週刊READING LIFE vol.203

プレゼントは、贈るのも貰うのも、知性が必要だ《週刊READING LIFE Vol.203 大人の教養》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/6/公開
記事:種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
貰っちゃった。可愛いうさぎの刺繍がついた、タオルハンカチ。ティファニーブルーの、爽やかな空色をした柔らかいタオル地の上に、黄金色の2匹のうさぎがおすましした様子で縫い付けられている。
「サトコさん、卯年だから」
年が明けての仕事始めの日、会社の後輩の女の子に、そっと手渡されたのだ。そういえば、わたし卯年なのよ、来年は年女なのよ、と年末に話したっけ。覚えていてくれたんだ、という驚きと、何気ない様子で、さりげなくプレゼントしてくれた、彼女の心遣いが嬉しかった。
「その年の干支のものを持っていると、縁起がいいみたいですよ。今年も良い年であるといいですね」
微笑みながら彼女は言った。
嬉しい。素直に嬉しかった。プレゼントを貰った事も勿論嬉しいけれど、それよりも、彼女の気持ちが嬉しかった。そして、その気持ちを今のわたしは素直に受け止める事が出来ている。以前のわたしはプレゼントを貰うと、どうしていいかわからなくて悩んでしまっていた。頂いたプレゼントのお返しをしなくちゃ、とか、反対にわたしが贈ったものに対するお返しを頂いた時には、相手に気を遣わせてしまったのかな、失礼だったかな、と考えすぎてしまっていた。プレゼントは贈るのも貰うのも難しい、と苦手意識を持っていたのだ。でも、今は違う。わたしは変わったのだ。頂いたプレゼントを、素直に喜べるようになったのだ。
 
以前、息子が使わなくなったおもちゃを友人に譲ったことがある。ちょっとした手違いで、対象年齢をとっくに超えてしまったおもちゃを知り合いから頂き、全く使わず新品同様に我が家のクローゼットに仕舞い込まれていた。素敵なおもちゃだし、誰かに使ってもらえたらいいなと思い、遊んでもらえそうな子どもがいる友人に譲ったのだ。受け取ってくれたお子さんは喜んで遊んでくれたそうだ。わたしも、おもちゃが無駄にならなくて、ほっとしていた。これで終わっていたら良かったのだけど、この話には続きがあった。ほぼ新品同様のおもちゃに恐縮してしまった友人は、そのおもちゃと同価格ぐらいの図書カードをお返しとして持ってきてくれたのだ。その時わたしは、しまった、と後悔した。わたしは、友人の真っ直ぐで清廉な性格をすっかり忘れていた。明らかに使用感のあるおもちゃであれば気にしなかったのかもしれないけれど、新品のおもちゃを貰うことに抵抗があったようだ。友人の気持ちを突き返すことも出来なかったので、わたしはそのお礼を受け取ることにした。でも、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。わたしが何気なくプレゼントを贈ったことで、友人は遣わなくてもいい気を遣い、お礼をすることになってしまった。良かれと思ってしたことだけれど、逆に迷惑をかけてしまったのではないだろうか、とわたしは心配になったのだ。そんなことを考えたのは、理由があった。
 
子どもの頃、なにかの折にプレゼントを貰ったことがある。なにを貰ったのか、どんな状況で貰ったのかも今では忘れてしまったのだけれど、頂いた時にとても嬉しかった事だけを覚えている。その時、わたしは贈られたプレゼントがとても嬉しい、という気持ちを相手に伝えたくて、その気持ちに見合うお返しのプレゼントをしたい、と母に申し出た。出来ることなら、今すぐに、と。すると母はたしなめるように言ったのだ。
「プレゼントを貰って、すぐにお返しをするのは失礼ですよ。まずは贈ってくれた人に気持ちを伝えるだけで十分です。お返しのプレゼントを贈るのは、時期を見計らってからにしなさい」
わたしにはその時、母が言おうとしている事が半分も理解できなかった。感謝の気持ちは早く形に表した方がいいじゃないか、わたしも早くプレゼントを贈って相手に喜んで貰いたい、と思ったのだ。でも、母の言いつけに逆らうことは出来ず、母の言葉通りにすこし時間が経ってから、なにかのタイミングで、やっとプレゼントを贈る事が出来たのだ。
 
でも、大人になった今であれば、母の言葉の意味を理解することが出来る。プレゼントを貰ってすぐに、相手にプレゼントを贈ると、それが感謝の気持ちを込めたお返しであったとしても、自分が贈ったプレゼントを突き返されたように感じるものである、と母は言いたかったのだ。贈り主へ贈られたものをそのまま返す、という暴挙は論外だけれど、お返しという形でも思いがけなく、気持ちは表れるものなのだ。贈るタイミングを間違ってしまうと、贈ったものが気に入らなかったのかしら? とか、贈ったことで相手を怒らせてしまったのかしら? とか、もしかしたら、贈ったものは相手にとって負担になるものだったのかしら? と、お返しのタイミングや内容から、贈り物に隠された気持ちを想像してしまうのだ。
 
だから、わたしは友人からのお返しを貰った時に、まずは自分の行いを反省した。わたしはなにかを失敗したのだ。説明が足りなかったかもしれない。タイミングが悪かったのかもしれない。わたしの贈り方が、相手に気を遣わせるなにかを醸し出していたのかもしれない。ああ、わたしに足りなかったものは、想像力と気遣いだ。もう少し細やかに気を配っていれば、知性をもって贈り物をすることが出来ていれば、相手に負担を感じさせることなく、受け取ってもらえたはずなのに。わたしはもっとよく考えて行動しなくちゃいけなかったのに、どうしたらよかったのだろう。
 
世の中には、贈り物上手な人がいる。さりげなく、スマートに、今この時期が最適だよね、というタイミングでプレゼントを贈る事が出来る人がいる。その贈り物が高価であるかどうかは関係ないのだ。受け取った人が素直に喜べるプレゼントを贈る事が出来るかどうか、が問われているのだ。
 
職場で、いつもお菓子をそっと渡してくれる年配の男性がいた。でも、それは「いつも」ではなかった。よくよく考えてみたら、お菓子を渡される時は、決まってわたしが仕事でプリプリ怒っている時だった。猛然とパソコンに向かっていると、その人はそっとわたしの傍らに立ち、お菓子がいっぱい詰まったコンビニ袋を手渡してくれるのだ。「これを食べて、怒りを鎮めなさい」とでも言うように。詰められたお菓子の量は、わたしの怒りの度合いそのものだったようだ。わたしがとても怒っているときは、たくさんの量が入っていたし、ちょっと怒りを感じている程度の時は、机の引き出しからお菓子を探して手渡してくれるのだ。お菓子はいつも、甘くて美味しくて、優しい味がした。実はわたしは甘いお菓子は好きではないのだけれど、この時ばかりはほんとうに美味しいと思った。ゆっくりと噛みしめていると、すうっと怒りも消えていき、気持ちを切り替えて仕事をしよう、と思えるようになるのだ。わたしは怒っている時にお菓子を貰っていたけれど、その人は落ち込んでいる様子の人にもお菓子を渡していた。おじちゃん、上手だなあ、といつも思ったものだ。お菓子を振る舞うことで職場の雰囲気をさりげなく修正しているのだ。でも、それは、しっかりと周りを観察していないと出来ない事だ。わたしたちは何度もその人の優しさに救われたのだ。
 
数年前、その人は定年を迎えて職場を去られたけれど、みんなにお菓子を振る舞うという習慣は職場にすっかり浸透していたので、いまでは皆がお菓子を配るようになっていた。お菓子を貰って嫌な顔をする人は、あまり見かけない。やっぱり、嬉しいものだ。こういう、ちょっとした心遣いがあることで、職場の雰囲気が変わるものだな、という事を改めて感じるのだ。そして、そんな気遣いで溢れている今の職場は、相手を思いやる温かい心で満たされていて、ほんとうに居心地がよいのだ。

 

 

 

贈り物は、相手を想う気持ちが形になったもの、と言い換えることが出来る。その気持ちが大きすぎても、小さすぎても、受け取った側が「あれ?」という違和感を抱いてしまうことは、時として起こってしまうものである。贈る人と贈られる人との間に温度差が生じる事は、実際にはあるのだ。そんなに大そうな事をしたつもりはないのに、相手にとって負担を感じさせてしまったら、それは贈った側に気遣いが足りなかったのではないか、と感じて落ち込むこともある。
 
でも、そんなわたしに夫は励まして、声をかけてくれた。
「あなたが贈り物をしている内容は、おかしいところはないよ。お互いに想いがすれ違っているだけじゃないかな、自分が正しいと思っている事をすればいいよ」
自信を持ってね、と言うのだ。
どうしても気持ちがすれ違ってしまうことは避けられないのなら、その時その場で、一番良いと思ったことを信じてやればいいのだ。受け取った想いが、大きすぎると感じたら、恐縮はしても、ありがたく気持ちを受け取る事の方が大事なのだ、と思えるようになった。プレゼントを受け取って、素直に感じた嬉しい気持ちは、同じようにたくさんの想いを込めて、いつかお返しをするために、その想いを醸成させていけばいいのだ。相手に喜んで貰うためにあれこれと悩むことが出来るなんて、そんな楽しい悩みはないではないか。小さな子どもだった頃にはわからなかったけれど、大人になって、たくさんの経験をしていくうちにわたしにも贈り物に対する耐性ができて、ちょっとずつ知恵も身についてきた。いまなら、贈る時も貰うときも、迷わない。贈り物道はまだまだ修行中だけど、以前までのようにプレゼントで右往左往することはなくなっていった。ちょっとずつ、大人としての素養が備わってきた、と言えるかもしれない。
 
だから、これからは贈り物が苦手だなんて、思わないようにしよう。贈り物を貰うのも贈るのも、ただそれだけを楽しめばいいのだ。やっと、そんなことを考えられるようになってきたのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2023-02-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.203

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