週刊READING LIFE vol.194

働けど働けど、我が能力未だ向上ならず《週刊READING LIFE Vol.194 仕事で一番辛かったこと》


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/21/公開
記事:黒﨑良英(天狼院公認ライター)
 
 
仕事が辛い。
何が辛いかって一言で言い表せない。
私が従事する教育業、すなわち、高校の先生は、最近になってそのブラックな実体がようやく知れ渡ってきた職業である。
 
毎日毎回の授業の他に、学級運営や学校運営の仕事、そして個人の仕事が山積みになっている。当然定時なんてあって無いようなものだ。
そもそも、部活動の終了時刻が定時を超えているのだから、定時に帰れるはずがない。監督すべき教員が帰ってしまったら問題がある。
 
部活動についても、昨今論争になるくらいに課題が溢れている。
休日ともなれば、顧問である教員は休日出勤をしなければならない。一応手当は付くが、微々たるものである。というか、休みがほしい。
 
一番の問題は、このように時間外労働を多く強いられているのに、残業という概念がないことである。
そう、教員は、定時を過ぎて仕事をしても残業代が出ない。あらかじめ、それを見越した分を普段の給料に付加しているというが、はたしてどれほどが追加されているのだろうか……
 
そうした上で、「責任」というものがのしかかってくる。
相手にしているのは人間、それも若く未熟な生徒たちである。
彼らの未来が自分にかかっていると思うと、やたらなことはできない。
加えて、昨今はすぐに、学校の教育が問題視される世の中である。よかれと思ったことが裏目に出て、大問題に発展する、なんてこともある。
 
一方の生徒たちときたら、まあ、地域差や個人差があることは否めないが、一癖も二癖もある生徒ばかりだ。
いわゆる「やんちゃな」生徒が多いところでは、その分苦労も増える。新任の真面目な先生なんかが、こういったところで精神的に潰されてしまうことも多いと聞く。
 
相手は人間だ。
当然、簡単にはいかない。そこにやりがいがあると言えばそうかもしれないが、現在の学校の先生の仕事は、一人の人間のキャパシティを大きく凌駕していると思うのである。
混沌とした時代ならば、なおさらだ。
 
その上で、だが、私の目下の悩みはそこからややずれる。
いや、大いに関係しているのかもしれないが、すくなくとも、直接にそこではない。
 
私が悩んでいるのは、もう少し個人の能力によること。すなわち、自分の教員としての力量が一行に向上しない点にある。
言っておいてなんだが、本当に私的なことである。研鑽を積め、と言われれば、そこでおしまいなほどに、明白な問題だ。
 
しかし、私にとってはそこが悩みであり、他者から見てどんなに簡易で明白な問題でも、解決不能なのが苦しいのである。
 
教員としての力量、と一言で言ったが、この言葉を聞いて考えられる大体のことに当てはまる。
まず基本的な授業の力。
わかりやすく、あるいは興味を持ってもらえるようにと、工夫を重ねるが、そんな授業になった試しがない。
生徒の接し方、話し方にしてもそうだ。
相手が求めている答えを挙げることなどは、ベテランの先生でも難しいが、少なくとも生徒自身の身になる受け答えをしてあげたい。
いやいや、そんな真面目でまともな答えでなくてもよい。生徒が話したことを満足できる話し方をしてあげたいと思っているのだ。
それが、毎度毎度後悔する受け答えになってしまう。感情が先走るというか、論理的でない答えをしてしまう。
 
そんな愚痴のような悩みを、友人の先生に相談したところ、こんな答えが返ってきた。
 
「君は自己評価が低すぎるのではないか」
 
相手としては、それは自分の能力が低いと思っているだけで、実際はしっかりできているよ、くらいのなぐさめの言葉だったのだろう。私は、その言葉に、確かになぐさめられたと同時に、今の状態が、思いのほか悪いものではないのかもしれない、と少し希望を持つようになった。
 
確かに私は、日々の学校の仕事が、全般的にうまくできない。授業にしても、運営仕事にしても、生徒相手の受け答えにしても、だ。
ただ、そう考えていることは、必ずしも悪ではない。
自らが成長していく過程では、自分は完全にうまくいった、と思うほど危険なことはない。
なぜなら、満足した時点で成長が止まってしまうからだ。いや、低下してしまうと言ってもいい。
ならば、この状態、我未だ至らずの状態こそは、逆に理想の状態であるのかもしれない。この状態だからこそ、また次はより良く、と考えられるのである。
 
だが、それはいいとして、実際のところはいざ知らず、そして自己評価が低いというならば、なるほど、その通りであるのだろうが、今、それで苦しみ、辛い思いをしているのも、また事実である。
この辛さの裏には自分の成長があるのだよ、となぐさめられたとしても、だからと言って、いま苦しいことに違いはない。
目先の小さなことなのかもしれないが、これを何とかしたいというのも本音である。
 
というならば、もっと単純に、私に必要なのは「自信」というものなのかもしれない。
しかし自信を持つには、この辛く思う年月は長すぎた。実に、働いてから10年以上が経過している。その上でコレなのだ。
普通、10年も仕事をしていれば、何かしたら悟ることや自信に思えることの一つくらい出てくるだろう。
悲しいことに、それが全くないのである。
 
そんな悲しみに打ちひしがれているときのことである。
訳あって、働き方が変わった。
今まで常勤で働いていたのだが、非常勤講師となったのである。
このことで、私の中でスッキリするものがあった。いや、これを「スッキリ」と言っていいのか分からないが、感情の変化があったことは事実である。
 
非常勤講師というのは、その名の通りいつもいる先生ではない。指定された一定の時間、授業を行うために学校に来る先生のことである。
この先生の仕事は、授業をすることである。もちろん、授業に関わる準備や試験の作成・採点なども当然のごとく含まれるが、少なくとも、学校運営に関わるあれやこれやの仕事には、関わらないでよい。部活などもそうだ。
そして給料も完全に時間制、つまり試験を含む授業を行った分だけだ。
 
収入面で問題があるが、しかし、今までのカツカツの生活からかけ離れた一日を送ることとなり、精神的に余裕が出来た。
そのためだからであろうか、あの辛い自己嫌悪が、あまり感じなくなった。
当然、いつも学校にいるわけでなく、いつも生徒と接しているわけではないから、というものもあるだろう。そのように、少し、仕事と距離を置いた上で考えてみると、なぜか今までより辛さが半減したのである。
 
そうなると、私に必要だったのは、「自信」の前に「余裕」であったのかもしれない。
確かに以前は、自信を確信するまでもなく、がむしゃらに働いていた。
しかも、私には生来の持病があり、その症状が悪化し、体力的にも限界に来ていた。
体力が限界なら、精神も参っていたということだろう。
授業に関しては相変わらずやることは変わらない。しかし、体と気持ちと時間に余裕が出来たことで、思うことがあったのも、また事実である。
 
とはいえ、これで全てが解決したわけではない。
先ほど言ったように、この立場は収入面で厳しいものがある。しかも比較的「つぶし」のきかない教育業という職業で、田舎にあっては、再就職や転職もままならないかもしれない。
 
ただ、私は非常勤講師になったのを良い機会としたい。
せっかく一つの悩みから解放されたのだから、新たに悩みを作るより、新たに行動を起こしたい。
授業にも違う方向からアプローチできないか、とか、思い切ったことをしてみてもいいかもしれない。
そして、自分が今までしたかったこと、文章を書くことや、趣味の模型製作など、今までできなかったことをしてみたい。
それが、もしかしたら仕事に良い影響を及ぼすのではないか、とも考える。
図らずも非常勤という立場になったのは、こういう意味もあるのかもしれない。
 
人間は、一つのことに一生懸命関わっていると、周りが見えなくなるものである。
だが、一歩距離を置き、周りを見てみると、そこにこそ、大切なものや有益なものがあるものだ。月並みな言葉だが。
望んでもできない人がいることは承知の上だが、それでも可能ならば、一歩引いて、自分の仕事を見つめることをオススメする。
 
私はそこで時間的・精神的「余裕」を得た。
となれば、そこから可能なことを試してみて、今度は「自信」へと昇華していこうと思う。
そうすれば、仕事ができない自分も、少しはましな自分になれるのではないか、と淡い期待があるのだ。
 
今度は、授業の前に、この間読んだ本の話でもしてみようか。
何か効果があるのかは、もちろん、分かったものではない。
けれど、今までやったことのない、時間的に余裕のある今だからできることを、やってみたいとも思うのだ。
 
こういう風に少し前向きになれたのが、本当に幸いなことだな、と秋の夜長に思うのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒﨑良英(天狼院公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。

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2022-11-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.194

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