竹林がサラサラでサクサクで、心地よい理由《週刊READING LIFE Vol.197 この「音」が好き!》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2022/12/12/公開
記事:西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
竹林の音が好きだ。
竹が風に吹かれて葉がサラサラと擦れあう、あの音である。
「笹鳴り(ささなり)」と言うらしい。言葉にしても美しい。
雨の音や虫の声など、自然の音は何でも好きだが、私が竹林の音を格別に感じるのは、毎年、5月連休に繰り広げている私と父との日課の影響に違いなかった。
5月連休に実家に帰ると、必ず、父と早朝の散歩に出かける。
還暦を超え、例に漏れず「早起き爺さん」と化した父は、生活時間帯が超朝型になっており、足腰の運動も兼ねて近くの河原まで散歩に行くのが習慣となっていた。同じく、そこそこ歳を取り、「仕事をするにも何をするにも、朝が最強」と気づいた結果、朝型にシフトした私は父と意気投合し、2人して朝寝する母をそっと置いて散歩に向かうのである。
住宅地を通り抜けて丘を下り、河原まで歩く。河川敷で野生の鴨に餌をやり、帰りは高速道路脇の切り通しに沿った、ややアップダウンのある山道を通り、住宅地の反対側から家に帰る。
約1時間、5000歩ほどの散歩道である。
この、父作成の散歩コースには、5月連休になると寄り道が加わる。
切り通し脇の、竹林に入るのだ。
なぜ入るのかというと、筍を取るためである。
春先からこちら、竹林では筍が生えはじめ、5月頃にはあちらこちらで筍が顔を出している。実際は「顔を出す」という可愛らしいものではない。「ニョキニョキと伸びまくっている」と表現しても過言ではないほど、そこかしこから湧き出て来るのだ。よく、テレビ番組で、芸能人が筍堀りの名人について山に入り、筍を掘るシーンがあるが、ああいう場では「売り物にするための筍」を掘るので、地面から頭が出たか出てないかくらいの出始めの筍を地中深く「掘り起こして」いる。が、竹というのは、多少、大きく伸び切って、下半分は青竹が見えていても、先端の皮を被った部分は柔らかく、筍として食べるには十分なのだ。つまり、ご家庭で食用とするには、伸び始めた若竹の先端を「折る」だけで良く、力も要らなければ、労力も要らない。初夏の竹林は、文字通り筍取り放題の場と化すのである。
筍のために、袋と小型のナタを持参した私と父は、切り通し脇の道をそれ、いそいそと竹林に足を踏み入れた。
5月の始めでも日差しはそれなりに強く、散歩をしていると汗ばむほどだが、竹林に一歩入ると、急にひんやりとした空気に包まれる。
ふう、と息をついた私たちの耳に入って来るのが、あの、風で葉が擦れ合う、サラサラという音だ。
「気持ちがええのう」
父が、汗を拭きながらつぶやく。
竹は下部には葉がなく、葉があるのは上方のみだ。葉ずれの音は、地上近くではなく、遥か上の方からサラサラと響きあい、地上の私達のところに降りてくる。ぐるっと竹に囲まれた私たちは、サラサラという音に包まれているような感覚になる。
近いような遠いような、竹の細い葉が擦れ合う音は「サラサラ」という表現がぴったりだった。森林の木々がざわめく音も心地良いが、こちらは「さわさわ」もしくは「ざわざわ」という感覚だ。「わ」という、ワ行の丸みのある音が合う。竹は何と言っても「サラサラ」だ。サ行とラ行の繰り返しが、より澄んだ、軽やかな音を感じさせる。竹の葉の、少し掠れたカサコソとした感じも加わっている気がする。
まさに、笹の葉サラサラ、なのだ。
森林のざわめきよりも竹林のざわめきの方がクリアで、響き合うように感じるのには、ちゃんと科学的な根拠があるようだった。竹の幹(正確には竹稈・ちくかんと呼ぶらしい)は樹木の幹と比較して細いため、風があたると、樹木よりも細く鋭い音が出る。さらに、森林にはいろんな樹木があり、葉の形や大きさ、枝の太さ、樹木の高さも様々だ。一方、竹林には下草も生えず、同じ太さの竹がどこまでも並んでいる。森林では、風が幹にあたる音、枝にあたる音、葉っぱにあたる音、色んな音が混ざってざわめきが作られているのに対し、竹林ではただただ、同じ大きさの竹に風があたる音のみのため、より雑味のない澄んだ音に聞こえるようだった。
「♪笹の葉、サ〜ラサラ」
「気が早いのう。まだ5月じゃで」
私と父は鼻歌を歌いながら筍を取ると、持参した袋に収めた。袋とナタを置いて、しばらく父と竹林を散歩する。
竹林のサラサラは年中、聞くことができるが、竹林には、この初夏の時期限定で、もう一つ、楽しめる音があった。
竹が落葉するのである。
竹は年中、葉があるように見えて、実は落葉する。それも、世の中の落葉樹が秋に紅葉して葉を落とすのと異なり、5月連休頃、つまり初夏に落葉するのだ。
落葉樹のように全部の葉が落ちてしまうのではなく、新しい新芽を出しながら古葉が落葉するので、一見目立たないが、この時期の竹林は、遠くから見ると黄味がかっているのがわかる。そして、竹林の中では、黄色くなった細い竹の葉が地上いっぱいに降り積もっているのだ。
竹林の中を歩くと、足元から、サク、サクと軽やかな音がする。葉は地面が見えなくなるほど降り積り、その厚さは数センチにのぼる。ふかふかの絨毯の上を歩いているようだ。桜や欅など、秋の落ち葉もカサコソと良い音がするが、竹の葉は桜や欅よりももっと細く、柔く、1枚1枚が小さい。踏んでも葉が割れることなく、黄色い落ち葉同士が静かに擦れ合う音は、サクサクという表現がぴったりだった。
頭上からサラサラ、足元からサクサク。
5月に黄色い葉が降り積もる不思議な現象により、俳句の世界では「竹の秋」「竹落ち葉」は初夏の季語になっているらしい。
若々しい青竹が生える中、頭上から葉ずれがサラサラと響き、足元では落ち葉がサクサクとなる。
初夏の竹林をたっぷり味わったのち、私と父は筍の入った袋をぶら下げて家路に着くのであった。
勝手に竹林のサラサラを「良いなぁ」と思っており、それは自分の場合、初夏の父との思い出と紐づいているから、より「良いなぁ」と感じるのだろう、と思っていた私だが、どうやらこの「サラサラ良いなぁ」は日本人の感覚と文化にしっかり根付いているらしかった。
それを知ったのは、大きい目の神社のお祭りに行った時である。
神事が行われる場所の四方に、竹が立てられていたのだ。
四隅の竹を柱にしめ縄が張り巡らされており、白い紙垂(しで)が垂れ下がっている。この中に入れるのは、神事を行う神主さんのみだ。
そういえば、家を建てるときに行う地鎮祭も、四方に竹を立てている。
日本には竹が多いから、材料にちょうど良かったのだろうと思っていたら、違った。竹は、榊(さかき)と並ぶ清浄な植物の一つとされているらしい。野外で行うで祭りでは、四隅に竹を立て(忌竹・いみだけというらしい)、神様を迎えるためのしか清められた「聖域」とする。そのために立てる木は、松でも梅でもなく竹なのだ。なぜ竹が「神聖な植物」として扱われたかというと、一説には、葉が擦れ合う音が「天に届く」とか「神様が宿る」と考えられたかららしい。
「……オオ……」
まさに、サラサラのことではないか。
竹のサラサラを聞いて、気持ち良い、心が落ち着く、などは皆が共通して持つ印象だ。竹林での、あの、澄んだ、雑味のない、サラサラと響く音は、心地良くもあると同時に何かの畏怖を感じさせるようでもあり、日本人の心に「神様が宿る」と思わせるに十分だったのだろう。
花や実をつける樹木よりはるかに地味な見た目の竹が、榊と並んで神聖な植物とされるには、青々と天に向かってすっくと伸びる姿形だけでなく、あの「サラサラ」も一役かったようだった。
「この時期の散歩は、竹林を楽しめていいね」
「筍、取れるしの」
私と父は、上機嫌で家路についた。どうせ明日も来るのに、欲張って3つも筍が入った袋を下げている。帰ったら、母がアク抜きをして煮物にしてくれる。食べきれなかった分は、袋に小分けして冷凍し、東京に帰る私の荷物に加えられるだろう。
「そう言えばここ数年、竹の花が咲いとるらしいぞ。ここの竹も来年か再来年か、花が咲くかもしれん」
竹は基本的に地下茎で増える植物で、滅多に花を咲かせることがない。が、60年から120年に一度、花を咲かせて結実したのち、枯死して、また新しい竹林に生まれ変わるそうだ。それも、全国の竹林が示し合わせたかのように同時多発的に発生するらしい。
竹の花が咲くタイミングなど、一生に一度しかお目にかかれない。
花が咲いたら、竹林はどのような音を立てるのだろう。きっと、その現象と同じように、心地良くも神秘的な音を立てるに違いない。
「来年か再来年かその次か、ここの竹も、花、咲いてくれると良いねぇ」
その日を楽しみに待ちながら、私と父は、初夏になるたび、またここを訪れるだろう。
□ライターズプロフィール
西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。
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