週刊READING LIFE vol.203

カレー屋で旅を考える《週刊READING LIFE Vol.203 大人の教養》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/6/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「旅行」と「旅」の違いはなんだろうか。
 
カウンターでカレーを食べていると、後ろから面白そうな会話が聞こえてきた。
思わず、カレーを口へ運ぶ手がとまり、彼らの会話に耳をそばだてる。
まだ大学生ぐらいの若い男子二人の声が聞こえてくる。
「旅行」と「旅」に違いを感じているのがA君で、A君が自分の考えをB君に話していた。
 
「旅行は旅に行くって書く。なんか、遊んでる感じ。旅はそうじゃない」
 
聞いているB君はちょっとチャラそうだが、この会話に興味があるだろうか……わたしはそんな心配をしていた。
でも、A君の感じていることはわかるような気がした。
確かに、「旅行」と「旅」は似て非なるようなものに思える。
 
勝手なイメージだが、「旅行」は「旅」より気軽な感じがする。
人生を「旅」にたとえることはあっても、「旅行」にたとえることはない。
わたしのなかの「旅行」は、元にいた場所に必ず戻ってくるイメージがある。
始まりと終わりを決めて出かける。
でも、「旅」はどうだ。
いつ戻ってくるかわからない。
もう戻ってこないかもしれないし、自分が終わりを決めるまで続くのかもしれない。
漠然とした何かをさがして、漠然とした何かを見つけに行くような感覚だ。
 
「旅に出ます」
 
この一言だけを置き土産にして出ていかれると、
 
え!?
いつ戻ってくるの?
どこに行ったの?
何かあった?
 
なんて、心配せずにはいられない。
もしかしたらSNSのアカウントも何もかもリセットして、消えたい衝動にかられてどこかへ行ってしまったのかもしれない。
そういった場合は連絡の取りようがなく、いつ戻ってくるかわからず、不安になるのも当然だ。
 
「旅行に行ってきます」
 
この一言を置き土産に出かけられた場合は、おそらく探そうとはしないだろう。
事前に旅行へ行くことぐらい教えてくれと、説明の足りなさに不機嫌になるくらいで、いつかは帰ってくると思っている。
 
「旅行」と「旅」、同じことを指しているようで、こんなにとらえかたが違うのはなぜだろう。
 
よくいう「旅行」と「旅」の違いは、「旅行」が目的を重視するのに対し、「旅」は過程を重視するというものだ。
 
わたしが旅行するときは、まずは行き先を決め、どこを訪れるかを決め、何を食べるかを決めることが多い。
やることギッチギチのスケジュールだ。
ゆっくりしたいと思っているが、なかなかそうはならない。
そういう意味では、目的を重視している「旅行」しか、したことがないかもしれない。
遊びの時間をいつもよりも長くして、目一杯楽しんで非日常を味わいたいから旅行するのだ。
 
ただ、同じ「旅行」でも、何も計画せずに現地で決めて自由に動いた場合は、旅行の感想をきかれると、
 
「行き当たりばったりの旅だった」
 
というように、「旅」という言葉を選ぶ。
同じ二泊三日の短い行程であっても、どのように過ごすかで、自分のなかで勝手に「旅」と変換している。
確かに過程を重視した場合は「旅」という言葉を使うというのもうなずける。
 
以前、「どんなときに大人になったと実感するか」という問いに対して、
  
「お酒を飲めるようになったとき」
「保険に入ったとき」
「選挙に行ったとき」
「親になったとき」
 
というような答えのなかに、
 
「旅行を計画したとき」
 
という答えをみたことがある。
答えた人いわく、旅行のスケジュールを立てて、チケットの手配を自分ですることができるなんて、そんなことは自分にはできないとのことだ。
てっきり、親に連れて行ってもらっていた立場から、いつの間にか連れて行く立場になった……そんな意味だと思っていたのだが、どうやら、スケジュールをちゃんと立てられることが大人だということらしい。
なかなかのダメな大人っぷりに親近感がわいた。
この答えをみて、「旅行」というイメージは、さほど人によってイメージはかわらないと思った。
 
「旅」の場合は「旅行」より自由さが増す。
知らない世界に足を踏み入れて、長い時間をかける冒険のようなイメージもある。その「旅」自体に憑りつかれて帰れなくなる……なんてこともあるかもしれない。
 
月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
 
江戸時代の俳人である松尾芭蕉の『おくのほそ道』の冒頭は、まさしく「旅」のイメージである。
 
「月日は永遠にとどまることのない旅人であって、去ってはやってくる年もまた旅人のようなものである」
という意味だ。
わたしはこの冒頭が格好よくて好きだ。
とはいっても、その続きのほうが芭蕉の旅へ出たい感が出ている。
 
予も、いづれの年よりか、
片雲の風に誘はれて、
漂泊の思ひやまず、
 
意味としては、
「わたしもいつの頃からか、ちぎれ雲が風に誘われるように、あてもなく旅に出たいという思う気持ちが止まらず……」
というような感じだ。
 
『おくの細道』は、松尾芭蕉が45歳で江戸を出発し、東北から北陸を巡り、岐阜の大垣までを旅していくなかで書かれた紀行文だ。
この有名過ぎる冒頭は、学校で習うので、一度は聞いたことがあるかもしれない。
わたしは「旅」というと『おくの細道』を思い出すのだ。
最終目的はあるけれど、長い道のりの旅だ。
 
そして、わたしの後ろでは、「旅行と旅は違う」というA君に対して、B君がいろいろと質問しながら会話が進んでいるようだ。
声が小さいというより、席が離れているため、時々聞こえないのがもどかしい。
どうやらA君は、日本と海外の人とでは、旅行の仕方にも差があると言っている。
 
「日本の人は、同じ場所ばかり行く。海外では行ったことがない場所へ行くことのほうが多い。なんで一緒の場所ばかり行くのか」
 
確かに……。
わたしも京都が好きで京都は何回も行っている。
行ったことのない土地がまだあるので、そこへ行けばいいのに、結局同じ場所を選んでしまいがちだ。
 
美味しい食べものなど、非日常を楽しむことを目的にする人が多い日本の人に対し、異文化を楽しみ、冒険を期待しているというのが海外の人だ。
「旅行」と「旅」の違いや、日本と海外の旅の仕方の差を考えたことがなかったB君は、そういう考えがあるのだと、A君の考えに「ふんふん、それで」と、自ら質問をするスタイルで話を聞いている。
 
知識が豊富なA君もすごいが、自分とは違う考えに出会ったとき、新たな発見として素直に面白がることができるB君もまぶしかった。
B君の聞く力は抜群で、きっとA君も話していて楽しいだろう。
他の人の言うことに耳を傾けることがきるB君は、これからどんどん知識を深めて成長していくにちがいない。
そして、B君はA君の旅のスタイルについて質問する。
 
「寝袋とかで寝ることもあるの? ひとりで行くの?」
 
「寝袋のときもあるし、ひとりが多い」
 
「すげぇ」
 
そして、B君はさらに聞く。
 
「苦しいのが好きなの?」
 
おっと、そうきたか。
A君の話を聞いて、B君のなかで「旅」は苦しいものだと思ったらしい。
ソロキャンプをイメージしているような感じもするが……。
 
「うーん、そういうわけでもないけど……」
 
A君が少したじろいだ。
A君も、苦しむために旅をしているわけでもないが、もしかしてそうなのかもしれないと頭によぎったのかもしれない。
 
わたしのカレーがなくなり、さすがにカウンターで長居することもできず、後ろ髪を引かれる思いで席を立つと
 
「もうそろそろ帰るか」
 
と、後ろの二人も旅談義にキリをつけていたところだった。
 
自分の知らないことを何かのきっかけで知ったとき、そこを皮切りに、知りたいという欲がむくむくと出てくる。
知りたいことが枝分かれになって増えていき、実際に調べたり、本を読んだりして実行に移して学んでいく。
もしかしたら、明後日のほうを向いているかもしれないが、そうやって知識は増えていく。
 
カレーで温まった身体とともに、若者二人の会話を聞いて、なんだか心もホクホクになった。
そういえば、「旅」がタイトルにつく小説は多いが、「旅行」はどうだろうか。
あまり多くない気がする。
いや、確か有名な話がある。
よし、今度、スウィフトの『ガリバー旅行記』を読んでみよう。
 
カレーを食べに行ったら思わぬ教養が身についた、そんな夜だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

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2023-02-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.203

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