週刊READING LIFE vol.195

冬将軍は教えてくれた《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/28/公開
記事:小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
12月に入ってすぐの頃。
それは母から突然の電話だった。
「おじいちゃん、死んじゃったんだって」
大阪からは距離のある、青森にいる母方の祖父の死。
長年糖尿病と戦っていたし、透析もしていたものだから、いつかきっとその日は来るだろうと思ってはいた。
「そっか」
「お通夜は明後日、告別式は明々後日だって。あんた、どうする?」
「とりあえず飛行機のチケット取るわ」
悲嘆にくれてる間もなく、やることは色々だ。
まずは航空チケットの確保、仕事の引継ぎ、ペットのハリネズミの預け先の確保、喪服の準備。
なんとか準備を整え、青森へと発つことが出来る状態となった。
「明日は17時には仕事終わらせるように片づけないとね」
「俺は昼から半休取ったから空港で待ち合わせや」
「そうやね、とりあえず明日に備えて寝ようか」
夫とそんな会話をしながら床につく。
まさかその明日が、とんでもなく長い1日になるなんてこの日は思いもしなかった。
 
翌日は寒さで目覚めた。
12月に入ったのに一向に冬の気配がなく、冬はどこへ行ったと言わんばかりに温かかったのに急に冬将軍がやってきた。
「俺はここにおるぞ!」
と言わんばかりに。
『これは青森、ダウンジャケット必須だな……』
なんて思いながら朝の天気予報を眺める。
今日は冬将軍が一気にやってきたことと、北海道・東北地方は雪に警戒するよう言っていた。
昨日の電話ではまだ青森には雪は積もっていないと聞いていた。
「雪の降り始めか……」
夫が言った。
「降り始めってなんかあるの?」
「いや、雪道の運転も久しぶりやから緊張するなと思って」
私たちは夫婦揃ってスノーボードが趣味。
冬が始まるといろんなゲレンデへ足を運ぶ。
ただ、最初の滑り出しは正直怖い。
なんせ4月頭までギリギリ滑ったとして、雪がまた降りゲレンデで滑走できるようになるまでは8カ月は期間が空く。
その期間は人工芝のゲレンデに行き感覚を忘れないようにする人もいるし、季節が真反対の国まで行く人もいる。
一度自転車に乗ることが出来れば間隔があいてもまた乗ることが出来るように、滑り出してしまえば滑れてしまうのだが、やはり最初は怖い。
私は運転免許を持っていないのでわからないが、冬の始まりの雪道の運転もそんな感覚なんだと夫は言っていた。
そうこうしていると姉妹で組んでいるLINEグループの通知が鳴った。
『ねーさん! 雪大丈夫かな?』
『おはよー、最悪私新幹線でも行けるけど。飛行機取ってるから飛行機で行くわ』
私には妹が2人いる。
2つ離れた大阪にいる次妹と、6つ離れた東京に住む末妹。
この日は次妹と私の夫の3人で待ち合わせて同じ飛行機に乗り、10分先に青森に着く羽田空港から来る末妹と待ち合わせる手はずとなっていた。
そこからレンタカーを借り、祖父母の待つ母の実家へ移動する。
『おはよー。冬の青森には何回か着陸したことあるけど、降りれなかったことなかったから大丈夫かな』
『そっかー、じゃあ姉さん空港で』
『私青森空港で姉さんたち待ってるね』
青森空港は全国でも有数の豪雪地帯の中にある空港だ。
年によっては累計降雪量が10メートルを超えることもある。
この数値は全国的に見てもまれな数字だそうだ。
その冬の離着陸を支えているのが、青森空港除雪隊“ホワイトインパルス”だ。
複数の共同企業体によって編成され、東京ドーム12個分の面積を約40分で除雪するという神がかった仕事ぶり。
“日本一の除雪隊”と呼ばれる精鋭たちなのだ。
ホワイトインパルスの皆様もいるから大丈夫だろうと私は鷹をくくっていた。
 
 
仕事の引継ぎを済ませ、17時の終業ともに早々と退散して空港に向かって移動を始める。
すると、またもや姉妹で組んでいるLINEグループの通知が鳴った。
『姉さま、黒のストッキング忘れた……、予備持ってない?』
末妹だ。
『1つならあるよ』
『ごめん、私も黒のストッキング欲しい』
続いた次妹におい、と心の中で突っ込んだが、すぐに長女気質が働いた。
『いいよ、買っていくから』
『ありがとー!』
『あ、ついでに551とりくろーおじさん食べたいです』
とさりげなく末妹が追加リクエストもしてきた。
この妹たちはと心の中で思いつつ、りくろーおじさんのチーズケーキを待つ列に並び、妹たち2人分の黒のストッキングを買う。
外は朝の天気予報の通り結構な強さの風が吹いていた。
551の豚まんは空港で買うかと、足早に空港へ向かった。
 
空港に着くと外の強風と同じように、電光掲示板は荒れていた。
突然やってきた冬の嵐で欠航となっていた便もあったし、北海道や東北方面は強風・雪のため条件付き飛行となっていた。
「荒れてるね」
「そうやね、どうなるかな」
合流した夫と話す。
お通夜は明日だから最悪明日、朝一の飛行機に乗れば間に合うだろう。
だが、最期の時間をゆっくり過ごしたい。
搭乗手続きはしたものの、現段階では飛行機は離陸する予定だが欠航となる可能性もあること、青森空港に着陸できない可能性もあること、最悪関西空港へと引き返す可能性もあることを告げられた。
「飛行機飛ぶかな……」
合流した妹と551で並びながら話していた。
「新幹線で行くルートも考えなあかんかな」
「まぁホワイトインパルス様たちがいるから着陸は大丈夫でしょ」
私はこの時知らなかったのだ。
青森空港除雪隊ホワイトインパルスはその日決起集会があり、稼働するのは翌日以降だったということを……。
 
不安をよそに飛行機は無事に離陸することになった。
フライトはすこぶる順調。
問題なく青森に着くことが出来る。
そう思っていた。
だが青森上空にさしかかったころ、機長からの機内アナウンスが流れた。
「お客様にご案内致します。積雪により、青森空港へ着陸することが出来なくなりました。当機は仙台空港へと着陸致します。お客様には大変ご迷惑をお掛けいたします。以降の対応についてCAより案内があります」
目が点になった。
青森空港はすぐそこなのに。
だが安全のため、機長の判断なら致し方ない。
問題はこの後どうするかだ。
そして、羽田から青森空港に向かっている末妹は果たしてどうなったんだろうか。
当時は飛行機内でWi-Fiが使えず、東京から来る妹とは連絡が取れない状態だった。
CAさんが用紙を配り、今後のことを説明し始めた。
与えられた選択肢は3つ。
仙台空港に着いてすぐ、モノレールに乗り仙台駅へ移動して新幹線に乗ること。
同じくタクシーに乗って仙台駅へ移動して新幹線に乗ること。
バスでは最終の新幹線には間に合わないと案内された。
タクシーでもモノレールでも最終新幹線の発着の時間にギリギリ間に合うか間に合わないかという状況であることも告げられた。
もしくは仙台空港周辺のホテルに宿泊し翌日朝の飛行機で青森へと向かうこと。
費用は上限があるが、全て航空会社が負担してくれるとのことだった。
そしてモノレールまでの乗り換え時間はおそらく10分も無いことも案内された。
手荷物だけならギリギリ間に合うかもしれないが、機内へ荷物を預けていた時点で荷物を受け取るだけでその時間はない。
仮に間に合ったとして初見の場所でモノレール乗り場に向かってキャリーバックを持ちながら走って移動するのは不可能に近い。
夫と妹で作戦会議をした。
私はタクシーを確保する。
正直モノレールは無理だと思ったからだ。
妹は東京からの末妹と連絡を取り、荷物の回収は夫に託した。
そして飛行機は仙台空港へと着陸した。
 
役割を決めて動いたものの、やはり初見の場所だからスムーズにはいかなかった。
仙台名物牛タンの美味しい匂いも誘惑してくる。
だがそんな時間もなく、急いでタクシー乗り場を探す。
おそらく同じことを考えている人が、同じくタクシーに向かって走り出す。
見つけた乗り場に止まっているタクシーは1台。
 
 
この1台確保する!
 
 
そう思って全力疾走した。
なんとか確保したものの、私は完全に焦っていた。
「仙台空港までお願いします!」
何言ってんだ、こいつという目で見る運転手。
それもそのはず、ここが仙台空港なのだから。
「だから、仙台空港まで」
「いやいや、ここ仙台空港やで」
と合流してきた夫と妹に突っ込まれた。
「新幹線の仙台駅までお願いします」
「今からじゃ、最終新幹線ギリギリかもしれないけど……」
「高速とか乗ってくれていいので、金額は気にせずお願いします」
「乗れば間に合うかもしれないな、さぁ乗って!」
そうしてタクシーは仙台駅へと向かった。
タクシーの中で末妹は無事に青森空港へ着陸できたことを知った。
末妹は雪道の運転をしたことがないということで、予約していたレンタカーはキャンセルしてもらうことになった。
「叔父さんが迎えに行くって」
「そうだ叔父さんたちにも連絡しないと」
叔父に今の状況を伝える。
新幹線に間に合わなければ、その日は問答無用で仙台に宿泊するしかない。
色んなパターンのことを頭に巡らせていた。
だがとにかくこのタクシーが最終新幹線に間に合うこと、ただそれだけを願っていた。
「お客さん、ラッキーだね。今日比較的すいてるよ」
タクシーの運転手が言った通り、空港からはスムーズだった。
もしかしたら目には見えない力が働いていたのかもしれない。
運転手は仙台駅に近づくと新幹線に乗りやすいルートを教えてくれた。
一番近い場所に付けてくれたこともあり、なんとか最終の新幹線に間に合った。
 
これでなんとか青森に辿り着ける。
そう思ったら急にほっとした。
ほっとすると不思議なもので、お腹がすいてくる。
そういえばまともに食事をとっていなかった。
食べるものはぱっと取り出せないし、551豚まんテロを起こすのは少し気が引けた。
「まぁ、新幹線だから車内販売あるよね」
「それでなんか食べるか」
当たり前に車内販売で駅弁の類が手に入るだろうと思っていた。
だが残念ながら車内販売はもうほぼ売り切れていた。
おつまみ用の牛タンと飲み物を確保することが出来たが、ないよりも全然良い。
家までもう少し。
「叔父さん、もう疲れてるだろうからタクシーで家まで行こうか」
「そうだね」
新幹線が停車する駅だからなんなりとあるだろう。
新大阪駅のような駅を想像していた私たち3人は青森駅について絶望することになる。
コンビニもないし、駅の施設は全部閉まってる。
「ストッキング、買っといてよかったな」
と心の中で思った。
バスはとっくに終わっているし、タクシーも1台も止まっていない。
寒さと雪が降りしきる中、軽い絶望感に襲われた。
「叔父さんに疲れてるところ申し訳ないけど迎えに来てもらおうか」
「そうするしかないよね」
スマホを取り出すとたまたま1台、タクシーがやってきた。
まさにそれは神の思し召しかと思ったぐらいだ。
こうして、無事日付がぎりぎり変わる前に母の実家へたどり着くことが出来た。
末妹や両親、祖母に叔父夫婦、従兄弟たちも遅くまで私たちを待ってくれていた。
 
予定通りなら、家には21時には着いていたのに、とんだ回り道の旅だった。
だが都心に住んでいると忘れがちな当たり前が決してそうでは無いことも思い知った。
コンビニはたくさんある。
タクシーも選べるぐらいに止まっている。
お金を出せば食べ物も割と簡単に手に入る。
それは決して当たり前のことではない。
毎日恩恵を受けていると感覚は麻痺してくるが、かなり恵まれたことなのだ。
そしていかに文明や科学技術が発達しても自然には勝つことはできない。
抗うことはできないのだ。
どんどん積もっていく雪を見て、身体はもうくたくただったけれど、この日はそんなことを改めて感じた。
 
私たち3人は祖父の顔を見に行った。
祖父はいつも津軽弁で
「来たのな」
と笑顔で出迎えてくれるが、今日は無言だ。
だが、そんな祖父の顔は
「よく来たのな」
と、この日もいつも通り笑っているように見えた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪生まれ大阪育ち。
2022年4月人生を変えるライティングゼミ受講。
2022年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
病院で臨床検査技師として働く傍ら、CBLコーチングスクールでコーチングを学び、コーチとしてクライアントに寄り添う。
7つの習慣セルフコーチング認定コーチ。
スノーボードとB‘zをこよなく愛する一児の母でもある。

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2022-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.195

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