命の危機を感じたとき、体内スプリンクラーが作動した《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/11/28/公開
記事:前田光 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
判で押したように単調な朝を繰り返しているのに、目覚めるたびに新鮮な気持ちになるのは、日中に容赦なく照りつける、肌を刺すような太陽光で熱せられた空気が、夜の間にウソみたいにクールダウンするからに違いない。
黄土色の日干しレンガの塀で囲まれた中庭の真ん中で、私はいつものように日の出の光で目を覚ました。
現地ではこの時期、細い木の枝を組んで作ったセッコと呼ばれる大きなすのこを庭に出し、その上にゴザを敷いて蚊帳を吊った中に寝るのが定番になっている。まさに正真正銘のアウトドアだ。何しろテントすら使わない。
昼間の暑さは冗談でなく殺人的で、「暑い」ではなくむしろ「熱い」と形容した方がふさわしい。空気熱で一日かけて暖められた日干しレンガの蓄熱効果にはものすごいものがあって、家の中にいると真夜中でも体中の水気が刻々と吸い取られていくような感覚がある。そんな中で平気で眠れる人など、現地の村人の中でも聞いたことがない。
夜風に吹かれ、星に見守られながら眠るのは、文章にすると美しいが最初は本当に落ち着かなかった。家というのは睡眠中の無防備な自分に安心感を与えてくれる役割もあるのだと、改めて思い知った。だから外で寝るのは、必要に迫られているからだ。そうでもしなければ眠れないからだ。
そのおかげで、いやおうなしに太陽に起こされる毎日だが、熱くなる前の爽涼とした空気は、世界一の清々しさだとおこがましくも太鼓判を押したくなるくらいに心地よく、肌にも心にも限りなく優しい。さて、どんな一日になるのだろう。
「今日は洗濯をしに行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」
穀物を粉にして水で溶いた液体を一晩放置して発酵させた、ダガナという酸っぱい飲み物を朝食代わりに胃に流し込んだころ、アイセタという女の子が訪ねてきた。
今日はお天気がいいので洗濯場まで足を延ばして、かけ布のような普段はなかなか洗えない大型の布類を洗いに行こうと思っているが、興味があるならついてくるか? という話だった。
だが今思えばこのときに、ごく日常的な「洗濯」という家事を彼女がわざわざ「しに行く」と強調した意味を、もう少し深く考えてみるべきだったのだ。
西アフリカのマリ共和国は国土の約1/3がサハラ砂漠で、砂漠の南側にはサヘルと呼ばれる、砂漠化が現在進行中の半乾燥地域が広がっている。この村はそのサヘル地域にあり、私は当時、あるNGO団体がこの村で進めていた植林と村落開発のプロジェクトの末席に加わっていた。だが、現地スタッフとして派遣されたものの、現地の実情をよく理解しているとは言えなかったため、家事や買い物、畑の水やりや掃除、綿花の糸繰りや機織りなど、普段の生活をできるだけ体験させて欲しいと村の人たちに頼んでいた。アイセタが声をかけてくれたのも、そんな私のお願いを気にかけていてくれたからだった。
水道の通っていないこの村は、生活用水も農業用水もすべて、村に昔からある古い井戸と、プロジェクトの一環として掘った新しい井戸で賄っており、日々の汚れ物は、村から数百メートル離れたどちらかの井戸に行って厚手のゴム製の袋にロープを結び付けたものを井戸に放り込み、手で汲み上げた水で洗濯していた(ちなみにこのゴム製の袋は、古タイヤのインナーチューブを適当な大きさに切り、手縫いで袋に仕立てたものだ。Made in Japanと印刷されていたので、こんなものまで日本は輸出しているのかと先輩スタッフに尋ねたところ、そんなわけあるか、廃棄タイヤの再利用品だと大笑いされた)。それだって洗濯機のある生活から考えればかなりの重労働だが、巨大な蒲の穂のようなトウジンビエを臼に入れ、上からひたすら杵で突いて最終的に粉にするまでの気の遠くなるようなプロセスや、炎天下での菜園の水やり、穀物畑の田おこしなどに比べれば楽な仕事だった。それをわざわざ「洗濯場」まで行かねばならないとは、普段の洗濯と何が違うのだろう。そこまで足を伸ばす何か特別な理由があるに違いない。そう思った私は、即決で話に乗った。
こうしてアイセタと私とアイセタの妹分の女の子の3人は、洗濯場に向かった。アイセタは洗濯物が山盛りになった大きなタライを、妹分のアミは石鹸が入ったバケツを頭に乗せると、慣れた様子でゆったりと歩き始めた。
最初は村から村へと繋がる、自動車と歩く人のどちらも利用する広い道を歩いた。道と言っても見渡す限り枯れ草が広がる草原に、タイヤの跡が延々と続いているだけの「なんちゃって道路」だ。
そのうち私たちはそこから脇にそれ、人が踏み固めただけの細い道に入った。
時計がないのでどれくらいの時間が経ったか分からないが、太陽はきつい日差しをこれでもかと浴びせてくる。
聞いたって私が聞きたい答えは返ってこないと知りつつも、
「あとどれくらい?」
と尋ねずにはいられなかった。
案の定アイセタは、
「もうすぐ」
と答えた。
だがこの「もうすぐ」はてんで当てにならないことを、今までの経験から痛いほど分かっていた。
だから即座に、
「まだまだかかる」
と脳内変換した。
一歩歩くたびに黄色い土埃が足元を舞う乾燥した大地を、中国製のビーチサンダルを履いた足でひたすら歩く。
フィット感がイマイチの鼻緒の部分が親指と人差し指の間で擦れて、指の間に豆ができたようだ。
一時間も歩いただろうか。頭が朦朧として体がだるい。全身の力が抜けるようだ。早く座りたい。水が飲みたい。頭が痛い。
私だけでなく、アイセタたちだって辛いはずだ。村ですればいいのに、なぜこんなしんどい思いをしながら遠くの水場まで出かけなければならないのだろうか……。
洗濯場に着いたとき、その疑問が氷解した。
そこは村からかなり離れていたが、ニジェール川の支流が乾季でも枯れずに残っているという珍しい場所だった。
洗濯にはある程度の水を使うが、乾季には井戸水が枯れることもある。だから生きていくための飲料水を確保するため、わざわざこの支流を使いに来ているのだ。乾季の水不足はどこの村でも頭の痛い問題で、この日も私たちのほか近隣の村々から女性が集まって洗濯をしていた。
このときの絶望感を分かっていただけるだろうか。
洗濯場まで来れば井戸水を飲めるとばかり思っていたのに、やっとの思いでたどり着いたら川だったのだ。
井戸水での洗濯しか知らない私は、川で洗うだなんて想定していなかった。
さすがに川の水は飲めない。コレラやアメーバー赤痢、寄生虫などの感染症はこの土地では珍しくない。水から感染する病気がとにかく多いので、川には入るなと耳にタコができるほど聞かされていた。そんな水を飲んで、無事でいられるわけがないじゃないか。
アイセタたちがせっせと洗濯しているのをしり目に、私は小さな日陰を見つけてへたり込んだ。太陽はちょうど頭上にあった。正午か。暑い。
アイセタたちは大きなかけ布を手際よく洗い終わると、次々と黄色い地面の上に直接広げ始めた。そんなことをしたらせっかく洗った布が土で汚れてしまうじゃないかと思ったが、ほんの数十分で乾ききったかけ布は、たたむときに何度かパンパンとはたいただけで、表面の土が全部きれいに落ちてしまった。日差しが強すぎて、物干し竿すらいらないのだ。
正直、私はもう限界だった。
とにかく水が飲みたくてたまらなかった。体全体が水分を欲していた。
だがこれから、もと来た道をまた歩いて帰らなければならない。
体の表面だけでなく、内側の深いところも熱を持っている感じがした。
脈が速くなっていて、頭が割れるように痛い。
体が鉛になったかのように重く、一歩歩くのにとんでもなく体力を消耗する。
とにかく歩くことだけに集中した。というか、そもそも他のことをしたり考えたりする余裕がない。
「アタンピ(疲れたか)?」
とアイセタが言った。
私は息も絶え絶えに、
「……ミタンピ、サンネ(とても疲れた)」と答えた。
大げさでなく、このままだと本当にマズいことになると思った。
アイセタのあとをひたすらついて歩いていると、いつの間にか知らない村に着いていた。
来るときには通らなかった場所だ。
アイセタがそのなかの1軒に向かって声をかけると中から女の人が出てきた。
そして、私たちを見るとその女性は、1リットルは入ると思われるプラスチック製の大きなマグカップで素焼きの甕から水をなみなみとすくうと、私たちに差し出した。
このあたりの風習として、訪ねてきたのが誰であっても、喉が渇いた人には水を飲ませてあげるという不文律がある。
自分だっていつなんどき、水を切らして他人の世話になるか分からないから、人に水を分けてあげることは明日の自分のためでもあるからだ。
差し出されたマグカップを受け取る私の手は、ブルブルと震えていた。これは熱中症の症状の一つでもある。相当マズい状態だ。
両手でカップをしっかりつかむのと口をつけるのは、ほぼ同時だったかもしれない。
そして一気に飲み干した。
一口目、二口目、三口目……止められない。止まらない。こんなに欲しいと思ったもの、今まで生きてきてほかにない。
そのとき、驚くべきことが起こった。
半分以上飲み干したころだったと思う。
つまりまだ飲んでいる途中だったが、私の頭の汗腺という汗腺から、水がスプリンクラーのようにドバーっと噴き出したのだ。
それはもう、周りで見ている人が目を丸くして声を上げたほどの勢いだった。
頭の上から水を浴びせられたかのように、私の顔から汗が滝のように流れていった。
胃袋に入った水分が瞬時に頭に運ばれて汗になるわけはないから、おそらくだが私の体は汗を出すための準備をギリギリの水分でもって整えて、今か今かと待っていたのだ。汗をかいても体を維持できるだけの水分が次に補給されるのを。
一杯目の水を飲み終えた時点で、汗は頭だけでなく体からも出始めていて、Tシャツの胸元もわきの下もびっしょりと濡れていた。
二杯目をもらって飲み終えると、早かった脈が少し落ち着き、熱のこもった頭がクールダウンしていることに気が付いた。
疲労はピークに達してはいたが、これで元気が出てきたのも確かだ。
それから自分の村にたどり着いたのは、日もとっぷりと暮れたあとだった。
家に帰ると冷たい水を頭からかぶって体を冷やし、くずれるように横になった。
冷やしても内側から熱が湧き上がってきて、全身がドクドクと脈を打っていた。
朦朧とした意識の中で、ある村人が、日本人スタッフにこう話しかけているのが耳に入った。
「ヒカルは何でまた、川での洗濯なんてよりによって一番過酷な仕事について行こうと思ったんだろうね」
そうだったのか。
洗濯場での洗濯がそんなに大変な仕事だなんて、夢にも思わなかったんだよ……。
言いたいことはいろいろあったが、とにかく今は眠りたい。
マリでの洗濯を甘く見てはいけないこと、そして、現地の人の「すぐそこ」は本気にしてはいけないこと、水は必ず携帯しないといけないと改めて思い知ったが、危機的状況に陥った人間の体には実はすごい危機管理装置が付いていることを身をもって知るという貴重な体験をした一日が、こうして終わったのだった。
□ライターズプロフィール
前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
広島県生まれ。
黒子に徹して誰かの言葉を日本語に訳す楽しさと、自分で一から文章を生み出すおもしろさの両方を手に入れたい中日翻訳者。
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