週刊READING LIFE vol.195

人生のどん底に落ちた時に、私が見つけたものとは《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/28/公開
記事:牧 奈穂 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 
息子が小学5年の秋のことだ。私達家族にとんでもないことが起きた。
「ちょっと座ってくれる?」
夫が、私の前で深刻そうな顔をしている。
いつも、夫からとんでもない話をされてきた私は、嫌な予感がした。
黙って話を聞いていると、夫は眉間にしわを寄せながら、ひと言つぶやいた。
「会社、クビになっちゃった……」
「……」
今まででいちばん強烈なワードを私に投げかけてきた。私は、あまりの衝撃で呼吸さえできない。全身の血の巡りが止まってしまうくらいの驚きだ。これまで、夫のことで悩み続けてきたが、私の人生の中で最悪の事態と言える。浮気なんて、私が我慢すればいい。過去に浮気に苦しんだ私は、かなり強くなっていた。だが、「会社なんてクビになってもいい」とはとても言えない。
「どういうこと? 何をしたのよ……これから学費がかかるのに、マンションのローンだって残っているのに、どうすればいいの?」
パニックになる。私のパート収入だけでは、家計を支えられない。ローンが払えなくなったら、引っ越さねばならない。実家は、マンション住まいで私達の部屋はない。どこに行けばいいのだろう? 冷静に考えようとしても、現実が受け入れられない。貯えもあまりない我が家には、仕事がない生活なんてあり得ない。
 
こうして、ある日突然、夫は無職になろうとしていた。タイムリミットは、2ヶ月足らず……この間に、次の仕事を見つけねばならない。
どうすればいいのだろう? 50歳を過ぎて、今までと同じ収入が得られる仕事を見つけるなんて、不可能ではないだろうか。世の中はそう甘くはないはずだ。夫の言葉を聞いて、傷ついている時間も、泣いている時間もない。とにかく、仕事を探さねばならない。生きなければならないのだ。全ては息子のためだった。その日から、寝る間も惜しんで夫の仕事探しが始まった。同業他社に限らず手当たり次第、あらゆる仕事を探して行く。選んでなんていられない。
 
夫と私は、夜はほとんど寝ずに、インターネットを使って仕事を探し続けた。夫があまりにも冷静なのが腹立たしい。こんなに私が苦しいのに、なぜ冷静にしていられるのだろう? 事の重大さをわかっているのだろうか? そもそも原因を作ったのは、夫だ。私まで、なぜこんなに苦しまないとならないのだろう? そう思うと、夜中に我を失い、夫に蹴りを入れたこともあった。もう、自分の不安な気持ちを抑えることができなかったのだ。毎日、毎日、地獄のような苦しみが続く。
どんなことをしても、息子のために生活を変えたくなかった。高校や大学にも行かせてあげたい。習い事も続けさせてあげたい。どうすれば仕事が見つかるのだろう? 仕事を見つけるために、来る日も来る日もネット検索をした。いくつか条件に合う仕事を見つけると、夫は試験を受けに行く。その姿を見ながら、私は合格を祈る。だが、いつも結果は不合格だった。何社受けただろう? 仕事ができると私は思っていたが、夫は世の中でこんなに必要とされない人なのだろうか? 世の中の反応が、私にはダブルでショックだった。仕事を探し、試験に行く夫の合格を祈る日々が続く。1ヶ月が経っても、まだ仕事が見つからなかった。
 
いつものように、仕事探しをしながら、ふとある思いが頭をよぎった。疲れてしまったのだ。頑張っているけれど、自分の努力ではどうにもならない。限界だ。そう思った時、私は、別なサイトの検索を始めるようになった。それは、自殺のサイトだった。死にたくはなかったが、睡眠を削りながらの仕事探しに、疲れを感じるようになった。もう、楽になりたい。そんな気持ちだったのだろう。仕事を探しながら、暗い画面のサイトを見る時間が増えていく。そして、そのサイトの中から、「死ぬ気があるくらいなら、なんでもできるはずだ!」とメッセージが書かれてあるものを幾度となく目にした。死も選べない皮肉な現実に、どう生きていいか分からなかった。
 
ちょうどその頃、息子がお世話になった幼稚園が100周年を迎えようとしていた。たまたま私達親子は、その祝賀会に招待されていたのだ。
こんな状況で、お祝いの空気に触れることはとても苦しかった。できることならば断りたかった。作り笑いで、楽しそうにする心の余裕は私にはない。行きたくない祝賀会だったが、断る理由も見つけられなかった。
足取りが重いまま、息子の幼稚園まで向かう。まずは記念礼拝があった。100周年記念の礼拝には、息子がお世話になった園長先生が招待されていた。牧師さんである園長先生が、久しぶりにお話をしてくれる。
 
息子が、2年間、毎日のように腹痛が続いた時、私は小学校を転校させようかと迷っていたことがある。迷った時に相談したのが、息子の園長先生だった。牧師さんである先生は、静かに話を聞き、
「彼ならば、どこでもやっていけると思うなぁ……」
遠くを見るような、息子を思い出すような眼差しで、私にひと言もらしたことがある。それは、他人事と思っている言葉ではない。息子という人格を信じる言葉だった。あのひと言、あの遠くを見る目の中に、私は人を信じることの意味を感じた。親でも信じることができずに悩んでいるのに、先生は息子を信じている。その心に、とても大きな力を感じた。
 
園長先生との再会は、その日以来だったかもしれない。久しぶりに幼稚園のチャペルに入る。
古く、温かみのある椅子に座りながら、正面を向くと、ステンドグラスの窓から、日の光が柔らかに差し込んでくる。震災前は、黒いシックな壁だったが、柔らかなピンクの壁へと生まれ変わったのだ。久しぶりのチャペルの空気に、懐かしさを感じる。不安感に押しつぶされ、今にも死の世界へと向かおうとしている私に、その空気は癒しになった。温かみのある空気に触れると、一瞬だけ、苦しい現実を忘れられるような気がする。
 
いよいよ牧師さんである園長先生の話が始まった。
「僕は、この幼稚園のチャペルに来ると、震災のことを思い出します。あの時、チャペルの塔が壊れました。撤去だけで莫大なお金がかかり、そのお金をどう工面したらいいものかと本当に悩みました。募金もお願いしましたし、インターネットでも世界の仲間に呼びかけました。僕の目の前にあるこの机も、別なチャペルから寄付してもらったものです。見て下さい。まるでここに合わせて作ったかのように、椅子の色や部屋の大きさにピッタリなんです。あつらえたかのような机を見て、感激したことを昨日のことのように思い出します……」
園長先生の言葉を聞くと、当時の震災の様子が甦ってくる。街の中にある幼稚園のチャペルには、大きな塔が建てられていた。その塔はランドマーク的な存在にもなっていたのだ。もし塔が倒れたら、近隣の建物に被害を与える可能性さえある。当時、地元のニュースにもなっていたくらいだ。
 
「僕は、あの時、チャペルを建て直すために、とにかくお金を集めねばなりませんでした。本当に苦しくて、あれ以上の大変さはないくらいでした。この幼稚園に来ると、あの苦しかった日々を思い出します。それと同時に、私はある一節を深く理解できた気がしたのです」
園長先生は、静かにその言葉を話し始めた。
「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」
園長先生からの言葉は、まるで私達に向けられたかのように深く心に響いた。園長先生は、その一節を読み、さらに続けた。
「この言葉の持つ本当の意味を、私は震災のチャペルの修復で、やっと理解できた気がします……」
 
息子も私も、泣きたいのを堪え先生の話を聞いていた。心の奥深くまで、その言葉が落ちてきたからだ。そして、私達親子の心にどんなに光となったことだろう。
「まだ生きていなさい……大丈夫だから」
そう言われたような気持ちになった。人の言葉がこれほど心に染みたことは今まで一度もない。
 
それから2週間くらいがすぎ、私達にも逃れる道がやってきた。
その日、夫の性格に合いそうな職場を、偶然私が見つけることができたのだ。
「ここはどう? きっと合うかもしれないよ……」
そう夫に話し、履歴書を送った。すると、その職場には、夫の元仕事仲間がいたのだ。その人は、夫の人柄、仕事ぶりを気に入って、サポートしてくれると言ってくれている。夫が試験を受ける前に、その職場の責任者に夫の努力する姿を伝えてくれたのだ。今まで、どの職場でも相手にされなかった夫が、やっと新しい世界から認められた瞬間だった。私達家族が苦しみから解放されたあの瞬間は、今でも忘れられない。
 
私の約50年の人生の中で、どん底と言えるのは、あの瞬間だと断言できる。
あの日、園長先生の話が聞けたことは、偶然ではないような気がしてならない。そうでなければ、今、私は生きていないかもしれないからだ。
 
そして私は、あの日以来、自分の人生を信じるようになった。
きっと、何があっても大丈夫。そう思えるのだ。
どんなに辛いことがあっても、人生には必ず逃れる道が用意されている。宗教がある、ないに関わらず、どんな人にも平等に、その道は与えられるような気がしてならない。きっとあの時、私自身も園長先生のように、苦しみの経験の中で逃れる道があることを、心の底から理解できたのだろう。
もし辛いことがあっても、八方塞がりのような気持ちで苦しんでいても、どんなことでも乗り越えられないことはない。必ず、逃れる道が与えられるからだ。
人生は、思っているよりずっと慈愛に満ちている気がする。自分自身の人生を信じていれば、必ず道は見えてくる。
 
あの日チャペルで聞いた園長先生の言葉を、あの温かな時間を、私は一生忘れないだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
牧 奈穂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県出身。
大学でアメリカ文学を専攻する。卒業後、英会話スクール講師、大学受験予備校講師、塾講師をしながら、25年、英語教育に携わっている。一人息子の成長をブログに綴る中で、ライティングに興味を持ち始める。2021年12月開講のライティング・ゼミ、2022年4月開講のライティング・ゼミNEOを受講。

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2022-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.195

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