週刊READING LIFE vol.195

「那由他」という言葉にすがりついた四十九日《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/11/28/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 
 
今年の夏の終わりに父がこの世から去った。
脳出血で倒れてからわずか2週間で、あっという間に逝ってしまった。
 
亡くなった日は悲嘆に暮れる暇もなく、慌ただしく時間が過ぎていく。
葬儀場と打ち合わせをして葬儀の準備を進め、お寺に連絡を入れると同時に、さまざまな届け出も役所に提出しなくてはならない。
とにかく大忙しだ。
短期間でやらなくてはいけないことがたくさんあったせいもあったが、父は最期の最期まで自分の好きなことをして亡くなったため、「良い人生だったね」と、父の死を泣かずに受け入れることができた。
もしかしたら稀有なことなのかもしれない。
 
コロナ禍ということもあり、父の葬儀は家族葬で執り行った。
必要最低限の葬儀になったが、心を込めて故人を送るということにおいては一般葬も家族葬も違いはなく、シンプルだったが良い葬儀を終えることができたと家族は満足している。
最近では葬儀場や火葬場の予約がなかなか取れないというケースもある。
早く送ってあげたいのに送ることができない気持ちはいかばかりだろう。
いつもと違う緊張感が葬儀の間は続くので、葬儀が終わったあとは肩の荷が下りてほっとする。
そしてその後、喪失感が訪れる。
 
宗派によっては異なることもあるかもしれないが、人が亡くなると、初七日、四十九日と法要が続く。
亡くなった人が成仏できるようにと祈るのだ。
近年、初七日は葬儀と一緒に執り行う場合が増えていて、火葬を済ませた後に葬儀場に戻って法要を済ませる形をわたしたち家族もとった。
 
四十九日は実家で執り行った。
四十九日は故人があの世で極楽浄土へ行けるかどうか、最期の審判を受けるといわれる重要な日だ。
いろいろとまわりに迷惑をかけてきた父なので、祈ってあげないときっと極楽浄土にはいけないだろう。
四十九日も葬儀と同じで、家族とごくわずかな親戚だけで行った。
自宅で法要をするのは初めてだった。
もちろん、そんな経験はないに越したことはない。
葬儀に出席する場合は会場が葬儀場なので、ちゃんとした椅子がある。
正座をしてお経をきくのは、久しぶりのことだった。
 
いつもはお坊さんの後ろ姿をながめてお経をきいていたが、せまい部屋なので、すぐ近くにお坊さんが座っている。
なかなかない経験だ。
お経の本をめくる手もみえる。
お経の本は結構分厚かったが、きっと全部読むことはなく、本の途中で終わるのだろうと思っていた。
 
そして、法要が始まった。
お坊さんの読経が流れるように淡々と続く。
40分ぐらいだときいていたが、もう最初から足がやばかった。
正座がきつい。
わたしの足は最後までもつだろうか……。
 
最近、よく足がつる。
生活習慣が原因だと思うが、足がつると、もうどうしようもないのでとにかく呻いてしまう。
つい最近も朝方に足がつり、「うぅぅぅ」と呻き声をあげてのたうち回っていた。
もし足がつってしまったら、お坊さんと親戚の前でのたうち回ることになる。
そんな醜態をさらすわけにはいかない。
 
足をくずせばいいのではないか?
いや、だめだ。
足をくずした瞬間、足がつりそうなのだ。
たぶん、正座のままのほうがいい。
わたしは背筋をピンと伸ばして正座をするしかなかった。
まわりからみたら、正座慣れをしている人に見えたかもしれない。
 
いつの間にか、父を送る気持ちよりも、早く時間が過ぎることを祈るようになっていた。
どれぐらい時間が経過したかは時計を見ていないのでわからなかった。
苦しみに耐えているときは、たとえ1分でもすごく長く感じる。
時計をみてショックを受けたくなかったので、あえて時計を見ないようにしていた。
 
途中で焼香がある。
わたしの家はせまいので、焼香台はなく、回し焼香をする。
お盆の上に香炉と香合をお盆に乗せて回すのだ。
 
しめた!
体制を整え直すことができるチャンスだ!
 
参列してもらった親戚は高齢ということもあり、正座ではなく椅子に座ってもらっている。
お盆を渡す際に、ちょっと立ち膝ができたら楽になるかもしれない。
そして、わたしの前にお盆がやってきた。
わたしは抹香をつまみ、額に近づけている間、次のことを考えている。
もう父のことなど考えていなかった。
 
しかし、わたしが意気揚々と次へ回そうとしたとき、親戚の叔父さんが自らとりにきてしまった。
 
「あ、ありがとうございます」
 
わたしは小声でそう言って、微妙に腰を浮かしただけで終わってしまった。
 
もつか? わたしの足、もつか?
 
そう思いながら、お坊さんの手元の本をみると、もう終わりにさしかかっていた。
あぁ、これならなんとか耐えられそうだ。
一冊まるっと読んでいるとは思っていなかったので、近くで見ることができてよかったと思った。
 
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
 
お坊さんと一緒に祈った。
そして、一冊読み終えたお坊さんがわたしたちのほうを向いた。
 
あぁ、これで読経は終わりだ!
 
そう思っていたら予想外の言葉がお坊さんから出てきた。
 
「もう一冊読んでいいですか?」
 
えぇぇぇぇ!
 
声なき叫びをあげていた。
まだなのか? まだ続くのか!
 
「今日、喉の調子いいっす! もう一冊、読んじゃっていいっすか? ウェーイ!」
 
実はそんな感じなのではないか?
お坊さんがノリノリなのではないかとさえ思った。
しかし、「嫌です」と言えるわけがなく、静かに頭を下げた。
このときのわたしの気持ちは、きっと、このせまい部屋に集まった人たちと同じ気持ちだったに違いない。
後から一緒に参列していた兄にきくと、
「あのときは全員、苦い顔をしていた」
と笑っていた。
 
2冊目は1冊目よりも薄かった。
きっと全部読まれるのだろう。
 
あぁ、足がまじでやばいって……。
 
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
 
手を合わせながら、お経を合理化できないか……なんて、失礼極まりないことを考えていた。
この時間が永遠に続く気がした。
そして、必死に耐えていたとき、流れるようなお経からある言葉がきこえてきた。
 
「……なゆた……」
 
那由他!
 
この「那由他」という言葉から、私は何年か前のキングオブコントに意識を飛ばしていた。
 
「さらば青春の光」というお笑いコンビのコントで「ぼったくりバー」というコントがある。以下、「さらば」と呼ばせてもらう。
2012年のキングオブコントの決勝で「さらば」はこのコントを披露した。コントの中で「那由他」という言葉が出てくるのだ。
このコントを頭の中で再現するために、「那由他」という言葉にすがった。
故人の成仏を祈るための供養なのに、わたしは「さらば」の「ぼったくりバー」のコントに意識を飛ばして時間を過ぎるのをただただ待っていたのだ。
 
「那由他」とは数の単位を表す言葉だ。
百、千、万、億、兆、京、垓……恒河沙、阿僧祇と続き、そして「那由他」が出てくる。その後は不可思議、無量大数という、わけのわからない大きすぎる単位となる。
「那由他」は10の60乗ということだ。とんでもない数だ。
兆(ちょう)、京(けい)、垓(がい)まではなんとかわかるが、
「ごうがしゃ?」「あそうぎ?」「なゆた?」ってなる。
恒河沙より先はすべて仏教用語だ。
「那由他」はサンスクリット語の「nay uta」を音訳したものだ。
恒河沙はガンジス川の砂ということらしい。
そりゃ、とんでもない数だ……。
そして、この単位が「ぼったくりバー」というコントに出てくるというわけだ。
シンプルではあるが、わたしはこのコントが結構好きである。
コントを頭の中で再生して、足のしびれを忘れるように仕向ける。
 
それにしても、めっちゃぼったくられてたな。
あぁ、あれは確か、2012年のキングオブコントだったなぁ。
結局「さらば」は何位だったかな。
 
わたしはお経をききながら、そんなことを考えていた。
意識を他に飛ばさないと、思わず足をくずしてつりそうだったからだ。
 
おそらく、お経をきいていた時間は30分ぐらいだったと思うが、とんでもなく長く感じた。
 
そして、永遠とも思われた時間もついに終わりを迎えた。
立ち上がるとやはりしびれていた。
わたしは壁に寄りかかる。
壁があることは想定内だ。
 
「完全にしびれました」
 
わたしは思わず声に出した。
 
「ですよね。途中でお声がけしようかと思ったんですよ」
 
お坊さんがやさしい言葉をかけてくれた。
 
いいえ、お坊さん。
足をくずしたとしても、アウトだったのですよ。
足をくずしたら最後、足がつって呻いていたに違いないのです。
 
同じように正座していた母はスクッと立ち上がり、壁に寄りかかってぶるぶるしているわたしとは正反対だった。
 
「すごいでしょ。全然平気だからね」
 
母は自慢げに笑いながらそう言った。
わたしは苦笑いをして母を見つめていた。
 
父のことをあまり祈らなかった四十九日になってしまったが、まぁ、父のことだ、適当にやっているだろう。
 
父よ、走り切った人生、おつかれさまでした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

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2022-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.195

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