボタンを上までかけてマフラーを巻くと、背中を丸めて足早に駅へと急ぐ。中小企業の街として知られるこの一帯にはおしゃれなカフェやレストラン、ショッピングモールといった、田舎から出てきた若者があこがれるような場所はなく、都会のきらびやかな喧騒とは無縁だった。だが日本の製造業の屋台骨ともいえる小さなメーカーや工場が住宅街と共存しながら軒を連ね、営業車や配送トラックが往来する様子は決して嫌いでもなかった。1990年代の半ばごろ、バブルの崩壊後ではあったが日中はそれなりに活気があった。
 
だがこの時間になるとさすがにどの会社もしんと静まり返り、道行く人もまばらになる。会社の最寄り駅から大阪の中心部までは地下鉄でほんの数十分だが、就職してからだいぶたつのに、そこに出かけたのは数えるほどしかない。まるで別世界だな。街路樹と街灯だけがぽつぽつと立ち並ぶ薄暗い夜道を歩きながら、私は頭の中でつぶやくとため息をついた。急いでいるのは一刻も早く部屋に帰りたいからで、決して予定があるからではない。いや、定期券を買うという大事な用事があるにはあったが、結局今日も買えない。当時、定期券は会社の最寄り駅でも自宅アパートの最寄り駅でも購入できず、自宅とは反対方向の駅までわざわざ電車に乗って買いに行かなければならなかったのに、仕事が終わるころには窓口が閉まっていたからだ。
会社からは定期券分の交通費しか支給されないので、毎日切符を買って乗ることで生じる超過分は自己負担になってしまう。決して多くはない給料だ。できるだけ節約したいのに。明日こそはもうちょっと早く退社できないだろうか……。
 
地下鉄に乗り、アパートのある駅で降りると高速道路高架脇の薄暗い道を小走りに歩いた。「腎臓買います。連絡先:030-〇〇〇〇-〇〇〇」とぎょっとするような文面が印刷されたA4サイズの紙が道沿いのフェンスに何枚も貼られ、当たり前のような顔をしながら木枯らしに吹かれていた。ちょうど携帯電話が世の中に普及し始めたころだった。
 
部屋に帰ると、肩から降ろしたバッグの重さにつられるように、狭い部屋でへたり込んだ。
おなかは減っていたがなにかを作る気力もない。このまま寝てしまおうかとも思ったが、空腹は忘れられそうにもなかった。腹が減っていると人間ろくなことを考えない、何か食べたら元気が出るかもしれない。そうだ、インスタント焼きそばがあったはずだ。重い腰を上げて小さな一口コンロの前に立つと、四角い乾麺の封を切った。そういえば最近本当にろくなものを食べていない。せめて野菜でも足して栄養のバランスを取ろう。こんなときこそ、ほんのちょっとでも自分の体に気を配ろう。
冷蔵庫に残っていた、ややしなびたキャベツと人参を千切りにしてフライパンで炒めてから水を入れ、それから乾麺を放り込んだ。
 
焼きそばが出来上がった。
スパイシーなソースの匂いを吸い込むと、大きく一口ほおばった。
だが次の瞬間、
 
何これまっずい!!!
 
あまりにも衝撃的な味に、思わず口から吐き出したくなった。
体をいたわるつもりで足した野菜のせいで味が薄まって、水気を吸いすぎてべちゃっとなった麵とキャベツと半生の人参がぐちゃぐちゃに混ざり合ったものに、ごくうすーいソース味が付いている、そんな得体のしれない食べ物になり果てていたからだ。
 
良かれと思ってやったことで、たかがインスタント焼きそばをこんなにまずくしてしまった。それが自分の会社での仕事ぶりそのまんまを表していると思った。そうだよ、お前がやることなんていつも的外れなんだよ、こんなものすらまともに作れないダメなやつなんだよ、この間だって大きなミスをしてみんなに迷惑をかけたばかりじゃないか、激怒した上司の顔を覚えているだろう? 残業続きなのだって、お前が無能だからじゃないか。そんな現実が激マズ焼きそばの形に姿を変えて目の前に突き付けられた気がして、胸の奥から嗚咽が湧き上がってきた。
 
何度もしゃくりあげながら、声を上げて泣き続けた。泣いたって何にもならないのは分かっていたけど、今まで見て見ぬふりしてきたものを覆い隠していた心の蓋が、一気に壊れて開いてしまったようだった。だけど泣いている自分も嫌だった。自分の無能を棚に上げて甘えているみたいで、大嫌いだと思った。
 
どれくらい泣き続けていただろうか。涙が尽きたのは、焼きそばがすっかり冷え切ったころだった。
泣き続けるにも体力と気力がいるし、おなかはまだ空いたままだった。出来損ないの焼きそばから視線を逸らすと、ほこりをかぶったテープレコーダーがあった。音楽もずいぶん長いこと聴いていない。再生ボタンを押すとレゲエの神様、ボブ・マーリーのThree Little Birdsという曲が、レゲエ独特の楽し気なリズムを刻み始めた。
それを聴いた私の目から、また涙があふれてきた。だけど、前とは違う涙だった。
 
「気にするな
ぜんぶうまくいくさ
歌ってごらん……
ぜんぶうまくいくさ……
これは君へのメッセージ
心配するな
ぜんぶうまくいくさ……」
 
原曲は英語だが、意味はだいたいこんな風だった。
ボブ・マーリーは私のことを知らないし、そもそもその時点で故人だったけれど、これは彼が私に宛てた、もしくは何か分からないけれども何かから私に宛てたメッセージだと思った。
 
私は、焼きそばの上からお好みソースをぶっかけると、テープの巻き戻しと再生を繰り返してこの曲を何度も聴き直しながら、涙で顔をぐしゃぐしゃにしつつ焼きそばを口いっぱいにかき込んだ。そうだよな、ダメなやつでもダメなりにもう少し頑張ってみよう、悪いことばかりが未来永劫続くわけがないじゃないかと思いながら、ソースをかけてもやっぱりゲロまずのままだった、冷えた焼きそばを完食した。
 
翌日の朝、なぜか私は発熱と下痢に見舞われ、上司に欠勤の連絡をした。
上司は「え? 今日休みか? 困ったな~。あなたにやってもらわないかんことがあったんやけどなあ」とぼやいていたが、何しろ下痢で発熱だ。諦めてもらうしかないので私は心底ほっとした。そもそもペーペー末端社員の私がたった一日休んだくらいで傾く会社なら、それの方が問題だ。次からはこんな不可抗力に頼らずとも、勇気を出して「定期を買いに行きたいので今日はこれで帰らせてください」と言えるようになろう。だってボブが歌っているように「心配するな すべてうまくいく」のだから。
 
そんな昔のことを思い出したのは、先日聴きに行ったピアノコンサートがきっかけだった。
 
そのステージは二人のピアニストによるジョイント・コンサートで、最初にソロで演奏したピアニストは、クラッシックのある難曲を一曲目に選んでいた。
超絶技巧の代名詞のような曲だから、プロでもノーミスで弾くのは難しいのかもしれない。だけど素人の耳にもそれと分かるほどミスタッチが多かった。もしかしたら体調でも崩しているのかといぶかしく思ったほどだ。
私はそのピアニストの演奏を聴くのは初めてだったが、友人から「熱狂的なファンがたくさんついている」と聞いていたので、かなりの期待を抱いていた。
だから正直、仕上がりがイマイチの曲を本番で披露したことに驚いたとともに、ちょっとあり得ないなとも思った。
演奏者が間違えるんじゃないかとハラハラしながら曲を聴くのは、私にとってはストレスなのだ。
ミスの頻発した演奏を終えて演奏者がお辞儀をすると、しかし大きな拍手が沸き起こった。そっと辺りを見回すと、ファンと思しき人たちが嬉しそうに、まるでこの演奏家の成長を見守っているかのように、惜しみなく手を叩いていた。
 
私がちょっと冷めた目を向けていたのと対照的に、会場に集まったファンたちがステージの上の演奏者に向けるまなざしは好意にあふれ、限りなく暖かかったのだ。それは彼らが「ミスのない演奏」を聴きたいのではなく「彼が弾く曲」を聴き「彼を」応援したくてここに来ているからだ。もしかしたら自分たちがこの若い演奏家を広義の意味で育てているのだ、というくらいの気概も持っているかもしれない。そして、言わずもがなだが私が正しく、彼らが間違っているということでもない。「芸術」という、万人に共通する判断基準がないものを前にして、私が演奏者に望むことと、ファンの方々が演奏者に求めるものが違っていた、ただそれだけのことだ。
 
おそらくファンは、私が何十年も前にボブ・マーリーに励まされたのと同じように、このピアニストから大きな力をもらっているのだろう。そして彼がさまざまな努力を積み重ねて今このステージに立っているということそれ自体も称賛して拍手を送っているのだろう。そして演奏者もまた、ファンから大いに力づけられているはずだ。
 
そう思ったとき、ふと気づいたのだ。
自分の努力を一番知っているのは、ほかでもない自分自身だ。
だったらまず自分が、自分自身のファンになったらいいじゃないかと。
そして若いころの私は、自分のファンどころか強烈なアンチだったと。
 
「仕事をするにあたり、どれだけ頑張ってきたかなんて取引先や顧客には関係ない。プロとして顧客に提供する成果物だけがすべてであって、『これをするために私はこれだけ時間をかけてこんなに頑張ってきたんです』なんて話は、顧客にとっては何の意味も価値もないし、何の免罪符にもならない」と何度も言われてきたし、今もそう思っている。
しかし、自分自身にとっても「成果物だけがすべて」で、他には何の価値もないのだろうか。あのファンたちと私の判断基準が違っていたように、二つの価値観で眺めてみてもいいんじゃないだろうか。
 
自分が払った労力や努力、頑張りといったものの大きさを一番理解し、一番知っているのは自分だと言ったが、成功体験だけでなく、過去の失敗こそが自分の糧や得難い経験になっていることも多いはずだ。
そして、自分が顧客に提供する成果物はそれが何であれ、自分が過去に積み重ねてきた「顧客にとっては何の価値もない」ものが基盤になっているのも事実だ。
 
だったらどんな仕事をしていようとも、世界中の人の中で自分だけは、ここにいるファンと同じような視線を自分自身に向けたっていいのではないだろうか。むしろ、自分が自分のファン第1号になるべきじゃないのだろうか。
だってそれらを認めてくれる人は、自分以外にいないのだ。
 
自分のファンになることは、自分を甘やかすことではない。
自分の商品なりサービスを買ってくれる人に対し、品質を担保する努力はもちろん必要だ。だがそれを前提としたうえで、何があっても、どんなミスをしても、自分を見捨てないということだ。
 
そうは言いつつ、私がそうできているかと聞かれると正直自信がない。
だけどこの先また何かやらかしてしまったときのため(人間だもの、かならずやるはずだ)、成果物に対する顧客目線と自分に対するファン心理の両方を、忘れないでいようと思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県生まれ。
黒子に徹して誰かの言葉を日本語に訳す楽しさと、自分で一から文章を生み出すおもしろさの両方を手に入れたい中日翻訳者。

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2022-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.194

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