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週刊READING LIFE vol.200

Suicaの原型(FeliCa)開発から完成までの13年に渡る七転八倒物語《週刊READING LIFE Vol.200》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/9/公開
記事:飯髙裕子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
今では改札を出入りするときに一瞬かざすだけで済むICカード(SuicaやICOCA)を知らない人はほとんどいないだろう。けれど、そのカードの原型がSONYのFeliCaカードだということ、その開発に13年もの時間を費やしたことを知っている人はどれだけいるだろうか。
FeliCaは、非接触型のICカードである。改札だけでなく今では、買い物をした際の決済にも使われている。
 
私の友人で、もとSONYの半導体事業部にいたNさんにそのFeliCa開発秘話をうかがった。
 
 
1994年の12月、最初のICチップが出来上がり年末も押し迫った日にカードに仕上がった。
ところがそのカードを試してみると、カードリーダーから5ミリの距離でしか動作ができなかったという。
近すぎても遠すぎてもダメ。
その時の説明に使われたパワーポイントの挿絵は、息を止めて手の震えを抑えながらカードをかざす人の絵だった。
どう考えても実用に耐えるものではなかったし、全く要求仕様に届いていない状況であった。
期限は目前に迫っていた。
 
 
開発の始まりは無線ICタグから
 
研究の始まりは、1988年ごろの大手流通会社の荷物仕分け用無線ICタグだった。
その頃は今のような非接触ではなく、電子マネーとしての機能もない電池搭載のカードであった。
研究関連部署としてシステム構築する情報通信研究所と事業化をする情報機器事業本部があり、そして彼は半導体事業本部でカード用ICの設計を担当していた。
 
事業化のためにスキー場のリフトゲートや、ビルの入退室管理などに運用しようと実証実験を進めるも、トラブル続きだったという。
荷物仕分け用無線ICタグでは実用に耐えなかったのである。
そこで、それと並行して、JR東日本の鉄道総研と非接触定期券の共同開発を進めていた。
 
事業化には解決の困難な壁があり、いったんは開発から撤退するという方向に進んだ。
しかし、その当時の大賀典雄社長の
「カード事業は未来を拓く事業である。開発からまだ2年もたっていないのにやめるとは何事か。再挑戦しろ!」
という言葉で再出発をすることになる。
情報通信研究所主導での再出発の目標は、「鉄道のプリペイド乗車券を非接触カードで実現する」というものであった。
 
2.FeliCaの仕組み
 
そもそも、今使われている非接触型のICカードの仕組みはこうだ。
 
改札機にかざされたカードに駅名や時刻のデータを書き込み、カードからは残金などのデータを読み取り運賃計算をする。
それを一瞬かざすという動作、すなわち、0.1秒ですべてのやりとりを完了させているのである。
それには、小さなカードの中にコンピューターのような機能を持つICチップが埋め込まれている必要があり、それを作り出す技術は簡単なものではなかった。
それも充電の必要のない電池レスという仕組みもすごいことなのだという。
電源がなければコンピューターが動かないように、コンピューターのような機能を持つICカードも電源が必要である。
電池のないカードでどうやって電源を得ているのか?
 
FeliCaは、改札機でかざされる一瞬の間に無線で充電を行う仕組みだということだ。
実際の透明なFelicaカードを彼に見せてもらったが、驚いた。
クレジットカードの大きさのカードにICチップと基板が埋め込まれている。
そのICチップが重要な働きをしているのである。
普段使っているカードからは想像もできない構造だった。
 
3.JR東日本のICカードへの期待
 
このICカードの開発にはかなり時間がかかるということ、そして製品としての信頼性もまだ低かったために、1991年にJR東日本は、「非接触化はまだ先の話」として、直接改札機を通せるプリペイドの磁気カードを開発してしまった(イオカード)。
その時JR東日本は、磁気カードはいずれICカードに置き換わるから、ICカードの研究は続けてほしいとSONYに要望したという。
 
 
JR東日本がICカードを切望していたのには理由があった。
元々紙の切符から始まった乗車券は、当時キセル乗車という不正乗車が多かった。
今なら考えられないことだが、普段使う路線区間ではない経路を使う場合、改札を入るときに最低運賃の切符を買って入り、出る時に定期で改札を出るというようなことが可能だったのである。
紙の切符に今のような情報の書き込みはなく、その確認も人の目で行っていた時代ならではの事態であった。
もちろんこれは犯罪に値するが、常習でない限り、発覚する危険性は限りなく低いうえに、使う人にとっては数百円の微々たるものでおそらくやったことがある人はかなり多かったはずである。
そのため、鉄道会社にとって、その損害は見逃せないものであった。
それを撲滅するために磁気カード(イオカード)の導入をし、キセルは減らすことができたけれど、磁気カードを通す改札機のメンテナンスにかかる費用が実は莫大なものだったのである。
磁気カードを読み込む改札機の中は切符が時速60キロくらいで、その中をぐるぐるまわっている。でないと処理が追い付かないからだ。
それだけの動きをする機械はメンテナンスなしではきちんと動かない。
 
JR東日本は切符の券売機を減らしたいのと、メンテナンス費用が高額な改札機をICカードの改札機に変えたかったのである。
 
そういう経緯があり、JR東日本は何としても非接触型ICカードを導入したかったようだ。
 
 
4.仕様に応える製品が出来上がるまでの死闘
 
一方SONYでは、研究、開発が全社方針として承認されたものの半導体事業部としては、長年半導体の試作を繰り返すばかりで、事業化されることがなく、その目途も立たないということから企画承認が取れなかったという。
そんな時、開発がそこでストップしてしまうというのは企業ではよくあることだと思う。
 
入社してからずっと半導体事業部でカード用ICの設計をしていたNさんは、もちろんその実力を見込まれていたが、会社全体での仕事であった。
しかし、なんと彼に上司から「隠れてやれ!」と指示が出たという。
半導体開発と言えば普通かなりの開発期間と費用や人数が必要だと想像できる。それを、隠れて結果を出せとは、すごい発想である。
 
普通なら考えられないようなことであるが、いかにも自由な社風のSONYらしいと彼は語る。
 
仕方なく彼は過去に実施されたJR東日本の鉄道総研の実証実験風景のビデオを持ち、半導体事業本部内を回り、ボランティアを募った。
「面白そう!」と賛同して集まってくれた人数は10名ほどだったという。
会社員という立場は、勤務時間中に内緒の開発をしていても、お給料はもらえる。
帰りが遅くなることはあっても、面白いと思えば、やってくれる人がいると彼は言うのだ。
自分の腹が痛むわけではないからと。
そのメンバーで、彼は隠れてとてつもないプロジェクトを秘かに進めることとなる。
 
彼に賛同してくれたメンバーは、彼と同じように、エンジニアとして物を作ることに対する情熱を持ち合わせていたに違いないと思う。
 
 
この開発は、JR東日本との共同開発と並行して、香港で世界に先駆け非接触型のICカードを電車の乗り降りや買い物の決済に導入しようというプロジェクトにSONYの技術を売り込むことで、確実に事業化を目指そうという試みのためでもあった。
香港での競争入札を勝ち取るためには、競合する他社の追随を許さないものが必要であり、その要求仕様をいち早くそろえて取引先に見せる必要があった。
そのために彼はICカードの設計に一意専心取り組んでいた。
 
 
しかし、年末に出来上がった待望のICカードは、どう考えても実用に耐えるものではなかったし、全く要求仕様に届いていない状況であった。
そこで、改善計画と共に試作品を出し、仕様に応える製品を作らなければならなかった。
 
お正月三が日だけを休み、1月4日から死闘が始まったと彼は言った。
 
「まさに死闘っていう感じ。評価してデータをまとめて原因を解明し、対策案を考える。
それを徹夜して2か月でやりきった。何とかしなくちゃいけない。
できないっていうことを悩む隙間は頭の中になかった」と。
 
けれど、その2か月を乗り切ることができたのは、最初の試作品を作るときに、失敗をいくつも想定しそれに対応するための対策を何パターンも作っていたからだと、彼は続けた。
半導体の試作とは、複数種類のパターンを同時に造りこめるようで、わかりやすく言うと、失敗のシナリオ(言い訳)を事前に用意しておいたという事なのだ。
その対策とは、意外にも昔からある半導体と新しい半導体を組み合わせるものだったという。
そういうものがないわけではなかったが、その時作ろうとしているICカードには価格が全く合わないものだったので、彼は、誰もやったことがないものを半導体発明の初期の頃の本を読み漁り作るしかなかった。
まさに試行錯誤の連続である。
ただ、そこには、常識にとらわれない発想と基礎をきちんと理解した上でその土台を利用するという初心を忘れない姿勢が感じられる。
 
試作品が出来上がるずっと前から考えていた対策のパターンと、失敗のシナリオに沿って、違う条件での実証実験を繰り返すことで、目標とするレベルまで改善することができたのだと彼は言った。
 
 
この言葉を聞いたとき、彼のエンジニアとしてのプライドと自信、そして物を作るということへのひたむきな姿勢を痛いほど感じた。
 
そのかいあって、死闘の結果できあがったICカードは、見事競争入札を勝ち取り、香港地下鉄でその運用を開始することとなったのだった。
今は誰でも手軽に使うことのできる非接触ICカードの原型Felicaの完成である。
 
そして、遅れること4年後、2001年11月JR東日本で非接触ICカードの導入が始まった。
 
 
5.Felicaの開発で学んだこと
 
13年と一口に言うほどこの開発は簡単なものではなかったと話を聞いていくうちにその思いはどんどん強くなった。
 
他社の追随を許さない唯一無二の技術とそれを自社の利益にするための運用、そして社会に広めるための手段。
それをどういう風に進めていくかということを、Felicaの開発で学んだと彼は言った。
 
SONYが非接触ICカードの開発によって電子カード決済サービスの普及を鉄道改札で実現したということには大きな意義があった。
それまで、店舗で電子決済を行うためには、利用者はカードを持ち、店舗にはカードリーダーを置く必要があった。
利用者からすれば、あまり多くのカードを持ちたくないから、どこでも使えるカードを持ちたい。
一方店舗は、カードリーダーを置くコストを考えると、なるべく利用者の多いカードのリーダーを置きたい。
どちらも何が一番いいかを迷うことになる。
 
一方Suicaは最初にカード発行手数料500円を負担するだけで、その負担が利用者にはほとんど苦にならないものである。
特に定期として利用する場合、その負担は会社であったり、定期代が高額ということも関係している。
 
毎日通勤に使うカードでお店での決済も可能というのは、とても便利だ。一枚ですべて済んでしまうからである。
カードリーダーを置く店舗側も、利用者の多いカードという点で、圧倒的な顧客数を持つJRに不安を抱く必要もない。
これが、Suicaを広く普及できた理由であり、それに貢献したのが、SONYのFeliCaカードなのである。
 
 
時代に先駆けて未来に役立つものを開発するということは、社会に貢献する価値が大きいものだと思う。
けれど、その根底にあるものは、地道な人たちの努力と、知恵とそして昔から引き継がれてきた技術に基づいた基礎の上に成り立っていくものだということを、この開発秘話で強く感じることができた。
 
また物を作ることに必要不可欠なものは、常識に縛られない自由な発想と、いろいろな結果に対する対応をもれなく準備する慎重さの両方なのかもしれないという気付きももらうことができた。
私たちが当たり前に使っている便利なシステムの開発の裏には、大変な苦労や努力、そして情熱があるということをたくさんの人に知ってもらいたいと心から思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯髙裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

ライティングゼミを経て、ライターズ俱楽部に参加中。
心と食の関係に興味があり、心理学検定1級取得し、ビューティータッチセラピーの資格取得を目指し奮闘中。
更年期世代の体に優しいスイーツレシピを研究中。

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2023-01-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.200

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