週刊READING LIFE vol.200

いじわるしてくるあの人は、わたしのことを好きなのかもしれない《週刊READING LIFE Vol.200 書きたくても書けないこと》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/9/公開
記事:S.T(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
長い、長いメールを貰ったことがある。職場のパソコンに届いたそのメールには、わたしの至らないところが延々と綴られていた。驚いたわたしは、すぐにそのメールを閉じてしまった。そして、それから始まった理不尽な出来事は、いまもまだ解決していない。でも、学んだことがある。人と人の関わりの中で、一番大切なのは相手を思いやる想像力であること。そして、やはり人と人との関わりは生きていく上で欠かせないこと。人は一人では生きていけない、ということを。
 
メールが初めて届いたのは、いまから5年ほど前のことだ。送り主は同じ社内の女性社員だった。その当時はことを荒立てたくない一心で、誰にも相談せずにやり過ごした。しばらくは平穏を装っていたけれど、数年経ったある時から、また攻撃が始まった。やれ、あなたのここが良くない、ここを直したほうがいい、この部分は正当ではない……。わたしの汚点を延々と書き連ねるのだった。彼女は、他人の欠点を指摘することで自分の優位性を保とうとする性質があった。彼女に攻撃されて職場を離れていった人間は片手では足りないほどだ。今回のターゲットはわたし一人ではなかったため、ちょっとばかり人目を惹く自体となった。相手の攻撃は止まることがなかったため、事態を案じた周囲の配慮によって、彼女からわたしへの直接の接触が禁じられ、彼女がわたしに何か物申したい時は上司を通して訴えるように、と言い渡された。
 
周囲に相談した時、皆は言った。「あなたに非は無いのだから、気にすることは無い」と。気にするなと言われても、まったく気にしないでいることは難しい。どうしても心穏やかではいられなかった。
 
でも、思うのだ。あんなに事細かにわたしの至らぬところを書くためには、わたしのことをずっと見ている必要がある。あれがいけない、これがいけない、と綴るためには相手への興味や関心がないと、出来ないではないか。だから上司に相談した時に、わたしはこう言ったのだ。
「あの人は、もしかしたら、わたしのことを好きなのかもしれません」
すると、それを聞いた上司は面食らったように、笑いながら言った。
「今の状況で、そんなことを言えちゃうから、あなたは天然だって言われるんだよ」
天然だなんて、ひどいわ、わたしはまじめに悩んでいるんですよ、と訴えたけれど、なんだかその場が和んでしまって、それ以上の相談は出来なくなってしまった。確かに、彼女が綴るメールの文面に、わたしへの好意なんて、これっぽっちも入っていない。でも、だからこそ、そう思ってしまう根拠があった。以前、夫がわたしに漏らした言葉を思い出したからだ。
「愛情の反対は、憎悪ではないよ、無関心だよ」
好きの反対は嫌いではない、相手への感情がまったくない状態こそが好きの反対である、と言うのだ。夫がそんなことを言った理由は、わたしにあった。わたしたち夫婦に子どもが生まれた時、わたしの関心は、ほぼすべて子どもに向かってしまい、夫への関心が一時的に薄くなってしまった。だって仕方ないではないか、生まれたばかりの赤ちゃんは、見守っていないと命の危険があるのだ。それは夫もわかっているからこそ、やっと絞り出した気持ちの吐露だった。子どもに向けられた関心のうち、ほんの少しだけでも自分に向けてほしい、と言うのだ。わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。無視をしたわけではないし、意地悪をしたわけではないけれど、興味や関心を相手に持たれないということは、とても寂しくて切ない気持ちになるのだということを改めて気付かされた。
そうなのだ。好きとか嫌いという感情は、相手との関係があるからこそ生まれるものだ。さらに、感情が生まれて言葉のやりとりがある、ということは、相手の存在を認め、相手との繋がりを作り、自分の思いを理解してもらいたいという思いがあって初めて成立する。それは、コミュニケーションに他ならない。好き、あるいは嫌いという感情はまったく逆の意味を持っているけれど、人と人とを繋ぐという点では、同じなのだ。
 
わたしが小学生の頃、母はわたしに、こんな質問をしたことがあった。
「人間が生きていく上で、なくてはならない大切なものって、何だと思う?」
わたしは、水と、食べ物かな、とちょっと自信なさげに答えた。子どもながらに、そんな単純な質問ではないように感じたからだ。じっとわたしの方を見ていた母は、ゆっくりと遠くへ視線を移しながら言った。
「それは、コミュニケーションよ」
生きるために必要なものはコミュニケーションである、と言われても、小学生のわたしには理解できなかった。コミュニケーションが無いという状態は、お友だちが一人もいないということかな、それは寂しいことだな、その程度しかわからなかった。当時の母は、何か心の内に思うところがあり、その気持ちの整理をしている流れで、娘にそんな質問をしたのかもしれない、と大人になった今であれば想像できる。母は、おそらく人間関係で悩んでいたのだろう。誰かとの関係の中で、気持ちを通じ合えていなかったのかもしれない。人当たりが良く心やさしい母には、友だちがたくさんいた。その中で、関係の良くない相手や、楽しくない出来事があったのならば、母を悩ませるものとなったに違いない。子どもの世界でも、大人の世界でも、意地悪や仲間外れにされると、心穏やかではいられなくなる。心身ともに健やかな生活を送ることは困難になり、あってはならないけれど、命を落とす場合だってあるのだ。あの時母が言ったように、コミュニケーションは人が生きていく上で大切なものである、という意味を大人になった今であれば、理解できるのだ。
 
いま、わたしに起きている問題を上司に相談をしていた時、こんなことを言われたことがある。
「あなたたちの関係がこれほどまでに悪くなってしまったのは、コミュニケーション不足だと思うよ」
お互いの気持ちや言い分をその都度理解し合うことが出来ていたら、これほどまでにこじれることは無かったのではないか、と言うのだ。確かにその通りだ、わたしたちはお互いを理解し合えていなかった。でも、それはコミュニケーション不足が原因であるとは思えないのだ。「相手を攻撃する」という方法ではあるけれど、彼女は彼女なりのやり方でわたしとの関係を築こうとしている。もし、心の底から憎んでいて関わることを拒否したい相手がいた場合、わたしはその相手との関係性を少しでも減らそうとする。無かったことにしてしまうだろう。でも、彼女は違ったのだ。「攻撃する」という方法で相手へ関わろうとしている。それはまるで、攻撃することで自分の思いや行動を相手に知らしめて、自分の存在をアピールしているとしか思えないのだ。わたしはここにいるよ、わたしはこう思っているよ、と。それに気付いたとき、わたしはとても寂しい気持ちになった。彼女は、攻撃する相手との関係を絶つことなど望んでいないのではないか、そんな方法でしか他者と関わる術を持っていないのではないだろうか。本当は、相手の欠点が無くなったあとに、その人と新たに関わりを持ちたいと思っているのだとしたら、彼女のやり方は間違っている。そんな方法では誰も彼女の本当の思いは伝わらない。皆彼女から離れていってしまい、いずれ彼女のもとには誰も残らなくなってしまうだろう。
 
誰か、自分以外の相手との関係を築こうと思った時、自分だけの一方的な思いを相手に伝えるだけだとしたら、その関係は成立しない。もちろん、自分の思いを伝えることは大切だ。でも、それと同時に相手への気遣いや配慮は欠かせないのだ。ある一つの事柄について、どう思うかは人によって千差万別だ。事実は一つであっても、その出来事について思いを馳せる内容は人それぞれに異なっているものだ。ある人はとても楽しい気分になったとしても、もしかしたら他の誰かにとっては、過去の苦しい体験を呼び起こすものであるかもしれない。そんなことをすべて把握するなんて不可能ではあるけれど、もしかしたら自分の発言や行動によって、他の誰かの気持ちを害することがあるかもしれない、という想像力が必要だと思う。何気なく自分が発した言葉に、他の誰かが傷つくことがあるかもしれない、という不安を持ちながら生きることは、人と人との良好な関係を築いていく上で大切なことだと思うのだ。
 
彼女が欠落していたのは、相手を思いやる心だと思う。相手への気遣いや配慮無くして、良好な人間関係は築けない。人と人を繋ぐものは、やはり温かい気持ちや言葉の受け渡しなのだ。その時重要なのは、相手を思いやる心に他ならない。
 
いつか、彼女は気付くことが出来るのだろうか。そうだといいな、そうでないと、彼女はいつかきっと、ひとりぼっちになってしまうだろう。それはきっと、寂しいことだ。わたしだったら耐えられない。わたしは、彼女がいつの日か人を思いやる術を身につけることが出来たらいいな、と願わずにいられないのだ。
 
 
 
 

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S.T(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2023-01-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.200

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